僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。 作:楠富 つかさ
麻琴をリビングに通してボクは自室へ向かう。寝巻きにしているぶかぶかTシャツを脱いでクローゼットを開ける。取り敢えずキャミソールを着ながらクローゼットを見渡す。まだ着ていない春服がいくつかある。ワンピース系の服もあるが、髪がまだ長くなりきっていないから似合わないかも。ちょっと快活そうな感じに。いっそ麻琴と似た感じで……ペ、ペアルックみたいなのもいいかも。だったら、靴はスニーカーかなぁ……って、何を考えてるんだボクは!
「悠希ぃ、まだぁ? と、わ!!」
「ま、麻琴! 見ないでよぉ!!」
思いのほか時間をかけてしまっているのか、麻琴がドアを開けて顔を覗かせてきた。咄嗟に手近にあるクッションを投げる。こっちはまだ下着姿なのにぃ。
「部屋の外で待ってて!」
お姉ちゃんがまだ寝ていることなんてすっかり忘れて大声を出してしまった。恥ずかしい。着替えを見られたのも十分に恥ずかしいけれど。でも、麻琴だし……。嬉しい訳じゃないけど、嫌ってわけでも……。
「取り敢えず、服を決めなきゃ。うぅん。この組み合わせにしようかなぁ。コスプレっぽいけど、可愛いし」
厳密にはコスプレというよりアイドル衣装なのだが。手に取ったのは胸元と袖にフリルがあしらわれたブラウスと赤のタータンチェックのフレアスカート。同色のネクタイもある。これに薄桃色のセーターを合わせたら制服っぽくなるかも。持つだけ持とうかな。|下着姿(この格好)でもあまり寒さを感じないし。
「麻琴、入ってきていいよ」
「着替え終わって――ないじゃん!」
「服は決まったから、着せて」
「え、え!?」
「これは罰だよ。ボクの着替えを覗いたから、ボクの着替えを手伝いなさいってこと」
罰というよりも、ちょっとした悪戯みたいなものなんだけれど。ふふ、麻琴ってば顔が赤くなってきた。どうしてだろ、相手が焦ってくれるとこっちは落ち着くのだ。
「わ、分かったよ。最初は?」
「ニーハイ」
ベッドに腰を下ろして足を上げる。麻琴はボクの前に跪き、脚に手を伸ばす。くすぐったいけれど、ついこのまま足の甲にキスをされるんじゃないかなんてドキドキしてしまった。
「ん……ぅ」
手つきがいやらしいわけではないのだが、声を抑えきれずにいた。麻琴に脚を凝視されているせいで、ボクも脚の感覚が鋭くなってしまうのだ。
「悠希、次は?」
「す、スカートよ」
これはあくまで罰なんだから、ボクが強くでないと、麻琴もいつもみたいな感じになっちゃう。きつく言ってやらないと。
「それじゃ、最後にブラウスね」
スカートを穿く時に立ち上がり、続いてブラウスの袖に腕を通す。あとはボタンだ。
「ボタン、留めるね」
麻琴のしなやかな指が布越しにボクの身体をくすぐる。でも、ボクの身体をくすぐるのは指だけではない。
「麻琴、鼻息が荒いよ。もぅ……」
「だ、だってぇ。もうちょっとだから我慢して」
「むぅ……」
そう言いながら、一番下のボタンも留められた。
「麻琴、ネクタイは結べる?」
「う、で、出来ない……」
やっぱり。お姉ちゃんがあげたタイ付きの服でタイを省略するくらいだものね。
「じゃあ、ネクタイは自分でやるから、リビングに戻ってて」
クローゼットのドアの内側に付いている姿見で確認しながらネクタイを締める。ネクタイと言ってもショートタイで胸元までしかこない。
「麻琴、レジャーシートの仕度とかしてないんだろうなぁ。納戸から持ってこないと」
部屋を出て階段を下りたらすぐ曲がる。階段下のデッドスペースを使った収納の中に、レジャーシートもあったはず。
「このサイズで十分かな。二人っきりだし」
適当なサイズのレジャーシートを予めスマホと財布を入れたカバンへ入れる。あ、夏希にメールしておかないと。
「少し出かけるので、お昼は自分でなんとかしてください、っと」
まぁ、冷凍のチャーハンだとかカップ麺もあるし大丈夫だろう。チョコレート作りをきっかけに最近は夏希も料理に興味を持っているようだが、この春休みはバスケ部の練習が忙しいようでなかなか時間を作れずにいた。まぁ、高校生になるまでに少しずつ練習できたらいいなと思う。思えばボクも今の夏希くらいの年から練習し始めていたはずだったから。その頃はまだお姉ちゃんが教えてくれたんだけど、ボクが上達するとすっかりずぼらになってしまった。そんなことを考えながら忘れ物がないかチェックして、リビングにいる麻琴に声をかける。
「麻琴、準備出来たよ!」
「う、うん! じゃ、行こうか」
玄関の鍵を閉め、二人並んで歩くけど、さっきの着替えが後を引いているのか話しかけてこない。麻琴が話しかけてこないとなると、ボクまで意識してしまって話しかけられない……。うぅ、どうしよう。
「「あ、あのさ!」」
うわベタ! 実際に起こるなんて思ってもみなかった。
「麻琴が先でいいよ」
「えっと、服、似合ってるなぁって思って。その、アイドルみたい」
「あ、ありがと。麻琴は、春休みは忙しくないの? 部活とか塾とか」
冬休みの講習以来、塾に通い出した麻琴。実力テストでは九十二位だったが、期末ではなんと七十五位まで上がった。きちんと成績は上がりつつあるので効果はあるみたいだけど、忙しくって体調を崩すようなことがなければいいのだが。
「平気だよ。あたし、そんなにやわじゃないから」
「それもそうね」
「もう! ちょっとくらい心配してくれてもいいじゃんかよぉ!!」
麻琴の言葉はどこ吹く風。春風の吹く道を歩くこと二十分強、まずは高校の前を通り過ぎる。ここから十五分も歩けば希名子ちゃんの家『ふたみや』の看板が見えてくるだろう。高校の周辺で中学区が変わるから中学は違ったけれど家は意外と近いのだ。夏休みに宿泊券を貰って以来、足しげく通っているけど、今月は三日に菱餅を買いに来ただけか。
「菱餅、もう売ってないだろうね」
「流石にね。麻琴、桜餅の他に何か買ってく?」
「どうしようか。何かオススメがあったら買ってみる?」
「そうしよっか」
何を買おうか決めているうちに、ふたみやに着いていた。暖簾をくぐると、
「いらっしゃい。あ、ユウちゃんと麻琴さん。お出かけですか?」
桜色の着物に身を包んだ希名子ちゃんが出迎えてくれた。髪を結い上げる簪にも桜の花弁があしらわれている。可愛い。
「一足早くお花見にね。桜餅四つとオススメ二つ、でいいかな、悠希」
「そうねぇ、いいと思うよ。お願いね、希名子ちゃん」
「は~い。かしこまりました。えっと、今の時期のオススメは桜餡を使った最中かな。お花見には丁度いいと思うよ。えーと、何かおまけを。あ、ドラ焼き一つ入れておくから半分こしてね」
「あ、ありがとう。えっと、御代とスタンプカードっと」
「はい、丁度いただきますね。スタンプが二つで、はい、お返ししますね」
一定額買うとスタンプが一つ押されて、十五個溜めると商品券が貰えるのだ。
「ありがとうね」
「また来てね」
笑顔で見送ってくれる希名子ちゃんに手を振ってふたみやを出る。麻琴が先輩から聞いたという場所はもう少し西側にあるらしい。丁度、高校の真北の辺りだ。途中の自動販売機で温かいお茶も買い、さらに歩く。
「そろそろってほら、見えてきたでしょ?」
麻琴が指差した先には広い空き地があって、その奥に小高い丘がある。そこに桜の木はあった。
「公園でも何でもないんだけど、桜がきれいでしょ? まだちょっと早いから人もいないし。独占だよ」
「うん。こんなに早くお花見が出来るなんて」
「それじゃ座ろうかって、シートとか何も用意してない!!」
「やっぱりね。麻琴、財布とケータイしか持ってないでしょ?」
カバンから取り出したシートを広げながら、麻琴に言ってやる。項垂れるばかりの麻琴は見てて可笑しかった。
「じゃあ、お花見始めようか」
そう言ってお茶と和菓子を並べる。小さいお茶のペットボトルで乾杯して、まず桜餅を食べる。
「ん! おいしい!!」
「お茶ともいい相性だね」
桜の葉のしょっぱさが餡子の上品な甘さを際立たせていて、本当に美味しい。
「ねえ悠希、一年間、ありがとうね」
二つ目に手を伸ばそうとしたボクは、麻琴の発言に手を止めた。
「急にどうしたのよ」
「だって、二年生になったら別々のクラスになっちゃうから……」
俯いて悲しそうに言う麻琴を、ぎゅっと抱き寄せる。
「クラスが別々になっても、ずっと一緒だから。二年生になっても、三年生になっても、大学生になっても、それから先も、ずっとずっと一緒にいるって。約束してあげるから、そんな表情しないで。ね?」
「悠希ぃ。ありがとう」
「お礼なんて言わなくていいの。麻琴にはボクがいなきゃダメなんだから」
お互いの瞳を見つめる。暖かな春の昼下がり、ふわりと吹いた春風におされるように、どちらからともなく唇を重ねる。温かくて、甘くて、永遠のような一瞬。
「餡子より、キスの方が甘いね」
春。ボクらを見守る桜より、ボクらの頬は色付いていた。