東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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 ついにここまで来ちまった……ッ!



第二十六話 沙羅良夜は恋をする④

 鐘がある屋上に行こうとしたが何故か施錠されていた。

 

「それはもちろん、私が施錠したからに決まっているじゃない」

 

「アンタは鬼か!」

 

 紅魔館の図書館にて。

 残り時間一時間という結構ギリギリな制限時間と戦っていたはずの沙羅良夜は図書館の主――パチュリー=ノーレッジの襟首を掴みながらビキリと青筋を浮かべて咆哮していた。

 わざわざ屋上の入り口から図書館まで全力ダッシュしてきたせいで身体中から大量の汗が噴きだしていて、黒いシャツとカッターシャツに至ってはびっちりと肌に張り付いてしまっている。何故息が切れていないのか甚だ疑問なのだが、そこは毎日の配達で鍛え上げられたという理由で納得するしかないだろう。常識が通じない世界、それこそが幻想郷なのだから。

 襟首を掴まれているにもかかわらず相変わらずの無表情なパチュリーはジト目で良夜を見上げつつ、

 

「だって貴方、あのままだと私をスルーしたでしょう? せっかくの私の出番を、『メンドイし、別にいーや』ぐらいの理由で華麗にスルーしようとしたでしょう?」

 

「いやいや、こっちは誰の出番とかそんな次元で戦ってるわけじゃねーから! アンタの出番とか心底どーでもいーわ!」

 

「フフフ、そうやって旧キャラは消え去っていくのね」

 

「少しは現実見てくれませんかねぇ!? NO二次元! YES三次元!」

 

 顔に影を落としながら暗く微笑むパチュリーに、良夜は青筋の数を二倍に増やして咆哮を続ける。チラッと腕時計を確認してみると、残り時間は五十分を切ってしまっていた。

 このままこんなどうでもいい漫才を繰り広げているわけにはいかないのだが、パチュリーが屋上への鍵を渡してくれるまでは嫌でも彼女を説得し続けなければならないのだ。こんなところで挫けるわけにはいかない。

 良夜はすぅぅっと息を吸い、腰を折り曲げながら言い放つ!

 

「お願いしますパチュリーさん、屋上の鍵を渡してください!」

 

「うん、いいわよ?」

 

「……………………………………、え?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「くっそあの人意味分かんねー……渡すなら最初っから渡してくれりゃいーのに……」

 

 ぶつぶつと口を尖らせながら図書館の管理人兼引きこもりである魔法使いの少女の愚痴をこぼしつつ、良夜はガチャガチャと少しだけ錆びついている南京錠に鍵を差し込んで必死に開錠を試みていた。

 残り時間は四十二分。お世辞にも多いとは言えない時間だが、少ないとも言えない。意外とちょうどいい時間だろう。

 この扉を開けた先に、あの少女が待っている。沙羅良夜の記憶の中で一番古くから記録されている鴉天狗の少女が、この扉の先で自分を待っているのだ。……なんか柄にもなくドキドキしてきた。

 ガギン! というやけに鈍い音と共に南京錠が開錠する。良夜はふぅと溜め息を吐き、目の前の扉をゆっくりと押し開く。

 そこ、には――

 

「あやや? やぁっと来ましたね、良夜。四時間も私をこんなところに待たせるなんて、居候失格ですよ?」

 

 ――太陽のように明るい笑顔を浮かべる少女がいた。

 肩の辺りまでの長さの黒髪とぱっちりとした黒目が特徴で、頭の上には頭襟と呼ばれる鴉天狗特有の帽子をかぶっている。上半身は白と紅葉柄の二色から構成された半袖シャツに覆われていて、下にはフリルのついた黒いミニスカートを穿いていた。黒のストッキングを上から下まで眺めていくと、高下駄風の赤い靴を履いているのが把握できてしまう。――そして、背中に生えた堕天使のような漆黒の翼。

 

 

 射命丸文。

 

 

 ずっと想いを伝えたかった少女が、ずっと一緒に居たいと誓った少女が――今、目の前にいる。

 思わず感極まりそうになる良夜だったが、ぐっと目に力を込めていつも通りの『ツンデレ配達屋』として文に軽口をたたく。

 

「ははっ、あえて最後に回したんだっつーの。お前とは積もる話がたくさんあっからな」

 

「あやや? 奇遇ですね――私もです」

 

 瞬間、紅魔館の屋上に突風が吹いた。

 風によって紅魔館のシンボルである鐘が揺れ、幻想郷中にその存在を知らしめる。音量自体は大きいのに、その音色には何故か安心感が感じられる。

 そして六度目の鐘が鳴った瞬間――

 

『ごめんなさい!』

 

 ――配達屋と鴉天狗が同じタイミングで謝罪した。

 文は良夜が二の句を告げる前を見計らい、あらん限りの大声で謝罪の言葉を述べていく。

 

「この間は本当に申し訳なかったです! 突然のことで混乱していたとはいえ、貴方と無理心中しようとしてしまいました! 本当にごめんなさい!」

 

「その点についてはもー気にしてねーから大丈夫! それより、俺の方こそごめんなさい! お前にあらぬ誤解を生んでしまったり、お前に今までたくさん迷惑をかけちまった! 優しいお前に甘えて、俺は好き勝手に振舞っちまってた! 本当にごめんなさい!」

 

『――本当に、ごめんなさい!』

 

 二人分の大声が、鐘の音に混じりながら幻想郷に響き渡る。

 事の発端はいったいどれだったのだろう? 良夜が文と出会ったことか。良夜が文を泣かせた時か。文が良夜を監視した時か。良夜が文と笑った時か。――おそらく、全てが発端だ。

 その全ての発端を経験しているからこそ、今この二人は互いの非を認めて謝罪することができている。相手に甘えていた自分を顧みて、自分なりに反省しようとしているのだ。

 お互いに腰を九十度近くまで折り、お互いに相手の出方を待つ。こっちが謝罪した後は一体どういう流れが待っているのか分からない二人は、ただただ目を瞑ってその時を待ち続ける。

 一分、二分、三分……十分。お互いに頭を下げたままただただ時間が過ぎていく。このままではタイムオーバーとなってしまうのだが、それでも二人は動かない。

 そして十二分が経過した頃、良夜と文はほぼ同時のタイミングで顔を上げ――

 

『ぷぷっ……あはははははははは!』

 

 ――目に涙を浮かべながら大声で笑いだした。

 互いに腹を抑えて全力で笑い、幻想郷の空に笑い声を響き渡らせていく。鐘の音は既に止んでいて、紅魔館には良夜と文の笑い声だけがなんとも言えない存在感を放ちまくっている。先ほどから全く通常ではない二人を見守るように、太陽が少しだけ西の方へと傾いた。

 そんな状態が一分ほど続いたところで二人はぴたりと笑うのをやめ、一歩前へと踏み出した。――さらに一歩。――さらに二歩。二人は紅魔館の屋根の上をバランスを崩すことなく器用に進んでいく。互いの距離を踏みしめるように、二人はゆっくりと近づいて行く。――片や微笑みを浮かべ、片や無愛想な表情で。

 そして二人の距離がゼロになったところで、良夜と文は互いの身体を思い切り抱きしめた。

 右手で文を抱きしめ、左手で文の頭を優しく撫でながら――良夜は言う。

 ――文は答える。

 

「ずっとお前に伝えたかったことがある」

 

「はい、実は私も貴方にずっと伝えたかったことがあるんです」

 

「ははっ、そりゃ奇遇だな。やっぱ俺たちゃ似たもん同士ってことか?」

 

「なに意味不明なこと言ってんですか、このバカ良夜。私と貴方が似た者同士? 馬鹿も休み休み言いなさいって親から習わなかったんですか?」

 

「だって俺、完全無欠に記憶喪失だし。しかも母親はあのゴスロリ天然ボケウーマンだぜ? そんな真面目なこと習ってるわけねーだろ」

 

「あやや、それもそうですね」

 

 右手で良夜を抱きしめ、左手を良夜の左頬に添えながら――文は言う。

 ――良夜は答える。

 

「今までの中で一番真面目な言葉ですから、茶化さずに聞いてくださいよ?」

 

「そりゃこっちのセリフだっての。言っとくけど、俺よりお前の方が真剣みに欠けてっからな? 因みに、これは幻想郷の共通認識だから。別に俺の持論って訳じゃねーから」

 

「はぁ? 貴方みたいなツンデレよりも絶対に私の方が真剣ですぅー。清く正しい鴉天狗である私は、幻想郷で最も真剣な女ですよーだ」

 

「言ってろボケガラス」

 

「言いますよバカ良夜」

 

 そんな子供のようなやり取りをしながらも、二人は真剣な表情で互いの目を真っ直ぐと見つめていた。平静を装っているのかもしれないが、誰がどう見ても今の二人は緊張している。身体は小刻みに震えているし、互いの身体を抱いている右手は生き物のように忙しなく駆動してしまっている。これで緊張していないだなんて言ってしまったら、「うそつけ」という一言でバッサリと袈裟切りされてしまうことだろう。誰にとは言わない。だって誰でも言いそうだし。

 二人は頬を朱く染めながらも目を背けることはせず、ほぼ同時のタイミングで全く同じ言葉を言い放つ。

 

『――好きです。あまりにも好き過ぎるので、このまま結婚してください』

 

 長かった、と良夜は思う。

 こんな簡単な言葉を面と向かって言うことができるまでに、丸一年を要してしまった。ずっと彼女のことが好きだったのに、捻くれ者な性格のせいでずっと口にできなかった。いつも準備はできていたのに、良夜はこの言葉を彼女に伝えることが出来なかった。

 だが、ついにこの言葉を伝えることに成功した。最高の選択肢を経て、最高の展開を迎えることができたのだ。

 レミリアにはキレられてしまうかもしれないが、良夜は運命なんてものは微塵も信じちゃいない。全ては必然で偶然なんて存在しない――これが良夜の持論なのだ。

 だけど、身勝手な気持ちだと思われてしまうかもしれないけど――――

 

『好きです。超好きです。絶対に幸せにするから、俺(私)の全てを受け入れてください』

 

 長かった、と文は思う。

 鈍感な彼に想いを伝えることなんて容易いことだと思っていたにもかかわらず、無駄に一年を要してしまった。ずっと彼のことが好きだったのに、無駄にプライドが高いせいでずっと口にできなかった。いつも準備はできていたのに、文はこの言葉を彼に伝えることができなかった。

 だが、ついにその言葉を伝えることに成功した。最悪の展開を経て、最高の選択肢に巡り合うことができたのだ。

 レミリアは喜ぶかもしれないが、文は運命なんてものを全力で信じている。全ては偶然で必然なんて存在しない。――これが文の持論なのだ。

 だけど、身勝手な気持ちだと思われてしまうかもしれないけど――――

 

「絶対に幸せにしてやるよ――文」

 

「絶対に幸せになってやりますよ――良夜」

 

 そして二人は唇を重ねる。

 今まで経験してきた全てを集約するように、二人は互いの気持ちをキスという形で伝えていく。

 意識の外で試練終了のアラームが鳴っている気がするが、今の二人にはとてつもなくどうでもいいことだった。今は、今だけは、二人だけの時間を過ごさせてほしかったから。

 

 

 ところで、良夜と文の言葉の続き、貴方は聞きたくはないだろうか?

 

 二人はあえてぼかしていたが、実はちゃんと最後の分まで考えてあったのだ。

 

 それでは、お手を拝借してください。

 

 『身勝手な気持ちだと思われてしまうかもしれないけど――――』の続きを聴いたら、一斉に盛大な拍手を送ってあげるとしましょうか。

 

 それでは――せぇーのっ!

 

 

 

 ――運命なんて言葉じゃ言い表せないぐらい、貴方のことが大好きです。

 

 

 

 




 次回、最終回!

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