欠けたモノ   作:待兼山

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あれから公判に入り、面会を中断してしまっている。それまでは抗えない圧や差し加減を見せないようにしてきたつもりだが、祐巳さんには全て読まれてしまいただの言葉遊びに終始する時もあった。祐巳さんが紅薔薇として大輪を咲かせた頃の話をいつも“妹”の真美や蔦子さんに聞かされていた。その頃の祐巳さんを視ている気がする。更に増した気もするが、もう何年も経た今ではあの頃は良かったと嘆くよりは良いのだろう。

「築山さん。こんにちは、相席させて頂くわね。」

傍聴した時に取った、メモをまとめている時に、目の前にいつか立ち向かうであろう人物が腰を掛ける。

「ごきげんよう。江利子さま、蓉子さま。どうぞ、このままこの席をお譲り致しますが」

私の声を聞いて蓉子さまも倣って席に着く。何も心に思わない、そんな装いに努める。会社にいた時に最初に居た、雑誌はアウトローなど眉唾系雑誌だった。だからこそ、色々な引き出しが増えた。

「結構よ、だって私は貴女に用があるんだもの。」

江利子さまは声にも顔にもあらゆる想いを抱かせているが、蓉子さまはあえての中立かそれとも、職業上で身に着けたものか。

「そうですか。私が集めた資料に目を通してくださった、そう考えてよろしいんでしょうか。」

問いではなく、言葉にすることでお互いの用件を先にはっきりしておく。江利子さまに主動を取られることは分かっているから、剣の銘を知るのは重要だ。

「築山さん、お父様譲りね。研究を熱心になさってらっしゃるようね。」

父を盾にしてきたか。両親には、申し訳ないとは思うが仕方ない。

「ええ、母にも言われました。だけど、通用しませんよ。もう死んだ者として扱うと通告を頂きました。」

遠回しな力が加わり、知れた私の行動を父は電話回線を通じて怒鳴り込んできた。そういう父だった、子どものように背を丸めて熱心に机に向かっているかと思えば兄と私が悪戯や母の言うことを聞かないとなれば顔を真っ白にして理論的に怒鳴って反省させようとした。そんな父を私も兄も好きで、嫌いだった。

「...そう、いつ?」

表情に出さないようにしているが、衝撃的だったのか江利子さまもずっと押し黙っていた蓉子さまも、瞳は見開かれている。

だいぶ冷めたアーモンド・オ・レを口にする。祐巳さんと会った日には、そう言っていいのか疑問はうっすらとあるがそうしている、どうしても口が望む飲食は甘いものになる。

「最初に、祐巳さんに面会に行った時でしょうか。ああ、蓉子さまともお会いしましたね。」

蓉子さまにも参加して頂かないと、そう込めて伝える。

 

注文を取りにやって来た店員は、少なからず時事に目を通す人間だったようで注文の品を持って来る際にも不躾に視線を送るが、江利子さまの一睨みが余程怖かったのか何も言わず、離れてからも関心のなさを装っていた。

紅茶の香りを堪能したり、各々が間を持たせていると唐突に蓉子さまが口を開いた。

「どうして、築山さんは〝あの子〟の取材をしようと思ったの?」

〝あの子〟、福沢祐巳以外は祐巳で在らず。変化を拒むからこそ、そう言い放てるその気持ちを祐巳さんはいつも受け止めるしか出来ないままなのだろうか。そして、祐巳さんの気持ちや心の奥底に気が付こうとこの人たちは、何故出来ない?

「...そうですね、祐巳さんの押し込められた気持ちが調べれば調べる程に疑問になったからです。誰にも気づいてもらえない、諦めたその気持ちがなんなのか。果たして、祐巳さんだけが加害者なのか。昔の祐巳さんを知るからこそ、祐巳さんはもしかして加害者という役割を背負い込んだのではないか。祥子さんや聖さまを傷つけたのは悪ですが、そこに至るまでの祐巳さんは被害者だったのではないか。」

口を挟ませないように、並び立てる考えをお二人は目を伏せて聞いている。だが、心の中では私を睨みつけているだろう。

「どういうこと...?」

良く分からない、そういう表情を顔に張り付かせる江利子さま。でも、本当は言わんとすることは分かってらっしゃる。蓉子さまも何かを悟っていたのか。

「お読みになられたんじゃないんですか?一緒に、メモを添えさせて頂きましたが。」

咎めるように言えば、眉間に薄く皺が入る。社会に出てからの私は出る杭は打たれる、撃たれろで経験を積まされたがこのお二人は恵まれていたのだろう。幸運だ、そしてその幸運をこの人たちに絶えずあるようにと誰かはずっと願い想い、祈り捧げてきた。

「瀬尾祐巳さんは、仕組まれたんです。何故かは分かりませんし、本人も口を開きません。真実を知って誰が喜ぶんだ、私が檻の中に居ること、存在することすら喜ばない人間が無数に居るのに。そう言ってましたよ。」

口にはしませんでしたが。そう言い添えればお二人は押し黙る。

何も知らないことが祐巳さんが望む事で、このお二人や福沢祐巳を良く知っていた人間たちは特に知らないように、話さないようにしている。

「私には分からないの。〝あの子〟が何を考えているのか。どうして、何も話さないのに、認め、でも、争う気なのか...」

感情が濁流のように出てくるのを必死にコントロールする蓉子さまは当時を知るからこそ、私には何故か安堵する。江利子さまは気遣って蓉子さまの背に手を添えている。

お代わりをしたアーモンド・オ・レは今の気分を引き締めた。

「憶測ですが、蓉子さまだったからこそ話さないを選んだと思います。だけど、違っても真実は一掬いしか見出さなかったと思います。結局、祐巳さんは多面的にしか世間には見えないようにしたんだと思います。」

こんな所は本当に父そっくりだと自分でも呆れる。

事実、江利子さまは先を見通せないが、自分なりの答えを見つけようとしている。

「本当の真実を曝されたら、何も残らないからかしら。」

眉間にくっきりと皺を立て、苦みばしった顔をしている。

在学時では見られなかったその表情は蓉子さまが、江利子さまや聖さまに対して良くなさっていた。珍しいと思うと共に、時間の流れを感じた。

「半分、そうかもしれません。お送りした資料にあったように、瀬尾創平は、祐巳さんよりも一回り年上で、母方の叔父の教え子の祐巳さんの父親を介して出会ってます。そこまでは蓉子さまもご存じだと思います。江利子さまも多分、知ってらっしゃるかと。」

確認の為に一旦言葉を切る。

気を抜けば、憤りから声を荒げてしまいそうになる気持ちを押し込めて平静さを出す。

「その結婚が、もし、何かを盾に仕組まれていたら真実は全て出せるでしょうか。それが、きっかけで〝自分〟を押し殺してこれから先を歩むしかなかったら...。そう考えていくと、福沢祐巳か瀬尾祐巳かのどちらかを弔ってあげないといけない気がしました。」

何も語らない姿勢は公判に入っても変わらない、いや、もっと増した気がする。

瀬尾創平やその親しい身内、祐巳さんの家族も弟さん以外に居ないに等しいが、その関係者も口を噤み、私の取材を拒み続けている。

「築山さん、あなたは何処まで知っているの?祥子はずっと眠ったままで...聖は、記憶障害と半身不随で...〝あの子〟は何も話さない」

蓉子さまが感情をやり過ごさないまま吐露する。甲斐甲斐しく江利子さまが落ち着かせようとしている。

「その、〝あの子〟をお止めになられた方がいいかと思います。例え駄々っ子のような理屈だとしても、祐巳さんは瀬尾と名乗ることが決定した日から貴女方に安らぎを見出してたんだと思います。その決定した日や、何故かはうかがい知ることは未だ叶いませんが。」

目を細めてこちらを見る江利子さまは、ネコ科の動物のようにも感じられて由乃さんを思い出す。自然と笑いが顔に出そうになるが、引き締める。

「まさか、リリアン在学時にはあの男と婚約していたってこと?」

私の咄嗟に表情の変化を感じ取ったのか、訝しみながら訊ねてくる。

それに何故か嫌悪感を抱いてしまう。そして、名前を呼ばないことにも堪え切れない感情が支配しかける。

何故、この人たちはこうも一人だけを糾弾するのか。

罪は罪だけれど、その過程や要因、痛みを知ろうとしないのか。

時折見せる祐巳さんの憂い顔を蓉子さまは知っているはずだ。見ているはずだ。

「さあ。そこまでは憶測でしか分かりません。それに、私は貴女方にそこまでの義理もありません。取材、お断りされましたしね。」

不本意だが、伝票をまとめて持ちそこから立ち去る。

 

何も見出せないなら、居る意味がない。

この取材がいつか形として成すのだろうか。

祐巳さんに聞いてもただ、笑うだけで『これ以上、瞳子を悲しませたくない。お姉さまが起きた時、聖さまが何かで読まれても気を良くしないでしょうし。』だから、私が祐巳さんを取材し続けるのは意味がない。言外に匂わすけれど、誰か一人でも真実を求めるが居ないと錆びれた想いはただのガラクタとして朽ちる。

顔を背けられた〝瀬尾祐巳〟が泣けるように。

〝福沢祐巳〟がもう一度、笑えるように。

 

 

 

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爪を噛む。

ぽりぽり?ぼりぼり?ぱりぱり?

どんな音が似合うだろう、って考えたけど、どうでもいいやって思って止めた。

今日は蓉子さまは会ってくれるだろうか。裁判が始まったから無理な話、そう分かっていてもやっぱり寂しい。

ゆっくりゆうっくりっと頭を壁に当てて、少しの反動でまた離して当ててを繰り返して。聖さまとお姉さまが笑っていたから、逃れたくて。でも、出来ない。

蓉子さまは私と会うのが辛そうで、私はそれに安堵してしまう。

誰かに、私を知っていた人間に認めて貰えてるような気がするから。

 

 

三奈子さまは相変わらず、マシンガンのような想像力と鋭い切り口と逞しい優しさを持っている。なんだか、変な表現だけど構わないかな。お姉さまが聞いたら優しく、でも厳しく窘めてくれるかな。

ああ、私は本当に壊れた。

 

早すぎた幸せな日々は、人生の墓場を憂鬱にさせてしまうくらいに。

頭の中ではあの男との結婚生活が流れ出してきて、しかめっ面を盛大に顔に乗せてしまう。

お姉さまと瞳子が眉間に皺を寄せる理由が分かる気がした。

端正とは言い難いけど、好かれやすい学級委員長、もしくは体育祭などで頼りにされやいタイプの人間で笑顔が爽やかな人だった。上流階級のお姉さまと瞳子はその裏を微かに見たのだろう。柏木さんとはまた違った、笑顔の仮面には親愛なる人間への想いではなくどろどろとしたモノを。だからこそ、私はあの男と『契約』を交わした。

 

もうずっと母は、見えない心の病気と闘っていた。

だから、人前においそれと出たがらない。お姉さまと“姉妹”になった時も険悪な空気になりかけた。父や祐麒とも。

父は世話と世間体と、よろしくない経営とであの男の会社と仕事をする事が増えた。

一歩間違えれば、父だけの責任。業務外な呼び出しや取引として記録も出来ないが、出される見えない存在しないお金。

灰色な仕事。

もう白色には戻れないと泣いていた父を宥める為に、私は無邪気に決断した。

 

無邪気ってなんだろうな。

あの日々が私には、幸せで満たされていて二度と帰らない愛おしい時間だったんだろうな。

お姉さまとの出会い、聖さまのセクハラ。

それなのに、私は傷つけた。

そこから瞳子や蓉子さまに江利子さま、由乃さんに志摩子さんに令さまに乃梨子ちゃんに。

 

私を恨み続けてくれたらいいな。

私を捧げるから、どうかお姉さまを起こしてください。

私の幸せだったあの日々をお返しするから、聖さまが泣かないで前を向いて歩めるようにしてください。

私の存在を消してもいいですから、皆が笑える日々に近づけるようにしてください。

十二分もの日々を私は、女神さまたちに囲まれて生きれました。

暗い気持ちを抱かないでいい帰り道を歩めた、リリアンでの毎日を過ごせました。

だから、お願いします。

都合の良いことって分かってます。

でも、対価を支払うにはこれしかありませんでした。

 

 

 

                        

               

 

                                     了

 

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