東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第二十四話 沙羅良夜は恋をする②

 人にものを頼むときは土下座しなさいってけーね先生が言ってた。

 

「…………で、私は一体どういうリアクションを返せばよいのでしょう?」

 

「ヒントください! いやもーマジで詰んだ! 微塵も全く文と咲夜と神子の居場所がわかんねーんですたい!」

 

「どこの方言ですかソレ……」

 

 紅魔館の食堂にて。

 二時間以内に二人という中々のスタートを切った良夜だったが、ここにきてまさかの足止めをくらってしまっていた。

 残りの三人の居場所が全く持って予想できない。 

 美鈴とフランはいつもと同じ場所にいたから分かったものの、紅魔館のメイド長である咲夜はともかく紅魔館に関係がほとんどない文と神子の居場所が全く分からない。咲夜も咲夜で「咲夜と言ったら!」みたいな場所があるわけでも無し。……ぶっちゃけ手詰まりなのだ。

 そんなわけで良夜は近くにあった食堂にエスケープし、ヒントをくれるNPC役①こと小悪魔さんのところにやってきたのだ。彼女の姿を見つけた瞬間に、究極的にスタイリッシュなスライディング土下座を決めながら。

 あまりの勢いで額から煙を上げている良夜に苦笑を浮かべつつ、小悪魔はルールに従う形で良夜にヒントを与えだす。

 

「ヒント役である私たち三人は、それぞれ一人ずつの居場所の情報を所有しています。その情報に該当する人物について教えちゃうのは禁則事項ですが、どのような御方が待っているのかのヒントを与えることならオーケーです。ヒント役ですしね」

 

「おぉ、貴女が神か……ッ!」

 

「小悪魔です」

 

 あまりにも感極まって目をうるうるとする良夜に再び苦笑を浮かべるも、小悪魔はいつもの邪気のないスマイルを浮かべて自らの役目を全うする。

 

「少女は人の欲を聴き、欲が集まる場所にいる。欲は人から生まれるもので、人は欲によって生き永らえる。欲はあそこで発散され、あそこは欲が集う場所。はてさてはてさて、少女はどこにいるでしょう?」

 

 手鞠歌でも歌っているかのようにリズミカルに言葉を紡ぐ。

 欲を聴く少女。欲が集まる場所。――この二つのキーワードで、良夜はある程度の予想を立てることに成功する。欲が集まり欲を発散する場所と言えば、もはやあそこしかないではないか。

 沙羅良夜は踵を返す。

 自身の欲を隠すことなく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 良夜が五分ほどかけてやって来たのは――娯楽室だった。

 ビリヤードやダーツといった洋風な娯楽を始めとし、世界中の様々な娯楽を体験することができる紅魔館のアミューズメントパーク的な部屋である。この部屋の存在のせいで紅魔館の主ことレミリア=スカーレットの就寝時間が短くなってしまったという話があるが、それについてはまたの機会にしよう。

 いつもは騒がしいが今は完全な沈黙に包まれている娯楽室を進んでいく。ポケットに手を入れたまま格好つけながら、沙羅良夜は奥へ奥へと進んでいく。

 そして、その時はやってきた。

 娯楽室のビリヤード台に体重を預けるように立っている――栗色の髪を持つ一人の少女の姿があった。

 

「おいでませ娯楽室。人の欲が集まり、人の欲で溢れる唯一の空間です。――私のヒント、分かりやすかったかしら?」

 

「ヒント自体は全然難しくなかったよ。欲を聞き取る少女ってのは幻想郷の中でもお前ぐらいだし、欲が集まる場所って言えば俺とレミリア様が大金をスッちまったこの部屋しかねーよ。――にしても、お前ってホントこーゆー場所が似合うよな」

 

「それって褒め言葉ですか?」

 

「褒めちぎってんだよ」

 

「フフッ、やっぱり君は面白いわね」

 

 ニヤリ、と意地悪く笑う良夜に、豊聡耳神子は杓を口に当てながら清楚に笑う。普段の彼女とは少し違う、聖徳道士としての姿だった。

 神子はビリヤード台に体重を預けた状態のまま良夜に微笑みかけ、

 

「今になって思ってみれば、君がその道を選んだきっかけになったのは何を隠そうこの私でしたね。私のファーストキスによって、君はこの難易度ルナティックな人生を選択した」

 

「キスに関してはノーコメントでいかせてもらうが、お前にはホントに感謝してる。お前の行動が無かったら、今の俺は存在してなかっただろーしな。全員を幸せにするなんて考えることも無く、普通の人間として普通の幸せを掴んじまうところだったよ」

 

 良夜を結果的には後押しすることになった少女――豊聡耳神子。

 決して叶わない恋だと思っていたにもかかわらず、玉砕覚悟で良夜に自分の想いを伝えた。涙を流しながら唇を捧げ、自分の想いが本気であることを良夜に知らしめた。――思ってみれば、良夜に最初に告白したのもキスしたのも、この少女ではなかったか。

 ある意味では一番得したポジションを獲得していた神子は跳ねるようにビリヤード台から体を離し、良夜の方へと歩み寄る。背筋をしゃんと伸ばして一歩一歩を優雅に進め、皇族としての自分を百二十パーセント引き出していた。

 そして良夜の前方一メートルといったところで歩みを止め、聖徳道士は頬を朱く染めながら――

 

「あの時も言いましたが、ここであえてもう一度言わせてもらうわね。私は君のことを――沙羅良夜のことを心の底から愛しています。幻想郷の誰よりも美しい欲を持つ君のことが大好きで、私に生きる道を教えてくれた君のことが大好きです。私は自分の欲に従い、この言葉を君に捧げるわ。――私と結婚してください。絶対に幸せになってみせますから」

 

 『絶対に幸せにします』ではなく、『絶対に幸せになってみせます』と彼女は言う。

 それは、良夜が『五人全員を幸せにする』という覚悟を決めたことを誰よりも先に知った彼女なりの激励の言葉のようなものだ。君の夢を実現させるためにも、私は君に幸せにしてもらいます。沙羅良夜という最弱な人間を愛した聖徳道士は自分の欲を隠すことなく、ただ自分の欲にしたがって言葉を紡いだ。

 生きるための目標を失っていた自分を励まし、今の神子が生まれるきっかけを作った沙羅良夜。それは彼としては別にそこまで重要視するようなことではなかったのかもしれないが、神子にしてみれば命を救われたも同然だった。深い闇に囚われていた心に触れ、眩い光で照らしてくれたも同然だった。

 

「私は君の傍にいたい。文さんの傍にいたい。咲夜さんの傍にいたい。美鈴さんの傍にいたい。フランドールさんの傍にいたい。全員で一緒に幸せに暮らして――全員で幸せな家庭を築きたい。沙羅良夜という最弱な人間を中心に、私は幻想郷で一番幸せな女になってやるのよ!」

 

「大丈夫だ、安心していーぜ。お前らのことは俺がどんな手を使ってでも幸せにしてやっからさ。金銭面的都合は俺じゃ叶えらんねーけど、そのほかのことなら何でも俺が頑張って叶えてやる! 例えば…………こ、子供が欲しいとかっつー願いとかな!」

 

「こ、子供ォ!?」

 

 まさかの「子供」発言に二人して顔を真っ赤にする初心コンビ。しかも神子に至っては良夜の頭の中で渦巻いている欲がダイレクトに伝わって来るモノだから、なんかもう目も当てられないほどに顔が真っ赤に染まってしまっている。今なら顔で焼肉が出来るのではないだろうか。

 良夜は恥ずかしそうにそっぽを向きながら頬を掻いているのだが、神子は未だに止まらない良夜の欲(主に性関連)の嵐に頭から湯気を噴出してしまっている。いったいどんな欲が流れ込んできたのか、神子の頬は無自覚に緩んでしまっている。

 そんな感じで良夜の欲に支配されていた神子だったが、「ひゃ、ひゃう!」と何やら可愛らしい声と共に正気を取り戻した。

 

「あ、帰ってきた」

 

「き、きききききき君はなんてことを考えてるの!? 子供が欲しいとか胸でして欲しいとか舐めて欲しいとか……ッ!」

 

「わざわざ俺の欲を声に出すな恥ずかしい! わぁーってるよ俺だって流石に今のは妄想しすぎたって思ってるよ! でも、それぐれーに俺はお前のことが好きなんだ! お前と俺の二人の血が通った子供が欲しいって思うぐれー、俺は豊聡耳神子のことを愛してる! お前の告白に返答する感じでいかせてもらうが――俺と結婚してください! 絶対に幸せにしてみせるから!」

 

「良夜……」

 

 相変わらず互いに頬を朱くしているが、良夜と神子は互いの身体の感触を確かめるように抱き合った。相手の背中に両手を回し、五センチも無い距離で互いの目を真っ直ぐと見つめる。

 そしてゆっくりと顔を近づけあい、そのまま互いの唇を重ねた。最初は軽く唇を触れさせる程度で動かし、次に相手の唇を吸い上げる。ぴちゃぴちゃという水音が部屋の中に響き渡り、それが原因で二人の心は人知れずヒートアップしていく。

 神子は胸を良夜の胸板に押し付けるように近づきながら彼の口内に舌を挿入する。良夜はそれを拒むことなく受け入れ、自分の舌を神子の舌に器用に絡めた。息を荒くしながら互いの口内を蹂躙し、自分の唾液を塗りこませるように互いの舌を絡め合っていく。

 そんな状態が十分ほど続いたところで神子の方から舌を離し、良夜の顔を正面から見つめた。とろんとした目を浮かべながら、神子は良夜にとても色っぽい笑顔を浮かべる。

 

「君と一生添い遂げます。君の寿命が尽きた後も、私は君を愛し続ける。私は君だけを愛し、私は君のためだけに生きましょう。――最高のハッピーエンド、期待してるわよ?」

 

「任せとけ。お前が予想もできねーぐれーの最高で最強のハッピーエンドを実現してやるよ!」

 

 満面の笑みを浮かべながら良夜は言い、それに応えるように神子は静かに微笑みを返した。

 

 

 残り人数:二人。

 

 残り時間:一時間五十二分。

 

 本当の意味でのハッピーエンド実現まで、残り――――。

 




 次回もお楽しみに!

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