踊って歌って笑って
どうやら、しばらく前から園児達の間で新しい遊びが流行り始めたみたい。
近頃じゃかなり涼しくなってきたのに、遊具には見向きもしないで集まって、歌って踊って笑っている。
そんな中心にいるのは、しばらく前までは男の子たちに交じって仮免ライダーごっこを繰り広げていた女の子。何があったのか多分彼女からブームが広がったみたいで、今じゃ楽しそうにみんなと歌っている。
その変わり様が少し気になったので、直接聞いてみることにした。
「ね、どうしてお歌を歌うようになったの?」
「んっとね、あまみはるかちゃんなの!すっごくね、おうたじょうずなあいどるなんだ!
「へぇ、お歌歌うの、好きなんだ?」
「うん!わたしね、おっきくなったら、あいどるになりたい!それで、みーんなでたのしくおうたうたうの!」
あまみはるか…ああ天海春香か、それなら知っている。最近、バラエティ番組や朝のニュースなんかでよく見かける。といっても、アイドルだとは思わなかった。私の中じゃちょっとドジなタレント、くらいの認識でしかなかったもの。
「へーそうなんだ!ねえねえ、先生も一緒に歌ってもいいかな?」
「ホント!?やった!みんなでうたったほうがたのしいもん!」
一緒にとは言ったけれど、天海春香の曲なんて聞いたこともない。まあそこは子供の歌う歌、適当に音を出しておけばなんとかなる。それに私は大学時代ダンスサークルだったもの。この程度、華麗に踊りきって見せましょう!
「「おいかけて にげるふりーをして そおっと もぐる わたしまーめい!」」
幼稚園児だと甘く見た私が馬鹿だった。この子たち、まあ歌はなかなか上手いじゃない。誰がどう見たって、現時点で一番下手なのは私だもの。踊りに関しては皆バラバラで誰を参考にしていいのか分かりもしない。
「せんせー、ずれてるよー?」
「ご、ごめんね。先生、練習不足だったわ。」
ついに子供たちにまで言われてしまった。
「だから、もう一回お願い!」
「しょーがないなー…うん!もっかいうたお!せんせー!」
「悔しい!」
あの後、何度か見よう見まねで歌って踊ってみたけれど、結局子供たちからOKは貰えなかった。
「こうなったら大人の力を見せてやろうじゃない。」
幼稚園の後片付けを過去最速で済ませ、急いで買い物をして帰り、保母さんにあるまじきコンビニ弁当と発泡酒をかっ喰らいながらパソコンを起動する。
…うん、しょうがない。独り暮らしなんだもの。
「あま…み…はーるーかーっと。よし、検索………あ、このマヨスパ美味しい。」
大人力と言ってはみたものの、正直言って私はパソコンをインターネットで検索する位にしか使えない。でも、今はそれで十分。
ちなみに、サラダスパゲッティのことをマヨスパと言うのが少数派どころか皆無に等しかった事実は、園児に初めて馬鹿にされたことだったりする。まあ別にそんなことで両親を恨んだりはしないけど。
「えーっと…なになに…ななひゃくろくじゅうごプロダクション所属アイドル天海春香17歳…最近たくさんサインを書く機会に恵まれて嬉しいです!…はぁーん?」
何なのこの女は。
客に媚を売るようなコメント書いちゃって!有名人なんだからサインくらい当然でしょう!
「…ま、今はいっか。アイドルなんだしライブとかやってるでしょ。えーっと映像は……」
ホームページから検索結果のページに戻り、ヒットしていた動画をダブルクリックする。
少し長めの読み込みが終わり、再生ボタンをクリックした瞬間、大音量が流れ始めた!
「うわ!ちょ、うるさい!」
慌てて停止ボタンをクリックし直し、PC本体の音量ボタンの下を連打する。
…これくらいは流石にできる。
「はー、びっくりしたー。そういえば昨日見たDVDのせいで音量MAXにしておいたの忘れてたわ…さて、改めて…」
近隣の人が殴り込んで来ないかビクビクしつつも、もう一度再生ボタンをクリックする。今度は大音量が鳴り出すことも無く、無事に軽快な音楽が流れ出した。
『乙女よ 大志を抱け!夢見て素敵〜になれー!』
…何なのこの女は。
こんな大勢の…まあ、私の好きなジュピターほどじゃないけど……それでも多くの人たちの前なのに、めちゃくちゃ楽しそうじゃない。私がこんなに楽しそうにしたのは一体何年前…大学時代だからpi-----年前かしら。
しかもテレビとかさっきのホームページで見たよりむちゃくちゃ可愛いし!
「いいえ!これは画質が悪いせいよ!私だって低画質ならなんとか…まあ、なんとかなるくらいでしょうね。」
うん、スマホに高画質過ぎるカメラを載せようとする風潮はさっさと無くなって欲しい。
『やーまとー!なでーしこー!かがーやけー!じぶんっば・ん・ざい!!』
と、ここで、このダンスなら今の自分でもなんとか踊れそうだと気付いてしまった。
幸い今日は金曜日。次の登園日まで時間はある。二日酔い用に買ってあるポラリスウェットも大量に残っているし、少々汗をかいたって大丈夫だろう。むしろその方がビール美味しくなるし。
「あの子たち…どんな顔してくれるかな。」
そして私は、どんな顔になっているのだろう。
たった1回ライブの映像を見ただけで どうやら、私は天海春香のファンになっていたみたい。