東方文伝録【完結】   作:秋月月日

16 / 31
第十五話 紅魔館生活開始

 そんなこんなで紅魔館生活一日目なのである。

 

「……いや、意味分かんねー」

 

 新聞記者である射命丸文の家に居候していて配達屋という職を持っている沙羅良夜は現在、紅魔館のキッチンで夕食(という名の朝食)を作っている。

 事の始まりは紅魔館のメイド長である十六夜咲夜の一言だった。

 

『私はこれから博麗神社でお泊り会だから。約束通り、私の代わりに紅魔館で働いてね。……お嬢様に何かあったら、その体をナイフで串刺しにさせてもらいますからね』

 

 本気で取り組もうと思った俺は悪くない。

 卵をフライパンの上で割り、菜箸で乱暴に掻き混ぜる。良夜特製『卵のぐちゃぐちゃ焼き』を作っているわけだが、果たしてこれは吸血鬼の口に合うのだろうか。というか、合ってくれないと咲夜に殺されるわけなんですが。

 良夜はこの俗にいう出張バイトについて一応は文に報告している。やはり文は家主なのだから、ホウ・レン・ソウは欠かしちゃいけないのだ。

 最初は反対されると思ったが、どうやら文も天狗の集会のせいで一週間ほど家を空けるらしい。「せっかく良夜を好きにできると思ったのに、何で最初が咲夜さんなんですかぁ……ッ!」と血の涙を流していたのは記憶に新しい。

 完成したぐちゃぐちゃ焼きを皿に載せ、まな板の上に置いていたキャベツを切る作業に移る。目標は『誰でも美味しく食べられるサラダ』だ。

 と。

 

「夜早くからご苦労様ね、良夜」

 

「なんか日本語が激しく間違ってる気がするんですけど。レミリア様、おはよーございまーす」

 

 桃色のナイトキャップに同色の服を着た青紫色の髪を持つ少女。背中には禍々しい悪魔の翼が生えていて、口の端から出ている八重歯が特徴的。

 レミリア=スカーレット。

 ここ、紅魔館の主である正真正銘の吸血鬼だ。

 レミリアはトテトテと良夜の傍まで歩み寄り、作業風景を眺めはじめた。もちろん、背が届かないので踏み台は用意した。……良夜が。

 

「とてつもなく馬鹿にされた気がするけれど、一応お礼は言っておくわ。ありがとう」

 

「いやいや、レミリア様の機嫌を損ねるわけにはいかねーんですよ」

 

「…………咲夜に脅されたのね」

 

「…………おっしゃる通りです……ッ!」

 

 「心の底から同情するわ」と背中を優しく叩いてくれるレミリアにちょっと心惹かれた良夜は絶対に悪くないと思う。年頃の男の子は優しい女性に惹かれるものなのだ。

 キャベツを切り終わったところできゅうりを素早く薄切りにする。そして予め皿に盛りつけていた洗い立ての水菜の上にそれらを盛り付け、トドメとばかりにトマトを二つずつ置いた。

 とりあえず夕食が完成したので良夜はふよふよと空中を漂っていた妖精メイドに声をかけ、食卓に夕食を運んでもらう。

 

「結構手馴れてるわね。まるで咲夜みたいだわ」

 

「ま、ここに来ることが結構多かったんで。妖精メイドたちとの仲は良好っすよ」

 

「咲夜との仲は?」

 

「どーしてこのタイミングでその質問が来るのか俺には分からない!」

 

 エプロンを外していつもの黒づくめ(まぁ、学生服はクローゼットにかけているので今の服装は白いカッターシャツと黒いスラックスなのだが。因みに、相変わらずカッターシャツはだらしなく裾を出している)でレミリアと共に食卓に向かう良夜は、顔を赤くしてそっぽを向いた。

 良夜だってバカじゃない。咲夜が自分にどんな感情を向けているかということぐらい、人並みには理解している。同じ感情を文と神子から向けられていることも、理解している。

 だが、良夜は小さく笑みを浮かべて言う。

 

「俺はまだ弱いから、あんな強い奴らには釣り合わねーっすよ。っつーか、文も咲夜も神子も大事ですからね。よく漫画とかラノベで見るヘタレ主人公って訳じゃないっすけど、やっぱり俺にゃ選べねーんすよ。全員が全員、俺にとって大事な人ですから」

 

 頬を掻きながら恥ずかしそうに言う良夜だったが、レミリアは素直に感心していた。

 自分がどういう立場にいるかを理解しながらも、その立場を崩したくないがために行動する最弱の少年。そういう優しいところが彼女たちを惹きつけている魅力なわけだが、果たしてこの少年がその事実に気づく日は来るのだろうか。

 だが、まぁ、レミリア=スカーレットは面白いことが大好きなので、全力で良夜をからかうことを心に決めた。

 そんなわけで。

 

「貴方、もしかして最近話題のハーレム狙いなわけ?」

 

「ぶふぅっ! ばっ、誰がそんなこと考えてるって!? ハーレムとか、全く考えてねーっすよ! 何だその極端理論!」

 

「いやほら、『誰も選べないー困ったなーそれじゃーみんな俺のものにしちゃおーZE☆』みたいな話がよくあるじゃない」

 

「それは二次元世界での話ですよ! 俺どんだけ嫌な奴なんだ! そこまで優柔不断じゃねーし!」

 

「じゃあ誰が本命なのよ。あ、言っておくけど、『みんな大事だから一番とかないっすよ!』とか言ったら一滴残さず血を吸い上げるから」

 

「沙羅良夜人生最大のピンチがココに!」

 

 顔面蒼白と顔真っ赤を繰り返す良夜は「なんだこの意味不明な過酷状況は……ッ!」と呻きながら頭を抱える。そんな良夜をレミリアはとても愉快そうに見ているわけだが、良夜はそれに気づかない。

 

 豊聡耳神子。

 

 彼女は自分にとてもよくしてくれるし、やはり聖徳道士ということもあってかかなり聖母的な性格をしている。弱き者を見捨てない偽善者と言ってしまえばそこまでなのだが、彼女は生粋の聖人だ。自分の損を顧みず、他人を助ける生粋のお人好し。

 

 十六夜咲夜。

 

 普段は高圧的な態度で自分を威圧してくるが、やはりそれほどまでに自分を大切に思ってくれているということだろう。時折見せてくれる笑顔も可愛いし、自分の悩みも親身になって聞いてくれる。ヤンデレとツンデレというまさかの両刀使いであることにはかなり驚いたが、まぁそういうギャップ的なところも魅力の一つだろう。

 

 だけど、まぁ、やっぱり。

 

「俺にとっての一番は、射命丸文。アイツのことは、心の底から愛してると言ってもいーっすね。咲夜と神子も好きだけど、文はそれ以上に愛してる。……やっぱ俺、優柔不断っすかね」

 

 頬を紅潮させながらそう言う良夜に、レミリアは小さく笑いながら「そうね」と返した。

 良夜が幻想郷に来て最初に出会った妖怪、射命丸文。その時から一年ほどかけて築かれた絆はどんなものよりも強固で深い。ちょっとやそっとじゃ崩れないほどに、二人は互いのことを想っている。

 楽しいときは一緒に騒いでくれ、悲しいときは隣で慰めてくれ、嬉しいときは一緒に笑顔を浮かべてくれ、泣きたいときは腕の中で泣かせてくれる。――射命丸文と沙羅良夜は、そんな互いを支え合う関係なのだ。

 (こんな調子じゃ、咲夜の恋が成就するのは果たしていつになるのかしらね)レミリアは博麗神社で騒いでいるであろう自分の従者に向けて心の中でそう呟いた。基本的にレミリアは中立的な立場なので個人を応援するということはないのだが、やはり自分の家族には頑張ってもらいたいものなのだ。美鈴とフランはかなり頑張らないと駄目かしらね、と付け加えることも忘れない。

 そんなことを考えているうちにどうやら食卓に着いたようで、レミリアは良夜が引いてくれた椅子に優雅に腰を下ろす。

 と。

 

「うみゅぅ……良夜お兄ちゃんにお姉様、おはよぅ……」

 

「は、はははは配達屋さん遅ようございます!」

 

「もっと本を読んでたかったわ……」

 

「パチュリー様、いい加減に本の虫なのは治しましょうよ……」

 

 金髪サイドテールで宝石が吊り下げられた翼をもつ少女――フランドール=スカーレット、緑を基調とした帽子とチャイナドレスを着た夕焼け色の髪を持つ少女――紅美鈴(ホンメイリン)、紫っぽいだぼっとした服を着た眠そうな目の少女――パチュリー=ノーレッジ、深紅の長髪と悪魔特有の羽と尻尾が特徴の少女――こあ(そう言う名前で呼ばれているだけ)の四人ががやがやと食卓に入ってきた。

 すると、良夜が用意した紅茶を飲んでゆっくりしているレミリアを見たパチュリーがジト目を向けながら言った。

 

「……レミィ貴女、紅茶は苦手なんじゃなかったの?」

 

「良夜の紅茶は何故か美味しいのよ。だからこれだけは特別なの。パチェも飲む?」

 

「だが断る。人間の血でも入っていたら嫌だもの」

 

「……私、そこまで血液好きじゃないんだけど」

 

 偏見だわー、とわざとらしく嘆くレミリアに傍に立っている良夜は苦笑を浮かべる。同じ光沢をもつ銀髪のせいで少しだけ咲夜に見えた、というのはパチュリーだけの秘密である。

 紅魔館メンバー全員が座ったところで良夜は全員分の飲み物を用意する。それぞれの好みに合わせたものを用意するので、少しだけ時間がかかっていた。

 準備を無事に終えた良夜は「あー……疲れたー」と美鈴の隣の椅子にだらしなく腰を下ろす。咲夜がいたらナイフに一本や二本投げられてしまうような態度だが、良夜に優しい彼女たちが怒ることはない。

 そんなこんなで食事が開始され、紅魔館メンバー+1はわいわいがやがやと会話しだした。

 そして食事が終了する頃には、会話の話題が『良夜の能力』にシフトしていた。

 

「沙羅。貴方、能力が使えるって本当なの?」

 

「パチュリー様ほど派手なもんじゃないっすよ。まぁ、なんつーか、見かけ倒しのガラクタ能力っすね」

 

 パチュリーの問いに良夜は皿とカップを妖精メイドに渡しながら答える。自分の能力にあまり自信を持っていない良夜は、「どーでもいい能力ですしね」と小さく溜め息を吐いていた。

 実はその能力が原因で幻想郷に来ることになったのだが、良夜はあえてそれを口にしない。別にこの場で言うことじゃないし、空気もどよーんとしたものになってしまうということが分かっているからだ。経験は今後の糧にしなくてはならないだろう。博麗神社の時と同じ轍を踏んではいけない。

 と、そこで何故かとても妖しい笑みを顔に張り付けていたレミリアが口を更にニィィと裂けてしまうのではないかというほどに吊り上げ、こう言った。

 

「それじゃあこうしましょう。私も良夜の能力には興味があるから、これから良夜に能力を披露してもらうわ。――但し、美鈴との決闘という形でね。もちろん、弾幕ごっこじゃなくて、組手形式だから」

 

『…………………………え゛』

 

 とても嫌そうな表情を浮かべる美鈴と良夜に、レミリアはただニコニコと満面の笑みを向ける。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。