天海春香のファンです。   作:ちろり

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ヒーローショー

今日は日曜日。時刻は14時18分。

いつもなら仕事疲れを癒すため、ゴロゴロしながらテレビを眺める至福の時間帯のはずなのだけれど、今日という日はそうもいかなかった。

久し振りに私用で外出した僕の上着はお世辞にも明るい色とは言えなくて、ここ最近暖かくなり過ぎている日差しをこれでもかと一生懸命にかき集めてくれていた。

おかげでさっきから背中が暑くて堪らない。さっさと上着を取っ払ってしまいたい所ではあるけれど、またしてもそうはいかなかった。

それは今、僕の肩には可愛い娘が乗っかっているせいだ。1年前にようやく幼稚園に行き始めたばかりで、自分の欲望に素直で、女の子なのにとんだやんちゃ娘だ。

ちなみに可愛い……僕にとっては可愛い妻は、日頃の家事疲れを癒すべくお留守番中。

そんな娘が、毎週日曜に欠かさず視聴しているテレビ番組がある。新年度と同時にスタートした『仮免ライダー エンスト』だとか、確かそんな名前だったと思う。どうして女の子なのに、と見始めた時には頭を抱えたものだ。

そのエンストさんが、なんと近所にあるデパートの屋上にやってくるそうだ。どこからかそんな情報を手に入れた娘は、いつも通り寝転んでいた僕を蹴り起こし、ここまで連れて来させたというわけ。頭の上を見やれば、娘は誰もいないステージを今か今かと見つめ続けている。

「おとーさん、まだかなー?」

「ん、なにもうすぐだよ。それよりちゃんとステージ見えてる?」

「うん!おとーさんもみえてる?」

「もちろん。」

「そっか!」

本当は少ししか見えないけれど、まあ特に見たいわけでもないし。

ざわざわと騒がしく待機している周りも同じような境遇の人達が多いのか、ふと目が合ってしまったメガネのお父さんと苦笑いを交わした。

『はーーい、みんなお待たせーー!』

唐突にスピーカーから響いた声に、周りにいた子供達がいっそう嬉しそうにざわめきだす。

なんとかステージに目をやれば、いつの間にかステージには元気そうな女性が登場していた。たぶん司会進行役のお姉さんか何かだろう。

『それじゃ……すぅ…こんにちはーー!!』

「「こんにちはーー!!」」

『あれーみんな声が小さいよー?じゃあ、もういっかいいってみよう!いい?いくよー……』

「ほら!おとーさんも!」

「え!?あぁ、おう。」

『…すぅ…こんにちはーー!!!』

「「「こんにちはーー!!!」」」

「……わー」

なんて定番なやり取りにも、娘は一生懸命声を出して答えていた。なんとも微笑ましいものだけど、出来れば巻き込まないで欲しかった。

『みんな元気だね!今日はここ、仮免ライダーショーに来てくれてありがとー!後ろの方の子、ステージはちゃーんと見えてるかなー?』

「「見えてるー!」」

僕たちはもうほとんど最後列の方だったけど、肩車されている娘からは本当にはっきりとステージが見えているようだ。大きな声に加え、さっきから肩越しに興奮がズシズシ感じられる。

『よかったー!それじゃ、今日はみんなに楽しんで欲しいな!さっそくショーを始め…る前に!私、天海春香が主題歌、歌っちゃいまーす!!』

「「わーーー!!」」

……最近のヒーローショーはこんなことまでやるのか。よく見てみれば進行役のお姉さん…天海春香と言っていたっけ、彼女はまだ高校生くらいじゃないか。バイトに求める仕事にしては少しハードルが高過ぎやしないだろうか。なんて考えているうちに、居間で寝転びながら何度も耳に挟んだ覚えのあるイントロが流れ始めた。

『はるかーなそーらーをーまーうーそーよーかぜー♪』

仮免ライダーらしく格好いい曲調とは打って変わり、マイク片手に踊りながら歌い始めた少女はどこまでも楽しそうだ。

『さあーねーがーいーをーねーがうものーたーちー♪』

周りの子供達は例外なく目を輝かせ、ステージ上で歌う少女に合わせ楽しそうに歌っている。その中でも一際楽しそうなのは、やっぱりステージ上の少女だった。少女は決して格好いいとは言えず、どこか雰囲気の合わない仮免ライダーの主題歌を、すごく上手い…とはいえない歌声で、彼女は心の底から楽しそうに歌いあげていた。格好よかったはずの仮免ライダーの主題歌はもうどこにもなくて、ただただ楽しそうな天海春香の歌しか残っていなかった。

彼女はそのままショートバージョンの曲をあっという間に歌い終えてしまい、歌ほどではないけれど、これまた楽しそうにショーの進行も進めていった。曲がフルバージョンでなかった事だけが残念だ。それと、バイトだと思ってしまった事も謝りたい。あれだけの観衆の前であれだけ堂々と歌っていたんだ。そんな人物がただのバイトなわけないじゃないか。それでもショーの途中、何度も転びそうに…いや、実際に何度か転んでいたけど、ショー自体はなんとか無事に終わったようだった。

 

 

「あのおねーちゃん、すっごいおうた じょうずだったね!」

帰りの車の中、助手席の娘が興奮冷めやらぬ様子で話しかけてきた。内容はショーのことではあるけれど、娘の興味は仮免ライダーではなく天海春香の方にあるみたいだ。

「うん、そうだね。そういえばあのお姉ちゃん、天海春香って言ってたな。」

「はるかちゃん、か。」

正直、今の今まで考えていたのはその名前だけだった。最近どこか調子の良くない僕の記憶力では、家に帰り着くまでしっかり覚えていられる自信が無かったんだ。

「ねーおとーさん、わたしもはるかちゃんみたいになれるかな?」

「そうだね…うん、きっとなれるよ。」

「ほんと!?えへへ〜…ね、かえったらはるかちゃんのことしらべてよ!」

「お、いいな。じゃあ天海春香って、きちんと覚えておいてよ。」

「うん!あまみはるかちゃん、あまみはるかちゃん、あまみは…………」

忘れないよう一生懸命唱え続ける娘は、やっぱり可愛い。願わくばこの先大人になっても、さっきの天海春香のように楽しそうにわらっていて欲しいものだ。帰ったら娘の育て方のためにも天海春香について調べよう。ふと、そんな大義名分を手に入れることができた、と考えている自分に気が付いてしまった。

「おとーさん!あまみはるかちゃん、おぼえたよ!」

「よし、えらいぞ。帰ったらすぐ調べてやるからな。」

「うん!」

ああ、もうすっかり、僕は天海春香のファンだったんだ。

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