東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第九話 はたてちゃんの憂鬱

 

 未だに茹だるような暑さが続く、とある夏の日。

 

「それではっ、『第一回 文さまを泣かせた人間の処刑方法を考えよう選手権』の開幕です!」

 

「だから誤解だって言ってんだろ!? それに処刑方法を考えようっていろいろとすっ飛ばしすぎだろ! んでさらに、こんな意味不明な選手権の第二回があってたまるかぁあああああああああああああああああーッ!」

 

「死刑囚は黙ってろ!」

 

「ぶごふぁ!」

 

 妖怪の山の麓にて、射命丸家の居候こと沙羅良夜は縄で身体を縛られて地面に転がされていた。簀巻きのように縛られて。

 彼の周りには三人(人間じゃないから三体?)の妖怪たちがいる。

 一人は、先ほど良夜の顔面を盾でぶん殴った白狼天狗の犬走椛だ。真っ白な毛と犬耳と尻尾が特徴の彼女は、痛みでのた打ち回る良夜を恍惚の表情で見下ろしている。実は、生粋のサディストなのかもしれない。

 

「ちょ、ちょっとやめなよ椛! 白狼天狗の攻撃をまともに受けちゃったら、沙羅っち死んじゃうよ!?」

 

「別に構わない」

 

「アンタどこまで歪んじゃってんのさ!」

 

 最初からエンジン全開の椛にツッコミを入れているこの少女は河城にとり。緑色の帽子と服が特徴のツインテールな河童娘だ。因みに、趣味は発明。

 にとりは最近順調にキャラ崩壊を始めている椛に落胆やら絶望やらいろいろな負の感情を込めた溜め息を吐き、痛みに悶える良夜の救出に向かった。基本的に常識人なこの河童娘は、妖怪の中でもトップクラスに優しい心を持っているのだ。どこぞのメイド長にも見習ってほしい。

 そして三人目である茶髪ツインテールの少女はそんな三人を冷めた目で見つめ、

 

「…………ねぇ、アタシもう帰ってもいい?」

 

「はたてさまお願いだから帰らないで! 私だけじゃ椛の暴走を抑えきれないから!」

 

「えー」

 

 はたて、と呼ばれた少女は心底嫌そうな表情を浮かべる。なんでアタシ、こんな茶番に付き合っちゃったんだろう。

 ややウェーブの掛かった腰ほどまである栗色の髪を、紫のリボンでツインテールにまとめている。

 服は襟に紫のフリルが付いた短袖ブラウスに黒のスクエアタイだが、見事な大きさの柔らかそうな二つのカタマリのせいで見事に隆起していた。白狼天狗と河童が舌打ちをしたのは気のせいではあるまい。

 そして同色のハイソックスに包まれた足はすらりと長く、ミニスカートは黒と紫の市松模様。

 そんな紫色に染められた服を身に纏う少女の名は姫海棠(ひめかいどう)はたて。射命丸文と同じ鴉天狗で、ライバルでもある新聞記者だ。

 部下である椛に珍しく遊びに誘われたので来てみたのだが、まさかこんなとんでもないほどにどうでもいいことだったとは。自分の交友関係についてもう一度考え直そう、とはたては心に決める。

 

「ほら見ろ犬走! お前の意味不明な暴走のせーで一人の女の子の時間を奪っちまってんだぞ!?」

 

「一人じゃ何もできないヒモ男如きがはたてさまを女の子扱いするんじゃない!」

 

「ねぇ椛、それってどういう意味?」

 

「誰が一人じゃ何もできないヒモ男だ! 少なくとも、姫海棠よりは美味い料理を作れるっつーの!」

 

「あれ? なんでアタシが傷つけられてるの? なんでアタシはここまでアウェーなの?」

 

「本当にごめんなさい、はたてさまぁ……ッ!」

 

「そしてなんであの二人じゃなくて、にとりが謝るのよ」

 

 子供のような言い合いでヒートアップしながら無意識無自覚ではたての心をズタズタに引き裂いている二人に代わり、苦労河童のにとりが地面にずりずりと額を擦らせるように土下座した。全て自分が悪いのだとそろそろ自己嫌悪に入りそうなにとりに、はたては冷や汗を流しながら「何もしてないんだから、にとりは謝らなくてもいいわよ」と一応フォローを入れておいた。

 が、椛と良夜の二人の言い合いは留まることを知らないようで、

 

「っつーか、姫海棠に敬意を払ってるお前らって実は相当の馬鹿なんじゃねーの!?」

 

「き、貴様……はたてさまをバカにしたわね!? ひきこもりで出不精で友達が少なくていつも二番煎じで三流キャラのはたてさまを、バカにしたわね!?」

 

「そこまで言ってねーよ! 確かに姫海棠は家事もできなくて彼氏もいない干物女だが、そこまで酷いことは言ってねーよ!」

 

 一応フォローを入れておこう。椛と良夜の会話はある特定の人物を卑下しているように聞こえるが、二人は完全無欠に無自覚の会話をしているのだ! 無自覚で無意識で無邪気な会話の中で、凄くギリギリな内容が含まれてしまっているだけなのだ! 決して、悪口を言おうとしているのではない。

 が、そんなことは、現在進行形で罵倒されまくっている姫海棠はたてには分からなかったようで、彼女の額にはビキビキビキビキビキッ! と数えきれないぐらいの青筋が浮かんでいた。それを見たにとりは顔を真っ青に染めてズザザザーッ! とはたてから神速で距離を開ける。

 「アンタたち……」周りが見えていない二人にはたては幽鬼の如く近づき、二人の肩を勢いよく掴む。『ん? ――あ、えっと……』突然の奇襲によって自分たちが何をしでかしたかを一瞬で悟った二人は顔面蒼白で冷や汗を滝のように流しながら、必死に自分の命を失わないための言い訳を考え出した。このままじゃ、殺される……ッ!

 しかし、姫海棠はたての堪忍袋の緒は既に切れるどころか引き裂かれてしまっているので、

 

「――捏造記事書かれたくなかったら今すぐアタシに土下座しろォおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」

 

『ご……ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーッ!』

 

 体裁とか、考える余裕も無かった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「ったく……今日は酷い目にあったわ」

 

「あやや……ごめんなさいね、うちの居候がとんだ迷惑をかけてしまって……」

 

「まったくよ」

 

 あの後、はたては白狼天狗と配達屋を抱き合った状態で縄で縛り、永遠亭の庭に空からぽいっと投げ捨てた。あの時の二人の絶望しきった表情は傑作だったわね、とはたては向かいに座る鴉天狗――射命丸文に嬉しそうに言った。文はそんなはたてに苦笑を浮かべる。

 現在、はたては文の家で食事をとっている。時刻は既に午後七時を回ったところなので、今の食事の名前は夕食だ。

 アホ二人組を投げ捨てた後に家に帰るのが面倒くさくなったはたてがこの家に勝手にお邪魔した、というのが事の経緯なのだが、文的には一人の食事はさびしかったので別にはたてが来たことに関してはなんの問題もない。それどころか居候の不始末を許してくれるというのだから、断るわけにはいかないだろう。

 はたては味噌汁をすすり、

 

「んー? この味噌汁、意外と美味しいじゃない」

 

「良夜が作り置きしてたんですよ。『味噌汁王に俺はなる!』とか何とか言いながら作ってたので、自慢の一品なんだと思いますけど」

 

「ふ~ん」

 

「なにニヤニヤしてんですか。そんなに美味しかったんですか、良夜の味噌汁」

 

「い~え。配達屋のことを話してる時の文ってまるで恋する乙女みたいに目がキラキラしてるから、面白いなぁって思っただけ」

 

「バッ、ちょっ、こ、ここここ恋する乙女!? だ、だだだだだ誰が!?」

 

「今アタシの目の前で顔面を真っ赤に染めちゃってるアンタのことよ、文」

 

「あややややややややややややややややや!」

 

「それ何語?」

 

 まるでリンゴみたいね、とはたては目の前で頭から湯気を出している文を見て嘆息する。このブン屋、アイツと出会ってからマジ可愛くなってるわね。

 ニヤニヤと笑いながら鮎寿司(良夜作。かなり美味しい)をパクつきだしたはたてに向かって文は箸の先を向け、

 

「わ、私をからかうのは止めてください!」

 

「箸の先を人に向けちゃダメって、親から習わなかった?」

 

「人じゃないんでセーフです! って、話を逸らすな!」

 

「はいはーい、分かったわよ。――で、式はいつぐらいに挙げるわけ? ちょー気になるんですけど」

 

「だから話を聞けって言ってんだろ!?」

 

 テンパりすぎていつもの営業口調が崩れてきてしまっている文。というか、キャラがこの短時間で著しく崩壊しまくっているのは気のせいだろうか、いや気のせいじゃない。 

 「分かったわよ。いいから落ち着きなって」はたてはオーバーヒートを通り過ぎてすでにクラッシュ寸前の文の正気を取り戻させる。文との付き合いが長いはたては、文の手綱を容易に握ることができる数少ない存在なのだ。

 はたてによって元の自分を取り戻した文はコホンと咳払いをし、

 

「いいですか、はたて。私と良夜はで」

 

「できちゃった婚? いやー、そこまで進んでたとはねぇ」

 

「むっきゃぁああああああああああああああああーッ!」

 

 ――再び盛大にぶっ壊れた。

 

「お。今の文、ベストショットだわ」

 

「なに撮ってんですか! 消して、今すぐその写真を消してください!」

 

「だーめ。これを配達屋に高値で売るんだから。これは私の予想だけど、十万は軽く越えるんじゃないかしら?」

 

「そんなお金はウチにありません!」

 

「自分の写真を自分で買う。なんて素敵な循環なのかしら」

 

「あなたが手を加えた循環でしょう!?」

 

「えー。文ちゃんマジノリ悪いって感じー」

 

「んもぉおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」

 

 のらりくらりと文の言葉を避けてイジってくるはたてに、文は牛のような雄たけびを上げる。

 その日の夜、妖怪の山に「もう、勘弁してくださぁあああああああああい!」という悲鳴のような絶叫が響き渡ったという。

 

 

 

 

 余談だが、永遠亭にて。

 

 

『さぁって、と。ついにこの薬を試す時が来たようね!』

 

『やめて離して助けて文さまぁ!』

 

『ちょっ、八意さん!? そのドデカい注射器は一体ナニ!?』

 

『大丈夫大丈夫。痛みの後には快感が待っているのだから!』

 

『ち、因みに、その注射器の中身って、いったいどんな薬なんですか?』

 

『良い質問ね椛ちゃん。この薬はね――いえ、なんでもないわ』

 

『くっそ駄目だ嫌な予感しかしねー! おい犬走、協力して妖怪の山まで帰るぞ!』

 

『合点承知!』

 

『うふふ。逃がさないわよ? ――私の実験台になりなさぁあああああああああい!』

 

『たっ、助けて文ぁぁああああああああああああああああああ!』

 

 


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