東方文伝録【完結】   作:秋月月日

9 / 31
第八話 本当の家族とは?

「ったく……イチャイチャシーン見せつけてんじゃないわよ」

 

「見せつけてねーよ! 事故だ事故! れっきとしたアクシデント!」

 

「そ、そうですよ霊夢さん! そもそも、私と良夜がそんな関係であるはずがありません!」

 

「お、なぁんだ朝食中なんだ。私もいただくわねゴチになりまぁーっす」

 

『まさかの空気ブレイク!』

 

 さっきまでの氷点下はどこへやら。霊夢はズカズカと卓袱台の傍まで移動し、卓袱台の上にあるパン(今朝、良夜が咲夜に貰ったもの)をもぎゅもぎゅと食べ始めた。

 が、当の二人はそんな霊夢を気にしている場合じゃないらしく、火花を散らしながら互いの言い分を喚きあう。

 

「どうするんですか良夜! 貴方のせいでまたいらぬ誤解が増えてしまいましたよ!?」

 

「俺のせいか!? どちらかっつーと物を投げ始めてかつ俺を引っ張った文が悪ぃーんじゃねーの?」

 

「なっ! 居候の癖に家主に向かってその物言い……表に出なさい馬鹿良夜! 今日こそ主の偉大さと言うものをその身に刻み付けて差し上げますよ!」

 

「弾幕使えねーパンピー捕まえて殺人予告だと!? 冗談抜きで死ぬわ!」

 

「……アンタ達、元気ねぇ」

 

 頬杖をつきながらパンを食べている霊夢は、夫婦漫才を繰り広げている良夜と文を見て呆れたように呟いた。因みに、二つ目のパンだ。

 流石にお腹が空いた二人はアイコンタクトで一時停戦協定を結び、卓袱台の傍に腰を下ろす。もちろん、良夜は霊夢を含めた三人分の紅茶を準備することを忘れない。

 

「あ、このパン意外といけますね」

 

「さっきまで文句言ってたやつのセリフとはとても思えねーんですけど。茶漬けがどうって話はどこ行った?」

 

「はて、何の話でしょうか」

 

 そんな何気ない会話を繰り広げつつ、朝食のパンを消化していく。パンは全部で十二種類あって、三人でも全部食べ終わるには結構な時間がかかってしまう。

 なので文はノルマである四つのパンのうち二つをこっそり良夜の前に移動させる。

 

「いやいや、こっそりどころか丸見えですけど。つべこべ言わずにノルマクリアしやがれ」

 

「あぅー。フランスパンなんて食べきれませんよぉー」

 

「選ぶのが遅かったお前が悪い。――ど、どうした博麗? 元気ねーみてーだけど……」

 

 と、今まで言葉一つ漏らさずに黙々とパンを食べていた霊夢に気づいた良夜が、おどおどとした様子で彼女に尋ねる。普段から明るく元気な霊夢が暗い表情で黙っている姿に、言い表しようもない恐怖心を覚えしまう。――こんな博麗、見たことねーよ。

 良夜につられる形で、文までもが霊夢の顔をまじまじと見つめる。霊夢と付き合いが長い文ですら、こんな霊夢は見たことがないようだ。

 そして霊夢は心配そうな二人に憔悴しきった顔を見せ、

 

「ねぇ二人とも。……本当の家族って、なんなのかな」

 

 予想もしていなかった霊夢の言葉に、二人は言葉を失った。もっと変なことが理由だと思っていたのに、開けてみたらかなり真面目な悩みだった。

 疑問をぶつけてすぐに顔を伏せてしまった霊夢に、二人は顔を見合わせる。やっぱり今日の霊夢はおかしいな、と。

 「本当の家族って、なんなのかな」霊夢が口にした疑問を前に、良夜と文は真剣な面持ちになる。

 霊夢が言う家族とは、最近幻想入りしてきた雪走威が関係しているのだろう。良夜が配達中に聞いた話では、どうやら威は霊界にある白玉楼(はくぎょくろう)で修業を行っているらしい。先日の歓迎会で行われた弾幕ごっこが原因だな、と射命丸家の二人は同じ結論に達した。

 霊夢の質問に早く答えてあげなければならないのだが、気安く答えられるような問題ではない。彼女を納得させることができるぐらいのしっかりとした答えが必要だろう。文は必死に頭を働かせる。

 と。

 

「なー博麗。俺が逆に聞かせてもらうけどさ、お前にとっての家族っていったいなんなんだ?」

 

「…………え?」

 

 予想もしなかった良夜の言葉に、霊夢は思わず彼の顔をまじまじと見つめた。何を言っているんだ、コイツは――と。

 そんな霊夢に構わず、良夜は続ける。

 

「家族がなんなのかなんて、誰にもわからねーと俺は思うぜ? 説明できないから、家族なんだと俺は思う」

 

「言ってる意味が、分からないんだけど」

 

「だからさー。俺は思う訳ですよ」

 

 良夜はガシガシと銀髪頭を掻き、霊夢の目を真っ直ぐと見つめて言い放つ。

 

「――どんな時でも自分の傍で支えてくれるのが、家族ってもんなんじゃねーの?」

 

「――――ッ」

 

「良夜……」

 

 ハッと驚いたように霊夢は良夜を見つめ、文はそれ以上に驚いた表情で彼の名を呟いた。二人の少女は一人の少年の言葉の意味を噛み締めるように、心の中でその言葉をもう一度反芻させた。

 良夜としては、「本当の家族とは何か」という質問をぶつけている時点で答えはほとんど見えている、と考えている。いつもは威に突っぱねるような態度をとっている霊夢だからこそ、そんなことに必死に頭を悩ませてしまっているのだから。

 良夜は続ける。

 

「素直じゃねーお前だって、もう気づいてるハズだろ? 大事なのは雪走がお前にとってどんな存在かじゃない。――お前が雪走のことをどう思ってるかなんじゃねーのか?」

 

「私が、どう思ってるのか……」

 

「その天邪鬼な心ともう一度よく話し合いしてみたらどーだ? 話し合って話し合って話し合って話し合って――お前自身が納得できる答えを見つければいーじゃんか。他人の答えなんて、普通は納得できねーもんなんだよ」

 

「私自身の、心」

 

 霊夢は自分の胸元をぎゅっと握りしめ、再び黙り込んでしまった。が、さっきと違って憔悴しきった表情ではない。自分を見つめなおそうと決意した表情だった。

 元々、霊夢という少女は頭よりも先に体が動くタイプの人間だ。考えるよりも行動。何かに悩むことなんて、あまりなかった。

 だが、彼女にとって大切だと思えるような存在ができてしまった。今まで誰も触れることができなかった彼女の心の奥に、その存在――威は触れることができてしまったのだ。

 好意を向けられることに慣れていない彼女は、当然のように悩みだした。自分は彼にどういう対応をしてあげればいいのか、分からなくなった。自分自身のことが、分からなくなった。

 

「…………ありがとね、沙羅。少しは前に進めそうよ」

 

「そいつは良かったな。少しでも力になれたってんなら、こっちも嬉しいぜ」

 

「ええ。それじゃあ、私はもうお暇させてもらうわね。――文の喘ぎ声は、外に漏れないようにしなさいよ?」

 

「は、はいぃぃぃ!?」

 

「ばっ、誰がそんなことするか! いきなり意味不明なテンションの落差見せつけてんじゃねーよ! さっさと神社に帰りやがれ、この腋巫女がぁーッ!」

 

 顔を限界まで真っ赤に染める文と、同じく顔を赤くしながら霊夢を家から追い出す良夜。霊夢はそんな二人に悪戯に成功した子供のような笑みを向け、自分の居場所へと飛んで行った。

 直後、残された二人になんとも言えない空気が漂いだす。霊夢が来る前のあの空気よりも重いのは、きっと気のせいじゃない。文と良夜が目を合わせていないのが、それを顕著に物語っている。

 と。

 

「……良夜にとって、私はどういう存在なんですか?」

 

「え?」

 

 ふいに飛び出した発言に、良夜は文の方を驚いたように振り向く。

 良夜が振り向いた先にいた文は、捨てられた子犬のように今にも泣きそうな表情を浮かべていた。自分は彼にとってどういう存在なのか、想像することができていないからだ。

 文にとって良夜は、世界で一番大切な人だ。いつもは恥ずかしくて言えないが、良夜と一緒に過ごすために妖怪の山から出て行けと言われたら、何の躊躇いも無く出ていくぐらいに大切だと思っている。彼を守るために死ねるなら本望だとも、思っている。

 そんな文がなによりも怖れていること。それは――良夜に嫌われてしまうことだ。

 別に自分の思いが伝わらなくてもいい。この恋が成就しなくたって構わない。

 だけど、だけど――沙羅良夜に嫌われてしまうのだけは嫌だ。そんな結末を迎えてしまうぐらいなら、死んだ方がましだ。

 

「良夜にとって、私はどんな存在なんですか?」

 

「文……」

 

「良夜に、とって、私は……どんな存在なんですか?」

 

「…………」

 

「りょうやに、とって……わたしは、どんな……えぐっ、そんざい、なんです……か?」

 

「あやぁ!」

 

 ぽろぽろと涙を流しながら何度も何度も同じ問いかけをしてくる文を、良夜は気づいた時には強く抱きしめていた。彼女の頭と体を引き寄せ、しっかりと抱きしめていた。

 泣き声が耳元で聞こえる。鼻をすする音が耳元で聞こえる。彼女の体温が、直で感じ取れる。彼女の震えが、直に伝わってくる。

 良夜は文を抱きしめたまま床に膝をつく。文もまた、彼と同様に膝をついた。

 良夜は文の頭を優しく撫でながら言う。

 

「文は、俺の大切な人だよ。俺の命を救ってくれた、恩人だから」

 

「うぅ……ぐすっ、えぐぅっ……おん、じん……?」

 

「ああ。お前と出会ってなかったら、多分俺はもう生きちゃいなかったと思う。この妖怪の山で、野垂れ死んでたと思う」

 

 記憶を無くして幻想入りした良夜は、妖怪の山で文と出会った。右も左もわからず、おまけに自分が誰かも分からなかった自分に救いの手を差し伸べてくれた文。自分の頼みを断らずに、居候までもを許してくれた文。そんな文を、良夜は世界一大切だと思っている。

 良夜は文の顔を正面から見つめる。文の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 良夜は文の涙を指で拭う。

 

「俺はお前のことを家族だと思ってる。記憶喪失のせいで前の家族のことなんて全く覚えてない俺だけど、いや、だからこそ、俺は文のことを本当の家族って思ってる。さっき博麗にも言ったけどさ、いつも傍で支えてくれるのが家族なんだと俺は思ってる。だから文。俺にとってのお前は、大切な家族なんだ」

 

「うぅ……りょう、や……りょう、やぁ……」

 

「泣くんじゃねーよみっともねー。プライド高き鴉天狗の名が泣くぜ?」

 

「わ、たしぃ、心配だったの! いつも私は自分勝手だから、良夜に嫌われてるんじゃないかって!」

 

「バーカ。ンな小さいことで嫌うかよ。お前、気にしすぎなんだっての」

 

「りょうやぁ……りょうやぁ! りょうやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「ったく、しゃーねーなぁ。貸せるほど体はデカくねーんだけど、俺の腕の中で存分に泣けよ。泣いて泣いて泣いて、またいつもの清く正しい鴉天狗の射命丸文に戻ってくれ」

 

「う……うわぁあああああああああああああ! りょうやぁあああああああああああああああ!」

 

 子供のように泣き叫ぶ文の体を、良夜は優しく抱きしめる。震える肩を包むように、優しく抱きしめる。彼女を絶対に離さないように、強く優しく抱きしめる。

 その日は結局、文が泣き疲れて眠ってしまうまで、良夜は文を抱きしめ続けた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。