東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第十六話 VS紅美鈴①

 

 そんなこんなで組手開始なのである。

 

「……あれ? なんかこの出だし、激しくデジャビュなんですけどー?」

 

 相変わらずの学生ファッションで一応のファイティングポーズをとる沙羅良夜は、意味不明な一言を空に向かって言い放った。……もちろん、返事はない。

 夕食の場でレミリアから突然言われた『美鈴ちゃんとの決闘☆』が今から行われるわけだが、良夜は全く乗り気ではなかった。というか、現在進行形で家に帰りたい。

 「はぁぁぁぁぁ……」と地霊殿にまで聞こえそうなほど深い溜め息を吐く良夜に、紅魔館の家主ことレミリア=スカーレットは日陰で優雅に椅子に腰かけながら言う。

 

「何をブツクサ言ってるかは知らないけれど、いい加減に覚悟を決めたらどうかしら?」

 

「簡単に言わんといてください! 弾幕ごっこならまだしも組手って! 相手は美鈴なんすよ!? 人間である俺が組み手とかしたらぶっ殺されるじゃ済まねーよ!」

 

 紅魔館の門番である紅美鈴(ホン・メイリン)は格闘技という点において、幻想郷最強であると言っても過言ではないほどの強さを誇る妖怪だ。毎朝欠かさず太極拳の練習をし、紅魔館にやってくる妖怪との弾幕ごっこで体を鍛えてもいる。

 そんな格闘技をするためだけに生まれてきたような妖怪と自称最弱の人間である良夜が組み手をすればどうなるかは、考えるまでもないだろう。

 涙目でレミリアに咆哮する良夜。そんな彼に美鈴は苦笑しているのだが、至って平和なインドア組はというと。

 

「はいはい、沙羅さん枠が今なら相場が高いですよ! こっちに賭けて損はないです!」

 

「私は美鈴に五千円賭けるわ。私がけしかけといてなんだけど、良夜が美鈴に勝てるわけないもの」

 

「私は沙羅に三千円。個人的にはラッキースケベな展開が欲しいところね」

 

「私は良夜お兄ちゃんに六千円! 応援してるよっ、おにいちゃぁ~ん!」

 

 ――楽しそうに賭け事の真っ最中だった。

 

「オイコラァアアアアアアアアアアアアアアアーッ! こちとら命張ってんのにそっちは至極平和ですねぇ!? っつーか賭けんな! しかも額が高すぎんだろーが! このブルジョアどもが!」

 

「お、落ち着いてください配達屋さん! 殺さない程度に頑張りますから!」

 

「ケガしない程度までって言ってほしかった!」

 

 ケガはさせたくないけど決闘はしてみたい、となんか複雑な心境の戦闘民族紅美鈴。良夜に好意を向けている一人である彼女としてはここで彼を殺すわけにはいかないのだが、手加減なんてしたら主であるレミリアにお仕置きされてしまうのだ。いや、別に言われたわけではないけれど、いつもの流れから言って確定事項なのだ。

 わーぎゃー騒ぐ良夜にインドア組はニコニコと純粋な笑みを向ける。良夜のイライラ率、二十パーセント向上。

 そしてそんなノリが五分ほど続いたところでついに覚悟を決めた良夜が美鈴の前に立ち、素人臭丸だしなファイティングポーズをとった。美鈴は両手を握って腰の横につけ、閉足立ち直立の姿勢。

 これで準備は整ったと判断したレミリアはニィィと自己満足以外の感情が無い笑みを顔に張り付け、

 

「それじゃあ、――始めなさい!」

 

 戦いのゴングを打ち鳴らした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 先に動いたのは、美鈴だった。

 

「行きますっ!」

 

 良夜の懐まで一瞬で移動し、横向きを保ったまま両足を肩幅以上に開く。左手は頭上に構えられ、右手は前方に突き出されている。

 「ッ!?」良夜は持ち前の反射神経で少しだけ後方に跳躍するが、美鈴はそれを逃さないとでも言う風に両手を後方に振り上げて身を捻り、膝を少しだけ曲げる。俗にいう『バネ』を蓄えているのだ。

 そこからの美鈴の動きは迷いが無く、文字通り目にも止まらぬ速さだった。

 左足を先に浮かしてから右足で大地を蹴り、身を捻って飛び上がる。このとき要した時間、たった二秒。

 そして良夜の顔面の位置まで跳びあがったところで、思い切り横薙ぎに足を振るった。

 少林寺拳法の技の一つ――『旋風脚』だ。

 

「ぐっ――――らぁっ!」

 

 美鈴の鋭い蹴りを良夜は顔の前で十字に両手をクロスさせることでなんとかガードし、大地を思い切り踏みしめて吹き飛ばされることを避けることに成功した。

 だが、美鈴のコンボは終わらない。

 

「――ふっ!」

 

 左足で着地したと同時に地面をするように右足を前方に踏み出して左掌を上にはらい上げ、右鉤手(指先を曲げて揃えた手)を後方に振り上げる。

 左足を曲げて勢いよく跳躍しながら右手背で左掌を打ち、――上段前蹴り。良夜はこれを先ほどと同じ方法でガードするが、あまりの威力にガードが崩されてしまった。

 この隙を見逃す美鈴ではない。

 再び左足から着地した美鈴は、右足を捻りながら着地と同時に踏み切って三度跳躍。良夜のガードは未だ戻っておらず、完璧にがら空きだ。

 目を見開いて硬直している良夜の顔の前まで跳躍した美鈴は少しだけ楽しそうに笑みを浮かべ、空中で身を捻って――『旋風脚』。美鈴の足は良夜の脇腹に見事ヒットした。ゴギィィィという鈍い音が紅魔館の庭に響き渡る。

 『飛燕三連脚』が見事決まり、美鈴は勝利を確信する。流石にやりすぎたとも思っていないわけでもないが、今は決闘の場なのだ。そんなことを気にすることは相手の名を汚すことになる。

 美鈴の半ば本気の蹴りを受けて良夜は石ころのように右にぶっ飛んだ。飛来先には紅魔館の壁があり、普通の人間である良夜がぶつかったら一溜りも無いだろう。

 

 

 だが、そこでふっとばされていたはずの良夜が掻き消えた。

 

 

 「なっ……何事ですか!?」予想もしない事態に美鈴は驚愕するが、そこで更なる驚愕が彼女を襲うこととなる。

 

「隙――ありィイイイイイイイイイイイーッ!」

 

「ッ!?」

 

 突然背後から響き渡った咆哮に美鈴は素早く反応し、頭を刈り取るべく横薙ぎに振るわれていた右足を左手でガードした。毎日自転車で幻想郷を駆け回っている良夜が放った回し蹴りは、人間とは思えないほどに重い。日々の鍛錬がものを言うとはよく言うが、良夜の脚力は日々の配達で美鈴の想像以上に鍛えられていたのだ。

 「チッ!」蹴りをガードされてしまった良夜は吐き捨てるように舌を打ち、後ろに跳躍する。良夜の着地と共にズザザザーッ! と砂が宙に投げ出された。

 相変わらず横向きな構えで美鈴は冷や汗を流しながらたどたどしい口調で言う。

 

「い、今のって……」

 

「多分だが、お前が思ってるとーりだと思うぜ。これが俺の能力――『目にもの見せる程度の能力』だ」

 

 目にもの見せる程度の能力。

 簡単に言うと、『相手に勘違いさせる能力』ということだ。

 幻覚を見せることで視覚情報を勘違いさせ、幻覚に質量をもたせることで触覚情報を勘違いさせ、幻聴を発生させることで聴覚情報を勘違いさせる。

 『現実』ではなく『幻想』を操る能力であり、『虚』を操る能力でもある。

 強さも誇りも何も存在しない良夜だけの能力。

 『虚勢』を張り続け『虚言』を言い続け『虚心』を抱き続けた良夜が、その身に宿していた固有能力。

 良夜の説明に冷や汗を流している美鈴を見て良夜は苦笑しながら言う。

 

「ま、他にもう一つ『自転車に乗って境界を超える程度の能力』ってのがあるが、こっちは幻想郷に来てから発現した能力だから説明は省かせてもらう。っつーか、能力名だけでどんな能力かは判断つけれんだろ」

 

 …………もはや最弱じゃなくね? とその場にいる良夜以外の全員の思考が一致するが、別に戦闘能力が上がったりするわけではないので良夜は相変わらず最弱なのだ。というか、自分で最弱と思い続けることに意義があると良夜は思っている。

 良夜さんの能力説明会が終わり、良夜は少しだけ体を斜に向ける形で美鈴に向き合う。

 

「因みに聞くけど、ここで降参とかさせてもらえんの?」

 

「却下ですよ配達屋さん。こんなに楽しいのは久しぶりなんですから、もっと楽しみましょうよ」

 

「いや、俺は別に楽しいって訳じゃねーし」

 

 そんなことを言いながらもとても愉快そうな笑みを浮かべている良夜。ほぼ戦闘経験がない良夜だが、オトコノコなのでやっぱり戦い自体は好きなのだ。最弱だとかそう言うことを抜きにして、心の底から戦いを楽しみたい。

 こんなことが文に知れたら説教以上のお仕置きをされちまうかもな。良夜は愛しい同棲相手の顔を頭に思い浮かべて苦笑する。やっぱりこの男は清く正しい鴉天狗の少女のことが好きなのだ。

 だが、良夜はあえてそれを口にしない。というか、恥ずかしいので口に出したくない。因みに、先ほどレミリアに言ってたじゃんとかいうツッコミはしてはいけない。時と場合というものがあるのだ。

 そんなことを考えていると、観客席と化しているテラスからレミリアが怒鳴ってきた。

 

「こらぁーっ! ぼさっとしていないでさっさとバトル再開しなさい! 『目にもの見せる能力』だか何だか知らないけれど、美鈴がどうせ圧勝するんだから!」

 

「じゃー何で組手なんてさせてんすか! 勝敗が開始前から決定してんじゃん!」

 

「おもしろそうだったからに決まっているでしょう?」

 

「……次の食事は緑色一色で決定!」

 

「いやっ……いやぁああああああああああああああああーッ!」

 

 と、そんな感じの漫才も無事に終了し、良夜はやっと美鈴に向き直る。なんかもう緊迫して空気が台無しになっている気がするが、そこは二人のバトル次第なのだろう。激しいバトルを繰り広げれば繰り広げるだけ、空気は緊迫するのだから。

 良夜の動きを読むために神経を研ぎ澄ませている美鈴を見て、良夜はニィィィィと裂けそうなほど愉快そうに口を歪めて言う。

 

「――――俺の『最弱《さいきょう》』はちっとばっか響くぜ?」

 

 


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