欠けたモノ   作:待兼山

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欠けたモノ2

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静まり返った屋内で蓉子は報告書類をまとめ上げ、管轄が上げてきた報告書類に目を通すというキリがない作業を繰り返していた。

見ず知らずの他人で、自分や大切な人たちの関係に当てはめて考えるのであれば良かったのに。そう思うものの、想い出の波はひっきりなしに心をかき乱しての対峙で、いつ倒潰するか分からない。毅然と悠然と私で在ろうとすればするほど、彼女はにやりと毒針をチラつかせる。

 

もう壊れてしまいたかった。そう考える。

 

じゃあ誰が、大切な人たちの彼女への想いを伝えるの?蓉子の中の冷静さが言う。

 

あんたの気持ちを晴らすのは、あんたしか居ないんだよ。卑しくも蓉子の想いを慰める蓉子が突きつける。

 

頭から雑念を払い、仕事に戻ろうとして、“妹”の祥子に名入りで貰った日本製の万年筆が目に入った。

『お姉さま、日本人の癖を研究し、日本人に適した万年筆ですのよ。』

嫌味を感じさせない、それでいて誇らしげに可愛らしく渡された。

大学卒業祝いに、二人で食事をした時だった。

お互いに箱庭や温室は幻想だったと思える旅に足を踏み出していこうとしていた。

それでも、二人は“姉妹”だった。

 

 

無機質な廊下に靴音が響く。

それは叫びにも悲鳴にも感じられ、聞くものが居れば声を掛けてしまいかねないリズムであった。

ちょうどその階の人間は外出か違う階に行っていた為に聞かれる事はなかった。

毎日、定まらない時間にその部屋に蓉子は訪れる。

今日はノックをし、少し間を持たせてドアを開ける。

「ごきげんよう、蓉子さま。今日は靴音が乱れてますね」

そこに座る女性、瀬尾は上目使いに蓉子を見て挨拶をしてきた。

何処にでもあるようなドアだが、対策はかなりしっかりされているが瀬尾は蓉子の靴音を聞いたかのように述べる。それに対して蓉子は笑顔と共に視線を投げるのみで、何も言わずに向かいの席に座る。

「ははっ。ご機嫌よろしくなさそうですね。」

瀬尾は誰かを思い起こさせるような笑いと言葉を言ったきり、蓉子同様黙り込む。

蓉子は無言で瀬尾を見つめ、瀬尾は蓉子に一切の関心を払わずに手首の存在を弄る。

 

もうどれ位そうしていたのだろうか、何分?何十分?何時間?それとも、そう感じるだけ?蓉子が視線を僅かに逸らして思った。

「瀬尾 祐巳さん。昨日の夕食と今日の朝食、残したんですってね。」

ここに来る前にインプットしてきた瀬尾の生活態度などに関する報告書から抜きだし、投げやりさをチラつかせて訊く。

瀬尾は先ほど同様に、上目使いに見やりまた手首に戻す。

「蓉子さまが一緒にご飯をして下さるなら、いくらでも食べますよ。」

座る姿勢は乱れ、共にした学園生活であれば厳しく咎められるような不作法そのものだった。

「きちんと座りなさい。背もたれは頭を乗せるものではなく、背を軽く当てる為のものよ。」

優しさを含ませずに窘める。

対する瀬尾は、姿勢を正しても視線は蓉子に向くことなく手首のままだった。

「蓉子さま。記憶に刻まれてる、想い出のキスってありますか?」

ずっと対峙してきた中で、掠れる声で呟くように発する瀬尾に蓉子は分かりにくい程度だが、反応した。

「例えば、置いてかれる感覚を払拭してくれた人に。例えば最愛の人との仲直りのキスとか。」

そこに居るのは寂しさを隠さずに伝えてくる、瀬尾の弱々しい姿があった。蓉子は、それでも心を動かされずに今日はこの方法で言葉遊びを始めるのか。既に、入室した時点から始まっているのだろう。と考えて、瀬尾のプライドを刺激させるような見下しの顔の角度に定めた。微かに瀬尾は俗っぽいプライドを身に着けてしまった節がある。蓉子の“妹”、祥子が侮蔑の目を隠そうともしなかった、俗物的な大勢多数の埋もれがちなプライド。

「今日の蓉子さまは本当に、機嫌が悪いですね。必要最低限の会話を続かせる気もないんですから。」

机に瀬尾は両腕を乗せ、項垂れるように顔を俯かせる。上目使いのまま蓉子を見る瀬尾の瞳は白紙の上に垂れた、墨汁のようだと感じられた。

「瀬尾さん、その話になった気分はどうしてかしら。私はあなたの生活態度の話をしていたはずよ。瀬尾さんがあちらこちらと話を浮つかせるから続けようにもないでしょう」

ため息を大げさに溢し、優しくも憐れむように含ませて指摘する。

そんな蓉子に気も留めずに瀬尾は何か楽しそうな事を思い浮かべたかのように顔を輝かせた。

「ご飯を、いつでもいいのでご飯を一緒にしてくださいませんか?積もる話をしましょうよ」

今、二人の状況を全く考えもしない瀬尾の発言に、蓉子は苛立ちが限界を迎えた。乱暴に終了ベルを鳴らし、所員を呼び出して瀬尾を戻らす。瀬尾はあどけない笑顔を見せて蓉子に再度、提案をしてきた。

「蓉子さま、是非ともお願いしますね。恋バナ、とか」

続きはドアを閉めたので聞こえなかった。

 

 

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蓉子は自室で、写真や思い出の品を整理とは名ばかりの作業をしていた。

祥子と旅行した時のもの、親友たちと学生最後の記念に酔いも手伝って撮ったおふざけの写真...

こんなにも愛おしいのに、手を伸ばせば届くかもしれない気にさせるのに過去でしかないのだ。

蓉子は自嘲しながら顔を膝に伏せて、記憶の渦に飲まれた。

愛おしげに祥子は蓉子を見て更に深く、傍に居る祥子の“妹”を見やっていた。

応える祥子の“妹”は誰が見ても分かるほどに祥子への思慕、憧憬、そんな言葉全てを体現させたかのような想いをいつも抱いていた。

たまに、蓉子の親友である佐藤聖がちょっかいを出していたが、二人にはそれがスパイスにもなっていっていた。そんな二人を聖は安心して見守り、聖の世間への見かたを和らげていけたのだと蓉子は分析していた。

私は、どうだったのだろうか...

記憶の渦に入り込んだ蓉子は、エアポケットの中に居るかのように自分自身と向き合った。

 

いつでもあの子は、何かを変えていった。良い方向に、明るい光を真正面から受けることが眩しくも、それでいてとても、温かいことを示してくれる存在だった。敵わないと思いつつも誇らしかった。そんな存在が、身近に居ることがとても。

それが懐かしいと思える程に時を重ねたある日。

余りにも変わり果てた再会をしてしまった。

何処をどう間違えて、彼女は〝福沢祐巳〟から〝瀬尾祐巳〟という存在に変わってしまったのだろう。

心の開け方は当時のまま、だのに、違和感を拭い去れない演出とでも言うのだろうか。接し方に問題を抱えている。

祥子はどう感じたのだろうか。

聖は、何を思っただろうか。

発する言葉を持たない、大切な人たちを思い浮かべて蓉子は瀬尾の事を書いた、低俗大衆雑誌を見るともなく視界に入れた。

 

踊る文章は瀬尾からも程遠く、そしてまさにその通りの文言だった。

蓉子は頭を振り、雑誌を資源ごみに出すべく纏めた。

 




終着点が見えないままに書いたので、これが〝終〟です。
多分...

瀬尾ってそこにある花で使いたかった苗字なんですが、使ってしまいました。
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