東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第二話 『文々。新聞』をよろしく

「いや別に買い物行くのは構わねーんだけど……『良夜の好きなもので良いです』ってのが一番困るんだよなー……」

 

 ――どうせ夕飯作るの、俺なのに。良夜は最後にそう付け加えながら自室のクローゼットから黒い詰襟を取り出し、腕を通していく。ボタンを下から順番に留めていき、第二ボタンまで辿りついたところで部屋の窓の近くにある机の方へと移動した。詰襟とカッターシャツの第一ボタンを留めずに着崩すのが良夜のスタイルなのだ。――格好つけだとか、言っちゃいけない。

 机に辿りついた良夜は引き出しを開け、中から鍵を取り出す。鍵には緑色のお守りがついているのだが、妙にボロボロだ。御利益の前に罰が当たりそうでなんか怖い。

 

「う――――――ん……焼きそばにするか……それとも工夫を凝らしてラーメンにするか……」

 

 どっちも麺類じゃねえか。

 ブツブツと呟きながら、良夜は自室を出て左に曲がる。良夜の部屋は玄関を入ってすぐ左の位置にある。理由は『よく外に出て行くから』らしい。雑用としてこの家に置いてもらっている以上、良夜に拒否権なんていうものは存在しないのだ。

 下駄箱から黒い運動靴を手に取り、紐を解かずにつま先をトントンと床に打ち付ける形で靴を履いていく。基本的に面倒くさがりやな良夜は、こういった動作を短縮しようとする癖がある。靴下を裏返したまま洗濯に出したり、寝癖を直さないまま外に出たり、と言った風にだ。どうせ後で苦労することになるというのに、良夜はその癖を直そうともしない。

 そして良夜が靴を履き終わって家の扉を開けようとしたところで突然文の声が奥から響き、

 

『良夜ぁー! ついでですから、この新聞を配達しといてくださーい!』

 

「あァ? ――へぶっ!」

 

 ――振り返った瞬間、顔面に大量の新聞が直撃してきた。

 顔面に当たって床へとドサドサ落ちていく新聞をぷるぷると小刻みに震えながら見つめる良夜。どうやらこの新聞たちは文が操った風によって運ばれてきたらしい。つまり、こいつ等には何の罪もない。悪いのはただ一人――あのへらへらした鴉天狗だ。

 だが忘れてはいけない。良夜はあくまでも居候で雑用で小間使いなのだ。よって、反抗する権利など与えられていない。

 なので良夜はあくまでもいつも通りに溜め息を吐き、あくまでもいつも通りに新聞を拾う。

 そしてまたまたあくまでも普通通りに扉を開け、

 

「行ってきまーす!」

 

『ふぁーい。いってらっしゃーい!』

 

 ――あくまでもいつも通りに、見送られるのだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……………………暗ぇなぁ」

 

 妖怪の山の中で唯一舗装(デッカイけもの道だと思ってくれればいい)された道を自転車で下りながら、良夜は小さく呟きを漏らす。

 この自転車は良夜が知り合いの店主から安値で買い取ったものだ。店主曰く、「バランスがとりにくくて誰も乗れないんだよ。だから君が乗れるというのなら――千円でどうだい?」とのこと。随分と得した買い物だったなぁ、と良夜は自分が乗っている自転車の乗り心地を堪能しながら感激する。表情の変化が乏しいが、これでも彼は喜んでいるのだ。

 良夜と文が住んでいる家は妖怪の山のかなり上の方にある。天狗が妖怪の山の支配者であることが大きな理由なのだが、良夜的には「文の好みなんじゃねーの?」とのこと。鴉は空が近い方が嬉しいからだろうか。真実は誰にもわからない。

 

「さぁーって、と。まずは最初の目的地に到着しましたーっと」

 

 山の中腹まで来たところでキキーッとブレーキをかけて停止する。

 彼の目の前には、かなり大きな神社が鎮座している。この幻想郷にはもう一つ有名な神社があるのだが、そちらの方はかなりの財政難なので比較にもならない。何でまだ潰れないのかが不思議なぐらいだ。

 普通ならばこの神社の圧倒的な風格に言葉を無くして立ち尽くしてしまうのだが、良夜はこの神社には何度も訪れているので今さら何も感じたりはしない。せいぜい「相変わらずでけーなぁ」ぐらいのものだ。

 なので良夜はあくまでも普通に自転車の籠から新聞を取り出して神社へと近づき、

 

「まっくろくろすけでっておーいで! でねーと賽銭ぶんどるぞー!」

 

 ――物騒なことを叫び散らした。

 

「あなたは新手の強盗かテロリストか犯罪者かっ!」

 

「いでっ」

 

 良夜の叫びの直後に神社の本殿の扉がバーン! と勢いよく開き、同時に奥から黒い物体が凄まじい速度で良夜の顔面に飛来して――直撃した。本日これで二度目のダメージ。

 イテテテと額を擦りながら自分の顔に当たって地面へと落下した物体に視線を向ける。

 

 『黒電話』

 

 よく死ななかったな俺、と良夜はだらだらと冷や汗を流し、右手に持っている新聞を自分に鈍器を投げつけた人物へズビシと向け、

 

「死ぬわ!」

 

「そっちから仕掛けてきておいて今さら何を言ってるんですか! それぐらいひゅひゅっと避けて下さい!」

 

「避けれねーよ! 不意打ちで飛んできた黒電話を避けれるほど、俺は人間やめてねーよ!」

 

「守矢神社に宣戦布告してきたくせに!」

 

 白を基調とした巫女服と青いスカートや白蛇の髪飾りが特徴的な緑色の髪の少女――東風谷早苗(こちやさなえ)は自分を睨みつけてくる良夜に怯むことなく怒りをぶつける。

 彼女はこの神社の巫女のような少女なのだが、幻想郷の住人たちが口を揃えて「威厳が無い」の一言で袈裟切りにしてしまうような可哀想な少女でもある。

 と、ここで良夜は自分の目的をやっと思い出したようで、本殿で自分を睨みつけてくる早苗の元へと歩み寄り、

 

「『文々。新聞』でーす。一か月の契約は五千円となっていますが、契約しますかしますよね毎度ー」

 

「押し売りにもほどがあります! 誰がそんな新聞受け取るか!」

 

「えー。せっかくここまで運んで来てやったのに……わざわざこんな時間にチャリこいで」

 

「何ですかその付け加え。別に同情なんてしませんよ? いいから早く帰ってください。私はこれから諏訪子様と神奈子様たちと一緒にお夕飯なんですから」

 

「ふ――――――ん……じゃあ、お邪魔しまーす」

 

「なんで!? いやいやちょっと待ってください!」

 

 玄関で仁王立ちしている早苗の横を通り過ぎていこうとした良夜の肩を慌てて掴み、早苗は髪を振り乱しながら全力で引き止めにかかる。

 

「ンだよ。夕飯作ってんだろ? だったら俺にも食わせてくれよ」

 

「あなた本格的に悪徳なセールスマンになってませんか!? どうせ家に上がり込んで神奈子様たちを説得するおつもりでしょう!?」

 

「ちげーよ。意気投合するだけだ」

 

「なんで!? いやいやホント、帰ってください! 私の至福の時を邪魔しないでください!」

 

「あれ、知らねーの? 俺ってさ――――お前の困り顔が大好きなんだぜ?」

 

「衝撃のカミングアウト!? なんか告白されちゃいましたけど、なんでこんなに嬉しくないんでしょうか! 不思議!」

 

 やっぱりコイツおもしれーな、と良夜は自分の肩を掴んだままわーぎゃーと騒ぐ早苗の評価をちょっとだけ上げる。良夜が幻想郷に来て一年ほど経つが、彼女と良夜のやり取りは「夫婦じゃない漫才」として有名になっている。

 早苗的にはいちいち自分をイジってくる良夜にイライラしているのだが、守矢神社の信仰の約三割が「この二人のやり取りが面白い」という理由なのだから、良夜のことを無下にできないのだ。この少年が来なくなったら、信仰が減ってしまうのだから!

 そして良夜は、そんな早苗の気持ちを知っている。だからこそ彼は――そこに付け込む術を身に着けてもいるのだ。

 そうと決まれば何とやら。良夜は騒ぐ早苗の肩をガッシィィ! と両手で抑えつけ、お互いの距離を一気に縮める。

 

「ひゃわっ!? な、なになに今度は何ですか!? しかも顔が近い! 近いですよ良夜くん!」

 

「早苗……この新聞を受け取らなかったら、もう俺はこの神社には近づかねーぜ?」

 

「なっ!? 良夜くん、それは卑怯ですよ……ッ!」

 

「この神社の信仰の一部は俺とお前の漫才的な会話が目的の奴らだ。つまり、俺がココに来なくなったら、信仰の量が減っちまうんだよなー?」

 

「うぐ…………」

 

「減っちまうんだよなー?」

 

「いや、その……えと」

 

「減っちまうん、だよなぁー?」

 

「………………………………………そう、ですぅ!」

 

 異性の顔が数センチ先にあったのと図星を突かれてしまったのとで、早苗はついに涙を滝のように流しながら良夜の言葉を肯定してしまった。実際、事実なのだから仕方がない。

 (ごめんなさい諏訪子様に神奈子様。早苗は弱い子です)ニヤリと妖しい笑みを浮かべる良夜を涙目で睨みつけながら、早苗は家族である二人の神様に心の中で謝罪する。

 そして早苗の心が折れたのを察知した良夜は持っていた新聞を早苗に差し出し、口を尖らせて頬を赤く染めてそっぽを向きながら彼女に告げる。

 

「べっ、別にお前のために持ってきてやったんじゃねーんだからな。お前がどうしても欲しいって言ってきたから、持ってきただけなんだからな!」

 

「心にも思ってないことを言わないでください! なんか腹立つ!」

 

「じゃあ料金は五百円な。ほら、さっさと払えよ契約者」

 

「うぅ……悪徳商法だし詐欺契約だし違法だし……」

 

「はい、毎度ありー」

 

 ぶつぶつと呟きながら新聞の料金を払う早苗。違法だと分かっていてもちゃんと支払いをするあたり、早苗はしっかりとした教育を受けてきたのだろう。……まぁ、違法な契約をしてしまっているからそうじゃないのかもしれないが。

 早苗から受け取った五百円をスラックスの後ろのポケットから取り出した長財布にしまい込み、良夜はトテテテと自転車の方へと戻っていく。

 そして自転車に跨ったところで本殿で一応見送りをしてくれている早苗の方へと振り返り、

 

「お前、やっぱりというかなんというか、色気ねーよな」

 

「余計なお世話だ!」

 

 顔を真っ赤にして再び黒電話を投げる早苗に苦笑しつつ、良夜は再び自転車をこぎだした。

 

 


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