自分の書きたいものが書けたという気もしませんが、ここから続けていけたら嬉しいです。
初めての出会い
池崎恭華は不安と恐怖で押しつぶされそうになりながらうつむいていた。
新生活がスタートする、この春という季節の騒がしさも彼の耳には届かない。
ただ、暖かい風だけが彼の背中を優しく支えるのだった。
それが一層強く吹いた時、彼の背中を叩くようで、前を向いた。
顔を上げた恭華の目に映ったのは、ボロボロのアパート。どれだけボロいのかと聞かれても、とにかくボロいとしか言いようがない。外装から判断するとどう見ても廃墟。ポストは錆びだらけで数年、下手をすれば、数十年使われてないようにも見える。壁も所々が欠けている。
「ここが僕の新しい家か……」
「ここが私の新しい家か……」
彼はただただ、落胆するようなつぶやきを漏らした。
それは自分自身にここが新居であると言い聞かせるためのようなもこで……ってそんなこと今の彼にはどうでもいい。
恭華自身の声以外にもう一つ声が聞こえた。
「え?」
驚きで思わず漏れた声。彼の隣に1人の少女が立っていたのだ。
「ん〜?」
その反応は恭華の存在に驚いているのではなく、なぜ彼が驚いているのか不思議に思っているような反応だった。
驚いた理由なんて単純、急に隣に人がいたら誰だってびっくりするだろう。
別に驚いた理由なんてそれ以上のものはない。
ただ、恭華はその少女と目を合わせてしまったので、何か話さないと気まずい空気が流れ続けるのではないかと思った。
「え、えーと……。こ、ここに引っ越してきたんですか?」
多少流れかけていた気まずい空気と、先ほどの驚きのせいで多少詰まりながらも、恭華はなんでもない疑問を投げかけた。
「はい。私は、不和理菜と言いますぅ。今度から荒涼高校に通う一年生ですぅ。101号室に越してきました」
一つの投げかけに複数のボールを返してくれた。しかも、その声がとても脱力してしまいそうな優しい、柔らかい声で恭華の質問に答えた。
その喋り方や声、見た目に至ってもなんかこう、ふわりとしていて、大きく可愛らしい目はとろんと垂れていて、それがまた優しい雰囲気を強調している。
まさに名前の通り「ふわり」としているのだ。
そして、彼女の返答からわかったことがある。
まず、彼女は荒涼高校に通い始める、一年生だということ。恭華も全く同じ高校に通う同じ学年の生徒なので、『あ、一緒だ』とふと思った。
二つ目に、101号室に越してきたということ。
「……ん?」
恭華はポケットの中にあるあらかじめ渡されていた新居の鍵を取り出した。
……そこにはしっかり刻まれていた。
101と……。
「あ、一緒だ」
「一緒ですねぇ〜」
理菜は恭華の発言にかぶせて言う。理菜は手にこれまた101と書かれた鍵を持っていたし、恭華自身の鍵の番号も何度見ても101から変わることはない。
そんな状況に恭華が冷静になれるわけもなく……。
「て、一緒だじゃねぇだろコラァァァアアア!!」
そう怒鳴りながら彼が向かったのは101……ではなく201号室に向かった。
なぜ?ってそこに大家が住んでいるからって単純明快な理由だ。
そして、その大家は恭華の父親の妹、つまりおばさんなのだ。
そのため、父親から「.何かあったら201をたずねなさい」と言われていた。「まあ、何の役にも立たないだろうけど」なんてことも言っていたが。
恭華は階段をダッシュで駆け上る。その間、階段がギシギシギシギシと音を立てていたが、冷静さを欠いている恭華の耳に届くわけもなく。
階段を登り終えると201号室の前に立ち、玄関を蹴り開けた。
「おい!!鈴姉!!なんで、101号の住人が2人もいるんだよ!!」
アパートで二人暮らしなんて珍しくはないだろうが、ここは全室ワンルームなのでそこでの二人暮らしに関しては珍しいだろう。
恭華は自分のおば、旧姓池崎美鈴を怒鳴りつけた。
「うーん、なんだよ急に。うるさいなぁ」
なんでこんな奴が結婚できたんだよって感じの怠け者スタイルを繰り広げていた美鈴。
パジャマ姿で寝転びながら片手にお菓子、片手にテレビのリモコン。まだ、春が始まったばかりだというのにガンガンのクーラー。ザ、怠け者。
しかも、テレビの音がものすごくうるさくさ恭華の怒鳴り声が聞こえていたのか少し怖いくらいだった。
その光景に哀れみのようなものを感じながらも、怒りを殺しきることができない恭華。
「101号室の鍵が2本あるんだが」
それでも、最初の勢いはない。
「そりゃ、スペアくらいあってもいいだろ。ドラ●もんだってスペアポケット持ってるぞ」
もし、2本目の鍵がスペアだったらそりゃ納得する。
しかし、それを自分ではない他人が持っていたのだから話は別で。
それにしても、なんで例えがドラ●もんなんだろう?そんな疑問は後ろのテレビから流れてきた絵描き歌が解決してくれた。
既婚者が一人でだらだらドラ●もんなんか見てるのか……。
もう、美鈴のことが哀れでしかない恭華であった。
って、そんなことはどうでもいい。親戚のことだから割り切っていいものではないかもしれないが、今、現在起きている事件の方が先決だ。
「スペアのキーとかそうゆう話じゃなくて。不和さんって人も僕と同じ101号室の鍵を持ってて……」
「不和って私か?」
「違う!!……って、え?」
そう、美鈴の旧姓は池崎であるが、今は不和なのだ。
それは101号室のもう一人の住人と同じもので……
偶然かもしれないという可能性も恭華は考えたが、自分がここに引っ越してきた理由が大家が親戚だったからであるので、そのことを考えるともう一人の住人と大家は親戚であると考えるのは当然だろう。
そんなことを思っていると下の方からギシギシという音が響いてくる。
改めて聞くと今にも崩れそうなひどい音がする階段だなぁっと感じる恭華だった。こちらに誰かが向かってきている。もちろん誰なのかはいうまでもないだろう。
その人物は美鈴の顔を見ると一瞬考えてから言った。
「あ〜、美鈴おばさん」
「おう!久しぶりだな!」
ああ、やっぱりそうなのか……。
それから三人の会議が開かれた。この会議はボケとツッコミの応酬となり2時間弱にも及んだという……。
とりあえず、今日は恭華と理菜と一緒に同じ部屋に収まることにした。
二人は101号で今日確認することができた、数少ない情報を整理することにした。
「えーと、僕と理菜さんの関係は僕の父親の妹の夫の妹の娘さんってことだね」
「違いますぅ!私のママのお兄さんの妻のお兄さんの息子さんが恭華さんですぅ!」
「いや、それ一緒だから!」
「そんなことはどうでもいいですぅ!とりあえず、呼び方を理菜ちゃんにしちゃいましょう」
「なんでだよ!」
「理菜さんだと気持ち悪いです」
話が進まない。理菜はずっとこのペースというか、この感じで話をするのだ。
この感じで話を進める恭華とあのおばに、恭華一人のツッコミが間に合うわけもなく会議が2時間にも及んだのだが。
ちなみに恭華の理菜の呼び方なんだが、これも会議中の出来事だった。
最初は恭華は彼女のことを『不和さん』と呼んでいた。すると、文句を言ってきたのは美鈴。「私も不和だからややこしいだろ。いっそ名前で呼んでしまえ!」といってきたのだ。恭華は美鈴のことは鈴ねえと呼んでいるのでややこしいことなど何一つないのだが、理菜も「私もそう呼んでもらえると嬉しいですぅ」何て言い出したのだ。そこから何やかんやあってそのままいやいや『理菜さん』と呼ぶことに。
恭華自身、女性の名前を呼ぶことが稀なので緊張するのは当然だろう。恭華が女性のことを下の名前で呼んだのは“二人目”ある。
「それにしても、今使える部屋101しかないんだねぇー」
急にそう言いだした理菜。それも今日得られた情報の一つ。
このアパートには計4つ、部屋があるのだが、201は例の通り美鈴が住んでいる。
美鈴によると残りの2部屋は様々な事情で使えないとか……。
102は内装リフォーム中とか。101と201はもう、それが済んでいる。さらにこの部屋はリフォーム後、すぐ住む人が来るらしい。
そして、202に関してはそのリフォームも終わってない。
そもそもする気がないとか……。雨漏りがひどく、床下にはびっしり乾燥剤、ひだまり荘スタイルなのである。
ちなみにこの例えをみんなの前でした恭華は当然のごとく滑った。
「これからどうしましょうか?」
理菜は恭華に聞いた。
「そうだな。新しい家を探そうにも、もう来週から学校だしな」
「おお、奇遇ですね〜、私もですぅ」
「あ、ごめん。言ってなかったけど僕も荒涼高校に通うんだよ」
「え!一緒なんですね!嬉しいですぅ!」
そう言いながら微笑む、純粋なその表情はとても、ひかれるものだった。
それでも、話が脱線してしまったのは事実で……。
話を元に戻して恭華は理菜に共感を求めるように言う。
「今から引っ越そうにも親に説明するのも面倒だし」
というか、この状況を親に説明しても「美鈴はそういうやつだ」なんて言われそうだ。
「そうですよねぇ。どうやって母に池崎さんは良い人だって説明しましょう」
「おい、それは何の説明だ?」
普通、ここでは初めて会った相手の説明ではなく、今の状況とそのために新しい家を探して欲しいという説明をするものだろう。
「いや、だって池崎さんと一緒に暮らしていくんですよ。一緒に暮らして大丈夫だって説明しないと……」
この答えは意外だった。恭華は当然のごとく、理菜は自分と生活すること、それを拒んでるんだと思った。
「じゃあ、なんで『これからどうしましょう』なんて言ったんだ?何を問題にしてるんだ?」
「問題なんてなった一つじゃないですか」
理菜はきょとんとしながら言った。
「お風呂とおトイレです!」
「いや、絶対それだけじゃないだろ!」
このアパートには風呂、トイレ完備なんだがそれが一つしかなく、それを共有することを心配した発言なのだろうが……。
恭華にとってはそれだけじゃないようなきがした。
いや、それだけじゃないと考えるのが普通のことだと思った。
「え?何か他にありますか?」
「えっ……それは……」
恭華は答えられなかった。何が普通なのかわからなくなっていた。
「私、信頼してますから!恭華さんのこと」
この発言で恭華はわかった。自分は自分の罪のせいで誰かを信じることができなくなっていたのだ。
正確には自分の「裏切り」という罪のせいで他人に信頼してもらえないから、他人のことが信頼できない。
恭華はそんな自分が可哀想に思えて、また、少し蘇った罪の意識が彼をまた、恐怖で押しつぶし、うつむかせるのだった。
「ファミレスでも行きませんか?私、もうお腹ペコペコです」
理菜は空気が読めなくて、この発言をしたわけではない。むしろ、恭華の出している、寂しそうな空気を読み取ってあえて、こう発言したのだ。
その時の理菜の表情は優しいもので、恭華はその優しさに心を動かされた。
「わかった。ご飯食べに行こうか」
恭華は渋々ではなく、進んでこう望んだ。理菜と一緒にいることが何かしらの意味が自分にある気がしたから。
「今日は、恭くんのおごりでお願いしますね!」
外に出た途端、理菜は言いだした。
「は?そんなこと聞いてないぞ!」
「たった今私が決めました。決定事項ですぅ」
そんなことをニコニコしながら話す理菜。
恭華のことを恭くんと呼ぶ姿も、恭華の中であの子と重なって……。
その子が恭華が裏切ってしまったと思っているその人であった。