初めての二人暮らしin101号室   作:larme

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久しぶりの1on1

瑞希と恭華の間にしばらくの無言の時間が流れる。二人はある場所に向かっていた。正確には瑞希が。

その足がみんなの集まる目的地である西公園を向いていないことはわかった。この辺に住んで一週間しか経っていないとはいえ、毎日ランニングをこなしてる上、二日目に飛び出してあちらこちらを駆け回った。それなりに土地に強くなった自信がある。

さて、今、瑞希が向かっているであろう場所、恭華が全く心当たりがないのかといえば、そうでもない。

場所は違えど、僕らは毎日のように河原の風を受けながら練習をしていた。一対一を繰り返していた。

そこに行って瑞希が何をするつもりなのかは彼にはわからない。ただ、はっきりと言えることは瑞希は何も考えずに適当に歩いているのではないということ。瑞希は恭華に何かをうったえようと何かを伝えようとしているということ。それは恭華も瑞希の背中から感じ取れた。

瑞希は先ほど会話を交わしてからは一度も振り向くことなく、恭華の予想通り河川敷へと到着した。

何をするかなんて全く予想ができない。いや、ここにきたら僕らがすることなんて一つしかないだろう。

瑞希は河川敷の公園内にあるバスケットコートに転がっていたボールを拾い上げ、恭華に言い放った。

「ここで僕と一対一をして!」

瑞希の強い意志に断る理由もなかった。彼女は本気だ。本気には本気で返すしかない。

「わかった」

これからは真剣勝負。あの頃と同じ河川敷という場所なのに、あの頃のような和やかな雰囲気など、どこにもない。

「僕の先行から行くよ」

瑞希はそう告げ、ドリブルをつき始める。とても力強いそのドリブルは体育館でついたならよく響くだろう。現にここでも強さは伝わってくるのだから。

瑞希は右に鋭いドライブを決め込もうとする。が、恭華はそれを読んでコースに入る。瑞希はそれにひるむことなく、左足を軸にロールターンを決め、恭華を抜き去る。その鋭さは男子でも軽々抜けるレベルのものだろうと現に抜かれている恭華が言うのだから間違いない。まあ、負け惜しみかもしれないが。

まあ、バスケは相手を抜けばかちというスポーツではない。1on1において抜かれるということは致命的なことなのだが、それでも恭華は諦めなかった。身長差というアドバンテージを使って、レイアップの姿勢に入っていた瑞希のボールがのった右手に恭華の右手を覆い被せる。

彼女はそれを避けるようにタブルクラッチを決めようとするのだが、ジャンプ力が足りず失敗に終わる。

転がったボールを拾った恭華はそのままオフェンスの準備を始める。いったんボールを瑞希にあずけ、それがかえってきたら攻撃開始の合図。

当初、恭華は直接ジャンプシュートを狙うつもりだった。だが、当然のようにそれを警戒して間を思い切り詰めてくる瑞希。

間を詰める利点はジャンプシュートをうたれないこと。それ以上の欠点が抜かれやすくなること。それは恭華も瑞希もわかっていることだ。恭華は右へドライブの姿勢に入る。それを読んでいたかのようにコースに入る瑞希。恭華は先ほど瑞希にやられたのと同じようにそれをロールターンでかわそうとする。しかし、それもあっさり瑞希に読まれてしまう。

それならと、恭華は後ろにステップを踏む。ドリブルをやめボールを持ちシュート体制に入る。これも瑞希はよんでいた。だが、ここでも身長のアドバンテージが出る。二人の距離は数メートルしかないだろう。しかし、二人には決定的な身長差があるためにもう、シュートモーションに入っていた恭華のボールに届くわけもなく……。

そのシュートは皮肉なほど綺麗な放物線を描いた。その軌跡をただ見つめるしかない瑞希。あの頃と同じ。自分では描けない。とても綺麗な弧。そして、瑞希は実感する。これは恭華と由架をつなげ、そして、瑞希を除外したものではないと。

「やっぱ、届かないんだね……」

これは憧れだった。自分も描きたいのに描けなかった。でも、描けない理由なんて知っていた。自分より後にバスケを始めた恭華に習うのはプライドが許さなかっただけ。そして、由架は恭華の言うことを必死に聞いて必死に練習していた。それを見てたのに、僕は……。

「最低だね、僕って」

涙が溢れ出して止まらなかった。自分勝手なのは十分わかっていた。泣いたって何も始まらないのもわかっていた。なのに、涙が止まらない。

「恭華くん、僕ってなんで泣いてるのかな」

恭華は静かにそこにいることしかできなかった。でも、瑞希にとってはそれが優しかった。リングをくぐった恭華のシュートが跳ねる音が遠くで聞こえる。二人で一対一をするこの時間は大好きだった。宝物だった。それは恭華がいないとダメで恭華じゃなきゃダメで。

「僕ね、ずっと恭華くんが好きだった。大好きだった。ずっと一緒にいたかった。でも、できなかった。恭華くんが由架ちゃんに取られちゃうんじゃないかってずっと不安だった。自分は何もしないくせに、一生懸命頑張ってる由架ちゃんを必死に恨んで、妬んで。去年、由架ちゃんからメールが来た時、僕、喜んじゃったんだよ。最低だよ。僕知ってたのに、大好きな人が苦しいって知ってたのに、喜んじゃったんだよ」

恭華はただただ、黙ってそれを聞く。それが正しい気がしたから。

「ね、恭華くん。こんな最低な、嫌われても仕方ないような僕のお願い聞いてくれないかな」

「……ああ」

「高校にいる間だけでいいから僕と一緒にバスケをして。一緒にバスケ部に入って、一緒に試合をして、一緒に頑張りたい」

「……わかった。約束する」

「……ありがとう……嬉しいよ、僕……」

救われた。もちろん許してもらったなんて思ってない。それでも、やっぱり恭華は優しかった。そんな恭華が好きだった。

涙はとめどなく落ちる。自分ってこんなに泣き虫だっけ。瑞希は我を忘れ、泣けるだけ泣いてやった。

そんな時間も永遠に続くわけではなく。

「あれぇ?恭くんにみずぽんぽんじゃないですかぁ?」

そこにいたのは理菜だった。理菜はのんきにかけてくる。空気を読めないのが理菜の長所であり、短所だ。

「恭くん。実はさっきケンタッキーが届いてしまって……」

本当にKYだ。しかし、昼飯食った後なのによく食う人だな。と、瑞希は思った。

「あ、間違えましたぁ。洗濯機ですぅ。センタッキーフライドチキンですぅ」

「何が届いんだよ、一体」

思わずツッコミを入れてしまう恭華。

「いやぁ、洗濯機を設置するのが難しくて、ぜひ帰ってきて欲しいんですよぉ」

どうやら、洗濯機が届いてフライドチキンは関係ないようだ。

恭華はチラッと瑞希の方を見る。瑞希は泣きながら、背中で言っていいよって言ってる気がした。いや、多分言った。そうじゃなきゃ、恭華は勝手に逃げ出したダメ男になる。

「わかった行くよ」

恭華と瑞希はボロアパートに向かって歩き出した。

二人の姿が見えなくなってから瑞希はボールを手に取り、シュートを構える。

えいっ、とうったシュートはリングさえくぐったものの納得いくものでは到底ない。あの軌跡とは似ても似つかないものだった。

「やっぱ、届かないんだね……」

瑞希はボソッとつぶやいた。


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