所変わって。呉鎮守府。
不知火の報告を受け、とりあえず保護することを承諾した竹下提督は、頭を抱えていた。
「あの、提督? 大丈夫ですか?」
不知火が不在であるため、代理として秘書艦を務めている妙高が声をかける。
その声に反応して、提督はゆっくりと妙高の方へ顔を向けた。
「大丈夫じゃないかも……」
大和。その名は有名だ。
旧日本軍が持っていた軍艦の中で、間違いなく最強の戦艦。
艦娘という存在が確認されてからというもの、上層部のみならず、ありとあらゆるところから「大和」の出現は期待されていた。
そのためになけなしの戦力を振り絞り、坊ノ岬沖まで戦艦大和の残骸を回収する作戦まで立てられたぐらいだ。結果的に一部の残骸は回収でき、開発資材も回収できたようだが、その後については聞かされていない。
恐らく建造に失敗したのだろう、と噂されていたのだが、既に艦娘として着任していたとは。
「まさか大和だなんてね……」
今回保護された艦娘が、本当に大和かというのは、実際のところ解らない。けれども、金剛型や扶桑型、伊勢型といった戦艦は既に艦娘として着任している。長門型も、艦娘の選定に手間取っているものの、艤装自体の建造は完了しており、着任は時間の問題と言われている。
そうなると、残る戦艦は大和型だけになる。それに不知火の報告によると、他の戦艦と比べても大きな艤装と砲を持っているらしい。大和であるという自己申告は信じても良いだろう。
――が。そうなると問題は、彼女がどこからやってきたのかと言うことである。
艦娘という存在が成り立つためには、いくつかの要素が必要だ。
一つは開発資材。これは主に、旧日本軍の軍艦であったときの残骸と言ったものが使われる。これは、艦としての魂が必要だからではないか、と言われている。
実際に沈んでいる艦から回収することも可能だが、倒した深海棲艦が自身の艤装として使用していた沈没艦の残骸を回収することが多い。
次に、妖精。開発資材などから艤装を作り上げるのは、ほぼ妖精の仕事だ。艤装を作る技術は人間にとってほとんど未知の技術である。というか、妖精自体の存在だっていまだに良く解っていない。
さらに、艦娘。これは、旧日本軍の軍艦の生まれ変わりと言われる人間だ。妖精と意思を交わすことができ、同じ艦魂を持つ艤装を使用することが出来る。元々は一般人であり、艤装を外せば、ただの少女に過ぎない。
そして、少なからず提督という存在も重要だ。
提督は霊的な素養を強く持ち、艦娘でなくとも妖精と意思を交わすことが出来る。
気まぐれな妖精たちを宥めすかし仕事をさせ、艦娘とは絆を交わしその力をより引き出す存在――だと言われている。自分がそんなに上手くできているとは思わないが。
まあつまり何が言いたいかというと、艦娘と言う存在が突然現れる、なんてことはないはずなのである。
あるいは妖精たちが気まぐれに全力を出せば可能なのかもしれないが、そういったことが起きたためしはない。
そうであるなら、当然大和である彼女もどこかの鎮守府に所属しているはずである。
各所から期待されている大和。それが現れれば当然報告されるし、お祭り騒ぎになること間違いなしだ。
しかし、そんなデータが無い。
「……肝心の本人も記憶が無いらしいし……どうしたらいいのかしら?」
「とりあえず、上に報告するべきではないでしょうか?」
「あーそうよねぇ……報告書も書かなきゃいけないわ。あぁ、仕事が増える……」
そうだ。とりあえず、上に報告を挙げて大和が所属した鎮守府を探してもらう必要があるだろう。大和建造の報告が上がっていない以上、それで見つかるかどうかは甚だ疑問だが、やらないわけにもいかない。
本人にも話を聞いて、報告書を作って……増えた仕事に、また頭を抱える。
「……お手伝いいたします」
「うぅ……ありがとう、妙高……」
妙高の優しさに、提督の目頭が熱くなるのだった。
「見えてきましたね。鎮守府です」
そろそろ日も傾き始めたころ、ようやく鎮守府へと着いた。
海の上を延々と進み続けるという体験は今までにないもので、流石に疲れた。
まあ、明らかにクソ重い艤装を背負っている割にはその重さを感じることも無く、それによる疲労もほとんどないあたり、やはり艦娘ということなのだろうか。
「龍田は彼女たちをドックへ。大和さんは私に付いてきてください」
「は~い」
「あ、はい」
龍田さんに連れられて、他の駆逐艦たちが去っていく。夕立が「またね!」と手を振ってくれたのが嬉しい。朝潮も小さくお辞儀をして去って行った。満潮は完全スルーだったけど。
俺は不知火とともに、逆方向へと水の上を進む。
「あの、どちらへ行かれるのでしょうか?」
「戦艦用のドックです。貴女の艤装は、流石に駆逐艦用のドックへは置ません」
それは確かに。サイズ明らかに違うし。
少し離れた戦艦用のドックは、確かに駆逐艦用のドックより大きめだった。中もい作りになっており、海から上がったところには、いくつか艤装が置かれていた。他の戦艦の艤装だろうか? 見覚えのある艤装だ。
その中を進み、空いている場所を不知火が示す。
「艤装はこちらにお願いします」
俺は「はい」と頷いて、艤装を降ろそうとし――ふと気づいた。
「……これ、どうやって降ろせばいいんでしょうか?」
「……それは……」
不知火が困ったような顔をしている。基本的に無表情なんだけど、ずっとそれを見ていたら、ちょっと違うのが解る。
うん、だって不知火の艤装基本的にベルト固定っぽいもんね。多分それ外せばいいだけでしょ。でも俺のこの艤装、腰回りに固定されているんだけど、どうやって外すかとか以前にどうやって固定されているのかもわからないような固定方法なんだもん。
お互いに困ってしまい、沈黙が訪れてしまったところで「キカンテイシ! ギソーカイジョ!」という小さな声が聞こえた。
え、と思うと同時。腰のジョイント部分らしきものから、がしょん、というような音がして、艤装がゆっくりと地面に降りる。
振り返ってみてみると、白にオレンジラインの入った制服を着た妖精さんがこっちを見て親指を立てていた。
「あ、ありがとう。妖精さん」
正直助かった。こんなもの着けて生活していたら、邪魔なことこの上ない。
礼を言うと妖精さんは、得意げに鼻の下を指でこすって消えていった。
「外せましたね。それではあちらのドアを出て、お待ちください。すぐに迎えに行きますので」
そう言うと不知火はドックから出て、また海へと戻って行った。おそらく駆逐艦のドックへ行くのだろう。
一人っきりになった俺は、はあ、と溜息をつく。
「これからどうなんのかな……?」
とりあえず陸に戻れてほっとしたものの、この後が問題だ。
個人的には、こんなことにはなってしまったが、元に戻りたいかというとそうでもない。まあ、男に戻りたくはあるけれど。
この世界に来てしまったものは仕方がないし、まあせいぜいこの世界で生きていこうと思う。
そのためにはやはり、衣食住が欠かせない。そして、最低限度の文化的生活も要求したいところである。具体的には深夜アニメとか観られる環境が欲しいです。
幸いにして、俺はヤマトの力を持っている。働けと言うのなら、単艦で敵基地を破壊してくることも可能だ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、と放り投げられても困るのでやりませんが。
それにしても、艤装を外すと、より自分が女の子になっている、という感じがする。
メカメカしさが隠していたものの、胸といいミニスカートといい髪の長さといい、女の子感があふれている。何かちょっといい匂いもするし。
つい気になって――決してやましい思いがあったのではなく――あくまで気になって、胸を触ってみた。
硬かった。
……そういえば、徹甲弾の被帽が装甲代わりに入ってたんだっけ。
虚しさに襲われた俺は、何事も無かったかのように振る舞いながらドッグから出た。
ドックから出てみると、陸に帰ってきたんだな、と強く感じられた。
緑の々が生え、レンガ造りの建物がいくつかある光景。波に揺れる海とは違い、しっかりとした地面が足を支えてくれる。
さて、迎えが来るまでどうしていようか、と考え辺りを見回す。
すると、ちょうどこちらにやってくる女性がいた。
「おや? おやおやおや? 見慣れない顔ですねぇ! 新入りですか?」
青葉だった。
テンションの高く、元気が良い。何故かカメラを下げており、それをこちらに示す。
「あ、一枚良いですか?」
「え、ええ。良いですよ」
一応断りを入れるだけの良識はあるらしい。特段断る理由もないので頷いておく。
それを見た青葉はカメラを構えて、ぱしゃりと一枚。
「どもども、ありがとうございます! ところでお名前は? あ、青葉です! よろしく!」
「ヤマトです。よろしくお願いします」
しかし、テンションが高い。はきはきと話してくるのでつい圧倒されてしまう。
しかも、俺の名前を聞いて青葉は目を輝かせた。
「大和? ということはもしかして貴女は大和型戦艦1番艦の『大和』ですか? はっ!? そういえばここは戦艦ドッグの前! まさかまさかあなたは本当に――!」
「あの、ごめんなさい。実は良く解らなくて……」
元から高いテンションをさらに上げて迫ってきた青葉だったが、俺の言葉に、ぴたり、と動きを止めた。
「解らない、ですか? それはまたどうして?」
「その……実は記憶が無くて。不知火さんたちに拾ってもらったばかりなんです」
俺との距離を元に戻してメモ帳を取り出した青葉の質問にそう答える。
なんだか青葉の記者魂に火をつけてしまったように感じられる。嘘をついている身としては、根掘り葉掘り聞かれるのは避けたいところだ。
「記憶が無い、と。それは大変ですね……でも名前は覚えていらしたんですか?」
「はい。それが唯一といっていいぐらいですけど……」
「なるほど。では今日の日付って分かりますか?」
「え……解らないです、すみません」
拙い気がする。そもそも俺は嘘をつくのがそう得意ではない。このままだとボロが出るのも時間の問題だ。
何とかならないか、と助けを求めて目線を彷徨わせると、足早にこちらへ向かってくる不知火の姿が見えた。
「そうですか、ちなみに今日は――」
「何をしているのですか、青葉さん」
青葉の後ろから現れた不知火が、そう声をかけて青葉の暴走を止めてくれた。
不知火が無表情の天使に見える。
「ああ、これは不知火さん。青葉はちょぉっと取材していたところでして!」
「大和さんはこれから司令と面会です。後にしてください」
ばっさりと切り捨てる不知火さん格好いい。
その言葉に、青葉は唇を尖らせる。
「ちぇー、分かりましたよぅ。また後で取材の時間作ってくださいね!」
「それは大和さんにお願いします。行きましょう、大和さん」
「あ、はい。で、では青葉さん、また」
「またですよー! 絶対ですよー!」という言葉を背に受けながら、俺たちはその場を後にした。
不知火はつかつかと歩いて、ひときわ大きなレンガ造りの建物の中へ入って行った。
正面玄関を入ってすぐ、右側に少し廊下を歩いたところに提督室はあった。ボードには「在室」にマークが付けられている。ここに提督がいるらしい。
非常に緊張する。はたしてどんな人物が提督なのか――イケメンは死すべし。というか若い男性全般ダメだな。ショタ提督も艦娘を任せるには不安なので却下。やはり爺ちゃん提督が一番か。
そんなことを考えているうちに、不知火が提督室の大きな扉をノックする。
「不知火中尉、入ります!」
え!? 不知火って中尉なの!?
突如明かされた衝撃の事実に、思わず不知火を見る。というか、艦娘に階級あるのか。軍艦扱いで特に階級はないと思っていた。
『どうぞー』
聞こえてきた声にまたも驚く。女性の声だった。入室の許可を得た不知火が取っ手に手をかけ、押し開ける。
部屋へ入っていく不知火の背中を追いかけて、俺も「失礼します」と言いながら、恐る恐る部屋に入った。
入って正面、応接用のテーブルとソファを挟んだ向かい側の、大きな机の後ろに提督はいた。
白色の第2種軍装に身を包んだ女性。肩に届くか届かないか、という程度に伸びた髪。艦娘で言うなら、羽黒のような髪型だ。
傍には妙高が控えている。どうでもいいが、俺は妙高が大好きである。最初出てきたとき、ちょっと困ったように下げられた眉の可愛いさに一目ぼれしたのだ。そんな妙高に出会えて、ちょっと嬉しい――が、いまは喜んでいる場合ではないのだった。
「初めまして、大和さん。私が呉鎮守府特殊艦隊司令の竹下和子です」
それが、長い付き合いになる和子との出会いだった。