東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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 なんか、評価が一気に下がっちゃいましたね。

 やっぱりハーレムルートを選択するとこういう目に遭うのか……いや、それでも更新は止めませんけどね!

 でもまぁ、少し執筆意欲が削がれてしまっていたのは事実です。やっぱり評価が下がっちゃうと落ち込んじゃいますよね、普通。

 ですが、なんとか持ち直しての更新です。

 良夜の難易度ルナティックルートはどうなっていくのか!

 第二十一話、スタートです。



第二十一話 文の本心

 停止した思考が復活したら、縄で全身ぐるぐる巻きにされていた。

 意識を取り戻す前とは打って変わって最悪なまでに緊急事態な状況に沙羅良夜は顔を真っ青に染めるが、直後に「なんで俺、こんな状況になってんの?」と現在の情報整理を開始した。

 服装は集会所に潜入した時と同じ白のカッターシャツと黒のスラックスで、黒のスニーカーすら脱がされていない。良夜の身体を雁字搦めにしている縄はそう簡単には外れないほどに硬く縛られていて、口元にはご丁寧に猿轡が装着されている。

 どこかの廃屋にでも連れてこられたのかと思ったが、周りにある家具を見る限りここは文と良夜が住んでいる一軒家の中だ。――それも、良夜が文から与えられた一室だ。

 そして最後に――良夜に冷ややかな視線を向けている鴉天狗の姿を確認したところで、彼は今自分が人生史上ダントツに最悪な状況に足を踏み入れてしまっていることを悟った。

 顔色がすこぶる悪い良夜の顎に手を添えながら鴉天狗――射命丸文は病的な笑みを浮かべ、

 

「はろーですね良夜ぁ? わざわざご丁寧に椛に変装してまで私に会いに来て、随分と面白い提案をしてくれたじゃあないですかぁ?」

 

「(いやぁぁあああああああああああああああーッ! なんかいろいろとばれちまってるぅぅううううううううううううーッ!)」

 

 ニタァと悪魔のような笑みを浮かべる文に、良夜は「ヤンデレ」という属性を瞬時に思い浮かべてしまう。

 世間一般では『病んだデレ』と呼ばれるその属性は、対象に向けている愛情があまりにも重すぎるせいでその人のためならどんなに非道なことでも笑顔でやり遂げてしまう、という恋愛シュミレーションゲームないならば難易度ルナティックでは足りないほどの攻略難易度を誇っている。――つまるところのバッドエンド直行ルートと言うヤツだ。

 しかも最悪なことに、良夜が能力を使って変装していたことが確実にばれてしまっている。これが愛情の為せる業かと良夜は一瞬だけ感極まりそうになるが、このままでは自分の命の灯が消されるどころか踏み潰されてしまうと悟ったので文に必死の弁明を試みる。

 

「むーっ! むむむーっ!」

 

「あぁ、いいですねその必死具合。流石は私の良夜。他の方々なんかには絶対に渡しません……うふふっ」

 

 完全無欠なヤンデレがそこにいた。

 今まで彼が見てきた射命丸文とは百八十度違う射命丸文(ヤンデレVer.)に良夜は本当の意味での恐怖を覚える。

 先ほど言っていた言葉とは全く違うベクトルの発言が、今の文の異常さを表現しているようなものだった。文を裏切るような行為をした良夜がどこからどう考えても火を見るよりも明らかに完全無欠に百パーセント悪いのだが、今はそんなことなど気にしていられるような状況じゃない。この病みまくった文を何とか説得し、彼は明るい未来を切り開かなければならないのだ。

 そうと決まれば何とやら。良夜は身体を必死に動かすことで何とか猿轡を外し、自分の顔を愛おしげに見つめている文に叫ぶ。

 

「文っ! 頼む今だけでいーから俺の話を聞ぃーてくれ!」

 

「話を聞く? 私との明るい結婚生活についての話なら、喜んで全ての意識を向けて聞きましょう。……ですが、もしも先ほどのハーレムがどうこうとか言う話だった場合は――」

 

「……だった場合は?」

 

「――貴方の体内に火を放ちます」

 

「超斬新な制裁方法ッ!」

 

 いつもの彼女ならば冗談で済ませられるのだが、どす黒く濁った眼をしている今の文だとどうしても本気で言っているようにしか思えない。――いや、おそらく本気で言っているのだろう。

 思ってみれば、良夜の考えはとんでもなく浅はかなものだったのだ。

 『みんなを幸せにする』という覚悟がどれだけ固く強いものだとしても、それを実現させるだけの過程があまりにも穴だらけすぎる。もう少し冷静になっていれば文をこんな状態にすることなく迅速にハッピーエンドに向けて進んで行けたはずだ。

 だが、もうここまで来たからには後戻りなどできるはずもない。この恐怖に屈して自分の意志を曲げてしまっては、昨夜の覚悟が全て無駄になってしまう。

 故に良夜は意を決したように言葉を紡ぐ。病んだ表情で周囲に油を撒いている文に背筋に寒気を覚えながらも、良夜は紡ぐ。

 

「お前は何かとんでもねー勘違いをしてる! 俺は別に、自分の私利私欲を満たすためにハーレムをつくろーって考えてるわけじゃねーんだ! 誰も悲しまないでいーよーな本当のハッピーエンドを作るために、俺は五人全員を幸せにしたいだけなんだ! 我が儘で勝手な奴だと思われちまっても構わない! でも、お前を含めた五人全員を幸せにしたいっつー俺の意志は曲がらない!」

 

「五人全員? 幸せ? あややっ、貴方は一体何を言っているんですか? 恋愛だろうがなんだろうが、本当のハッピーエンドは何の犠牲無くしてあり得ないんですよ。他の方々がどう思っているかなんて私には関係ありません。貴方がどう思っているかなんて私には関係ありません。貴方は、沙羅良夜という人間は、『私のもの』なんです。私の所有物なんです。他の方々に奪われることなんて絶対に有り得てはならない――私だけの人間なんです」

 

 ぶれることのない文の言葉に心が折れそうになるが、良夜は雁字搦めにされている体をなんとか起こして文に叫ぶ。

 

「誰かが幸せになるために誰かが犠牲になるなんて間違ってる! 誰も傷つかない、誰も悲しまない本当の意味でのハッピーエンドがあるはずだ!」

 

「誰も犠牲にならないハッピーエンドなんて、それはもはやハッピーエンドではありません。貴方はただ単純に怖れているだけです。怖がっているだけです。恐怖しているだけです。誰かが傷つくことで後悔したくない――そんな弱さに臆してしまっているだけなのでは?」

 

「だとしても! 俺はその弱さを糧にみんなを幸せにして見せる! そもそも俺は幻想郷で最弱の存在だ。今更救いようもねー弱さに臆してしまったからと言って、今までの俺のスタンスが変わっちまうワケが無い! 俺はお前を幸せにして、他の奴らを幸せにする! どれだけ難易度が高かろーが関係ねーよ!」

 

 そこまで言って良夜は一旦言葉を止め、すぅぅぅっと一気に空気を吸い込みだした。まるで次の言葉が切り札だとでも言わんばかりに、良夜はその場の空気を全力で腹の中へと蓄積していく。

 文の言葉は何一つ間違っていない。一人の男性が一人の女性を愛することは当たり前のことであり、良夜が望むハーレムなんてものはごく一部のマイノリティな連中だからこそ成し遂げられるものなのだ。ごく普通の人間である良夜が抱いていいほど簡単な願いではない。

 だが、良夜はそれを望んだ。どれだけの批判を浴びることになろうが、良夜はその茨道を自ら進んで選択したのだ。たとえそれが人として誤った道だったとしても、沙羅良夜は諦めない。

 空気を吸い終わったのか口を静かに閉じた良夜に、文は感情が全く感じられない視線を向ける。良夜に愛情を向けていいのは世界で自分だけだと言わんばかりのその視線に、良夜の背筋に悪寒が走る。

 だが、良夜は屈しない。それどころか心を押し潰そうとする恐怖を跳ね除け、良夜は溜め込んだ空気と共に咆哮する。

 

「――好きです! 絶対に幸せにして見せるから、俺と結婚してください!」

 

 ずっと聞きたかった愛の告白に、文は思わず泣きそうになる。

 だが、文の心は良夜に屈しない。彼が言っていることの身勝手さを重々承知しているからこそ、文は彼には屈しない。

 この告白に文が首を縦に振れば、彼はまた次の女性に告白しに行くのだろう。その女性が首を縦に振れば、さらに次の女性へと告白しに行くのだろう。――文はそれが許せない。

 彼がどんな覚悟を以ってこの目標を抱いてしまったのかは分からないが、文はこの告白を受け入れるわけにはいかない。逆に、文がこの少年の心を折れさせなければならない。

 

「…………話をするだけ無駄ですね」

 

 最初になにをしてあげようか。

 こんなふざけたことを二度と口にできないように、喉仏を斬り裂いてあげようか。……いや、それでは彼の声を聴けなくなってしまう。鳥の囀りよりも数万倍も美しい彼の声が聴けなくなってしまうのは、あまりにも残念過ぎるじゃないか。

 それじゃあ、全身を縛り付けた状態で猿轡を着けさせて密室にでも閉じ込めよう。手錠で両手を拘束して、脱出できないように両脚には鉄球を着けてあげよう。首には首輪をつけて、彼が文の所有物であることを心に刻んで分からせてあげよう。

 そして薬でもなんでも使って、彼の心を根こそぎ掌握するのだ。媚薬で自分にメロメロにさせるのも捨てがたい。精力剤を使って毎夜自分を求めるようにさせるのもいいかもしれない。

 

「そんな言葉では私は屈しません。いい加減に諦めて、私だけを愛してください」

 

「文っ! だから、俺は誰も悲しませたくないんだ!」

 

 あぁっ、その声色で名前を呼ばないでほしい。――いや、もっと名前を叫んでください。

 他の女の名前なんかじゃなくて、私だけの名前を叫び続けて欲しい。私の体に優しく触れながら、私に優しく口づけしながら、私の身体に繋がりながら、ただ本能に従うままに私の名前を呼んで欲しい。

 彼との幸せな未来を想像するだけで、内股の辺りが熱くなる。体温は急激に上昇しているし、頬も明らかに紅潮してしまっている。鼻息も荒くなっているのではなかろうか。――とにかく、それほどまでに文は良夜が愛おしい。『狂愛』と言っても過言ではない。

 だが、彼はきっと文に屈しないだろう。彼と一年ほど過ごしたことで分かったが、彼の意志はそこらへんの人間よりも圧倒的に硬くて強靭だ。腕を削ぎ落とされようとも、彼は絶対に己の意志を曲げないだろう。

 それならば、今ここで彼と一緒に終わってしまえばいい。幸い、今この場には私たち二人以外は誰もいない。ついて来ようとしたはたては持ち前の速さで振り切ったし、椛やにとりも家の近くにはいないようだ。

 やるなら今しかない。今ここで彼にトドメを刺し、自分の命も終わらせる。彼の体温を感じたままこの幻想郷に別れを告げる。運が良ければ幽霊となって彼と永遠の時を過ごせるかもしれない。

 決断決行。全身雁字搦め状態ながらも立ち上がっている良夜の顔に両手を添え、文は良夜の唇に自らの唇を重ねる。

 

「んぐっ!?」

 

「んむぅ……んっ、むぅっ……」

 

 文の奇行に良夜は目を見開いて驚愕する。――だが、流石にこのままではいけないと悟ったのか、彼は必死に文から逃れようと体を動かす。

 しかし、彼の体は動かない。さっきまでは縛られた状態でも動けていたというのに、今の良夜は一ミリも身体を動かすことができていない。

 実のところ、文は良夜をこの部屋に連れ込んだ時に薬を打ち込んでいるのだ。一定時間身体の自由を奪う薬を、良夜の身体に打っているのだ。――良夜は今動けないのは、やっと薬が効きだしたからである。

 もはや喋ることもできなくなった良夜の口内を蹂躙するように、文は舌を挿入する。彼の身体に自らの身体を押し付けながら、文は沙羅良夜という人間の全てを堪能する。

 

「んちゅっ……れろっ……ぁ、はぁっ……らいひゅきれふ、ろうらぁ。んむっ、んっく……じゅるっ、れろ……」

 

 あまりにも色っぽい文の行動に、良夜の理性が見る見るうちに削がれていく。今ここで反抗しなければ自分の覚悟が無駄になってしまうことは分かっているのに、どうしても体が文を拒否しない。まるで文を受け入れているかのように、良夜は無意識に彼女と舌を絡め合ってしまっている。

 そして、とろんとした表情を浮かべる良夜に気づかれないように、文はスカートのポケットから果物ナイフを取り出した。互いの体温を味を声を顔を身体を感じ合っているこの状態のまま、自分と彼の命の灯を消し去るために。

 良夜の身体を抱きしめながら、ナイフを持った腕を彼の背中に回す。薬が回っているせいで視界の移動もままならないのか、良夜はそんな文の行動には全く気付いていない。

 つつーっと文の頬を涙が伝う。その涙には歓喜の感情が込められているように見えて、実は悲哀の感情も込められている。今ここで彼と過ごしてきた人生が終わってしまうことに対しての悲しみがあり、この人生が彼と一緒のタイミングで終わらせることができるという喜びがあるのだ。

 豊満な胸を良夜の胸板に押し付けながら、文は身体に力を込める。狙いを絶対に外すことが無いよう、右手で彼の心臓部にナイフの刃を突き立てる。

 (さようなら、良夜。貴方は誰にも渡しません)涙を流しながらも歓喜の感情によって裂けそうなほど口を釣りあがらせている文は右手に己の全ての力を注ぎこみ、良夜の心臓に向けて一気にナイフを突き刺――

 

「ストップですわ、文。流石に勝手が過ぎるんじゃない?」

 

 ――そうとしたところで、ナイフを遠くに蹴り飛ばされた。

 予想もしなかった形勢逆転に文は良夜を抱きしめて逃亡を図るが、気づいた時には全身を縄で雁字搦めに縛り付けられていた。もちろん、今の彼女の腕の中に良夜の姿はない。

 身動きが取れない文はこの状況を作り出した張本人に憤怒の視線を向ける。文に睨みつけられたその少女は少しも臆することなく優しく良夜を抱きしめながら、至ってクールに言う。

 

「ったく……せっかく霊夢たちと楽しい旅行中だったというのに、『良夜を助けて!』っていう神子からの突然の救援要請ですもの。――で、時間を止めまくってここにやって来たわけなのだけれど、この状況は一体全体どういうことなのかしら?」

 

「十六夜、咲夜……ッ!」

 

「ごめんあそばせ。紅魔館メイド長――十六夜咲夜が颯爽と登場しましたけれど、何か?」

 

 十六夜咲夜。

 吸血鬼が主である紅魔館でメイド長を務めている最強の人間であり、良夜の従姉でもあるツンデレメイドの登場だった。

 





 次回もお楽しみに!

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