良夜が帰ってこない。
日が変わりそうな時間に帰ってきたことは何度かあったが(その度に体にじっくり理由を聞いていたけど気にしないでくださいね☆)、翌朝になっても帰ってこないのは初めてだ。
そして現在、良夜の同棲相手でありほぼ公認カップルとされている鴉天狗の
「銀髪で黒装束で目つきが悪い人間を知りませんか!? どんな情報でもいいから、私に情報をください!」
――人里で本気の良夜探しを行っていた。
過去に撮った良夜の顔写真を人々に見せ、そこから良夜の性格や好みなどを言う。ありとあらゆる手段をとって良夜に関する情報を得ようとしている。
いつも笑顔な射命丸文にしては珍しく、焦燥に染まった渋い表情を浮かべている。どんなハプニングでも新聞の記事のネタにしてしまう自称『清く正しい射命丸文』は、現在においてはプライドも何もあったもんじゃなかった。
しかし、文の質問に首を縦に振ったり有益な情報を伝えてくれる者は一人もいなかった。逆に、全員が全員「知らない」という始末だ。流石にこれはおかしすぎる。
人が一人失踪しているのに誰もその姿を見ていない。神隠しが普通にあり得る幻想郷だが、流石に誰も姿を見ていないということはありえないだろう。
情報をが集まらないことに更なる焦りを覚えてきた文だったが、そんな彼女の元に一人の女性が歩み寄ってきた。
最近居候に猛烈なアタックをしている、ツンデレな腋巫女サマだ。
「人里で鴉天狗がご乱心だって言われたから来てみたんだけど……これは一体何事かしら?」
「良夜が良夜が良夜がいないんですいなくなっちゃったんですどこにもいないんです!」
「お、落ち着きなさいって。プライドの高い鴉天狗がそんなんだと他の妖怪に示しがつかないわよ?」
「でも、良夜が!」
「沙羅がいなくなっちゃったことはもう十分に分かったから、とりあえず落ち着きなさい。そうね……とりあえず博麗神社でお茶でもしましょうか。――沙羅捜索についてはそれからねっ!」
「ぐふぅっ!」
焦りのせいで油断していた文は霊夢から本気のボディブローを決められ、その場でガクリと意識を失った。
☆☆☆
「は? 沙羅が行方不明?」
目をぐるぐると回して気絶した文を担いで博麗神社に帰ってきた霊夢は、とりあえず居候である黒髪の少年――
威は掃除機型の兵器――『恋力変換機』を磨いていた手を止め、露骨に驚いたような表情を浮かべる。
あまりにも急すぎる展開に完全置いてけぼりな威の言葉に霊夢はずずーっと湯呑に入ったお茶を啜る。
「そ。多分っていうか絶対だろうけど、紫が原因でしょうね」
「それが分かってるならなんで私に早く言ってくれなかったんですかぁ!」
「分かったところで相手はあの紫よ? 外の世界にでも連れて行かれてたら手も足も出せないわ」
基本的に幻想郷は外の世界と隔絶されている。妖怪は好きに行き来できるようだが、幻想郷で存在できていても外の世界では存在できない妖怪が多いためにあまり外の世界に出たという事例はないようだ。
だが、『境界を操る程度の能力』を持つ
外の世界と幻想郷を自由に行き来し、自分の好きなように行動する最強の妖怪。普段はぐーすか眠りについているというのに、どうしてかいつも誰もが求めもしないタイミングで行動を起こしてしまう。本当に傍迷惑な妖怪である。
霊夢の正論に文はしゅんと落ち込んでしまう。一秒でも早く良夜を見つけたい文なのだが、流石に相手がスキマ妖怪だとどうすることもできない。良夜が帰ってくるまで待ち続けることしかないだろう。
と。
「ねぇちょっと霊夢! 良夜のバカ見なかった!?」
――スパーン! と障子を勢いよく開き、ツンデレメイドがやって来た。
良夜と似たような銀髪に端正な顔でメイド服というなんとも奇抜な服装の少女――十六夜咲夜は無断でズカズカと部屋に上がり込み、何故か威の襟首を掴んで叫ぶように言う。
「良夜が行方不明なのよ! どんな情報でもいいから私に寄越しなさいな!」
「ちょっ、ギブギブギブ! っつか俺、沙羅と会ったことないんですけど! 姿も見たことないから情報とか言われても知らねぇし!」
「はぁ!? あんまり調子に乗ってると千本ナイフの刑に処すわよ!?」
「無実なのに酷い仕打ち!」
「はぁぁぁぁぁぁ……配達屋関係の女は全員が全員めんどくさいわねゴルァアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」
「あぎゅっ!」
自分の旦那が殺されそうだったので霊夢はご乱心中の咲夜に渾身のゲンコツを落とす。ちょっと霊力が込められていたのか、なかなかに音がグロテスクだった。
突然の激痛に冷静にはなったものの、頭がこの痛みを和らげるべきだという判断を下したと思われる咲夜はごろごろごろーっ! とその場でみっともなく転がりだした。
「あ痛ぁああああああああああああああーッ!」
「部屋の中で暴れないでよ。ホコリがたつじゃない」
「貴女は容赦というものを知らないの!? 下手したら今の死んでいましたわよ!?」
「は? それぐらい知ってますぅ。ざまぁ」
「この腋巫女ッッッ!」
「はいはい、そこまでだそこまでー」
自機同士の本気喧嘩が始まりそうだったところで威が静止の声をかける。文はそんな三人など視界に入らないといった様子で絶賛絶望中だ。
とりあえず霊夢と咲夜の間に威が入るという打開策でその場を鎮め、卓袱台を囲むように四人は腰を下ろした。
目からハイライトが消えている文と咲夜を引き攣った表情で威は見るが、ちょっと怖かったので話を切り出すことにした。
「で、沙羅がいなくなったってどういうことなんだ? 紫さんが元凶だってのは霊夢から聞いたけど、それ以外は何も俺は知らないわけなんですけど?」
「私だって知らないわよ。紫のすることが分かる奴なんていないんじゃないかしら? まぁいたとしても、幽々子ぐらいのものかしらね」
「…………良夜ぁ、どこ行っちゃったんですかぁ」
「…………あのバカ、帰ってきたら私の代わりに紅魔館で家事をさせてあげますわ……ッ!」
「霊夢せんせーい。鴉天狗とメイド長が凄く怖いでーす」
「視界から外しなさい。目が合ったら殺されるわよ」
『鬱&怒り』という名の負のオーラを放つ二人からちょっと距離を開ける博麗コンビ。周囲からは怖いものなしなコンビと思われているのだが、実際は『さわらぬ神に祟りなし』を地でやり抜くコンビでもある。簡単に言うと、面倒事が嫌いなコンビである。
普段ならばここでメイドである咲夜が(家主じゃないのに)お茶を準備するのだが、今は絶賛マイワールドトリップ中なために威が人数分のお茶を用意することになった。もちろん、茶葉は使いまわしである。
お茶の薄い味だとか夏の高い気温だとかが全く気にならなくなってしまっている絶望コンビに溜め息を吐く博麗コンビだったが、
「沙羅良夜がどこに行ったか知りませんか!? 何故か幻想郷に彼の欲が感じ取れないのですがっ!」
『もういい加減にしろやテメェら!』
スパーン! と障子を勢いよく開いてやって来た聖徳道士に流石に怒りの咆哮を向けてしまった。
☆☆☆
猫やら狐のような耳が生えているように見える栗色の髪を持ち、紫色を基調としたセーラー服のような装束を身に纏っている少女――豊聡耳神子をとりあえず卓袱台の傍に座らせ、威は彼女の分のお茶を素早く用意した――のが今から四時間前のことだ。
いつまでたっても負のオーラ放出機な三人に霊夢と威は軽い頭痛を覚えるが、何とかこの三人を正常に戻すために立ち上がる。
「あ、あんまり気にしなくてもいいと思うけど? 紫さんのことだから、どうせすぐに沙羅を幻想郷に連れて帰ってくるって」
「…………スキマ妖怪ぶっ殺します」
「ほら、咲夜だって紅魔館での仕事があるでしょ? いつまでもこんなところで油売ってる訳にゃいかないでしょ?」
「…………スキマ妖怪ぶっ殺してあげますわ」
「っ……み、神子だって人里での相談室運営があるんだから、早く戻ったほうが良いわよ。布都と屠自古だけじゃ相談室運営は無理なんだから」
「…………スキマ妖怪ぶっ殺してあげる」
『もうどうしようもねぇなコイツら!』
慰めるどころかさらに負のオーラの濃度を上げてしまった。
障子の隙間から見える範囲でだが、もう日が完全に暮れてしまっている。かれこれ五時間以上もこの状況で過ごしているわけなのだが、そろそろ堪忍袋の緒がクラッシュしてしまう。
というかそもそも、なんで紫は良夜を外の世界に連れて行ったのだろうか。いや、外の世界へ連れて行ったというのはあくまでも予測でしかないのだが、それにしても理由が分からない。
と、そこで霊夢の頭に一つの考えが浮かび上がってきた。
「そっか……そういえば沙羅って、記憶喪失だったわね」
忘れている人も多いだろうが、沙羅良夜はエピソード記憶を完全に失った記憶喪失者だ。幻想郷に来る以前のことを全く覚えておらず、自分の家族のことも分からない。右も左もわからない状態で文に拾われたのだ。
そして霊夢の頭に浮かび上がってきた考えとは、『沙羅良夜の記憶を取り戻す為に外の世界に行ったのではないか』というものだった。
彼の知識記憶とか服装から予想するに、沙羅良夜は外の世界の人間だ。何らかの理由があって幻想郷にやって来たか、なんらかのアクシデントで幻想郷に飛ばされてきたか。あんな濃いキャラが周囲の人間に存在を忘れ去られてしまうということはまずあり得ないだろうから、原因としてはその二つが挙げられるだろう。
そんなことを考えていた霊夢だったが、不意に耳に触れた雑音に思考を中断してしまう。
その雑音は、障子が開く音だった。
そして、その障子の先には、
「あー……えぇーっと……ただいま?」
「初めましてぇっ! 良夜の母親の沙羅白夜ですっ! 好きなものは良夜で嫌いなものは良夜に危害を加える者っ! 今日から幻想郷に住むことになったので、どうぞよろしくっ!」
――とりあえずぶん殴りたくなるほどにイラつく銀髪な親子が立っていた。