僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。   作:楠富 つかさ

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#55 決別

「あ゛ぁ……」

 

あれから二日が経った。あれから、麻琴の声も聴いていなければ顔も見ていない。あの日、濡れた身体のまま、服もろくに着ずに眠りに沈んだ私はひどい風邪に罹った。やっと熱は37度台前半まで落ち着いた。それでも若干高いのだが。身体の節々は痛いし頭もガンガンする。喉も痛いけど……一番痛いのは心だろうか。

 

「ふぅ……」

 

気だるい身体を引き摺って一階へ行く。意識は少し朦朧としている。っと!

 

「お姉ちゃん!!」

「……夏希」

「まだ寝てなきゃダメだよ」

 

そう言われるがまま夏希に抱えられて自室へ戻った。お姫様抱っこされるとは思っていなかったが、夏希はどんどんと男になっている。すっかり逞しくなっている。そうか、夏希もそろそろ中学二年生になるんだよね。私も……もうじき、高校二年生か。麻琴とは確実に同じクラスにはなれない。……麻琴は、何をしているんだろう。

 

 

 そう思いながら、さらに三日が経過した。あと四日くらいでお正月になる。この三日間、私はどうにも何をしても身につかない。冬課題は片付けたけど、どうにも普段ならミスをしない問題でミスをしてしまった。……麻琴は課題を終えたかな? その上、おでん用に大根を面取りしている時も失敗して指先を切ってしまったり、他にも煮玉子用の玉子をうっかり割ってしまったり……枚挙にいとまがない。あと、一番呆れられたのは課題になっていない書初めのお手本を探して右往左往したこと、かな。お母さんもお母さんなりに気を使ってくれているのか、買い物に頻繁に連れて行ってくれたのだが……年末のバーゲンのせいで混雑がひどく気持ち悪くなってしまった。

 

「……麻琴、何しているのかな?」

 

いつも麻琴のことが脳裏にちらついて、何事も手につかない。

 

「お姉ちゃん。パスタ、何にする?」

 

ぼうっとしたままベッドで横になっている私の耳に、ノックの音が聞えてきた。夏希も、最近はきちんとノックしてくれるようになった。

 

「……ビアンコ」

 

そう答えてから数分後、階段を下りると五人分のパスタがテーブルに並べられていた。この頃はお父さんも家にいてくれる。でも……家族だけの冬休みというのは私にとって違和感この上ない。そういえば……夏休みに麻琴が来た時、一緒にパスタ食べたなぁ。麻琴もビアンコにしたんだっけ。また、あの頃に戻れたらいいのに。そんな、叶いそうにないことを思いつつパスタを食べ終わる。空いた食器を持って台所へ。その時私は母に一つ、頼みごとをした。

 

 

「悠希、本当にいいの?」

 

母の心配そうな声が後ろから聞えてくる。私は頷くだけで応える。

 

「二年前と同じくらいでお願い」

 

母の渋々といった返事が聞えると同時に、私の髪に冷たいそれが入れられた。スパっという音とともに、黒い糸のように髪が流れ落ちる。この一年近く、梳くことはあっても本格的に切ることはなかった私の髪。入学前は肩より少し下だった毛先は、今では腰までの位置になっていた。そんな長い黒髪を今、男の子だった頃と同じ長さまで切ろうとしている。たしかに、男子としては長い髪だったけど、女子としてはかなりショートだろう。でも、これでいいんだ。ウジウジした自分と決別しないと。今更だけど気付いたんだ。麻琴の発言――翔輝館の経済学部くらい、AOで落ちても一般入試で行ける学力は身につけないとなぁって思ってさ――から分かるように、麻琴自身は私から離れようという思いを本当は抱いていない。だからこそ、今の惨めな私を見せるわけにはいかない。

 

「前髪はどうする?」

「眉にかかるくらいかな」

 

そうして暫らくの間、母に髪を切ってもらい、

 

「後ろ、少し長めに残しておくからね」

 

そう強く念押されて断髪は終了した。一応、麻琴よりは長いかな。

 

「うん、なんかすっきりした。ありがとう、お母さん」

「そっかそっか。じゃあ、おせちの手伝いよろしく」

 

……え!? すっかり年の瀬、忙しくなりそうです。


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