ヤマトin艦これ   作:まーりゃん000

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第7話

「では定刻より早いですが、皆さん揃われましたので始めさせていただきたいと思います」

 

 会議室。その大きなスクリーンに映った、6つに分割された映像を見ながら私はそう言った。

 それぞれ人の顔を映し出しており、それらの顔はバラバラに頷く。

 

 老若男女、まとまりのないこの顔触れは、各鎮守府および警備府の提督と、艦娘学校の校長――事実上の提督だ。

 彼らは私の呼びかけで、こうして画面越しに集まっていた。

 

「まず、先ほどメールで送りました資料をご覧ください」

 

 そう言うと、彼らは目線を下に落とす。大湊の後輩だけはわたわたと慌て、後ろの秘書艦である翔鶴から印刷された資料を渡されていた。

 全くあの子は……と思いながら、自分も資料に目を向ける。

 一番目を引くのは、大和さんの顔写真。これは青葉が撮ったものだ。あの子の「取材」には手を焼かされることが多いが、こういう時に役に立ったりするから侮れない。 

 資料に載せられているのは、大和さんの特徴だ。とはいっても写真もあるので、大和さん個人については、身長がどれくらいだとかその程度。

 もっとも重要なのは、艤装についてだ。今朝方、工廠の妖精さんたちから上がってきた報告で、装備の口径など分かった範囲で書かれている。

 

 驚くべきことに、主砲は48㎝3連装砲塔を3基9門、副砲は20㎝3連装砲を2基6門。大和型が本来持つそれを大きく上回るものだった。

 爆雷投射機を装備し対潜攻撃も行え、カタパルトも持つことから航空機の運用も可能と思われる。

 詳細は不明だが、電探らしき装備あり。艤装のサイズは長門型よりもなお巨大。

 

「このように本人は大和であると申しております一方で、明らかに史実の大和型とは違う砲を積むなど、いくつか大和型と異なる点を見つけることが出来ます」

『……それどころか、これは大和型を上回る装備じゃないかね?』

「仰る通りです」

 

 横須賀の楢崎提督の言葉に、私は頷く。

 楢崎提督は、この中で一番年長だ。頭は白く、本来ならそろそろ退官している年齢だったはずだが、提督という特殊な適性を持ち合わせている上に、海軍での経験も豊富である稀有な人物であるため、未だ退官が許可される様子はない。

 もっとも、艦娘たちに囲まれているときは好々爺然としており「孫より可愛いわい」と言っているあたり、本人にも辞める意思がないのかもしれない。

 私たちの直接の上官であり、私を含め、未だ若い提督を導いてくれる先輩だ。

 

「工廠の妖精からは『まるで大和型を超える戦艦のようだ』との所見が出されております」

『大和型を超える、ね。何、まさか超大和型だとでも言うわけ?』

「大和型を改装したものという考えが現実的かと思いますが、その可能性も否定できません」

 

 鼻で笑うような佐世保の提督の言葉に、努めて冷静に返す。

 この女は私より長く提督を勤めているのだが、どうも性に合わない。一時期この女の元で提督について学んだが、嫌味が罵倒しか聞いた覚えがなく、正直嫌いだ。

 もし私に後輩が出来たら、うんと優しくしてやろうと決意したのもその時である。……まあ、ちょっと優しくし過ぎて、引くほど懐かれたけど。

 

『でも、48㎝3連装砲なんて聞いたことないですよ』

『平岡君の言うとおりだな。20cm3連装砲も覚えがない。間違いはないのかね?』

 

 舞鶴の優男の発言を、楢崎提督も肯定する。

 これもその通りだ。そんな装備は史実を紐解いてみても存在していないし、今まで開発された艦娘用の装備にも存在していない。

 

「これは大和を名乗る少女の艤装の妖精による自己申告ですが、実測値を他装備と比べた場合の比率から見て、信頼性は高いデータです」

『センパイ! 先に言っておくと、ウチの子じゃないですよ!』

「……会議中です。言葉使いを改めなさい」

 

 大湊の提督――不肖の弟子である高槻一帆の発言をたしなめる。教育方法を誤ったかな、と考えたこともあったが、よくよく考えると最初からこうだった気がするので、たぶん性格的なものだろう。

 これでも優秀な子ではあるのだが。画面上でしょぼくれた顔をする一帆は、翔鶴に慰められていた。うらやましい。まあ、ウチには妙高がいるけど。

 

『しかし、確かにその艦娘の所属も重要な問題だ』

『言っとくけど、ウチでもないわよ。まあその子のスペックが本物なら、是非ともウチに欲しいけれど』

『僕のところでもありませんね。でも、彼女ほどの戦艦なら確かに僕のところでも欲しい』

『私は今いる子だけで手一杯何で結構です……資材がですね……』

 

 欲しいかどうかと聞かれたら、ウチにだって欲しい。何しろここには現在戦艦がいない。ついでに言うと正規空母もいない。

 もっと戦力を必要としているところがあるのは理解しているのであまり言わないが、ウチの火力は低すぎる。

 

『ところで、先生はどうですか?』

 

 一帆が、もう一人の参加者である萩原校長に話を振る。

 艦娘学校の校長である萩原校長は、品のある女性だ。少しばかりしわの寄った顔が、暖かさを感じさせてくれる。

 その萩原校長は目を伏せて、何か考え事をしているようだった。

 

『そうね……私はこの子にそっくりな子を知っているのだけれど……』

 

 萩原校長の言葉に、私は驚く。

 

「本当ですか?」

『ええ。……楢崎提督もご存知ですよね?』

『……ああ。たしかにそっくりだとは感じていた』

 

 そう言って楢崎提督は、自分の机の引き出し開け、封筒を取り出した。

 中に収めらえれていた書類をだし、カメラの方へ向けてくる。

 

 ――そこには、大和そっくりの少女が写っていた。

 

「……その子は、一体……?」

『彼女は最近、艦娘としての適正があるとして、艦娘学校へ入学することとなった子だ。実は、既に艦も特定されている』

 

 その言葉に、まさか、という思いがあった。

 何故ならそっくりなのだ。大和に比べやや大人びた感じがするが、姉妹――いや、双子と言われても信じるほど似ている。

 

『本当は進水式の時に公開する予定だったのだがね。彼女は――大和なのだよ』

 

 だから、どこかその言葉に納得した自分もいた。

 

『……どういうことかしら。同じ艦娘が2人いるなんて』

『そんなことってあるんですね!』

「バカ。無いからおかしい、って話なのよ……」

 

 思わずいつもの口調で、そう零してしまった。

 私が頭を抱え込んだのは、そのおかしな話のせいなのか、一帆の能天気な言葉のせいなのか。

 

『まあ、状況的に怪しいのは、明らかに保護された子だよね』

『そうだな……先に言っておこう。こちらの大和の装備は、46㎝3連装砲塔に15.5㎝3連装砲塔、零式水上観測機といった、大和型としては一般的な装備だな』

 

 そうなると、楢崎提督の言う「大和」が大和である可能性が極めて高い。翻って、保護した彼女が大和であるという可能性はさらに下がった。

 けれども、彼女は紛れもなく艦娘だ。元となった艦があるはずである。

 

『分からないわね……じゃあ彼女は何だっていうのかしら』

『うーん。少なくとも艦娘ではあるんだよね』

 

 会議の場には沈黙が流れた。

 各々、彼女の正体について考えているのだろう――そう思っていたら、一帆がまた口を開いた。

 

『あの、思ったんですけど……彼女の正体って、結構どうでもよくないですか?』

「は?」

 

 『何を馬鹿な……』と佐世保の栗田提督が、私の気持ちを代弁してくれた。

 それを聞いた一帆はカチンときたらしく、ムキになって反論する。

 

『だって、私たちの目標って深海棲艦を倒すことじゃないですか。彼女が何の艦娘だったとしても、妖精さんが「大和を超えるかも」なんて言うほどの力を持ってることは間違いないんです。だったら、彼女を迎え入れて戦力にした方がずっといいじゃないですか』

 

 思いつきで言ったのかと思いきや、一応それなりの考えはあったらしい。彼女の言うことには一理ある。

 しかし、戦力になるからといって、どうでもいいと切り捨てられる問題でもない。

 

『あのねぇ……正体が分からないっていうのはリスクなの。例えば彼女が新手の深海棲艦かもしれないとか考えた?』

『そんなわけ――』

『ない? 本当に? 突然海から現れた、人間とは違った武器を持つ存在だし……私には似て見えるのだけれど』

 

 それもまた事実だ。まさか本当に深海棲艦であるとは思わないが、やはり不審な点が多すぎる彼女を、心から信頼することは難しい。そして、そんな人間を大事な子たちと一緒に戦わせることはできない。

 

『そうだな……竹下君』

「はい」

 

 楢崎提督の声に、私は居住まいを正す。

 

『この際だ、彼女を――』

 

 ――楢崎提督の言葉をかき消すように警報が鳴った。

 

 それはテレビ会議装置を通して、他の提督にも伝わったのだろう。みんな一斉に黙り込んだ。

 警報が鳴り響く中、同時に鳴り始めた机の上の電話を取った妙高が顔色を変える。

 

「報告します! 鎮守府近海にて戦闘訓練を行っていた軽巡洋艦神通が潜航中の敵潜水艦を発見! 数は1! 現在これを追跡中!」

 

 そんな馬鹿な、と思った。ここは瀬戸内海だ。水深は浅く、潜水艦が通るにはそもそも向かない。入口となる水道には防潜網が敷設されているし、浮上して乗り越えようとすれば監視に引っかかる。

 それだけに潜水艦がいるのは予想外で――脅威だ。今、駆逐艦は演習のために出払っている。神通の他に残っているのは、重巡洋艦である妙高と青葉、軽空母である祥鳳。

 ――対潜戦闘を行える艦が、神通以外にいないのだ。

 焦りを覚えながら私は立ち上がって、机の上に置いてあった帽子をつかむ。

 

「分かったわ。――申し訳ありませんが、そういう訳ですので私は指揮に入ります」

『分かった。会議は一旦ここまでとしよう』

 

 そして私はカメラに向かって一礼し、帽子を被って会議室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の他に深海棲艦の潜水艦が潜んでいて、そいつだけが偶々発見された――そんな期待はするだけ無駄だろう。神通は明らかにこっちに向かってきていた。

 綺麗だったピンの音が、何故だか背筋が寒くなるような、死神の足音に聞こえてくる。

 早く逃げなければ攻撃される――そう思いドックの方へ戻ろうとして、思いとどまった。

 

 このまま戻ったとして、どうなるというのか。ピンで追跡されている以上、戻ったとしても俺だとバレる。

 それは拙い。こんな警報鳴らして鎮守府を混乱させた犯人が俺だとバレたらどうなるか。

 それでなくてもいろいろ隠している身。面倒なことになるだろうことは予想できる。

 

 振り切るのは簡単だ。水中とはいえ、ヤマトの速度をもってすれば、いかに軽巡といえど追いつけるものではないだろう。

 しかし、とりあえず神通を鎮守府から引きはがさなければならない。じゃないと戻れないし。

 となると、上手いこと敵に化ける必要がある。速度も出しすぎないように気を付けなければ。

 

 そう考えて、微速前進。

 神通が鳴らすピンの間隔が狭まってきている。上を見上げると、俺の直上までもう少しだった。

 

 ――そして、鳴り響いていたピンの音が唐突に消え去る。

 静けさに包まれた海に、どぼん、という音が数回。

 見上げるまでもなく、俺の横に小さなサイズの爆雷が落ちてきた。

 

「――――!!」

 

 俺の叫びは、泡となって消える。

 

 爆発。

 一瞬視界は白く染まり、水圧で俺も吹き飛ばされた。

 そこに更に、ぼふん、という爆発音。背中に衝撃を受けながらも、速度を上げて俺は爆雷の効果範囲から抜け出す――そう思っていた。

 だが、更に目の前に沈んでくる爆雷。それを見て思わず足を止めたのがいけなかった。

 前後で起こる爆発に、俺の身体は押し潰されるような圧力を受けてひっくり返る。

 上下すらわからなくなるような奔流の中で、何とか体勢を立て直して、進んだ。

 

 そして今度こそ効果範囲を抜ける。

 騒がしくなった海の中では、おそらく俺を探知することはできないだろう。つかの間の休息に、俺は安堵した。

 各部チェック――無線から妖精さんの報告が聞こえる。損傷なし――流石ヤマトだ、何ともないぜ。

 けれども、もう一回爆雷に包まれたいかと言われれば否である。ヤマトは天下無敵でも、俺のメンタルはそうではないのだ。爆発に包まれた瞬間は死ぬかと思った。

 

 しかし、抜けた方向に更に爆雷が降ってきたあたり、さすが神通というべきか。もし俺が本当に深海棲艦の潜水艦だったなら、漁礁と化していたに違いない。

 まあ、そもそも本当に潜水艦なら、こんな逃げ場のない場所には入ってこないだろうが。

 

 今の内に方向転換。艦首をドックの方に向けて後進微速。妖精さん曰く、補助エンジンは「イツデモゼンカイデ、マワセマス!」とのこと。心強い言葉だ。

 更に、後部魚雷管に目眩ましの魚雷を装填し注水。

 注水音が聞こえたのだろうか? 俺には分からなかったが、通り過ぎた神通は転舵してこちらへ向かってきた。再びピンが鳴り始める――発見されただろう。

 

 再び近づいてくる神通を、後進しながら俺は見守る。

 そしてピンの音が消えて直上――神通が爆雷を投下し、俺は魚雷を発射。補助エンジン最大戦速。

 

 ぐわん、と水圧が顔面を襲った。それでも苦しくないのは、やはりこの身がヤマトだからなのだろう。

 後ろで爆雷の爆発音――だが、とっくに効果範囲を抜け出している俺には、今度は欠片の衝撃も感じられない。

 それでも、ドックにたどり着くまでに、ピンが打たれないとも限らない。海中をかき乱してそれを阻害するために俺は魚雷を発射したのだが――

 

 ――どうも、威力を見誤っていたらしい。

 

 ごぱんっ! と、魚雷の爆発音。爆雷が爆発した時よりも距離は離れている筈なのに、それ以上に凄まじい音がして思わず振り返る。が、水中なので流石に何も見えない。

 もちろん神通に当てたわけではなく、遠くで自爆させただけなのだが――これだけ威力があると、あおりを食らっただけで損害が出そうな気もする。

 幸い、レーダー上には神通が動いているのが写っている。恐らくは大丈夫だろう。

 

 しかし、おかげで水中の状態は極めて悪くなった。

 探知の心配もないままに、俺はドックまでたどり着く。

 メインタンクブロー。艤装から排水しながら、俺は坂になっているドックのコンクリートを上った。

 濡れた体から零れる滴が、コンクリートを黒く染めていく。

 排水が終わった艤装が、がこん、と反転し、元の状態に戻る。

 

「……だっはぁ!」

 

 海の方を振り返り腰を下ろすと、気が抜けた。べちゃりと服が張り付いていて気持ち悪いが、澄んだ空気に囲まれているのは心地よい。ちょっと寒いけど。

 地面に寝転がってしまいたいのだが、艤装があるので叶わない。

 

「艤装解除……着替えくれ……」

 

 そう妖精さんにお願いすると、「ヨウソロー!」という声が聞こえた。

 がしょん、と艤装が外れる音がして、妖精さんが数人がかりで服を持ってきてくれた。

 だが、濡れた手で受け取っては意味がないことに気が付く。

 

「あ、タオルありますよ」

「ああ、ありが……」

 

 タイミング良く差し出されたタオルを受け取ろうとして――俺は勢いよく振り返る。

 

「どもっ、恐縮です! 青葉ですぅ! 一言お願いします!」

 

 すごい笑顔の青葉がそこにいた。

 

 

 


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