射命丸文に告白し、ハーレム構築を許してもらう。
難易度ルナティックな茨道をあえて自分から選択した沙羅良夜が行うべき攻略法の第一段階は、文字で書いてみればとても簡単に思えるようなことだった。
「大丈夫、大丈夫だって。自分自身と文を信じれば、きっと状況は良い方向に回るはずなんだ……ッ!」
たらり、と嫌な汗が顎を伝って地面へと落ちていく。
現在、良夜は妖怪の山にこれでもかというばかりに生い茂っている木々の枝の間を飛び交っている。どう考えても人外生物が行うべき行動だが、良夜は『目にもの見せる能力』で『自分自身に「この距離ぐらい余裕」と思い込ませる』ことで、忍者顔負けの枝渡りを実現させているのだ。
現在良夜が向かっているのは、妖怪の山山頂にある鴉天狗の集会所だ。そこでは今も鴉天狗の集会が行われている『はず』で、そこには今現在も射命丸文が滞在している『はず』なのだ。いや、確信が持てないのは仕方がない。だって携帯電話とかないんだし。
太い枝を選んでぐんぐんと山頂に近づいて行く良夜。時折、木の根の方に鬼熊やら人面犬やらという『見つかったら絶対に殺されるよね』級の妖怪の姿が見えたり見えなかったりしていたが、良夜は恐怖心を頑張って押さえ込んでただがむしゃらに山頂へと突き進んでいく。
「文に何て言えばいーんだろーなぁ? ……『文、好きだ! 一緒にハーレムを作ろーぜ!』とか? いやいや、絶対に殺されるって」
そして絶対に埋められる。
イった目で扇を構える鴉天狗の姿を思い浮かべてしまったせいで顔面蒼白な良夜は、回転が悪くて鈍い頭を必死に働かせながら最善の一言を思考する。
『好きだ! 絶対に幸せにしてみせる! だからその、ハーレム構築を許してください!』
――駄目だ。『だからその』の辺りで首ちょんぱされる光景しか浮かばねー。
『覚悟はできてる! だから、俺のハーレムの一員になってください!』
――却下。もはや単純に性欲旺盛な最低男に成り下がっちまってる。
『ハーレム王に、俺はなる!』
――削除削除っと。
「………………ありゃ? さっきからバッドエンドしか選択出来てなくね?」
頭が悪いせいなのか選んだルートが悪いせいなのか、とにもかくにも全ての発言がバッドエンド直行になってしまう良夜さん。ゲームのレビューだったら『クソゲー・オブザイヤーに選ばれてもおかしくない出来』とかなんとか言われてしまうかもしれない。――それぐらいに難しい茨道なのだ。
流石は難易度ルナティックと言ったところか。もし文の同意を得られたとしても、他の四人の女性を説得しなければならないのだ。五人全員を幸せにするとか何とか覚悟を決めたのは良いのだが、それ以前に果たして良夜は自分の命を守ることができるのだろうか。刺されて死亡エンドとかにならなければいいのだが。
そんな悪い未来しか考えられない良夜の目に、巨大なお寺のようで屋敷のようにも見える、とにかく馬鹿でかい建造物が見えてきた。
鴉天狗の集会所。
射命丸文の他に数百もの鴉天狗が集まっている、妖怪の山最大の建造物だ。
「…………っべー」
有効打になり得る武器を選択できないまま、良夜の難易度ルナティックな文ルートが開幕した。
☆☆☆
とにかく今は文の居場所を知る必要がある。
そう判断した良夜は、コソ泥の様に姿を隠しながら集会所に侵入した。
「『アタシ』、この能力持っててホントに良かったわ。雪走みたいな能力だったら、侵入することすら不可能だっただろうしね」
『目にもの見せる程度の能力』
自分や相手の五感を勘違いさせるという能力なのだが、良夜はこれを使って『良夜の姿を視認できなくした』のだ。
これだけだと分かりにくいと思うのであえて例を挙げてみると、『眼には見えているのに「別に気にするほどでもないや」と思い込んで見逃してしまう』ということだ。
視界の隅にあるものに意識が行かないときの様に、見えているのに把握できないときの様に、集会所の中にいる鴉天狗たちは沙羅良夜という一人の人間の姿を無意識に見逃してしまっているのだ。
侵入にはもってこいの能力だと思われるかもしれないが、実はこの能力には致命的とも言える大きな弱点がある。
良夜をよく知る人間には通用しない。
分かりやすく言うと、沙羅良夜という人間の顔を毎日のように見ている存在には効果が無い、ということだ。
どれだけ視界の隅が見逃しやすいエリアだとしても、流石に自分がよく知る人物が通り過ぎれば誰だって気づいてしまう。思わずそっちを見てしまった、というだけで良夜の能力は効果を失くしてしまうのだ。
しかも、良夜の能力はとても不安定なモノなので、良夜を知らない人物でも時折視認出来てしまったりする。能力の例外になる人物が現れる確率は、良夜自身にもわからないが、高くて二十パーセントと言ったところだろう。
だが、良夜は既にその弱点をカバーすることに成功している。
「あ、おはようございます、姫海棠はたて様」
「うん、おはよー」
侍女のような職に就いていると思われる鴉天狗の女性の挨拶に片手をひらひらと振り、なんともだるそうに挨拶を返す。
そう、良夜が弱点をカバーするために行った工作。
その名も――『怪人百面相作戦』!
相手に勘違いをさせるという能力の性質上、『視認できなくする』よりも『誤認させる』方が圧倒的に成功率が高い。
なので良夜は自分を『姫海棠はたて』だと勘違いさせることで、能力の対象外となった人物の目から逃れることに成功しているのだ! ……だったら始めからそれだけやってろよ、と言いたいかもしれないが、隠蔽は二重にも三重にもした方が安全に作業を進められるものなのだ。異論は認めない。
頭に残っている『姫海棠はたて』の歩き方や癖、更には表情や口調までもを完璧にコピーしながら文を捜索していく。
「うーん……ここにもいない、か……ともすると、もしかしてもっと奥の方にいるのかしら?」
勘違いしてもらっては困るのでもう一度言っておこう。
これはあくまでも『姫海棠はたて』になりきった『沙羅良夜』なのであって、別に良夜がオカマだとかそう言うことじゃないのだ!
「あーもー……無駄にだだっ広いわね、この屋敷。こんなんで文を見つけるだなんて、本当にできるのかしら?」
ひょこ、っと顔だけ覗き込む形で部屋の一つ一つを確認していく良夜(外見:はたて)。そんな行動ばかりとっていたら流石に不自然なので、「トイレってどこだったっけー?」とか言ったり「あぁっくそっ……また微妙な写真を念写しちゃったわ」とか言ったりして、屋敷の奥へと突き進んでいく。
と。
「はぁ……ったく、貴女のせいで酷い目にあったじゃあないですか」
「あははっ、ごめんごめん。沙羅関係のことで顔が真っ赤になっちゃう文を見てると、つい調子に乗っちゃうのよね」
「やっべー! ご本人どころか姫海棠までもが参上しやがった!?」
遠くの方から仲良さげに歩いてくる鴉天狗コンビを発見した良夜は、すぐに勘違い対象の外見を『姫海棠はたて』から『犬走椛』へと変更する。
本当に変更が完了したかどうかを確かめるためにそこら辺を歩いていた鴉天狗さんに「おはようございます」と挨拶をしてみると、「あれ? 何でこんなところに犬走さんがいるの? あっ、もしかして文に用事? お疲れ様ぁ」と何の問題も無しにスルーされた。――セーフ。
腰のあたりで小さくガッツポーズをする良夜だったが、いつの間にか結構近づいてきていた文とはたてに声をかけられた。
「あやや? どうかしたんですか、椛? 白狼天狗は今回の集会の呼ばれていないはずでは?」
「あ、文さまがこちらにお泊りになられている間の沙羅良夜の状況について報告に」
「詳しく聞かせなさい!」
「はひぃぃぃ!」
『沙羅良夜』という名前を出しただけで眼の色を変えて両肩をガッシィィィ! と掴んできた文に心底ビビる良夜(外見:椛)。なんでこのタイミングで椛が良夜について報告に来るのか、とか、良夜と仲が悪いハズの椛が報告に来たことに違和感は感じないのか、とかいろいろとツッコミどころがないわけでもないが、とりあえず安全な立場を獲得することに成功した良夜は冷や汗を流しながらも椛の口調を意識して告げる。
「沙羅は紅魔館で過ごしていましたが、紅美鈴との決闘中に大ケガを負ってしまい、戦闘不能に。何故かそのまま豊聡耳神子に連行されて治療され、今は異界の屋敷で過ごしていると思われます」
「オーケー分かった。全面戦争よ!」
「こらこら、ちょっとは冷静になりなさいよ、このバカラス天狗」
「誰がバカラス天狗ですか誰が!」
どこからともなく扇と剣を取り出した文に良夜は心臓が止まりそうなほど驚愕するが、基本的に第三者的立場なはたてが至って冷静に文を宥めていた。はたての活躍により、聖徳道士と鴉天狗の不毛な戦争が始まるのだけは避けられた。
そんなこんなである程度の報告を済ませ、良夜は今のこの状態でしか聞けないことを聞いてみることにした。
「ところで文さま、これは私の個人的な質問なのですが……」
「なに?」
「もし、もしですよ? 文さまを含めた、沙羅に好意を抱いている五人全員と沙羅が付き合うとか言ったら――どうします?」
あえてオブラートに包むことも無く、ストレートに聞いてみた。この後の文の返答次第で、良夜の行動が決まってくるからだ。
もしここで文が拒否的な反応を示せば、良夜は一旦撤退して作戦を考え直すこととなる。文を納得させるベストの方法をもう一度考え直し、自分に喝を入れながら再挑戦するまでだ。
だが、もし、ここで文が肯定的な反応を示せば、一旦文の元から離れて能力を解き、文に自分の想いを伝えるまでだ。五人全員を幸せにしたいから、俺の要求を呑んでほしい――と。
ゴクリ、と唾を飲み込む。『犬走椛』として今この場にいるので表面には出せないが、良夜の心臓は破裂しそうなぐらいに脈動している。射命丸文の発言次第で、沙羅良夜の取るべき行動が決まるのだから――。
「なんでそんなこと聞くの?」という顔をしながらも十秒ほど思考し、文は苦笑を浮かべながら言った。
「個人的にはあまり歓迎できませんが、それが良夜が決めた道だというのなら私は従うだけですよ。まぁ、五人全員と付き合いたいって言う理由だけだったら却下しますが、五人全員を幸せにしたい、とかいう理由だったら私は喜んで協力します。……つまり、どんなエンドを迎えようとも、私は良夜の傍にいられればそれだけで大満足なんですよ。――だって、私は良夜を愛していますから」
頬を紅潮させながら文が言った言葉に、良夜の思考は完全に停止した。
次回もお楽しみに!