あえて言うまでもないが、
ダウナーな沙羅良夜とクールな十六夜咲夜との間に生まれたにもかかわらず、咲良はその二人の長所を全く引き継いではいない。というか、貧乳の咲夜から巨乳の咲良が生まれてきた時点でどこか遺伝子の悪戯を感じてしまう。
透き通った銀髪をツインテールにしていて、ぱっちりとした薄茶色の瞳が爛々と輝いている。スタイルの良さはもはや人外級で、胸に至ってはまさかのFカップ。とてもあの貧にゅ……もとい慎ましいお胸をお持ちの咲夜から生まれたとは思えない豊満さだ。
身に着けているのは派手ながらにどこか高貴な印象を与える真っ赤なメイド服で、何故か胸元は大胆に開いている。どう考えても絶壁少女・明流へのあてつけと思われるが、実はただ単純に「胸が苦しいから」という明流が聞いたらブチ切れてしまうような理由だったりする。
そんなどこまでも微妙に完璧で微妙に残念な少女・沙羅咲良は口元に手を添え、
「おーっほっほっほっほ! やはり無乳である貴女では爆乳であるわたくしには到底及びませんわね! む・にゅ・う! である貴女ではね!」
「わざわざ強調すんなぶっ殺しますよ!?」
「あらあら? 胸に回るはずのカルシウムが頭に回っているハズなのに、やけに気が短いですわね。――って、別に胸とカルシウムは関係なかったですわね! おーっほっほっほっほ!」
「………………ッ!」
「落ち着きなさい、バカ明流! あんな安い挑発に乗ってはダメよ!」
「離しやがってくださいパチェ師匠! そろそろ本気であのバカに私の本当の実力を思い知らせてやらねーと駄目なんです!」
額にビキリと青筋を浮かべて怒り心頭な明流を羽交い絞めにするパチュリー。既に一世代前よりもかなりの労力を要求されているような気がする。あの時はあの時でいろいろと大変だったが、流石に今の世代に比べれば百倍はマシだった。というか、どんだけキャラが濃い子供しか生んでないんだあのバカ共は。
インドア派なのにアウトドア派のような活動を必要とされている現実に頭を痛めるパチュリー。
そんなパチュリーに拘束されている明流を超絶的なドヤ顔で眺めながら、咲良はわざわざ豊満な胸を上下に揺らし、
「あらあら、野蛮ですわねー明流? やはり胸が小さいと野蛮力が倍増してしまうのかしらぁ?」
「誰が野蛮だ! ちょっとこっち来やがりなさい咲良! その無駄な脂肪を今ここで削ぎ落としてやりますから!」
どこから取り出したのか巨大なハサミをジョッキンジョッキンと弄ぶ明流に、咲良はヒクヒクと頬を引き攣らせる。どこまでもマイペースでお嬢様気質な咲良だが、流石にこのような非現実的な光景は受け入れられなかったりする。非現実的な幻想郷に住んでいるのに、だ。
瞳の中に怒りの炎を燃やして一歩ずつこちらに迫ってくる明流に咲良は冷や汗を流しながら、
「あ、そーいえばわたくし、今から勉強をしなくてはならないんでしたわー!」
「に、逃げんなボケ巨乳ぅうううううううううッ!」
「これは逃げではありません! 明日へと続く第一歩なのですわ!」
☆☆☆
全速力で紅魔館を走ること二十分。咲良はやっとのことで明流を撒くことに成功した。
豊満な胸を抑えながら乱れた息を整える咲良。全身汗だくでツインテールの先からも大量に汗がしたたり落ちている。本当に漫画みたいだな、というツッコミがどこかから聞こえてくるような光景だった。
それから五分ほどかけてやっと元の状態を取り戻した咲良は「ふぅ」と一息吐き、
「それにしても明流の奴、以前に比べてやけに弾幕の威力が上がってましたわね……うーむ。このままではわたくしの方が威力負けしてしまいますわ」
実のところ、咲良は予想に反してかなりの努力家だったりする。
沙羅良夜の子供の中で唯一ただの人間である咲良は、他の子供に比べるとかなり才能に恵まれていない。妖力なんてものは生まれつき持っていないし、魔力なんていうものも持ってはいない。――完全無欠の人間。そこら辺にいるような、普通の人間。それが沙羅咲良だ。
だが、彼女は才能には恵まれていなかったが、家族の中で最も負けず嫌いな性格を持っていた。
負けたくないから努力し、負けたくないから頑張る。負けたくないから見栄を張り、負けたくないから諦めない。
そんな風に努力を重ねてきた結果、彼女は沙羅家の子供の中で一番の実力を持つまでに成長した。お嬢様キャラとか極度のドジッ娘属性のせいで凄く残念な娘のように思われている彼女は既に、この幻想郷でトップクラスだと胸を張れるほどの弾幕の実力を手にしている。――云わば、沙羅家のエースなのだ。
「もっと魔力を凝縮させれば大丈夫なのかしら……?」と首を傾げながら、咲良は無駄に広い廊下を突き進む。
と。
「あら、咲良じゃない。今日は一人なの?」
「あ、レミリア様。ご機嫌麗しゅう」
アイスキャンディを咥えながら厨房の中から出てきた紅魔館の主である吸血鬼――レミリア=スカーレットに、咲良はぺこりと綺麗なお辞儀を披露する。相変わらず口調だけは無駄にお嬢様だが、まぁレミリアもなかなかのお嬢様なので問題はないだろう。立場的には逆なのだが、そこは本人たちのキャラクター性によるところが大きいのだから仕方がない。
ペロペロと幸せそうにアイスキャンディを舐めるレミリアの隣を歩きながら、咲良はニコニコと笑顔を浮かべる。
そして自分よりも背が低いレミリアの頭をガッシィィ! と鷲掴みにし、
「……アイスは一日二本まで、という決まりを平気で破る気持ちはどうですの?」
「ち、ちがっ……これには妖怪の山よりも高くて妖精の湖よりも深い理由があるのよ!」
「ほぅ? それではレミリア様。わたくしが納得できる且つわたくしの『お母様』がオーケーサインを出せるような言い訳を、今ここでしてもらっても構いませんわね?」
「貴女はともかく咲夜相手じゃ絶対に無理じゃない! もうこれ完全無欠に詰みゲーじゃない! お先真っ暗よ!」
「だったら端から約束を守ればいいのですわ。……このロリババア」
「この家の主になんて酷いことを! あ、貴女それでも咲夜の娘なの!?」
「はい♪ もちろんでございますわ(ニッコリ)」
「目が笑ってなぁあああああああああああああああああああああい!」
笑顔を浮かべながらもレミリアの頭をしっかりと掴み上げている咲良に、レミリアは底知れない恐怖を覚えてしまう。こいつはキャラこそ咲夜とは正反対だが、その本質はどう考えても同じだ。このサディストな感じとか、レミリアに対して一切の容赦もないところとか。
そんな訳で早く解放してもらわないと頭部がヒョウタンのようにチェンジゲッターしてしまうのだが、このバカ少女はレミリアがちゃんとした言い訳をするまで絶対にこの手を離さないだろう。というか、このまま咲夜のところまで連れて行かれてしまうかもしれない。それだけは絶対に回避しなければ!
レミリアは必死に思考する。この最悪な状況を打破するために何をすればいいのか、レミリア=スカーレットは全力で思考する。
そんな努力が実ったか、レミリアの明晰な頭脳に一つのアイディアが浮かんだ。というか、もはやこの方法しか残されてない。
そうと決まれば何とやら。
レミリア=スカーレットは空気を一気に吸い込み――
「
「誰に向かってそのような戯けた口を利いているか、このバカ主!」
――スパーン! と巨大なハリセンで勢いよく頭を叩かれた。
どこからともなく現れた少年は、咲良や明流以上に異常な容姿の少年だった。
無造作な髪は金色と銀色のツートンカラーで、切れ長の目の中では金と銀のオッドアイが太陽のような輝きを放っている。身長は百八十センチと長身で、身に纏っている黒の執事服が彼の完璧さを際立てている。あ、あと怖ろしいほどにイケメンだ。
そんな金と銀に彩られた少年の名は、
巨大なハリセンを常備していて――
「わざわざ神の如きオレを呼ぶためだけに悪口を言うか普通!? 少しは紅魔館の主としての自覚を持て! 神の如きオレの主ならば、いつでもどこでも完璧でないとな!」
――ツッコミキャラの癖に生粋のナルシストだったりする、色々と歪んだ少年だ。
そして、彼の母親の名前は
そんなわけで神夜は、日本の歴史で最も有名だとされている聖人君子の血を引いた、心の底から残念な少年なのである。
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