欠けたモノ   作:待兼山

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欠けたモノ4

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二人、歩いたあの並木道は今もあるのだろうか。木漏れ日が綺麗に反射するかのような、色彩の中で私は満ちていく毎日を過ごしていた。取り立てて何もない事が、何もないからこそが幸せだと感じれた毎日。

もう充分に年月を重ねた今、ふと遠く離れた“あの毎日”が懐かしく感じられる。

私にとって、必死に足場を踏みしめるのに忙しく、苦痛だった。そこに居ない空白は、苦痛を苦痛として認識させるに充分だった。

 

愛おしい“妹”が誰よりも早くに結婚を決めた。

あの子のお父様のお仕事の関係の方で、知り合って惹かれあったのだと言っていた。

大学を卒業と同時に式を挙げて、その方のご実家で暮らし出した。

“姉妹”だからこそ分かる〝何か〟があった。

それは瞳子ちゃんもあったようだ。彼女も“姉妹”であり、私とは立場が違うが“妹”を見つめてきた人間。

 

志摩子や由乃ちゃんですら、式を挙げる控室でのやり取りがあったくらいだ。

だけれど、物言わずとも表情が語る“妹”は、何も表さずにただ微笑むばかりで。

『皆よりも、江利子さまよりも先に結婚しちゃいますね。あっという間に式当日でまだまだ実感がないです。』

えへへっと笑う“妹”は何処か、もう会えない気がして...それは瞳子ちゃんにも感じていたはず。

『お姉さまっ。もう少し先延ばしにしましょう?なんでしたら、松平が責任を被ります!』

そんな事、気軽にはい、そうですか。なんて出来やしない事も瞳子ちゃんは分かっているのに。私も小笠原の人間として、社会に出た人間でありながらもその言葉に縋ってしまいそうになる。

『瞳子、駄目だよ。軽々しくそんなこと言っちゃ、だめ。』

優しく、“姉”の顔をして窘めるその表情は何も映しておらず、酷く苦しくなった。瞳子ちゃんの顔も多分、私と一緒の顔をしていたのだろう。私より前に居た為に、表情が窺えなかった。そんな私たちを見て、祐巳は良く知る笑顔で安心させるかのような言葉を口にしていたと思う。

純白のウェディングドレスはとても綺麗で、だけれど置き忘れられた玩具のような印象を持った。

白の装いに添えるような、毒々しいブーケは私たちの方に投げられたけれど、誰もが戸惑うばかりだった。

 

 

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なるべく週に一回は祥子の顔を見に行くように蓉子はしている。

時には良く好んで食べたお菓子だったり、一緒に観に行った映画や舞台のDVD、クラシックやその他だったりを手に携えて訪れる。

「ごきげんよう、祥子。ちょっと来るのが、前回から日が空いてしまってごめんなさい。」

今日の蓉子は何も、鞄だけしか手に持たずに祥子の傍に来た。蓉子自身、こんな事はこうなったことを宣告されてから初めてだった。

「祥子の髪はいつでも、艶があるわね。私も、そろそろ美容院に予約をしなくちゃ。」

祥子の髪を撫でながら、蓉子は笑顔を作って見せた。

「築山さんが、祐巳ちゃんの取材をする為に会社を辞めたそうよ。祥子が目を醒ましていたら、何て言っていた?聖はね、今、江利子と気候の暖かいところで静養しているわ。大丈夫よ、亜紀ちゃんは学生の特権の休暇で江利子たちのところに行くってあの江利子を困らせたみたいよ。ふふっ、聖と江利子の関係を疑ってね。」

笑顔から一転して、歪んだ顔になり、崩れるかのように祥子に蓉子は覆いかぶさった。

「祥子、私は祐巳ちゃんが分からない。今の姿が本性なの?偽っているだけ?何も、話さない癖に、罪を認めて、でも、控訴をする構えみたいなの。もう、分からないわ。祥子や聖の件は事故も要因にあるから、検察側の要求は納得いかないって。そんなのまるで...」

語尾が小さくなり、頭を振るばかりの蓉子は何か思い当るのかハッと顔を上げた。

何かを思い当ったようだが、言葉にせずに唇を噛み締めて思案し続けている。

 

室内には二人。

蓉子と祥子。

かつて“姉妹”だった二人。

これからも“姉妹”であり続ける二人。

思い出の中でしか話さない、笑わない、感情を表さない“妹”。

それを見つめ、立ち向かい、生きる“姉”。

 

「貴女もお姉さまだったからなのね...でも、私もお姉さまだから、例え貴女が反対しても〝あの子〟の真向いに立ち続けるわ。許して頂戴、目を開けて我が儘に反抗してちょうだい...」

静かに、涙さえ流さずに声は震えながら吐露した。

 

 

病院を出た蓉子は、ほぼ日課になっている建物のある一室に足を向けた。

前回は築山 三奈子と再会し、噂が本当だったと確かめざる得なかった為に予定を変更してしまった。今日はかち合う事もなく、手続きを済ませて蓉子の肩書きが使える部屋に向かう。

ノックと共に入室をする。

「ごきげんよう、蓉子さま。」

今日は瀬尾がご機嫌よろしくないようだ、と蓉子は感じた。

「ええ、ごきげんよう。今日は、体調でも悪いのかしら?」

向ける言葉に事務的な気遣いを、表情には笑顔を。切り替えが出来る自分は破綻しているのかもしれない、いつしか蓉子はそう思うようになった。

「だって、蓉子さま、ずっと会いに来てくれなかったから。むさくるしい方々ばかりで、嫌になりました。」

拗ねたように瀬尾は目を逸らして、不機嫌さを演出する。本心からか、それとも本質から逸らさせる為か。

「...瀬尾さん、あなたは」

続ける言葉の前に瀬尾は妖艶に笑い掛けて口を開く。

「それ相応の事をして、私はあなたがした事を問い質すのが義務なのよ。馴れ合いで、先輩後輩の約束をして顔を合わせているわけではないわ。でしょ?」

蓉子は押し黙った。肯定も否定もしないまま、何処に話の先を求めようか考える。

「今日、小笠原 祥子さまのお加減はどうでしたか?」

救いを求めるような眼差しに蓉子は、狼狽えた。こんな瀬尾はこんな再会をしてから初めてだった。

「眠っているわ、機械に繋がりながらの点ではあるけれど。」

隠しての言葉しか言えなかった。狼狽えた後に、何を考えている?と身構えたせいもある。

そして、何故分かったのかと思ったのもある。

「そうですか、そうですよね。佐藤 聖さまはどうなさってますか?」

瀬尾は何を考えている?贖罪をするつもりなのか。争うつもりだと聞いたがそれを思い直したのか?表情は本心からの言葉のようなのだが、蓉子は疑い半分戸惑い半分の表現の難しい感情が占めた。

「...静養しているわ。慣れにくい状態で、精神の安定も必要だからね。」

何も込めないまま伝える。判断しにくい状況で、〝瀬尾祐巳〟に手の内を見せるのは嫌だった。

「水野 蓉子さまとして、私に対して、瀬尾 祐巳に怒り以上を感じていますよね?」

項垂れているせいか一回りも小さく感じる瀬尾を見て、蓉子は居たたまれなくなった。これはあんまりだ、目の奥が痛くなるのを感じれた。

「感情のままに、罵倒してくださいよ。お願いしますよ...なんで、そんなに我慢してこうも痛い思いをなさるんですか?」

初めて瀬尾は泣いた。

そこに謝罪も真相を話すとも込めていないが、〝福沢祐巳〟の欠片を見た気がした。

築山に取材の名目で再会したのが、変化の切っ掛けなのか。瀬尾であり続けたくないと抗っての結果か。

結局、問いも掛けれず、解は求めれずに蓉子の次のスケジュールの都合で終了となった。

 

自室に戻った蓉子は築山より瀬尾の情報を貰っていたが、開けもせずにいた。それを今日、開けた。まだ、会社組織にいた築山が集めた資料。封筒もその会社のもので、宛先も蓉子の所属組織に。蓉子の自宅に送られたら、抗議をしただろうが。

ふんわりと優しい香りを堪能してから読み出そう、蓉子はそう考えて目を伏せた。

 

 

 




おぼろげに終着点が見えましたが、連載形式に変更しようかと悩んでいます。
待兼山には祥子さまも聖さまも何となく、難しいです。
もっと難しいのは、志摩子なんですが...
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