僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。 作:楠富 つかさ
二年生なったからと言って、特別なにかが変わるというわけではない。一年生の新入生研修を来週に控えた四月の中旬、調理部には四人の一年生が加入した。
あまほ先輩の妹、高須美星ちゃん。名前の読み方はみほしではなくステラらしい。高須家のご両親はとてもユニークなネーミングをされる方のようだ。本人は恥ずかしいからと、みほしって呼ばれる方が嬉しいらしい。あと、あまほ先輩のすあま同様に彼女はカステラのニックネームで呼ばれることもあるらしい。
紺屋澄乃ちゃんと支倉恵留ちゃんも調理部に来てくれた。澄乃ちゃんは去年の夏祭りの日に出会い、恵留ちゃんと一緒に文化祭にも来てくれた。ちょっとあわてんぼうな澄乃ちゃんと、明音さんとは違ってかなりのしっかり者である メグちゃんのコンビは、なんだか見ていて飽きない。
そしてもう一人、不思議な雰囲気の女の子が入部してきた。長身でメリハリのある身体は最近まで中学生とは思えないほど大人っぽいのだが、目元を前髪で隠してしまっている上によくマスクをしている――調理部は調理中マスクをしてもしなくてもいいことになっている。白衣ないしエプロンの着用は必須だけれども――せいで素顔はあまり分からない。曰く、料理が出来ないからここで学びたいとのこと。宗森静真さん。
不思議とさん付けで接してしまう彼女に、今日も包丁捌きを教える。春先とはいえ天気が悪いと少し冷える。そんな日に嬉しい豚汁を今日は作っている。
「人参と大根はいちょう切りにするんだけど、練習だし乱切りでもいいかも。乱切りはこういう風に断面をね――――」
背丈がかなり違うから後ろから手を取り……なんてことは出来ないので、隣で実演する。静真さんは吸収力が高く、めきめきと上達してくれる。だから教えていても楽しい。夏希にもこんな感じで教えればいいだろうかなんてことも考えながら、調理を進める。出汁の取り方、具材の投入する順番、味噌の溶き方。一つ一つ順番に教えていく。
「最初に具材をきっちり炒めるのが大事。ここでごま油を使うよ。普通の油でもいいんだけど、風味が良くなるから。隠し味みたいな? そうそう、砂糖を少し入れても深みが増すね。後で入れよっか」
「先輩は優しいですね……」
ぽつりと静真さんが呟く。
「私も先輩みたいになりたかった……」
なりたかったという過去形の言い方が気になって、なんて声をかけようか考えていたのだが……。
「ユウちゃんちょっとこっちいい?」
美夏ちゃんに呼ばれて、静真さんのもとを離れる。調理は順調に進んでおり、食器の用意をし始めてもいい頃合いだった。大きめのお椀を人数分、準備室に取りに行く。
「なんだか宗森さんだけ異質だよねぇ」
「そんなこと言わないの」
根が陽気な美夏ちゃんはどうにも静真さんが苦手らしい。小柄な千恵ちゃんも、長身の静真さんを怖がっている印象。なんだかんだ誰にでも優しい希名子ちゃんと、ボクが面倒を見ることが多くなった。まぁ彼女は基本的に友好的だからボクも接していて楽なんだけど……ある問題がね。
「姫宮先輩! 勝負です!!」
お椀を持って豚汁をよそうと、家庭科室内に甘いが鋭い声が響いた。声の主は高須美星ちゃん。……彼女は初対面の時からボクへの好感度がゼロどころかマイナスの値を示しているのだ。逆にあまほ先輩は懐きすぎていた気がするが……。
「ちょっとおっぱいが大きいからって私の! 私のお姉ちゃんにベタベタして、たらしこんで、家に帰っても姫宮さんが姫宮さんがってうんざりなのよ!!」
理由が明らかなだけいいことのだけれど、これを毎度聞かされる身にもなって欲しいし、ひどい言い方だけど来なければいいのにとすら思う。でも本人は姉と同じ部活という拘りがあるようで、必ず集まる水曜だけでなくお茶会にもけっこうな頻度で参加しているらしい。そっちはボクあまり行ってないから、どんな態度なのか分からないのだけれど。
「私の作った豚汁の方が美味しいんだから、ぎゃふんと言わせてやる!!」
今時ぎゃふんとは言わないよねぇと思いつつ、彼女の後ろへ視線をやると九重先輩と希名子ちゃんが、私たちも作ったんだけどなぁと肩を落としている。前回もこんな感じで料理勝負を半ば強制的にさせられ、交換して食べたんだけど確かに料理の腕は立つ。はっとさせられるほどだった。でも負けをちゃんと認める潔い性格の持ち主らしく、先週の蒸しパン対決はボクの勝利だった。自分で作ったものを食べられなかったから本当にどっちが美味しかったのかは分からないのだけれど。
まあ今回の豚汁は量もあるから、実際に比べることができる。一人で作った料理ではないから、勝負として成立するのかは分からないのだけれど。取り敢えずボクらが作った豚汁をよそって美星ちゃんに渡す。交換で彼女らが作った豚汁をボクがもらう。
「いただきます」
部長の芙蓉先輩の号令で口をつける。確かに美味しい。丁寧に出汁を取り、灰汁を除去したそれは澄んだ味わいだった。味噌と豚の脂が持つ甘みの奥に何か……もう一手間を感じる。……キリッとしつつ優しさを感じる、これはひょっとして。
「醤油とみりんを足したの?」
「……分かりますか。はい。隠し味なんですが、よく分かりましたね。先輩の豚汁……初心者のいる班の完成度じゃないです……。なんで、こんなに……美味しいのよ! 何よこの深い味わいは!! また……私、負けるの……? ぐす、悔しい、悔しい……ごちそうさま!!」
きちんと完食してから家庭科室を立ち去る美星ちゃんを、残された部員はただ呆然と見送ることしか出来なかった。