東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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 今回は短めです。



第十話 企業秘密です

 

 良夜と文がなんとも言えない空気に包まれてしまってから二日目の朝。

 

「宅配便でーす。毎度ご愛読いただいている『文々。新聞』と嘘っぱち賢者なスキマ妖怪からの宅配便を持ってきましたーまる」

 

「自分でわざわざ『まる』とか言わなくていいですよね……?」

 

 ――良夜は冥界にある『白玉楼』へとやってきていた。もちろん、自転車で。

 外は夏だというのに、冥界の中はまるで春か秋のように涼しい空気が漂っている。生から解き放たれた幽霊たちが集まる霊界は、今日も今日とて通常運行のようだ。

 良夜の言葉にやんわりとツッコミを入れているのは、蚕糸のような白髪と腰に下げている双振りの日本刀が特徴の少女――魂魄妖夢(こんぱくようむ)だ。

 半人半霊である彼女の周りには一体の人魂がふよふよと忙しなく動いていて、その光景に慣れきっている良夜は「おはよーっす」と挨拶をする。

 

「長いこと幻想郷で暮らしていますけど、私の人魂にあいさつをしてくるのは配達屋さんだけですよ」

 

「人とか妖怪とかの区別がつけ辛い幻想郷で暮らしてると、どいつもこいつも同じに見えてくんだよ。だから、人も妖怪も幽霊も人魂も関係なく、俺は挨拶をするんだ」

 

「あ、判子はココでいいですか?」

 

「話を聞けよドジッ娘庭師!」

 

「酷い!」

 

 誰がドジッ娘だーッ! と刀に手を添える妖夢に、良夜は顔を真っ青に染めながら必死に謝罪する。忘れられているかもしれないが、沙羅良夜は至って普通の人間なのだ。霊力も妖力も無く、空も飛べず、不老不死でもない普通の人間。幻想郷で最も弱い存在だと言ってもいいかもしれない。

 最弱である良夜は、人や妖怪の弱さを知り尽くしている。

 自分が弱いことを誰よりもよく理解している良夜は、自分以外の強さを誰よりもよく理解している。

 「俺は幻想郷の誰よりも弱い。だから俺は幻想郷のみんなの弱点を知り尽くしてる。弱い奴は他人の弱さを知ることで、初めて本当に弱くなれるんだ」それは良夜が口癖のように言う自分の在り方だ。

 

 強さを求めず誇りを求めず威厳を求めず名誉を求めない最弱の少年。

 

 だから良夜は誰よりも虚勢を張り、

 だから良夜は誰よりも虚言を吐き、

 だから良夜は誰よりも虚心を抱く。

 どこまで行っても弱い良夜は、どこまで行っても『虚』である――と良夜自身は理解している。

 なので、そんな最弱な良夜は今日もいつも通りに身を守るために謝罪する。

 あまりにもいつも通りな良夜に妖夢は苦笑するが、すぐに意識を良夜の手の中にある小包へと向けた。

 

「配達屋さん。それが紫様からの御届け物ですか?」

 

「多分な」

 

「いや多分って……配達屋さんが頼まれた配達物なのでしょう?」

 

 顔を引き攣らせながら質問を投げかける妖夢に良夜は「うーん」と十秒ほど頭を抱え、

 

「朝起きたら部屋に置かれてただけだから分からねー」

 

「あの方も相変わらず平常運転ですね!」

 

「あの賢者さまはナマケモノだかんなー……自分で配達するのがめんどくさかっただけなんじゃねーの?」

 

「そんなアバウトな……」

 

 呆れながらそんな呟きを漏らす妖夢に、良夜は苦笑を浮かべる。お互い苦労人な立場であるせいか、この二人は妙なところで気が合うのだ。某吸血鬼のメイド長のように極端な好意を向けているわけではないが、同じような苦労を分かち合える友人程度の親しみはある。

 そんな「週に一回は料理のレシピを教え合っている主婦仲間」的な関係である良夜と妖夢は、最近幻想郷で噂となっている「雪走威の修行談」へと話の内容をチェンジさせた。

 

「博麗が寂しそうにしてるから、雪走を早く神社に戻してやった方がいーんじゃねーか? そろそろこの白玉楼、嫉妬とかその他もろもろで怒り狂った紅白巫女に壊されんじゃね?」

 

「それは凄く困りますけど、大丈夫なんじゃないですか? 霊夢って雪走くんのこと、本気で好きみたいですし」

 

「いやそれ意味分かんない。なんで好きだったら大丈夫なんだ?」

 

「好きな人の帰りを待つことは、あまり苦にならないってよく言いますから」

 

「そんなもんかね」

 

「そんなもんじゃないですか?」

 

 「俺にはよく分かんねーな」良夜は妖夢に小包と新聞を渡し、妖夢は受け取りながら小さく笑みを浮かべる。

 そんな感じで今日もグダグダな配達という任務を終えた良夜が白玉楼の門の傍に停めていた自転車に駆け寄ると、妖夢が後ろから呆れと驚きが混じった声を投げかけた。

 

「いつも思うんですけど、なんで自転車だけで冥界に来れるんですか?」

 

「根性と努力の賜物だと思います」

 

「それだけで納得できるわけないですよねぇ!?」

 

「ンなこと言われてもよー。毎度こうして自転車だけで配達に来てるわけだし、何も問題はねーだろーが。それとも何か? 魂魄妖夢さんは配達屋の仕事スタイルにケチをつけるような器の小さい庭師さんなんですかー?」

 

「別にケチをつけているわけじゃないですけど……やっぱり気になるじゃないですか。配達屋さんがどうやって幻想郷の隅から隅まで配達を行っているか――が」

 

「企業秘密です」

 

「うむぅ……いつもそうやってはぐらかされるんですよねぇ。少しぐらい教えてくれてもいいのに」

 

「駄目だな。これは文にすら教えてねえ企業秘密だから、尚更お前には教えてあげらんねーよ。どーしても知りたいってんなら、俺に負けてみろ」

 

「絶対に無理ですよね、それ」

 

 最弱な人間にかなりの強さを誇る半人半霊が負けられるわけないでしょう、と妖夢は最後にそう付け足した。

 良夜はそんな妖夢に苦笑を向け、自転車に乗る。まだまだ配達の仕事は残っているので、長居をしているわけにはいかないのだ。

 「んじゃ、またいつか」良夜はそう言い残し、ペダルに置いている足に体重をかけた。自転車はゆっくりと進み、ペダルもまたゆっくりと回る。

 涼しい冥界の空気が風となって良夜の身体を冷やしていくのを感じられるようになるぐらいに自転車をこいだ瞬間、良夜は誰にも聞こえないほど小さく小さく小さく小さく、

 

「…………記憶が戻っても、俺は今みてーに弱いままでいられるんだろーか」

 

 その呟きは冥界の空気に溶け、誰にも聞かれることなく静かに霧散した。

 

 


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