良夜の世代以上にキャラが濃い彼女たちの日常を、心行くまでご堪能ください。
二十年後の日常 沙羅明流の場合
紅魔館の図書館にて。
「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ポニーテールにしているくすんだ銀髪とやる気のないダウナーな赤茶色の目、それと背中に生えた漆黒の翼が特徴である沙羅明流は自分の顔よりも圧倒的にデカい辞書のような本にもう一度目を落とし、落胆したように本日二度目の溜め息を吐く。
そしてぼんやりとした表情で一言。
「どの本にも胸を大きくするための方法が載っていやがりませんねー……」
赤色の頭襟がちょこんと乗っているくすんだ銀髪をガシガシと掻き、だぼっとした黒のローブを揺らしながら「あぁぁーっ!」と天に向かって咆哮する。
今の流れで大体のことは把握できただろうが、要らぬ誤解を生んでもあれなので一応の補足説明をしておこうと思う。言っておくが、これは明流のためであり、別に面白そうだからとか言う理由ではないのだ。
沙羅良夜と沙羅文(旧姓:射命丸)との間に生まれた沙羅明流は、それはもう満足としか言いようがないほどの容姿を授かった。やる気のない目つきながらに顔立ちは美少女と言っても過言ではないほどに整っているし、ローブの上からは分からないが彼女の手足はすらりと長い。外の世界だったら女優として何の問題も無く活躍できるだろう。
だが、そんな彼女には致命的とも言える欠点があった。――――人それを、貧乳、と呼ぶ。
この間計測したところで言うと、明流の胸のサイズはAAAカップ。もはやこれっぽっちも膨らみが無く、完全無欠な地平線がそこには拡がっている始末。
母親の文がCカップだったというのに、何で自分はAAAカップなのか。別に顔はもっと可愛くなくて良かったから胸を増量しろやコラァーッ! と年頃の少女こと沙羅明流は毎日のように自らが抱えるコンプレックスと格闘しているのだった。
そんなわけでこうして『胸を大きくする方法!』を一心不乱に捜索しているわけなのだが、これがなかなか見つからない。『身長を伸ばすための百の方法!』とか『これで貴女も不老不死!』とかいうぶっ飛んだベクトルの本は簡単に見つかるというのに、何故か胸関係の本だけはどこにも置いていなかった。
明流はぼふぅっとローブの中の空気を押し潰しながら床に寝転がり、
「うぅーむ……パチェ師匠が貧乳じゃねーから置いてねーのですかねー……いやいや、それでもやっぱり一冊ぐれーはあるはずです!」
諦めたらそこで試合終了ですよ? という言葉を残した偉人がいる。
その名言が実は座右の銘だったりする沙羅明流は「よーっし! 頑張りますよーッ!」と自分を鼓舞し、本探しを再開した。
☆☆☆
結局二時間探しても目的の本は見つかる兆しすら見せなかった。
「うっだぁー……まさかマジで置いてねーなんて思いもしなかったですよぅー……」
「だから置いてないってっ私はあれほど忠告したじゃない。それを貴女が『諦めたらそこで試合終了なんです! だから私は諦めねーです!』って私の制止を振り切って本探しを始めたんじゃない」
「だってマジで置いてねーなんて思わねーじゃないですかぁ!」
ぱらり、と細い指で器用にページをめくる桃色のだぼっとした服を着た少女――パチュリー=ノーレッジのどぎつい一言に、沙羅明流はぎゃーっ! と頭を抱えながら叫び返す。
明流がパチュリーの弟子になってから数年が経過しているのだが、それでも明流はこの師匠が若干苦手だったりする。自分の考えを見透かされているような雰囲気が原因だろうが、それ以上に全ての発言に皮肉が込められている感じが特に苦手なのだ。っつーかアンタ本当は何歳だ。私が生まれたときからほとんど外見変わってねーでしょう。
「うぅ……夢の『ないすばでー』がぁ……ッ!」涙目で自分の胸をペタペタと触りながら落胆する明流に苦笑しつつ、パチュリーは相変わらずの無機質な目で彼女の方を見ながら。
「というか、別に胸のサイズなんて貴女にとってはどうでもいいことじゃない。貧乳を差し引いたとしても、貴女はかなり可愛い部類に入るわけだしね」
「気休めなんていらねーです! Cカップ以上あるパチェ師匠に言われてもただ虚しくなるだけです!」
「…………あ、そー」
ダメだコイツ。もう何を言っても聞く耳持たねえ。あーあーと耳を塞ぎながら現実逃避をしている可愛い弟子に若干の苛立ちを覚えつつも、パチュリーは再び手元の本に目を落とし始めた。彼女が手にしている本の題名は『人体の神秘』という如何にも怪しいものである。
そして、そんな如何にもな本を自分の師匠が読んでいることに気づいた絶壁少女沙羅明流はピカピカピカーッ! と両目に大量の星を浮かべながら、
「パチェ師匠! まさかその本に豊胸技術のイロハが載っていたり――」
「しないわよ」
「チッ!」
露骨に不服そうな顔で吐き捨てるように舌打ちする絶壁娘。パチュリーは思わず熱いソウルが篭った拳をギュッと握ってしまうが、必死に怒りを鎮めることでその拳を振り回すのだけは何とか回避した。どれだけムカついてもこの鴉天狗は自分の可愛い弟子なのだ。まぁ実際は、半分人間で半分鴉天狗というまさかの『ハーフ鴉天狗』なのだが、そこは見逃してやらねばなるまい。この世にはツッコんではいけないタブーが星の数ほど存在するのだ。博麗神社の秘密とか、スキマ妖怪の実年齢とか。
そんなことを考えているせいで全然本に集中できないパチュリーは「はぁぁぁ……」と盛大な溜め息を吐き、
「そういえば貴女、私が出した課題は無事に終えたの? 一応、期限は今日までだったハズなのだけど?」
「…………………………………あ゛」
「…………日符『ロイヤルフレ――」
「ストォーップ! やります! 今すぐにやりますからスペルカードだけは勘弁してくれですぅーっ!」
「………………チッ!」
「青筋浮かべて舌打ちとかマジでやめてください!」
☆☆☆
そんなこんなで課題開始なのである。
この課題には広い空間が必要なため、二人は図書館から紅魔館の無駄に広い庭まで移動している。もちろん、パチュリーの手元には数冊の本が置いてある。本が無い生活なんて考えられないとでも言いたげなパチュリーの表情に、明流は思わず苦笑する。
そんなことなど露知らず、庭に予め設置してあるパラソルの下の丸テーブルの上にぐでーっと項垂れているパチュリーはジト目で明流を眺めつつ、
「因みに、失敗したら私が容赦なくスペルカードをぶっ放すから」
「それ流石にスパルタすぎやしま――「金符『シルバードラゴ――」――よーっし明流ちゃん頑張っちゃうぞーッ!」
ニッコリ笑顔で核兵器よりも恐ろしいスペカを取り出すパチュリーにマジモンの恐怖を覚えた明流はドバーッと涙を流しつつ、ザッと両足を肩幅の広さまで広げる。高下駄風の赤い靴が地面を抉り、彼女の身体が完全に固定された。
瞬間、明流の周囲に小規模の竜巻が何個も生成され出した。
その竜巻は時間が経つごとに増加の一途を辿っていて、竜巻の規模も数に比例するようにだんだんと激しいものへと変化していく。明流が着ている黒のローブが風によって激しく波打ち、くすんだ銀髪は風の流れに沿う形で蛇のように脈打ちだす。
そしていつの間にか目を閉じていた明流はすぅぅっと深呼吸をし、ギンッ! と目を開きながら懐からスペルカードを取り出し――
「旋風『ハーレム・タイフーン』!」
――ドガガガガッ! と紅魔館の庭を盛大に破壊した。
「ちょ、何やっちゃってんのォおおおおおおおおおおおおおーっ!?」色々とツッコミどころがある明流のスペルカードに絶叫という形で驚きの感情を露わにしたパチュリーはガタタッ! とイスから立ち上がり、
「なんだ今の名前! そしてその意味不明な破壊力! そして弾幕作れって私は言ったのになんで貴女はこんな意味不明な破壊魔法を作り上げちゃってんのかしら!?」
普段の彼女からは想像できないほど肩を怒らせて咆哮するパチュリーに「???」と小さく喰いを傾げつつも、すぐに満面の笑みで明流は無い胸を張りながら言い放つ!
「この名前はお父さんの『ハーレム』から引用させていただきました! 節操無しの私がたくさんの竜巻をハーレムとして扱う――これはとても素晴らしーことだと思わねーですか!?」
「駄目な部分を親から遺伝するんじゃないわよこのバカ天狗! そんな幻想郷史上最悪な名前をスペルカードに付けないで!」
「そして次! なんだこの破壊力は!」もはやキャラが崩壊しまくっているパチュリーに明流はこれまた満面の笑みを向けつつ、
「魔理沙さんが『弾幕っつったらやっぱり破壊力なんだぜ!』って自信満々に言いやがってましたので、それを参考にさせていただきました!」
「またダメなところをそうやって引っ張ってくる! わざと!? もしかしてわざとなの!? しかも今度は違う家の人から駄目な部分を引き継いでるし!」
うがぁああああーッ! と血の気が引いた顔で頭を抱えるお師匠さん。幼いころからぶっ飛んだ思想を持っているとは思っていたが、まさかここまでぶっ飛んでいるとは思わなかった。両親である良夜と文から駄目な部分だけを引き継いでいるこの少女は、幻想郷史上最悪な存在なのではなかろうか。
だが、そんな最悪なトラブルメーカーもパチュリーにとっては可愛い愛弟子なのだ。こんなところで見捨てるわけにはいかない。というか、私が何とかしてこの少女を普通の女の子に更正してあげなければならない!
ふぅ、とパチュリーは数秒足らずでいつもの冷静な自分を取り戻し、明流に向かってニッコリとほほ笑みながら――
「それで、どうして弾幕じゃなくてこんな災害を作り上げちゃったの?」
「え? 相手をどれだけ蹂躙できるかが重要なのが弾幕なんじゃねーんですか? 咲夜お母さんとレミリア様から私はそーゆー風に聞かされてきたんですけど……」
分かった。残念なのはこの子じゃなくて周囲のバカ共だ。
子供の成長には周囲の環境が影響するというのはよくある話だが、まさかここまで残念な方向に作用するとは夢にも思わなかった。というか、良夜と文はこの子をどういう風に育ててきたのだろう。配達屋と執事で忙しい良夜はともかく、新聞記者ながらにいつも家にいる文はもうちょっと常識的な方法でこの子を育てるべきではなかったのか。友人の子育て事情にパチュリーは思わず頭痛を覚える。
とりあえずこのハーフ鴉天狗が非常識な存在であることは理解した。そして、存在とか思考とかが非常識である以上に、この子を取り巻く環境が致命的なまでに非常識であることも理解した。……とりあえず環境の方から改善していこう。どれぐらい時間がかかるのかは分からないが、できるだけ早急に取り組むべきだ。この子のためにも、紅魔館の未来のためにも。
破壊され尽くした庭を見てきょとんとしている明流を見てパチュリーは密かに決意するのだが、数秒と経たずに現れた紅魔館のトラブルメーカーによってふたたび頭痛と眩暈を覚えることになる。
「相変わらずですわね、明流!」それは、紅魔館の二階にあるテラスから聞こえてきた。イラつくぐらいのソプラノボイスで、その少女は突然現れた。
「ま、まさかキミは!」いやお前知り合いっつーか姉妹だろうが、とパチュリーは眉間を抑えながらツッコミを入れるが、基本的にマイペースな明流はそんなことには気づかない。
すでにイライラ指数がメーターを振り切っているパチュリーを蚊帳の外に追いやっていることなど露知らず、そのソプラノボイスの少女は「とぅ!」とテラスから思い切り跳躍し――
「あぐべぇl!」
――地面と熱いディープキスをかましていた。
何とも言えない残念な光景を前に、パチュリーと明流は血の気が引いた顔で唖然とする。今物凄くヤバめな音がしたのだが、この少女は果たして大丈夫なのだろうか。
だが、二人の心配なんて必要ないとばかりに件の少女は起き上がりこぼしのように勢いよく立ち上がり、
「おーっほっほっほっほ! 貴女という人は十七歳にもなって弾幕の一つも扱えないんですの? それでわたくしと同い年だなんて、最高に笑わせてくれますわ! やはり弾幕の上手さは胸の大きさに比例するというのは本当のようですのね! え、わたくし? 『Fカップ』であるわたくしは『AAAカップ』である貴女とは違って、既に華麗でスタイリッシュな弾幕を扱うことができていますの! おーっほっほっほっほ!」
明流の対極にいるような――透き通った銀髪ツインテール。
明流の対極にいるような――ぱっちりとした薄茶色の目。
明流の対極にいるような――フリルのついた真っ赤でど派手なメイド服。
明流の対極にいるような――無駄に形の整った巨大な胸。
彼女の名は――
配達屋である沙羅良夜と紅魔館のメイド長である十六夜咲夜との間に生まれた――超絶ポジティブお嬢様気質&超絶高飛車な――超絶トラブルメーカーである。
次回もお楽しみに!