東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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 ついに四人目。

 ハッピーエンドまで、あと少し――。


第二十五話 沙羅良夜は恋をする③

 続いて良夜がやってきたのは、紅魔館の主ことレミリア=スカーレットの寝室だった。

 

「皆まで言わなくていいわ。あまりにも頭の回転が悪すぎて咲夜の居場所が分からないんでしょう? ええ、何も言わなくていいわ。私のカリスマにかかれば、貴方の考えていることを当てるぐらい造作もないことだから! ええ、教えてほしい? 教えてあげてもいいんだけどそれは貴方次第かしらね!」

 

「ヒント役のくせに押し付けがましい!」

 

 貧しい胸を張りながら『カリスマ』を後光と共に放つレミリアさん。その『カリスマ』はレミリアのうっかり度に比例してしまってもはや幻想郷の珍百景扱いされているのだが、悲しいかな、レミリア自身はその事実を全く持って聞かされていない。紅魔館のメイド長である十六夜咲夜の尽力の賜物であることはあえて言うまでもないだろう。

 このままレミリアのカリスマ披露に付き合う時間なんてない良夜はその場で腰を九十度近くまで折り曲げる作法――『THE・お願い』を実行に移す。

 

「ヒントをください、レミリア様!」

 

「えー、どーしよーかしらー」

 

 良夜が急いでいることを知っているのにあえて時間をつぶそうとするレミリアに、良夜はビキリと青筋を浮かび上がらせる。

 だが、ここで反抗の意志を示すわけにはいかない。できるだけ早急にレミリアからヒントを教えてもらい、一秒でも早くこの試練をクリアしなければならないのだから。

 沸々と心の底から噴き出してきそうな怒りを何とか押し留め、頬をひくひくと引き攣らせながら良夜はもう一度要求する。

 

「こ、この哀れなわたくしめに、ヒントを与えてくれないでしょうか?」

 

「そういえば私、メイドのほかに執事も欲しいって思ってたのよねー」

 

 ビキビキビキビキビキ! と良夜の顔がマスクメロンのように血管だらけになっていくが、良夜は何とか怒りを抑え込んでもう一度要求する。

 

「し、執事にでもなんでもなってあげますから、ヒントを教えてくれませんかね……ッ!?」

 

「条件があるわ」

 

「どんな条件でもいいから早く言えやロリババア!」

 

「殺してもいいかしら?」

 

「全力でごめんなさい」

 

 にっこりと笑いながらも凍てつく氷のような目で睨みつけてくるレミリアに、良夜はプライドも何もかもをかなぐり捨ててその場で土下座を決行する。小悪魔に見せたものとは少し違う、完璧にスタイリッシュな土下座だった。

 ちゃんと誠意を見せた良夜にレミリアは子供の様にニコニコと笑顔を浮かべながら、良夜の頭を靴で思い切り踏みにじりながら言葉を紡ぐ。

 

「私が求める条件は一つ。貴方がこの試練を無事にクリアして五人全員と結婚することになった場合、貴方は執事としてこの紅魔館で暮らしなさい。妖怪の山にあるあんなみすぼらしい一軒家で六人一緒に生活なんて不可能でしょう? だから、貴方達六人はこの紅魔館で暮らすこと。どうせ紅魔館に住んでいる者が多いんだから問題はないでしょう?」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

 

「私は咲夜の主だけれど、それと同時に咲夜のパートナーでもあるわけなのよね。パートナーの負担を少しでも減らすために私が尽力するのは、そんなにおかしいことじゃあないでしょう?」

 

「そ、そーっすね……」

 

 未だに頭をぐりぐりとふかふかのカーペットに向かって踏みつけられている良夜は苦しそうに呻きながらなんとか声を絞り出す。すでにこの押し問答だけで十分を無駄にしてしまっているわけだが、良夜は果たしてその事実に気づいているのだろうか。

 動きにくい頭を無理やり動かしてコクコクコクッ! とレミリアの言葉を肯定する良夜に気を良くしたのか、レミリアは恍惚とした表情を浮かべて舌なめずりをしつつ、

 

「いいわ、貴方の誠意は伝わった。――だから、私が貴方に最高のヒントを与えてあげる」

 

「マ、マジっすか!? さすがレミリア様そこに痺れる憧れるゥッ!」

 

「もっと褒め称えなさい!」

 

「レミリア様スゲー優しい! レミリア様のカリスマは幻想郷一!」

 

「もっと! もっとよ!」

 

「レミリア様は世界一ィイイイ――「いい加減にしろこのバカ良夜ァアアアアアアアアーッ!」――あぐべぇっ!」

 

 どこぞの野球部の応援団のごとき絶叫を披露していた良夜の後頭部に、革製のブーツの底が勢いよく食い込んできた。突然の衝撃に良夜はぐるりと白目を剥き、そのまま力なく崩れ落ちる。今確実に後頭部にブーツがめり込んでいた気がするが、果たして良夜はこの試練が終わるまでに目を覚ますことができるのだろうか。……いや、きっと大丈夫だろう。この世界には『ギャグ補正』という名の神のご加護が存在するのだから。

 突然現れて良夜の頭を踏みつぶしたメイド姿の少女にレミリアは苦笑を向けつつ、肩を竦めながら言い放つ。

 

「ヒントを教える前に気絶させちゃ意味ないでしょう……咲夜」

 

「あぁっ! あまりにも長いボケだったから思わず暴力言語でツッコミを入れてしまいましたわ!」

 

 「は、早く起きなさいバカ良夜ァアアアアアーッ!」十六夜咲夜は口から大量の泡を吹いて意識を失っている沙羅良夜の体を勢いよく前後に動かし、必死の蘇生を開始する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……なんか意識を失う前の記憶が判然としねーんだが、なんか知ってたりするか?」

 

「知らない知りません知らないわ! ええ、決して私が原因だとかそういうことじゃあないですわ! 貴方とお嬢様の漫才が長すぎて思わず暴力言語でツッコんでしまったとか、そんなことは決して全くありません!」

 

「もはや答え言ってるよーなもんじゃねーか!」

 

 痛む後頭部を抑えながら咆哮する良夜だったが、咲夜は見事なタイミングでふいっと彼から顔を逸らす。

 先ほどのやり取り+良夜の意識が戻るまでの間におよそ二十分という膨大な時間を消費してしまったため、良夜が咲夜にかけられる時間はそこまで残っていない。多くて二十分、少なくて五分といったところか。

 「ま。別にいーけどさ」良夜は話を進めるために先ほどの暴挙を水に流――

 

「え……貴方まさか、マゾヒストの気があるんじゃ……」

 

 ――す前にどうやらやらなければならないことができたようだ。

 

「誰がマゾヒストだ! 人がせっかくお前を許してやろーとしてんのに、なんでお前はそんな思いを踏みにじるんですかねぇ!?」

 

「あ、今のってさっき頭を踏みにじられたのとかけてみましたの? おー、上手上手」

 

「別にそんな一芸持ってませんけど!? 今日のお前なんか面倒くせーぞ!? なんかあったんか!?」

 

 主に咲夜の頭の方を心配して叫ぶ良夜にとびっきりの笑顔を向け、十六夜咲夜は高らかに言い放つ。

 

「だって私はツンデレですもの!」

 

「自分で自分のことをツンデレとか言う奴がツンデレなわけねーだろ! 博麗に謝れ! あの幻想郷一ツンデレな腋巫女に全力で謝罪しろ!」

 

 ぜーっ! はーっ! と体を大きく上下させながら肩で息をする良夜さん。それほどまでに怒涛のツッコミを入れたということなのだろうが、それは咲夜のボケが同じぐらい濃かったということでもあるのだ。あまり時間が残されていないというのに、この銀髪コンビは一体何をやっているのだろうか。

 まぁぶっちゃけてみると、お互いにこれからのやり取りが恥ずかしいだけなのだ。良夜は緩和しているが、この二人は自他ともに認めるツンデレだ。自分の想いを相手に素直に伝えることが恥ずかしく、それで相手が動揺するのを見るのも恥ずかしい。

 だが、このままいつまでも無駄なやり取りを続けているわけにはいかない。良夜はまだあと一人、彼の全ての始まりとも言える少女を残してしまっている。清く正しい鴉天狗の少女が、この紅魔館のどこかで良夜が来るのを待っているのだ。――その少女の元に行けないまま時間切れになってしまうなんて、いくらなんでも最悪過ぎる。

 そんな良夜の気持ちを悟った咲夜は「あー……あーもーちくしょー恥ずかしいわねもうっ!」と美しい銀髪を片手で乱暴に掻きむしり――

 

「私は貴方のことが好きです! この紅魔館に初めて新聞を配達しに来た貴方と知り合ってから――ずっと貴方のことを愛しています! だから――私と結婚しなさい! 絶対に幸せにしてみせますわ!」

 

 ――あまりにも男らしい告白をぶちまけた。

 普通ならば男から女に言うべきであろう言葉の数々。だが、咲夜はあえてその言葉を選択した。女の子らしい自分を見せるのが恥ずかしいから、羞恥心を抑え込むためにあえて男らしい告白をしたのだ。……まぁ、顔は目も当てられないぐらいに真っ赤だしメイド服のスカートを両手で掴んでもじもじしているところとか、どこからどう見ても女の子なのだが。

 全く予想にもしなかった言葉の選択に良夜が戸惑う中、咲夜はさらに顔を赤くして彼を睨みつけながら咆哮する。

 

「べ、別に貴方を喜ばせるためにこんな言い方をしたわけじゃありませんからね!? ただ、私はこの幻想郷で最も貴方に近しく、貴方と同じぐらいの寿命を持った存在だから、私が貴方を幸せにしてあげなくちゃいけないって思っただけなんですからね!? か、勘違いしないでほしいものですわ!」

 

「――ッ」

 

 それは、良夜があえて考えないようにしていたことだった。

 彼が幸せにすると誓った五人の少女の内、四人が良夜とは違う種族――人外だ。彼女たちは良夜とは比べ物にならないほどの寿命を持ち、良夜とは比べ物にならないほどの生命力を持っている。――そんな少女たちを残して、良夜はこの世を去らなければならない。

 だからこそ、そんな良夜の苦悩を十六夜咲夜という存在が消し飛ばすのだ。五人全員が貴方と一緒に行けるわけではないけれど、せめて私ぐらいは貴方と同じ墓に同じタイミングで入りましょう。貴方と私は一心同体、死ぬときは絶対に一緒です。

 気づいた時には、良夜の目から涙が零れていた。咲夜の言葉があまりにも嬉しかったから、良夜はいつの間にか泣いてしまっていた。

 堰を切ったようにぽろぽろと涙を流す良夜を優しく抱き寄せ、咲夜は彼女らしい凛とした声色で彼に告げる。

 

「貴方と同じ時間を歩むことができる私は、この幻想郷で最も幸せな女なの。貴方の一分は私の一分、貴方の一年は私の一年。私は時を止めることができるけど、貴方と過ごす時だけはどう頑張っても止められない。というか、絶対に止めたくない。――私は貴方と同じだけ生きて、私は貴方と同じだけ幸せでいたいから」

 

「……同じだけ、幸せ……」

 

「貴方が私以外の方々より早く死んでしまうのは絶対に避けられない。蓬莱の薬でも飲めば話は別だけど、貴方はそんな裏技を使ってまでこの世に留まろうとは思わないはず」

 

 「だから」と咲夜はあえて間を置き、

 

「私が貴方を絶対に一人にさせない。現世だろうが冥界だろうが地獄だろうが天国だろうが、私は絶対に貴方の傍に居続けますわ。メイドは主の傍から離れない、というのは幻想郷だけでなく世界の常識ですからね」

 

「……ありがとう。本当に、ありがとう……ッ!」

 

 肩を震わせながら子供のように泣きじゃくる良夜の両肩に自らの両手を添え、咲夜は優しくキスをする。舌を絡めることも無く、ただ唇を触れさせるぐらいの軽めのキスを。

 そして良夜を思い切り抱きしめ、咲夜は言う。――自分が泣いていることを悟られないように、震える体に鞭打っていつも通りの「凛々しい十六夜咲夜」としての態度で告げる。

 

「私が貴方にできるのは、今はこれが精一杯。でも、この試練が終わったら、私は貴方に本気で甘えてあげますからね。――だから、早く御行きなさい。残り時間はあまり残されていないのだから、貴方はこんなところ油を売っている場合ではないでしょう? 絶対に貴方の想いを伝えなければならない人がいる。絶対に貴方が想いを聞かなければならない人がいる。――貴方に本心を伝えられただけで、今の私は満足ですわ」

 

 喋り終わると同時に咲夜は再び軽めのキスをし、良夜が気づいた時には既に目の前から消え失せていた。――時間を止めている間にどこか遠くへと移動したのだろう。

 彼女はそこで泣きじゃくっているんだろーか? さっきの俺みてーに、肩を震わせて子供のよーに泣きじゃくってるんだろーか。

 だとしたら、この試練の後に思い切り抱きしめてあげなければならない。彼女の涙を止めるために、俺は行動しなければならない。

 ――だが、今はこの先のことに集中しよう。咲夜が言っていた通り、俺は『アイツ』のところに行かなきゃなんねーんだ。

 

「ついにこの時が来たぜ――文!」

 

 沙羅良夜は走り出す。

 彼の全てが始まるきっかけをくれた鴉天狗の少女の元へと、持てる力の全てを使って走り出す。

 今回は、もうヒントなんていらない。パチュリーには悪いが、良夜は彼女の助け無しで鴉天狗の少女の元へとたどり着くことができる。

 紅魔館のシンボル――『鐘』。

 きっとそこに、あの少女はいるのだろう。

 沙羅良夜は駆けていく。

 射命丸文という清く正しい鴉天狗の元へ――風のように駆けていく。

 

 

 残り時間:一時間四分。

 

 残り人数:一人。

 

 本当の意味でのハッピーエンドまで、残り――。

 




 次回もお楽しみに!

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