予定変更。
今回は那家乃ふゆいさん作『東方霊恋記』で描かれた雪走威の歓迎会です。
その話の良夜サイド、と言った感じでお楽しみください。
まだ『東方霊恋記』を呼んでいない読者様は、先にそちらの『マイペースに宴会開始』から三話ほど読むことをお勧めします。
では、第六話 雪走威歓迎会 スタート!
「『
「はいっ! 楽しみですよね取材のチャンスですよねなので行きましょう!」
「早口で喋んな聞き取り辛ぇー……」
夏。
この間までの涼しさはどこへやら、といった風に太陽が幻想郷中を照りつける夏。
体中から汗を流しながら記憶喪失の銀髪少年こと沙羅良夜はカッターシャツの第一ボタンを開け放ち、更に裾をだらしなくスラックスから出して卓袱台の上に体を投げ出していた。
現在の気温は二十四度。
この間までは十五度ぐらいだったじゃねーかクソッたれ、と良夜は開け放った窓から差し込む容赦のない太陽光線に焼かれながら怨嗟のような呟きを力なく漏らす。良夜は暑さと寒さに弱い、生粋のダメ人間なのだ。
そんな生ける屍と化した良夜とは対照的にとても元気な鴉天狗こと射命丸文は半袖のシャツから延びる健康的な腕を上へと突き出し、
「よって我が射命丸家も参加しようと思っています!」
「あ、そー……いってらっしゃいませぇー」
「何言ってんですか。あなたも行くんですよ、良夜」
「………………マジ?」
「大マジです」
我が射命丸家って言ったじゃないですか、と文は付け加える。良夜的には「なんでコイツこんなに元気なの? 暑さとか感じねー体質なの?」と声を大にして叫びたいぐらいだるいのだが、文がそんなことを言っても気にするような少女じゃないことを良夜はこの一年で悟っている。
暑いから動きたくない。
そんなネガティブ思考が良夜の頭の中で忙しなく動き回り、良夜の活力を奪っていく。さらに太陽からの攻撃までもが重なってしまっているのだから、良夜が動きたくない理由も頷ける。
良夜は汗まみれで普段の百倍ぐらいダウナーになってしまった目で文を見上げ、
「地獄の八咫烏をぶっ殺したら、この暑さも和らぐのかねー……」
「いや、流石にお空さんは関係ないでしょう。って、そんなことはいいから準備してくださいよう。あと一時間ほどで始まっちゃいますよ? 歓迎会」
「だからお前一人で行ってきていいって……俺は今日一日家具となって過ごすからよー」
「はいはい、面白いですねー。というか、なんかもうシャツとかズボンとか着終わってるみたいなんで無理やり連れて行きますからね? はい、フライアウェイ!」
「どーせ家主の命令だとか言うんだろーが……」
なにを言っても無駄だろーし、と良夜は渋々と言った風に家の外へと歩いていく。やっぱりツンデレですねー、と文はやれやれと言った感じで首を振る。
そして文は良夜に背中から抱き着き、――勢いよく飛翔した。
自分よりも体重が重い良夜を抱えていてもふらつくことも無く空を飛ぶ文。意外と力あるんだよなコイツ、と良夜は空気抵抗のせいで発生する風に耐えながら小さく呟く。
文の飛行速度が速いせいか妖怪の山は数秒と経たないうちに小さくなり、目的地である博麗神社が凄まじい勢いで近づいてくる。
――っつーか。
「流石に速すぎるわ! ばっ、文っ! これ以上は体に深刻なダメージが出ちまうって!」
今更だが、良夜はなんの変哲もない普通の人間だ。戦闘能力も皆無で身体もそこまで頑丈ではない。
なので、鴉天狗の飛行速度に体が耐えられるはずもないのだ。
だが、当の文は不思議そうな表情で良夜をキョトンと見つめ、
「なんか言いましたか? 風がうるさくて全然聞こえないんですけど」
「――――ッ!」
向こうに着いたらとりあえずぶん殴ってやろう。
これから自分を襲うことになる激痛に耐えるべく、涙目の良夜は必死に体に力を込める。
☆☆☆
『……ずいぶんな紹介だな。そんなに酷い扱いか? 俺。どうも、雪走です。可愛い娘と綺麗な女性はお友達になりましょう! モットーは『何事もマイペース』ですんで、そこんとこよろしくぅ!』
「…………なんだあの欲望のカタマリみてーな自己紹介は……」
博麗神社に到着後、とりあえず文に本気のゲンコツを落とした良夜は現在、神社の鳥居の下に腰を下ろしている。彼のシャツが汗で湿っているのは、きっと文が悪いのだろう。
良夜はいつの間にか文が持参していた麦茶をぐいっと飲み、今回の宴会の主役でもある少年の方へと視線を向ける。因みに、良夜は酒が飲めない。何度も文にトライさせられているのだが、嫌いなものは嫌いなのだから仕方がない。
視線の先では自己紹介を終えた少年(確か、雪走とか言ったか)が特徴的な帽子をかぶった長髪の美女に酒を飲まされている光景が拡がっていた。
上白沢先生、相変わらず飲んでんなー。良夜はぼーっと二人の様子を眺め、麦茶を喉へと流し込んだ。
と。
「文さまの命令とはいえ、何故私が沙羅と一緒に飲まなくちゃいけないのよ……」
「登場して早々凄ぇ言い草だな、犬走。嫌なら河城のトコにでも行って来いよ」
「文さまの命令は私にとっての存在理由なの。それに違反するだなんてとんでもない」
「あ、そー」
文の部下であり沙羅とは犬猿の仲の白狼天狗こと犬走椛は良夜を憎々しげに見下ろすと、その場に腰を下ろした。彼女の手には一升瓶が握られていて、彼女が今からここで長い時間過ごすことを顕著に表していた。
椛は一升瓶を地面に置くと、もう片方の手に持っていた皿をその隣に置く。
皿の上には川魚の刺身が所狭しと並べられていて、良夜は思わずゴクリ、と唾を飲み込んでいた。
そんな良夜に気づいた椛はニィィと妖しげに笑い、
「なに、欲しいの? 私がわざわざ持ってきてあげたこの鮎のお刺身を食べたいの? 言っておくけど、これは私が文さまから貰った大事なお刺身なんだからね! あげないわよっ!?」
「かっわいくねーなぁテメェ! こんなにあるんだから一切れぐれー分けてくれてもいーんじゃねーの!?」
「欲しかったら土下座か靴舐めか文さまと別居のどれかを選びなさい」
「代償がもはやイジメ以外の何物でもねーじゃんか!」
やっぱりコイツとは相容れねー! 良夜は嬉しそうに尻尾を振っている椛にドン引きしつつ、これまた文が持参していた兎肉をパクリと頬張る。あのカラス、四次元ポケットでも持ってんのか? 記憶喪失なのか記憶喪失じゃないのかギリギリな一言を心の中だけで呟く。
と、そこで良夜は目の前の椛の目が自分が食べている兎肉に釘付けになっていることに気づいた。少し顔をずらして尻尾を見てみると、「それ以上振ったら千切れ飛ぶんじゃね?」級の大惨事と化していた。
犬の尻尾は本人の感情を代弁する。つまり、椛は良夜が持っている兎肉を食べたいということだ。
普通ならばここで「ほらよ、食いたいんだろ?」と渡すところだろう。そして椛の好感度が上がってフラグ建築、というのが普通だろう。……いや、普通ではないが。
だが、彼は椛と犬猿の仲である沙羅良夜。犬猿の犬の方が椛なら、良夜はずるがしこい猿の方。
なので良夜は相変わらずのダウナーな目つきで自身が持つ兎肉へと視線を落とし、
「いただきまーす」
――凄まじい勢いで食べ始めた。
ガツガツムシャムシャーッ! と兎肉を貪る良夜を見て三秒ほど硬直していた椛だったがすぐに意識を覚醒させ、良夜の暴挙を止めるべく動き出す。
「ちょっ、流石にそれはないんじゃない!? 私にも食べさせてよ兎肉!」
「――っぷ。スマン、もう食い終わっちまった」
「いや流石に速すぎるでしょ! こんもりと積み重なっていた兎肉の山を数秒で食べきるって、お前本当に人間か!」
「だってお前が刺身食わせてくれねーから。恨むなら最初の自分の行動を恨めってんだ」
「ぐ……反論、できない……ッ!」
悔しそうに顔を歪める椛に、良夜は「もはや芸術だよね」級のドヤ顔を見せつける。見る人十人に問えば十人全員が「殴りたい……ッ!」と拳を握りしめそうなほどの完璧なドヤ顔に、椛は青筋を額にビキリと浮かび上がらせた。やはりこの二人、仲がよろしくないようだ。
「…………」なにを思ったのか無表情のまま椛は背後をガサゴソと漁り、
「れっつ、ぱーりぃ……ッ!」
――巨大な剣を取り出した。
「どっから取り出したんだよソレとか無力な人間にソレ向けんのかよとかツッコみどころは多種多様だが、とりあえず落ちつこーぜ犬走さん! 幻想郷に必要なのは暴力じゃなくて話し合いだと俺は思う!」
「大丈夫よ、沙羅。痛みは一瞬だって妹紅さんが言ってたから」
「あんな不老不死と一緒にすんな! 俺はノーマル! いたって普通の人間なんだってーの! 斬られたら当たり前だが死ぬんじゃボケェ!」
「大丈夫! 斬られてもきっと元に戻るから!」
「戻るかぁ! なに言ってんだお前! 不思議超常現象が服着て歩いてるよーなお前ら妖怪と一緒にすんな! 俺は斬られたらそのまま死んじまうんだって! だからその剣をしまえ! そして座れ! 兎肉の余りはまだあるから!」
「分かればいいのよ分かれば」
やったぜ作戦成功~♪といった具合にほくほく顔の椛は剣を背後に置き、餌を待つ犬のように良夜に物欲しそうな顔を向ける。尻尾はもちろん、激しく踊り狂っていた。狂喜乱舞とはこれいかに。
なんとか命の危機を脱した良夜は絶対に暑さのせいではないであろう冷や汗をびっしりと背中に浮かび上がらせつつも、あまりの兎肉を皿に載せて椛へと渡す。
「わー、ぱちぱちぱちー☆」
「…………なんだこの正直メンドくせー生き物は」
妖怪もしくは白狼天狗です。
さっきとは打って変わって笑顔で兎肉を頬張る椛をやる気のない眼で眺め、
「…………今日も幻想郷は平和だなー」
ため息交じりに呟いた。