僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。 作:楠富 つかさ
二月も終盤となり、雪が降る日が何日か続いた。調理部では三年生を送り出す為の食事会の準備が着々と進んでいた。その主な準備というのが、
「こういうのって、小学生を思い出すよね」
「あぁ、言われてみれば。でんぷん糊を使ってるから尚更だよね」
第二調理室の飾りつけを作っている。あれこれ分担するスタイルで、私と希名子ちゃんは折り紙を細長く切って輪飾りを作っている。小学生の時なんかは何かと出番があったような気がするけれど、作るのなんて久々だ。ちょっと楽しい。美夏ちゃんと千恵ちゃんは薄い色紙を使って花を作っている。これまた学校行事の飾りつけでは定番で、ティッシュくらい薄い紙を重ねて折って真ん中を輪ゴムで括ってからふわふわするように開くんだっけかな。
「みんな、進捗状況はどう?」
先輩たちは備品である食器や調理器具の点検を行っている。九重先輩は追加で会計関連の仕事もこなしていた。この学校には各部活動に一台タブレットが貸与されていて、生徒会執行部に活動報告したり、学校ホームページの部活欄を更新したり、表計算ソフトが入っているから会計にも使えるし、テキストエディタもあるからメモやレシピを貼り付けることもできる。インターネットには繋がるけれどフィルタリングがかなり強力で、レシピ紹介をしている個人ブログにアクセスできないこともしばしば。
「そういえば流歌、しずくから26日の使用許可は出ているの?」
芙蓉先輩が九重先輩に問う。すると九重先輩はしたり顔で答えた。
「確認してなかったのね。とっくよ」
「ありがとう。じゃ、私は包丁でも研いでいようかしら。流歌はどうする?」
備品を保管している準備室へと足を向ける芙蓉先輩が九重先輩に尋ねる。
「なら、私は石川先生のところへ行ってこようかしら」
ん? なんで石川先生のところへ? 確かに副顧問ではあるけれど。
「確か……ケーキ作るのが上手なんでしたっけ?」
「そうそう。頼んでみようかなと」
そうだったんだぁ。今年一年副担任だったし数学だから毎日のように話していたけれど、石川先生から料理したりお菓子作ったりなんていう話はされなかったや。
「ユウちゃん、そっち繋げて」
おっとっと。仕事に集中しなきゃ。希名子ちゃんから渡された折紙を繋げれば、輪飾
りは完成っと。
「カラフルになったね」
「華やかって感じだね」
折紙の基本色は全部入っていて、たまに光る金銀がいいアクセントだ。あとはこれを飾って……あれ? ふと思った。輪飾りって天井近くに飾るものだと。
「私らじゃ飾る位置に届かないね」
「……あ」
希名子ちゃんも気付いたらしい。ちなみに、私も希名子ちゃんも156センチ。背中合わせだとぴったり同じ高さなのだ。
「脚立か台か借りてくるね」
包丁を研ぎ始めた芙蓉先輩の後ろを通って準備室へ。多分、台くらいならあるんじゃないかな。第二調理室の椅子は丸椅子で微妙に不安定だから却下。普段のお茶会で使う時のように座る分には問題ないのだが。それに座面が小さいからやっぱり不安。
「あ! 普通の椅子もあったんだ」
私が見付けたのは教室で使うものと同じ背もたれのある四角い椅子。いくつか積まれているそれらから一つ持って準備室を出る。
「ん? あ、飾りつけ始めるのね」
あらかたの包丁を研ぎ終えたらしい芙蓉先輩に声をかけられる。
「去年は高須先輩が飾ろうとしたら、椅子に乗っても届かなくて、もう一年経つんだなぁ」
あまほ先輩……可愛い。というか、この部屋の天井が高いんだよね。まぁ、うっかり料理を焦がしても天井が煤で汚れたり、スプリンクラーが反応したりしないようにある程度の高さが必要なのも分かるけど。
「じゃ、飾ろうか」
私が椅子に乗って希名子ちゃんから輪飾を受け取る。確かに、天井が高いから背伸びしないと……よし、届くね。画鋲を使って留めて、一度下りないと。
「あ、あのね、ゆ、ユウちゃん……」
椅子を動かそうとすると希名子ちゃんがおどおどしている。ちょっと顔も赤い。理由を聞くと私まで顔が赤くなってきた。
「ユウちゃん、椅子に乗って背伸びしちゃったら、ぱ、パンツ見えちゃう……」
ここまで恥ずかしくなると今更「女の子同士なんだし」って言えない。
「ジャージとか持ってない?」
「……ないけど、私、タイツ履いてるから、私が椅子に乗るね」
そう言って希名子ちゃんはそそくさと椅子を動かして上に乗る。私が輪飾りを渡すと、希名子ちゃんも背伸びして画鋲で留める。……確かに見えちゃう角度だ。希名子ちゃんも実はスタイルいいんだよなぁ。
「二人とも~」
「こっちも出来たよ」
美夏ちゃんと千恵ちゃんが作っていた花飾も完成したみたい。これをどこに飾ろうかな。
「副部長、ご指示を!」
人懐っこい笑顔を浮かべる美夏ちゃん。ちょっと麻琴にも似た雰囲気がある。
「どうしようかしら。輪飾りの画鋲を隠すように飾れないかしら?」
「それいいですね。両面テープがあるのでためしてみますよ!」
千恵ちゃんも家のお手伝いで接客業をしているからか、丁寧な口調がデフォルトになっている。
「じゃあ、椅子持ってくるね」
美夏ちゃんが準備室へ椅子を取りに行っている間に、完成した花飾を壁側に寄せる。
「美夏ちゃんに付けてもらった方が良さそうだね。私じゃ届かないかも」
あまほ先輩程じゃないけど、明音さんくらい小柄な千恵ちゃんには届かないと思う。
「私たちでも背伸びしないと届かないものね」
「そうそう、私にまっかせなさ~い」
椅子を持ってきた美夏ちゃんがやる気満々な感じをアピール。美夏ちゃんは160センチくらいだから背伸びしなくても届くだろう。……パンツも見えずに済むだろう。多分。
「私も手伝おうか?」
「「「「のわ!!」」」」
「そんなに驚かれると悲しくなっちゃうなあ」
私たち全員が壁側を向いている時に後ろから九重先輩に声をかけられた。そりゃ、流石に全員驚くよ……。
「いつの間に戻ったんですか?」
「さっきだよ。さっき。石川先生にケーキはお願いしてきたよ」
「楽しみですね!」
「ケーキのお願いするだけにしては長くないですか?」
「確かに。寄り道でもしてたんですか?」
希名子ちゃんが一番初めに驚きから復活し、ボクらも次々と口を開く。
「新しい紅茶を試飲させてもらっていたの。美味しかったわよ」
「流歌、また紅茶頂いていたの? もう、忙しいのに」
「ごめんね。じゃあ、ここからは全員で準備しちゃいましょうか」
「そうね。これが終れば今日は解散よ」
今日は2月25日の火曜日。明日の昼休みに料理の仕込みをして、放課後、卒業式の総練習を終えた先輩たちに振舞う。
「よし、頑張らなきゃ!」
そっと意気込んだつもりが声に出ていたみたいで、一番近くにいた希名子ちゃんが、ふんわりと微笑んだ。
「そうね、頑張らなきゃね」
調理部全員が三年生のために一丸となっている。そんな感じがなんだかとっても心地いい。