僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。 作:楠富 つかさ
#54 離別
さしものお姉ちゃんも、そんなすぐにさあでは彼氏が出来ず、ボクと麻琴の関係は今までにないくらい宙ぶらりんの関係になっていた。一緒に登校する習慣は残っているが、部活のある日は残ってまで一緒に帰ろうとすることはしなくなった。麻琴の方がかなり自重しているようで、腕を組むことも手を繋ぐこともしていない。そんな日々がずっと続いて、とうとう二学期の終業式になってしまった。クラスメイトのみんなにはかなりの心配をかけてしまった。別に、喧嘩をしているわけじゃない。お互いがお互いに距離感を考え直しているだけなんだ。
「あたし、塾に通うことにした。冬期講習からだから、まぁ……明日からなんだけど」
ボクらに吹く風は冷たく、制服の上からコートを着ていても首元が寒い。……マフラーは秋ごろから二人一緒に巻けるものを編んでいたけど、どうしても使おうとは思えなかった。そんな中、ぽつりと麻琴は塾に行くことを告げた。
「翔輝館の経済学部くらい、AOで落ちても一般入試で行ける学力は身につけないとなぁって思ってさ」
「うそ……去年みたいに、うちに来ない、つもり?」
「そう、なるね。それにさ、やっぱり……男子を好きになった方が悠希にとっても幸せなのかなって。あたしが隣にいない方がいいのかなって」
……なに、言っているの。そう聞き返すのが限界だった。寒さに負けない麻琴の、短いスカートから伸びる足が踏み出される度に、ボクとの距離は開いていく。そう、いつもならボクに歩幅を合わせてくれる麻琴が、自分のペースで歩き始めたのだ。
「別に塾へと男漁りにいくわけじゃないよ? ただ、さ。やっぱり、あたしの好きだった麻琴は男の子だったから」
そう言って、どんどん進む麻琴の、後姿に……視界が滲む。
「どうして! 二度もキスしておいて、なんのつもり!? ボクは……」
「そのボクって言うのもよしなよ。確かに可愛いけどさ、“今”の悠希には似合わない」
……麻琴の発した“今の”という言葉で“今までの”自分を全て否定された気持ちになった。どうして……。立ちすくむボクを一瞥して、麻琴は足早に去っていった。気付けば、ボクはもう自宅の前にいて、麻琴の姿は見えなくなっていた。
「――き、悠希!」
玄関の前で、どれだけの時間呆けていたのだろうか。不意に聞えてきたお姉ちゃんの声に、ようやく反応できた時には、ボクの身体はすっかり冷え切っていた。
「お姉ちゃん……麻琴が……遠退いていくよ。ボクは……どうしたらいいの……」
「悠希、ごめんね。私に男っ気がないせいで……」
申し訳なさそうなお姉ちゃんの声に、今度はボクが申し訳なくなる。お姉ちゃんに彼氏が出来ようが出来まいが、これはボクと麻琴の問題なのに……。きっと、麻琴自身が両親に打ち明けたのかもしれない。……でも。
「ぅ、ぐす……ぅぁああ――――」
誰かの前で大泣きするのはいつぶりだろうか。ましてや、こうしてお姉ちゃんに抱きしめられながら涙を流すなんて……昔の自分だったらありえないだろう。
「泣きたいだけ、泣いていいからね」
泣くだけ泣いたボク――違う、私はお風呂場へと向かった。お姉ちゃんに温めてもらったけれど、それでもやっぱり、身体の芯は冷えているから。
「おか……えり?」
先に帰っていたらしい夏希が困惑したような声で言う。正直、夏希があの瞬間を見ていなければ……いや、夏希のせいにしちゃいけない。私が、麻琴にキスを求めたせいで。そう、やっぱり私のせいなんだ。
「ごめんね、夏希。脱ぐから出て行って」
「わ、分かった」
……ちょっと、強い口調だったかなぁ。後悔しながらも、ブレザーを脱ぐ。セーターも脱いで畳む。冬休みになったため、制服は一度クリーニングに出す。丁寧に畳んで洗濯機の上に置く。少し屈んでスカートも脱いでさらにその上に畳んで置いてから一息つく。ブラウスは乱暴に洗濯籠に放り込む。体を起こすと、涙の跡でひどい顔をした私が鏡に映る。レモンイエローのブラに包まれた私の胸は……苦しいくらいに女の子を主張している。男の子のままでいられたら……麻琴とどんな高校生活を送っていたのだろうか。今の私には全く分からない。下着も脱いで浴室に入る。温まりきらないシャワーを頭から浴びて、泣き跡を消すように顔を拭う。お風呂場の壁に手をついて、少し前かがみになる。視線は下を向いている。お湯は伝ってこない。なのに、どうしても視界が滲む。結局、シャワーを浴びるだけで私は浴室を後にし、髪を乾かすこともなくベッドで沈むように眠りにつくのだった。