まず最初に良夜がやって来たのは、紅魔館の巨大な門だった。
漫画とかドラマにしか出てこないような豪邸である紅魔館の入り口としての機能を持つこの門の出入りは、基本的に居眠り癖のある一人の少女が管理している。『気を扱う程度の能力』を持つ、中華風な服を着た長い灼髪を持つ一人の少女が。
「あちゃー……やっぱり私が一番分かりやすかったみたいですね」
「まーな。美鈴と言ったら門番。門番と言ったら美鈴、っつっても過言じゃねーし」
「ま、いつも寝てばかりですけどね」
「自分で言うな自分で」
「あぅぅ……」
良夜に額を指でグリグリと突かれ、紅美鈴は間抜けな声を零してしまう。
良夜が最初に選択したのは、五人の中で最も居場所が分かりやすい美鈴だった。紅魔館の門番という役職に就いている美鈴は就寝時以外の全ての時間、この門の傍で過ごしている。時には居眠りをし、時には太極拳をし、時には幻想郷の住人と駄弁る。
そんな『紅魔館の受付』と言われてもおかしくないような美鈴は、「えへへっ」と照れくさそうに頬を掻きながら良夜に言う。
「咲夜さんからルール説明はされてるわけですが、やっぱり面と向かってだと恥ずかしいですね……」
「バーカ。居眠り姿っつーどっからどー見ても醜態としか言いよーがねー超恥ずかしー姿を毎日のよーにさらしてんだから、今さら恥ずかしさなんて感じるわけねーだろ」
「配達屋さん酷い! 私そんなに居眠りばっかしてないですよぉ!」
「いやそれはない」
「即行即答大否定!?」
あぅあぅと大袈裟に嘘泣きをする美鈴に良夜は苦笑を浮かべる。彼女を探すのにそう時間はかかっていないので、こうしてゆっくりする猶予がまだ存在するのだ。そういう点では、美鈴はある意味幸せな部類なのかもしれない。
ある程度嘘泣きを演じ終わった美鈴は気持ちを落ち着かせるために深呼吸を十回ほど行い、良夜の方を改めて向き直る。どうやら無事に落ちつけたようだが、それでも彼女の頬は仄かに赤く染まっていた。やっぱり恥ずかしさは拭えないようだ。
美鈴の準備ができたことを悟った良夜は彼女の目を正面から見据える。彼女の全てを受け入れるように、沙羅良夜は心の準備を一瞬で行う。
普段の彼女だったらここで恥ずかしそうに眼を逸らすのだろうが、今日の彼女はここで引くわけにはいかない。今日が最後のチャンスなのだ。ここで立ち向かわなくてどうする!
美鈴は豊満な胸の上に左手を添え、良夜を真っ直ぐと見つめながら――
「『良夜』さん! 好きです! 超好きです! この身を捧げてもお釣りがくるぐらいに好きです! だから、私を生涯の伴侶にしてください!」
――叫ぶように告白した。
いつもならば『配達屋さん』と言っているハズなのに、今回は『良夜さん』と言った。いつも一歩引いたところから彼に接していた自分を振り払い、少しでも彼に近づこうと努力した結果だった。
ずっと伝えたかった気持ちを告げた美鈴は頬を朱く染めたまま良夜を見つめる。心配そうに泣きそうに不安そうに――美鈴は良夜を見つめている。
ふぅ、と良夜は一瞬だけ間を置き、真剣な表情で彼女に問う。
「もう分かってるとは思うけど、俺はお前を含めた五人の女性を幸せにしたい。どれだけ困難な道だろーが、俺はもう、絶対にその意志を曲げたりはしない」
「……はい、分かってます」
「だから、俺はお前以外の女性のことも愛することになる。全員を等しく愛するなんて都合のいいことは言わねーが、俺は五人全員を全力で愛するつもりだ」
「……はい、分かってます」
「その上でもう一度問わせてくれ。――お前は、俺のことを愛してくれるか?」
自分勝手だと罵られても構わない。我が儘だと酷評を浴びても構わない。
だが、これだけは確認しておかなければならないのだ。本当に沙羅良夜を選んで幸せになれるのか、こんな優柔不断な最低男を選ぶことに、本当に迷いはないのか。
良夜の問いに美鈴は一瞬だけ怯むが、すぐに彼に向き直って一歩踏み出す。
一歩踏み出して踏み出して踏み出して、良夜の目の前へと移動した美鈴は――
「あむっ」
――良夜の唇に自分の唇を重ねた。
不器用なりに唇を動かし、自分の覚悟を伝えていく。良夜の体温を感じながら良夜の味を感じながら、美鈴は唇を押し当てる。
「――ぷはっ!」十秒ほど唇を押し当てたところで良夜から少しだけ離れ、美鈴は笑顔で返答する。目尻に涙を浮かべながらも、心の底から幸せそうに返答する。
「私は貴方を愛してます。貴方が自分をどれだけ卑下しようが、私は貴方を愛することをやめません! 私は貴方と幸せになりたいです! 私の全てを貴方に捧げるのも厭いません。――だからっ、私に貴方を愛させてください!」
「――喜んでっ!」
そして門番と配達屋は笑い合い――再び唇を重ねた。
☆☆☆
次に良夜がやって来たのは、紅魔館の地下室だった。
地下室の中には大量のぬいぐるみが所狭しと置いてあり、そんなぬいぐるみに埋もれるように――金髪サイドテールの可愛らしい少女がぶすーっとむくれた表情で座っていた。
「うぅ……何で私を先に見つけちゃうの!?」
「だってフランがここにいるのはあらかじめ分かってたし」
「良夜お兄ちゃんの朴念仁! そこはあえて最後に回すところでしょーっ!? うにゃぁあああああああああーッ!」
「ちょっ、バカやめろコラ! ンな世界滅亡級のチカラをこんな狭ぇトコで振りかざすな!」
ぽかぽかぽか! と両手で叩いてくるフランを宥めつつ、良夜は彼女の隣に腰を下ろす。体重をぬいぐるみに預けるように、良夜はフランドール=スカーレットの隣に座る。
良夜が隣に座ったところでフランはすかさず彼の肩に頭を置き、そのままの流れで良夜の腕に思いきり抱き着いた。
「えへへ……良夜お兄ちゃんの身体、あったかーい」
「そりゃここまで全力疾走してきたかんな。体温が上がっちまってるのは当たり前だろ」
「むー……そういう意味じゃないんだけどなー」
ま、いっか。フランは良夜の腕から離れて立ち上がり、トタタッと彼の前に移動する。
その行為自体がフランの準備であったことを悟った良夜は人知れず両手を握り、フランがこれから発するであろう言葉の全てを受け入れるために彼女を見据える。
そんな良夜に微笑みながら、フランドール=スカーレットはいつも通りの明るい口調で彼に告げる。
「私、良夜お兄ちゃんが大好き! 恋とか愛とか難しいことはまだよく分かんないけど、私は良夜お兄ちゃんのお嫁さんになりたいな。――大好きだよ、良夜お兄ちゃん!」
言葉だけをとるならば、少しブラコンの気がある可愛い妹の戯言だと思うだろう。一番自分に近しい人間に好意を抱くのは当然のことであり、純粋な妹が実の兄に好意を抱くという事例も少なからずある。
だが、フランが良夜に抱いている感情は、れっきとした恋心だ。フラン自身も気づいていないが、フランドール=スカーレットという吸血鬼は沙羅良夜という人間に恋をしている。
今までは可愛い妹のような存在という認識だったが、これからはそれ以上の存在として受け入れなければならない。――だが、それは別にわざわざ意識することじゃない。
良夜がフランをどう想うかではなく、フランが良夜をどう想うかが大切なのだ。フランが良夜のことを『お兄ちゃん』として意識するならそれで良し、先ほどの言葉通りに『夫』として意識するならば真っ直ぐにその想いを受け入れてあげればいい。
良夜はフランの小さな体を抱き寄せる。いとも簡単に折れてしまいそうなフランの華奢な体を大切そうに抱きしめ、良夜は優しいながらに芯の通った口調で告げる。
「俺もお前のことが好きだ、フラン。女として妹として吸血鬼として、俺はフランドール=スカーレットが好きだ」
「うん、私も良夜お兄ちゃんが大好き。――それで、咲夜も美鈴も文も神子もみんなだーい好き! 私、みんなで仲良く一緒に暮らしたい! 毎日が楽しくて毎日が騒がしい、そんな日常をみんなで送りたい!」
「分かってる、それは俺も同じ気持ちだ。――だけど、俺はお前にばっかり構ってるわけにはいかない。フラン以外の奴らも幸せにするって誓ったから、俺はフランだけに構ってるわけにはいかないんだ」
そこで一旦間を置き、「それでも、俺のことを好きでいてくれるか?」とフランの目を真っ直ぐと見つめながら良夜は言う。
フランは良夜ににっこりと笑い返し、不意打ちの様に彼の唇に自分の唇を一瞬だけ触れさせ――
「私はずっと良夜お兄ちゃんが好き! 私だけに構ってくれないのは少し残念だけど、それでも! 私はお兄ちゃんと一緒にいられるなら我慢する! でも、ちゃんとご褒美くれないと私は良夜お兄ちゃんのことを怒っちゃうからね?」
「ったりめーだ。フランが我慢出来たときのご褒美として、俺がとびっきり美味ぇー料理を作ってやる! フランが好きな料理だけを厳選した、フランだけのフルコースをな!」
「うんっ!」
フランは満面の笑みを良夜に向け、それに応えるように良夜も笑う。
これで、二人の告白が終了した。
沙羅良夜は二人の少女を幸せにした。
だが、戦いはまだ前半戦。
彼はこれから後三人の少女を幸せにしなければならない。
そして、良夜はふと思う。フランに笑顔を向けながら地下室を出て、上へと続く階段を駆け上がりながらふと思う。
(……っべー。咲夜と神子と文の居場所、皆目見当もつかねーんですけどーッ!?)
残り時間、三時間二十八分。
残り人数、三人。
次回もお楽しみに!