「で、どうだった?」
提督室で、私は妙高からの報告を受けていた。
内容は言うまでもなく、ヤマトさんのこと。
ああ、昨日とも同じことしたな――と脳裏に思い浮かんでは、すぐ消えた。どうでもいいことだ。
「はい。ヤマトさんの妖精さんの協力も得られましたので、艤装の調査は滞りなく終了いたしました」
妙高は私の前に、携えていた書類をこちらに差し出し「こちらが報告書になります」と教えてくれた。ありがとう、と言って受け取る。
しかし、随分な量だと書類の厚さに驚く。普通の艦娘ならこの半分程度で済みそうなものだけれど。
ヤマトさんは、素直に調査に応じていた。
艤装の妖精さんに協力を取り付ける際も、拘束されたヤマトさんを見て殺気立つ妖精さんたちに事情を説明し、私たちの調査に協力するよう言い聞かせたあたり、少なくとも事を荒立てる気はないようだ。
今は営倉に入れているが、静かなものらしい。
やはり、少なくとも敵対する意思はないのだろう。
彼女が隠していた何かが、少しは分かると良い。そう思いながら、書類に目を通す。
――そして、そのあまりに荒唐無稽な内容に意識が遠のいた。
「ねえ……これ、確かなの?」
「正直に申し上げると、確かめようがないというのが現状です」
書類に記載されていた諸元は、何の妄想だと言いたくなるようなものだった。
なるほどこれが事実なら、確かに未来から来たというのも頷ける。
けれども、書かれていることが本当なのか――私の疑問に、妙高はそう返した。
「これらは全て、ヤマトさんの妖精から聴取した内容です。工廠の妖精も調査に入れましたが、技術格差がありすぎて、確証は得られないとのことでした」
「そうなんだ……それって結局、ヤマトさんの艤装は未来の技術で作られているってこと?」
「未知の技術であることは間違いなく、未来の技術である可能性は高いとのことです」
持って回った言い回しだが、工廠の妖精がそこまで言うのだから恐らくは間違いはないのだろう。
そうなると、修正報告された諸元もまた事実である可能性が高いということで――。
「――こんなの手に負えないわよぉ……」
ばさり、と机の上に書類を投げて、椅子に体を預けた。
何なのか。私が何をしたというのか。何故神様は私にこんな厄介ごとばかりをもたらすのか。
もーやだ! 提督なんか辞めてやる! ――と、栗田提督の元で勉強させられたとき、何度思ったことだろうか。鎮守府を任されるようになってからは、初めてかもしれない。
広がった書類の中で、一番最初に書かれていた武器。「次元波動爆縮放射機(200サンチ口径、通称:波動砲)×1門」
解説には余剰次元が云々、ホーキング輻射が云々と色々書かれていたが、私が理解できる単語はブラックホールぐらいのものだった。そんな単語が艦娘の兵装に関連して出てくるとは露ほどにも思わなかったけれども。
特筆すべきは、その威力に関する証言。
「星を破壊できる艦娘って何よぉ……未来の深海棲艦って、そんな凶悪な敵なわけ……?」
だとしたら、私はその時代まで生きていたくない、と零すと、「同感です」と妙高も頷いた。
こんな艦娘、私の手には負えない。というか、誰の手にも負えないだろう。これが真実であるとするなら、現在日本にいる全ての艦娘が連合艦隊を組んでヤマトさんに挑んだとしても、敵うかどうか怪しい。
何よりも問題なのは、彼女が私たちの指揮下にないということだ。それはつまり、彼女のご機嫌ひとつで我々が壊滅しかねないということでもある。
彼女を拘束したのは正解だったのか、失敗だったのか――そう考え込んだ私の耳に、扉をノックされる音が飛び込んできた。
「祥鳳准尉です。大和さんの件で参りました」
その声に時計を見てみれば、もう11時だ。私が後で来るようにと伝えた時間である。
――ヤマトさんを拘束したところを見た祥鳳は、すぐさま私のところに飛び込んできて、何があったのかと聞いてきた。まあ、昨日客人扱いするように伝えた人が拘束されていれば、それは驚くだろう。
けれども、調査や手続きなどすぐにやるべきこともあったので、後で話すことを伝えて帰したのだった。
「入りなさい」
そう伝えると、失礼します、と祥鳳が入ってきた。
立たせたまま話すのも申し訳ないし、私も気分を変えたかったので、妙高にお茶を頼んでソファに案内する。そして、祥鳳と向かい合わせで座った。
「ごめんなさいね、後回しにしちゃって」
「いえ、そんな。提督がお忙しいのは理解していますし、お時間を頂けただけでも有難いです」
祥鳳はたおやかに笑い、「あの――」と続けた。
「それで、大和さんはなぜ拘束されたんでしょう?」
「うーん、それがねぇ……」
一体何から話したものか。自分でも整理できていないことを他人に話すのは難しい。
少し考えてから口を開く。
「まずね、彼女は大和じゃなかったの」
「え?」
私の言葉に、祥鳳は良く分からない、といった表情を浮かべる。
「今朝、他の提督と連絡を取ったのだけれど、やっぱり行方不明の艦娘はいなかったわ。それどころか、他に本物の大和がいることが分かったわ」
だから彼女は大和では有り得ないのよ、と伝えると、祥鳳は戸惑ったように首をかしげた。
「じゃあ大和さんは……一体誰なんでしょう?」
「まあ、半分はそれを調査するために拘束したようなものね」
調査結果は頭の痛いものとなったけれども。
それについて話すのはもう少し後でいいだろう――そう思って話を続ける。
「で、もう半分は――今朝の敵潜水艦の件ね」
「潜水艦、ですか?」
「そう。……あれね、彼女だったの」
「…………え? で、でも、彼女は戦艦じゃ……」
本当に、ややこしい。
戦艦のくせに海は潜れるし、空も飛べるだなんてどういうことなのか。そもそもそれを艦と呼ぶのだろうか。
空を飛ぶところは是非目の前で見てみたいが、見たら見たで寝込みそうだ。
立ち上がって、机の上に投げ出した調査書を祥鳳に渡す。もう説明するのも嫌になる。これを提督会議で説明したら、きっと頭がおかしくなったと思われるのだろう。
調査書を受け取った祥鳳は、目を通し始める。
そしてしばらくして。
「……これ、本当なんですか?」
まあ、そういう反応になるわよね。
私は肩をすくめて、「本当らしいわよ」と答える。
本当は、実際に艤装を動かしてもらって、諸元を確認したいところだけれども――そういう訳にもいかない。
艤装を装備させて、彼女が大人しくしてくれる保証はないのだから。
「まあ、そういう訳で――今朝の潜水艦は彼女で、魚雷を神通に向けて撃ったのも彼女、ということなの」
「だから、ヤマトさんを?」
「それが無ければ保護で済ませても良かったんだけどねー……流石に彼女の行為は危険すぎたわ」
それは調査書を読んで改めて感じたことだ。彼女の武装は、1つ1つが余りにも強力過ぎる。
そんなものを軽々しくこちらに向けられては、たまったものではない。
ため息をつきながら改めてソファに座り直せば、妙高がお茶を持ってきてくれたので、3人で座って飲む。
暖かい緑茶は心もほぐされるようで、とても落ち着く。
思いがけず、部屋が静寂で満たされた。
「…………そろそろお昼ねぇ……」
お腹が空いたわ、という言葉に、妙高と祥鳳は頷いてくれた。
「腹減ったなー……」
くう、と鳴いた腹をさすり、営倉のベッドに仰向けで寝転がったまま俺は呟いた。
そろそろお昼だろうか。部屋の窓から見える日はかなり高い。
意外にも、営倉といっても綺麗なものだった。やはり艦娘用なのだろうか。ちょっと狭いが、きちんと扉もついてれば窓もついている。もっとこう、鉄格子のなかに動物園のサルの如く閉じ込められるのかと思っていたのだが。
ただ、暇を潰せるものがないのが辛い。そういう意味ではやっぱり営倉なのだろう。
そんな状況だからか、つい考え込んでしまう。
――何をやっているのだろうか、俺は。
ヤマトとしての力を手に入れ、ほぼ丸1日。考えてみれば、俺は特に何かをしようとしてはいなかった気がする。
そもそもこの世界に来たこと自体が、俺の意思ではなかった。いきなり放り出されたこの世界。行く当てもなかったところに、たまたま不知火たちがやってきて、保護してくれるというからそのままここへやってきた。
そこに俺がどうしたい、という意思は存在しない。
あとは、ヤマトという玩具を振り回していただけだったのだろう。深海棲艦を撃破したのも、たまたまそこに的があったから撃ってみた、というのと大差ない。そして軽い気持ちで潜水艦行動を試してみて、神通に発見されて戦闘になった。そうなるなんて思いもしていなかったから、慌てて魚雷を撃って逃げて――結果として神通に怪我をさせかけた。
妖精さんたちに、「艦娘たちは大丈夫」と言っておきながらこの体たらく。
「地球を救う」と豪語したのも、もしかすると、ヤマトの雄姿に自分を重ねて酔っていたのかもしれない。
そう考えると、随分と自分が滑稽に感じられてくる。
「ふふ……」
思わず笑ってしまう。
いっそヤマトの力を手に入れられるなら、ヤマトの心も欲しかった。
それが俺といえるかどうかは別として、少なくとも地球を救うために旅立ち、見事使命を果たしたヤマトだ。きっと、この世界も救ってくれただろう。
逆でもいい。ヤマトの力なんて俺は持たず、ただの艦娘――いや、一般人として放り出されていたなら、俺は生きることに必死になっていただろう。
そして思う。俺は何がしたいのだろうか。
正直、良く分からない。
与えられた力は強力だ。やろうと思えば、深海棲艦を壊滅に追い込むことも不可能ではないかもしれない。
けれども、俺がそれをしたいのかと考えると――不思議なことに、どうでもいいと思っている自分がいた。
何故だろうかと考えてみて、ふと気づく。
「――そうか。俺、この世界の人間じゃないからか」
ここには、俺の家族はいない。友人もいない。知り合いすらもいない。
俺にとって守りたい人など、この世界には特にいないのだ。
それに、深海棲艦は人類の敵だ――そう聞かされても、この世界に生きてきたわけではない俺にとっては実感がわかない。それで被害を受けたわけでもなければ、知り合いが死んだわけでもないから。
要するにだ。
危機感が足りない。
「どうしよっかな、これから……」
深海棲艦と戦うこと――それすらも、俺は別に強制されないのだ。
やるべきことは何もない。イスカンダルのメッセージみたいに、「この世界を救え!」とでもあれば分かりやすかったのだが。
そんなことを考えていた俺の耳に、かたん、という音が届いた。
昼ご飯でも届けられたか、と思って音のした扉の方を見てみれば、扉の下に設置された窓から頭を突っ込んでいる妖精さんがいた。
「え?」
俺が驚いているうちに体もこちらに引きずり込んだ妖精さんは、こてん、と地面に転がる。
しかも一人ではないらしく、もう一人妖精さんが入り込んできて、同じく転がる。
起き上がると、妖精たちは「ヤマトー!」「ヤマトサーン」とこちらに呼びかけてくる。ヤマトの妖精と、工廠の妖精だ。
工廠の妖精さんは、よく見ると宴会の時の泣き上戸である。ただ、泣いていた時の面影はなく、むしろ何だか怒っているようですらある。
「ど、どうしたんだ……?」
俺もベッドから起き上がり、2人の前に屈む。
そうすると工廠の妖精さんが、ててて、と走ってきて――ぺち、と俺の頬を叩いた。
そりゃあもう、びっくりするほど弱かった。蚊に刺された程度、っていうのはこういうことなのだろうと思うくらいに、まったく痛みを感じない。
――けれども、不思議と感触が消えなかった。
「ヤマトサンノ、ウソツキ」
艦娘を助けてって言ったのに。その艦娘に武器を向けるなんて、と。
怒っていたはずなのに、いつの間にか涙をこらえるような顔をしていた妖精さんが、俺に訴えてくる。
そのうちに言葉にならなくなってきたのか、「ウー!」と唸るように俺をにらむ。
「……ごめんなさい」
ぽつり、とこぼれた言葉。それは間違いなく本心だった。
そんな俺の言葉を、しかし妖精さんは「アヤマルアイテガ、チガウ!」と一蹴する。
確かに、その通りだ。
「でも、ごめんなさい」
泣かせてごめんなさい。約束破ってごめんなさい。
そんな思いを伝えると、いよいよ涙を堪えられなくなった工廠の妖精さんが、「ウワーン!」と胸に飛び込んでくる。
俺を叩いたのは、相当覚悟してのことだったらしい。叩いてごめんなさい、と泣きながら謝る妖精さん。全く痛くなかったんだけど、そういう問題ではないようだ。
工廠の妖精さんが離れてくれないので、胸に抱えたまま、今度はヤマトの妖精と向き合う。
こちらは何だか良い笑顔。どうしたの、と聞くと返ってきたのは「ダッソウジュンビ、デキマシタ!」との言葉。
――脱走準備?
「いやいやいやいや。しないからね?」
「エ?」と首をかしげる妖精さん、可愛い……じゃなくて。「え?」ってこっちのセリフだわ。何で脱走前提なのか。
営倉入れられる前に、敵対的な行動は取らないよう、きちんと話をしたつもりだったのだが。
聞くと、拘束された状態で本心は言わないだろうと思ったらしい。表面上は協力的な姿勢を取りつつも、妖精さんたちで営倉の位置の把握を進め、鍵の入手や逃走経路の選定を行っていたようだ。
しかし、俺としては逃げる気はない。だって、基本的に悪いことをしたのは俺だし。
それに今逃げると、今後艦娘たちと友好的に関わることは難しいだろうという考えもある。
いきなりこの世界に放り出された俺が、この世界で唯一執着するものがあるとすれば、それは艦娘に他ならない。
せっかく祥鳳や神通、妙高といった艦娘たちとお近づきになれたのだし、要らんことをしてちょっと溝は空いてしまったかもしれないが、仲良くなりたいじゃないか。
ともかく、俺は脱走するつもりはない。そう伝えると妖精さんはしょげたらしく、肩を落とした。
その様子を見た工廠の妖精さんが俺の胸から這い出て、ヤマトの妖精を慰める。
「でも、ありがとな」
そう言って頭を撫でてやると、少しは元気を取り戻したようだ。
「マタキマス!」と言って、工廠の妖精と一緒に入ったとこから出ていく。
うん。また来ます、って言ってくれるのは有難いけど、俺一応営倉に入れられてるんだからね? 本当は多分、会ったらいけないんだからね?
分かっているのか、いないのか。
去っていく妖精さんの「ジョーキョーシューリョー! カイサーン!」という小さな声。本当に微かだが、「エー」とか、「ダカラ、イッタノニ-」という声も聞こえる。いったい何人が脱走作戦に加担していたのか。
俺のことを思ってくれるのは大変ありがたいのだが、あんまり無茶はしないでほしい。
そうして、妖精さんたちが去って静かになった――そう思ったら、こつ、こつ、という足音が耳に入ってくる。
誰か来たらしい。多分用事があるのは俺なんだろう、と思っていたら、案の定、部屋の前で足音が止まった。
「失礼します」
と、聞こえた声に驚く。
――扉を開いて入ってきたのは、神通だった。
手には、ご飯が載せられたお盆。何故か2人分。
「お腹、空きましたよね。ご一緒してもいいですか?」