東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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二十年後の日常 沙羅神夜の場合

「わざわざ神の如きオレを呼ぶためだけに悪口を言うか普通!? 少しは紅魔館の主としての自覚を持て! 神の如きオレの主ならば、いつでもどこでも完璧でないとな!」

 

 無造作な髪は金色と銀色のツートンカラーで、切れ長の目の中では金と銀のオッドアイが太陽のような輝きを放っている。身長は百八十センチと長身で、身に纏っている黒の執事服が彼の完璧さを際立てている。

 『神の如きオレ』とかいう痛さ抜群な一人称を披露しながら現れた少年――沙羅神夜(さらしんや)は巨大なハリセンを肩に担ぎながら、自分を召喚した主ことレミリア=スカーレットに渾身のアイアンクローをお見舞いする。

 

「それで? 神の如きオレをわざわざ呼び出した理由とは一体なんだ?」

 

「いだだだだだだだだっ! ぎゅーってしないで! ぎゅーって! 頭取れちゃう!」

 

「神の如きオレの質問に答えろと言っているんだ、主よ」

 

「こここここんな状態で返答できるわけないでしょう!? まずはこの手を離しなさい! これは主命令よ!」

 

「……ふむ。命令とあらば仕方がないな」

 

 大して不貞腐れた様子も無く、神夜はぺいっとレミリアを床に放り投げる。どこまでいっても主らしい扱いをされない自分自身に、レミリアは少しだけ涙目状態。

 実の主を人形のように放り捨てた神夜に溜め息を吐きながら、咲良は豊満な胸の下で腕を組み、

 

「……貴方、相変わらず傍若無人で唯我独尊なのですわね。レミリア様に向かってその暴挙。わたくしたち沙羅一族の暗黙のルールを忘れたとは言わせませんわよ?」

 

「え? 咲良も私にアイアンクロー決めていたわよね? そんな他人事みたいに言う資格、どこにもないわよね?」

 

「無論、ルールは忘れてはおらんさ。尊敬し得る姉上の言うとおり、我々沙羅一族は主の忠実な小間使いだ。偉大なる父上が紅魔館の執事長である以上、そのルールは覆らない。――だが、それとこれとは話が違う!」

 

 「別に違わないわよ!」と涙目で必死にツッコミレミリアをハリセンで物理的に黙らせ、神夜はオッドアイを物理的に光らせながら――

 

「神の如きオレは主を絶対に甘やかしはしない! 何といったって、主は神の如きオレの――妻となる女なのだからな!」

 

 ――とんでもないことを言い放った。

 突然の告白に口をあんぐりと開けるレミリア。普通ならばここで顔を赤らめて動揺するのだろうが、相手が相手だけにどうしようもなく困惑してしまっているようだ。

 だが、どうやらこのことを知っているらしい咲良は顔に手を当てて大きく溜め息を吐き、

 

「……貴方、まだレミリア様を諦めてなかったんですの?」

 

「当然であろう! 主殿の美貌は幻想郷の中でトップクラスだ! そして、神の如きオレは神の如き美しさを持っている! 美しい者同士が結ばれるのは、世界の理というものだ! つまりぃ! 神の如きオレと主は――一万年と二千年前から結ばれることが決められていたのだ!」

 

 ドッバーン! と漫画だったらそんな効果音が描かれていそうな面持ちで、神夜は何の臆面も無く言い放つ。というか、恥ずかしい以前の問題で、凄く当たり前のことを言っているぐらいにしか思っていないようだった。おそらくだが、自己紹介感覚で言っていると思われる。

 咲良は三度目の溜め息を神夜に向けつつ、

 

「……興が削がれましたわ。また今度しっかりと説教して差し上げますから、その時までに覚悟を決めておきなさい」

 

「ふん。わざわざそんなことを言われずとも、神の如きオレは既にすべてのことに対して覚悟を決めている」

 

「相変わらず可愛くない弟ですこと」

 

「尊敬し得る姉上は相変わらず可愛いがな」

 

 噛み合っているような噛み合っていないような会話を最後に、咲良は廊下の奥へと歩いて行った。おそらくだが、仕事の一つである図書館整理に向かったのだろう。彼女が歩いて行った方向には、パチュリー=ノーレッジが管理している大図書館があるはずだ。

 咲良の姿が見えなくなるまで律儀に見送った神夜は「……よし」と神妙な面持ちで頷き、

 

「それで、主よ。結婚式はやはり博麗神社で決まりでいいだろうか?」

 

「なんで私と貴方が結婚する体で話が進んでいるのかの説明を求めるわ!」

 

 キーッ! と全力で反論された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結婚についての説明の後に顔を真っ赤にしたレミリアが消えてしまったので一人となった神夜は、紅魔館を飛び出して人里へとやってきていた。

 神夜の目的はただ一つ。夕食のための買い出しだ。

 まだ夕暮れにもなっていない時間のせいか、人里では幼い子供たちが元気そうに駆けまわっている。時折妖怪たちの姿が見えるが、別に彼女たちは子供を襲うことはないので心配することはない。上白沢慧音というワーハクタクがいる限り、彼女たちはあくまでも『寺子屋に通う生徒』という枠組みの中に拘束され続けているのだから。

 相変わらずの執事姿で順調に買い物を終わらせていく神夜。兎肉を買い、野菜を買い、酒を買う。無駄に顔が整っているおかげか、全ての店でサービスをしてもらっている。……特に、女性店員の時とか。酷い時は半額以下の値段にまでまけてもらっているようだった。

 そんな感じで無事にミッションをコンプリートした神夜は「さて、そろそろ帰るとするか」と紅魔館に向かって踵を返――

 

「シンヤシンヤ! いつものあれやってよ、あれ!」

 

「私もあれ見たい! シンヤのあれ、すっごくキレーだもん!」

 

 ――そうとした瞬間、子供たちに行く手を阻まれてしまった。

 いつの間に集まってきていたのか、子供たちは神夜の執事服に縋りつくように下から見上げてきている。超絶的なイケメンが子供たちに言い寄られている光景は、なんというかこう、凄く犯罪チックな光景だった。

 だが、ここで動揺しないのが我らがイケメン沙羅神夜。全てが完璧な完璧少年は完璧な笑顔を顔に張り付け、

 

「ほほう。そんなに神の如きオレのチカラを拝見したいとは……貴様ら、やはり神の如きオレの本当の素晴らしさが分かっていると見える。気に入った! 神の如きオレが貴様らに褒美を与えてやろう!」

 

「わーい、飴ちゃんだー!」

 

「あっ! こっちはお人形さんだー! シンヤ、ありがとう!」

 

「ふん。そんなもので歓喜されても嬉しくもなんともないわ。――メインステージは、ここからだ!」

 

 自分がばら撒いた褒美によって喜びはしゃいでいる子供たちに口を尖らせつつも、無駄に大袈裟な動きで彼らの注目を自分だけに集める。人里の中心で騒いでいることもあってか、神夜の周囲には人間妖怪問わず、多くの住民たちが集まってきていた。野次馬根性とはこのことを言うのだろう。

 だが、別に観衆が増えたところで、神夜のやるべきことは変わらない。

 神夜は近くにいた八百屋のオッチャンに買い物袋を預け、

 

「そこでよく見ているが良い、愚民共! 紅魔館の次期執事長にして、沙羅家の長男――沙羅神夜の種も仕掛けもあるマジックショーのお時間だ!」

 

 両手を広げてあけっぴろげに言い放つ神夜に、観客たちから歓声が上がる。人の注目を集める容姿を最大限に利用した、神夜だけのスキルの賜物だ。因みに、この口八丁は彼の師匠である妖怪――風見幽香から教えてもらったものの一つであるのだが、それはまた別のお話。

 近くに置いてあった木箱を二つほど並べ、簡易的なテーブルを作り出す。その上に余分に買っていたリンゴを二個ほど置き、その上に右手をかざす。

 そして神夜はニヤリと悪役のような笑みを浮かべ――

 

「『割れろ』!」

 

 ――触れもせずに、リンゴを八等分にして見せた。

 あまりにも非現実的すぎる光景を前に、観客たちがドッと沸く。今まで何回も見てきたマジックショーだというのに、人々は面白おかしい笑いに包まれていた。

 これが、沙羅神夜の能力。

 

 

『現実を幻想に屈服させる程度の能力』だ。

 

 

 この能力を簡単に説明すると、『神夜が思い浮かべた幻想を口に出すことで、現実がその幻想通りに歪んでしまう』といったもの。あまりにもチートすぎる性能のせいで両親から安易な使用を禁じられているのだが、そんなことは神夜にとって枷にすらならない。使いたいときに能力を使う。それが神夜クオリティ。

 因みにだが、沙羅家長女の沙羅明流の能力は『風魔法を扱う程度の能力』であり、更に次女の沙羅咲良の能力は『努力が報われる程度の能力』だ。咲良の方はすでに能力と呼べるものではないような気もするが、そんな彼女が沙羅家最強の弾幕使いだというのだから、既にそれは能力の一つだと数えられるだろう。

 その後も、『木箱を宙に浮かせる』マジックとか『即席で作り出した魔王を一撃で粉砕する』マジックやらを披露した神夜。既に陽は傾いてしまって空は鮮やかな緋色に染まってしまっているのだが、盛り上がっている神夜及び人間・妖怪たちはそんなことには気づかない。

 だが、そんな興奮状態を一瞬で冷ます、一人の乱入者が現れた。

 それは、青を基調とした道着を身に着けた、一人の少年だった。

 

「ふわぁぁ……おぉぅい、神夜兄ぃ。いつまでも遊んでないでぇ、さっさと帰ってきなさいってぇ、神子母様が言ってましたよぉ」

 

 無造作どころか寝癖のように跳ねまくった緋色の髪と眠たそうにとろんとした目が特徴で、身長は神夜よりも五センチほど低い。背中には赤塗りの棒が装備されていて、額には青の鉢巻が巻かれている。

 そんなアンバランスな舞踏家少年の名は、沙羅紅夜(さらこうや)

 三人いる紅魔館の門番の内の一人にして――

 

「まったくぅ。なぁんでボクが門番の時に限って神夜兄はそんな面倒事を起こすのですかねぇ。ふわわわぁぁぁ……あぁー眠い眠いぃ。今日頑張れば明日は美月(みつき)が門番の担当だからぁ、今度こそゆっくり眠れるんですかなぁ……ふわわぁぁぁ」

 

 ――紅魔館の居眠り門番こと紅美鈴(ホンメイリン)が生んだ双子の片割れでもある、睡眠至上主義のぽやっと門番である。

 




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 次回もお楽しみに!

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