キリトインオラリオ   作:ドラゴナイト

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第1章 モンスターフィリア
3.ファミリア


昼、約束の時間が近づいてきたので、キリトはエイナの下へ向かっている。

今から彼が所属するファミリアを紹介してくれるのだそうだ。

 

ギルドの中に入ると昨日とは異なり中は静かだった。まだ昼になったばかりでおそらく冒険者たちはダンジョンに潜っているのだろう。

しかし、ちらほらと少ないながらもカウンター越しに何か話す人はいた。

キリトもエイナに用があるのでカウンターへ向かう。向かいながらエイナを探すとそこにはには先客がいて何か話していた。エイナと話しているのは白い髪の少年と黒髪の少女だった。

先客の用事が終わるのを待っていようかと思った時、エイナがこちらに気がつき手でこっちに来いと手招きしていた。どうやら先客は彼がこれから所属するファミリアの人たちのようだ。

キリトはその指示に従いエイナたちの下へ向かう。そこで白髪の少年と黒髪の少女が振り向いた。少年はまだ幼さが残る容姿に赤い透き通った目をしていた。黒髪の少女も同様に幼い容姿をしていたが一部分だけはしっかり大人になっていた。

 

「こんにちは、キリトくん。」

 

「こんにちは」

 

「紹介するね、こっちの男の子がベル・クラネルくん。ヘスティアファミリアの冒険者だよ。」

 

「はじめまして!ベル・クラネルです。よろしくお願いします。」

エイナの言葉に続きベルは軽く頭を下げ、満面の笑みで彼は手を伸ばしてきた。キリトもそれに応える。

「キリトです。こちらこそよろしくお願いします。」

ふと横にいる少女に顔を向ける。彼女の顔にも笑みが見て取れたがその目はなぜか真剣で何かを見極めようとしているように感じられた。

 

「で、こちらが神ヘスティアです。」

エイナはキリトの視線がヘスティアに向いたのを見て彼女の紹介をした。

「え?」

キリトは自分よりも幼そうな少女が神だと告げられ思わず固まった。

(この女の子が神⁉︎えぇぇぇ⁉︎嘘だろ⁉︎神って言ったらあれだろ?雷を操ったり、地面を割ったりとかできる反則級化け物だろ⁉︎その神がこんな女の子⁉︎)

 

固まったままのキリトをヘスティアは目を細めて見ると、

「君何か失礼なこと考えてるだろ?」

図星である。けど、そんなことを口に出せばこの話がおじゃんになるかもしれない。

「い、いや、そんなこと考えてませんよ…ほ、ほら、あれです。か、神様は美人なんだなぁって思っただけで。はい」

咄嗟にいい出まかせが思いついたものだと自分で思う。自分は嘘がうまいのかもしれない。この時、キリトの内心では自分の事を少しわかった気がして嬉しい気持ちとはじめて知った自分の一面が嘘がうまいというのはというどうなんだろうという気持ちのせめぎ合いが行われていた。

 

キリトの答えに一瞬目をさらに細めたヘスティアだが、すぐに目を大きく開き驚いた顔をしていた。

キリトはそんなヘスティアを見てそこまで驚くことかなと思っていたが口には出さず話を戻した。

「えっと、改めまして神ヘスティア。キリトです。よろしくお願いします。」

 

「あ、ああ。よろしく頼むよ。」

まだ動揺が抜け切れず一瞬ヘスティアは言葉をつまらした。

「じゃあ、自己紹介も終わったことですし奥で話しましょうか。よろしいですかヘスティア様?」

立場的に神をないがしろになどできないエイナは一応神に確認を取る。

「もちろんだよアドバイザーくん。部屋はどこだい?」

 

「あちらの奥から二つ目の部屋になります。」

 

「そうかい。じゃあベルくん、キリトくんと一緒に先に部屋へ行っていてくれるかい?ボクはアドバイザーくんに聞きたいことがあるんだ。」

 

「あ、はい。わかりました神様。行きましょうキリトさん」

ベルとキリトは共に言われた部屋へと入っていく。彼らが部屋に入ったのを確認したエイナはヘスティアへと視線を戻す。

 

「それで、なんでしょう。私に聞きたいこととは?」

ヘスティアがベル達に聞かれたくない話があるから先に行かせたと考えた彼女は緊張を高めた。

ヘスティアはエイナに真剣な表情を向けた。

「彼はいったい何者だい?」

 

「何者?それは彼の過去について聞きたいということでしょうか?」

ヘスティアの言い方が何か彼にとんでもない裏があるように言っているように彼女は感じた。

「そうだよ。さっきのやりとりで僕はおかしな体験をしたんだ。」

 

「おかしな体験?」

 

「うん、神には嘘を見抜ける力があるのは知っているよね?」

 

「はい。知っています。」

神は見た目がヒューマンと変わらない。だけど、大きく違うものがある。人々はそれを威厳と呼んでいる。神の力を封印しているのにもかかわらず神達からはそれがなぜか伝わってくる。

そして、その威厳を前にして嘘をついたところでそれは何の意味もない。彼らが本気になればそんなものすぐに看破されるからだ。だから、神の前では嘘はつけないとこの世界の人なら誰でも知っていた。

「さっき僕が彼を問いただした時、僕には彼が嘘を言っているのかどうかわからなかったんだ。こんなこと下界に降りてきてからはじめてだよ。」

ヘスティアにとって自分の力が通じない人間の存在は恐怖を覚えるのに十分な理由だった。

「ボクの力に問題があるのか、それとも彼が特別なのか。だから、彼のことが知りたいんだ。何か彼にとんでもない裏があるのなら僕のファミリアに入れるわけにはいかないからね。」

 

「そうですね。わかりました。お話しします。と言っても、彼について私が知っていることはほとんどありません。というか、彼自身も知りません。」

エイナの言った最後の言葉の意味が分からずヘスティアは眉を細めた。

「彼がここにきたのは昨日。その時、彼は自分には今までの記憶がないと私に言いました。」

 

「記憶がない?」

 

「はい。気がついたらこの街の近くの草の上で寝ていたそうです。」

エイナは彼から聞いた事をすべてヘスティアに伝えた。

ヘスティアはこの話の間、エイナには言わずに力を使っていた。自分の力に問題があるのかを確かめるために。

結論から言えば何も問題がなかった。ならば、問題があるのは彼の方ということになる。

(神の力をはねのけてしまう存在か…)

そんなものが本当に存在するだろうか?同じ神であるのならば不可能ではない。人々が威厳と呼ぶ力神威を解放すればお互いの神威が打ち消しあい神の力をはねのけることが可能である。しかし、彼からは神威を全く感じなかった。

ヘスティアは腕を組んで考えてから、

「彼は嘘を言っていると思うかい?」

と聞いた。神の力が通用しないのならそれ以外の方法を使うしかない。そう考えた彼女はエイナに意見を求めた。

それにエイナは素直な感想を応える。

「それはないと思います。ここにきた時、彼は本当に何も知りませんでした。まるで、違う世界から来たみたいでした。」

 

「違う世界か……」

 

そして再び腕を組んで考え始めたヘスティアはもう一度彼と話して決めることにした。

それをエイナに伝え二人でベル達の待つ部屋に向かった。

 

扉を開けた瞬間、ベルの泣く声が聞こえた。何事かと思い、急いで中に入った二人の目に、椅子に座りながら泣いているベルとオロオロとしているキリトが映った。

エイナより先にヘスティアがベルに

「いったいどうしたんだいベルくん⁉︎」

 

「がみさまぁ、それがぁ、ぎりどさんがぎおぐそうしつらしぐっで、ぞれをきいてぼぐ、ぼぐぅぅ」

それを聞いたヘスティアは母親が子をあやすように彼を抱きしめ頭を撫でる。

「ベルくんは優しいね。けど、そんなに泣いてたらみんな困っちゃうじゃないか。だから、泣き止んでおくれ。」

 

するとしばらくしてベルは泣き止み、落ち着きを取り戻した。キリトはまるで母親と子供だと2人を見て思った。

 

 

一時騒然としていた部屋はすっかり静けさを取り戻し、騒ぎを起こした本人は顔を真っ赤にしてうつむいていた。今彼は泣き叫んでヘスティアにあやしてもらった自分に対して相当恥ずかしい思いを抱いていることだろう。その証拠にさっきから一言も話さず誰とも目を合わそうとはしなかった。

 

「じゃあそろそろ本題に入ろうかキリトくん。…君が記憶を失っているというのは本当かい?」

ヘスティアはもう一度確かめようとキリトに話を振った。

「はい。気がついたらこの街の近くの草原で寝ていました。」

 

「そうか。それは大変だったね。この街に来て何か思い出したことはあるかい?」

 

「時々ですが、懐かしい感覚に襲われることがあります。けど、何かを思い出したりとかそういうことはまだ…」

キリトの答えを聞いたヘスティアにはやはり彼が嘘を言っているのかどうかわからなかった。

だから、彼女は賭けに出てみることにした。

「キリトくん、正直に言うとボクは君のことがまだ信用できない。」

そこで、ベルがばっと顔を上げ

「か、神さま!」

とヘスティアに非難の声を出す。

「ベルくん。これは大事なことなんだ。ベルくんに危害を加えようと思うような子をボクのファミリアに入れることはできないからね。」

 

「っつ……」

自分の心配をしてくれている神にベルはこれ以上何も言うことはできなかった。

ヘスティアは言葉を詰まらせたベルから再びキリトに視線を戻すと、

「キリトくん、これから言うことに正直に答えてほしい。神の前では嘘をついても意味ないしね。」

この言葉に真剣な表情でキリトは頷く。

「君が記憶を失ったのは状況からしておそらくモンスターに襲われたからだろう。それなのにどうして商業系のファミリアでなくボクの所のような探索系を選んだんだい?」

この答えにおかしな点があれば彼は黒。なければ、彼女にこれ以上彼を疑う道理もそれを見分ける方法もない。

 

「……俺が目覚めた時横に剣が置いてありました。その剣はめちゃくちゃ重くて今の俺じゃあとても振り回せるようなものじゃなかった。なぜそんなものが俺の横に置いてあったのかわからないけど、俺の記憶に関係があるものなんじゃないかと思いました。」

そこでいったん言葉を止めて目の前のお茶を飲む。

「そこからは単純です。剣を持ってたってことは俺はモンスターと戦ってたんじゃないか。それなら商業系より探索系の方が何か思い出すことにつながるかもしれないと。」

 

「怖くはなかったのかい?」

 

「なかったです。モンスターがどのくらい怖いものなのか俺にはわからなかったから。」

ヘスティアには最後の言葉が嘘には思えなかった。その声はどこか切なくとても寂しく思えた。

彼女は心の底から彼に悪い事をしたと思った。

彼は寂しかったのだろう。目が覚めてみれば自分の知らない世界で家族も友達も誰一人として知っているもののない世界。

それはどれほど恐ろしい世界なんだろう。彼にとってはモンスターに襲われるよりもこの世界で生きることの方が恐ろしいのかもしれない。

(この子を放っておくような者は神とは呼べない。仮に、もしも、万が一、この子がベルくんに危害を加えようとする輩ならボクが責任を持って彼を止めればいいだけじゃないか!)

ヘスティアはそう結論を出す。

 

「キリトくん、いろいろすまなかったね。君をボクのファミリアに迎い入れるよ。」

そこで彼は初めて笑顔を見せた。その顔に先ほどまでのようなどこか悲しそうな様子は見られなかった。

「ありがとうございます‼︎」

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

住宅の並び立つ住宅街の中心に立つ寂れた協会。そこには神父はおらず崇められている神もいない。今や誰も訪れることがない協会の地下室、そこには生活感が漂う小さな部屋があった。そこにあるのは大きなベッド、所々黒い墨のようなものがついているボロいソファ、そしてその前には小さな机が一つあった。

その小さな部屋は現在ヘスティアファミリアの拠点として利用されている。なんでもヘスティアがダダを捏ねて神友に手配してもらったそうだ。ヘスティア曰く、

ダダは捏ねるためにあるだぜ?

だそうだ。その話を聞いたベルは思わずダダってなんなんだとツッコミそうになった。

 

そんなこんなで今までここで過ごしてきた2人だったが、今彼らは危機に直面していた。

キリトをファミリアに迎えいざ帰宅夜になるまで3人で親交を深めあって過ごした。そして、そろそろ寝ようということになりベルとヘスティアはいつもの寝るポジションへ移動して横になった。そして、二人は同時にあることに気がついた。

キリトさん(くん)の寝る場所がない‼︎

 

当の本人はというと何も言わず、壁にもたれながら寝ようとしている。

それを見たベルとヘスティアはだんだん自分たちがキリトだけを除け者にしている悪者に思えてきた。罪悪感が半端ない。そう思った2人は目を合わせ会話する。

 

神さま、どうしましょう?

どうしようかベルくん?

今から寝床を作るっていうのはどうですか?

どこにそんなものを作る材料があるんだい?

じゃ、じゃあ、今から買いに行くのは?

……今は夜だよ。どこも開いてないさ。それに…

それに?

…今ヘスティアファミリアの貯金と持ち金合わせて15ヴァリスしかない。

……マジですか?

マジだよ。昨日と今日の馬鹿騒ぎで全部使ってしまったよ。

それ完全に僕たちが悪いですよね?

完全にボクたちのせいだ。

……僕今日床で寝ます!

まぁ待つんだベルくん。ボクにいい考えがある。

いい考え?

ああ。ボクに任せてくれベルくん。

そう目で語るヘスティアの顔はなぜかにやけていた。そんなヘスティアを見たベルは悪い予感を募らせる。

 

「キリトくん。」

 

その声に反応しキリトはゆっくり顔を上げてヘスティアと目を合わせる。その顔は今にももう寝そうな顔をしていた。それを見たヘスティアはこいつよくあの短時間でしかもあの体制でそんな顔ができるなと若干引いた。

「どうしました神様?」

 

「ん、いや、あのね……すまない‼︎ボクたちすっかり君の寝床を用意するのを今の今まで忘れていた!」

とヘスティアは頭を下げる。それにつられベルも謝りながら頭を下げる。

一方キリトは相変わらず眠そうな顔をしていて、そんなことかぁと思っていた。

「大丈夫ですよ。なんかこの体制結構寝やすいんで。気にせず寝てください。」

「うっ」「はうっ」

それを聞いた彼らは更に罪悪感を募らせた。

「ダメですよキリトさん‼︎」

 

「ベルくんの言う通りだ!そんなことキリトくんにさせてしまったら僕らは罪悪感が半端ないんだ‼︎」

 

「そうですキリトさん‼︎ボクが床で寝るんでキリトさんはこのソファで寝てください!」

とベルはソファからおり手を広げてソファを示す。

「俺別にここで…」

キリトは「ここでいいから」とベルに言おうとしたがヘスティアの声に邪魔され最後まで言うことはできなかった。

「ダメだベルくん!君はここで寝るんだ!」

とヘスティアは自分の横を叩く。

これがヘスティアの案だった。キリトにはベルが寝ている場所を譲り、自分は愛しのベルとベッドを共にする。

「そ、そんな‼︎神さまの横で寝るなんて僕にはできません!」

 

「なら、ボクが床で寝る‼︎」

 

「だ、ダメです!神さまが床で寝るなんて絶対ダメです!」

 

「君がボクと一緒に寝ないと言うのならボクは今日なんと言おうと床で寝る!」

今ヘスティアの頭の中ではキリトのことなんて微塵も考えていなかった。ただベルと一緒に寝る、それしかなかった。

「そ、そんな、ぼ、僕にはできません!そ、そうだキリトさんが神さまと一緒に寝れば!」

 

「君はボクに今日初めてあった男と一緒に寝ろって言うのか‼︎」

純粋な欲望を全力で加熱させている彼女を止めらる者はもういない。

 

「なんかニュアンスがおかしいです⁉︎」

 

キリトはこのやり取りの間ひたすら傍観者に徹していた。

 

(面白い人たちだ。これがファミリア…家族か…)

 

そんなことを考えながら彼はひたすら彼らのやり取りを見ていた。

 

結局、ベルはヘスティアの押しに負けてベッドで寝ることになりキリトはソファで一人寝るということに決まった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

神の恩恵(ファルナ)」、それはファミリアに所属して授かることができる力。神にのみ与えることを許された力。

この力は神の使う文字、「神聖文字(ヒエログリフ)」を神血(イコル)を媒体として対象に刻むことにより対象の力を大きく引き上げる力。

対象が経験した事象、つまり過去の記憶を「経験値(エクセリア)」として取り出し、対象の成長へと還元し上書きする。それにより、対象の能力、ステイタスを向上させることが神にはできる。だからこそ、神は人々に崇められ敬われているのだ。

 

今、ヘスティアはベルのステイタスの更新を行っていた。ベルの背中に神の血(イコル)を垂らしす。すると背中に刻まれた「神聖文字(ヒエログリフ)」が浮かび上がり光を放つ。後は自動的に「経験値(エクセリア)」を吸い上げて、「神聖文字(ヒエログリフ)」が書き換わりステイタスが更新される。

「そう言えばベルくん、キリトくんの加入の件ですっかり忘れてたけど、一昨日死にかけたって言ってた気がするんだけど何があったんだい?」

1段落ついたところでヘスティアはベルに話しかける。

「その…5階層でミノタウロスに追いかけられまして…」

ベルもいつものようにステイタスが更新されるまで話に応じる。

「5階層⁉︎君はアホか⁉︎半月足らずで5階層なんかに足を踏み入れてるんじゃないよ‼︎」

 

(エイナさんもだけど、ミノタウロスじゃなくそっちに食いつくんだ)

 

「エイナさんにもめっちゃくちゃ怒られました…」

 

「それでミノタウロスに襲われた君はなんでまだ生きてるんだい?」

酷い言い方だがヘスティアの言う通り、冒険者になって半月の彼が生きて帰って来たのは本当に奇跡的なことだった。

「その…アイズ・ヴァレンシュタインさんという方に助けていただいて…」

と顔を赤らめて言うベルにヘスティアはただならぬ危機感を感じ取った。

「ま、まさかとは思うけど、君はひょっとしそのヴァレン何某ってのことを……」

 

「は、はい…好きになっちゃいました。」

ベルは更に顔を赤らめる。

それを聞いたヘスティアは頭を抱え腰を大きく反り返し絶叫した。

「のおおおおおおおおお!!!」

 

「え?え?神さま⁉︎」

突然叫びをあげたヘスティアにベルは困惑していた。

「この!この!ベルくんの浮気者‼︎ベルくんのくせに!ベルくんのくせに〜‼︎」

ヘスティアは愛しのベルのまさかの裏切りに手に持っていた針で応える。

「いてっ!痛い‼︎神さま、ちょ、痛いです!」

 

「ベルくんのばか〜‼︎」

突然の針攻撃から逃げようにもヘスティアが背中に乗っているのでベルは逃げ出すことができない。彼はしばらくの間、悲鳴を上げながらヘスティアの針攻撃を受け続けた。

 

 

〜〜〜〜〜〜

ベルとヘスティアがステイタス更新を行っている間キリトは地下室の奥にあるキッチンで朝食の食器を片付けていた。皿を洗い終わり部屋に戻ろうとした時、ヘスティアの叫び越えが聞こえてきた。

いったい何事かと思ったのも束の間、今度はベルの悲痛な叫び越えが聞こえてきた。キリトはすぐに部屋を覗き込む。

ベルと目が合う。

ベルがキリトに助けを求める。

キリトはすごい勢いでベルの背中に針を突き刺すヘスティアを見る。

キリトはすっと顔を引っ込める。

ベルの「薄情者ー‼︎」という声が聞こえたがスルーする。

さわらぬ神に祟りなし。

彼はこの言葉の意味を正しく理解できた気がした。

(許せベル。)

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

キリトの裏切りの後も続いた針攻撃はステイタスの更新が終わるまで続いた。

ヘスティアはまだ顔を膨らませて怒っているが、更新されたステイタスを紙へと書き写す。

神聖文字(ヒエログリフ)」を神以外に読めるものはほとんどいない。もちろんベルは読めない。だから、ヘスティアはベルのステイタスを彼にも読めるようにと共通語(コイネー)に訳してあげていた。

(こんなにボクはベルくんのことを思っているのに君はなんでヴァレン何某のことを〜‼︎)

そう思いながらもヘスティア着々と和訳を進める。そこで、一瞬彼女の手が止まる。しかし、すぐに翻訳を再開した。

書き終わるとベルにその紙を渡す。

ベル・クラネル

Lv.1

力:I 77→I 82

耐久:I 13

器用:I 93→I 96

敏捷:H 148→H 172

魔力:I 0

《魔法》 【 】

《スキル》 【 】

 

(敏捷が24も上がってる!ミノタウロスの時必死に逃げたからかな?)

「神さま見てくださいよ。敏捷が24も上がってます!」

とベルは満面の笑みをヘスティアに向ける。

ヘスティアは顔を膨らませたまま何も言わない。

(うっ…まだ怒ってるのかな?)

 

ベルをシカトしたヘスティアはキリトを呼び、恩恵を授ける儀式を行う。ヘスティアにシカトされたベルは居心地が悪くなりコソコソとその場を立ち去る。

上半身が裸になったキリトの背中にヘスティアの血で「神聖文字(ヒエログリフ)」を刻む。そして最後に一滴神の血(イコル)を垂らすと文字が光り出し浮き上がる。それをヘスティアは手でキリトの背に押し付けるようにしてキリトの背中にステイタスを刻んだ。

 

「はい、もう動いていいよ。」

ヘスティアはそう言ってキリトの背中からおりる。すぐに体を起こしキリトは自分の体を見る。

「んー?なんか特に変わった感じはしないですね?」

恩恵を受ければめちゃくちゃ強くなると思っていたキリトは若干残念そうに感想を述べる。

「まぁ恩恵を受けただけじゃそれほど能力は上がらないしね。けど、これから君が強くなれるかどうかは君次第だよ。はいこれ。」

そう言ってキリトにステイタスの書かれた紙を手渡す。

キリト

LV1

力I 36

耐久I 15

器用I 21

敏捷I 32

魔力I 0

《スキル》【 】

《魔法》 【 】

キリトは自分のステイタスを見ながらヘスティアからの説明を受ける。一通り意味を理解したところで自分のステイタスに目を通す。

(俺弱…)

ヘスティアの説明の中にあったベルのステイタスと比べると自分がカスのように思えてきた。今の実力にまだ始まったばかりだと自分で自分を励ます。

「キリト〜、そろそろ終わった?」

キリトが少し自信喪失してるところにベルが声をかける。

「ん?ああ。今終わったところだ。」

 

「ならさっそくダンジョンに行こうよ!早くダンジョンに行かないと今日のご飯がなくなっちゃうよ。」

金がないのはベルとヘスティアのせいだがキリトには言わない。

「わかった。すぐ準備するからちょっと待っててくれ。」

 

「じゃあ、外で待ってるね。」

 

サッサッサと着替えを済ませたキリトはすぐに外に出る。

「行ってきます神様!」

 

「ああ。くれぐれも気をつけるんだよ。」

元気に飛び出したキリトにヘスティアは手を振って送り出す。

2人がダンジョンに言った後、ヘスティアはベルのステイタスが書かれた神に手をかざす。するとスキルの欄に文字が浮かび上がる。

 

《スキル》【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果上昇。

 

初めて見るスキル。おそらくはレアスキルであろうそれを見てヘスティアは頭を抱える。

 

《スキル》それは特定の条件を満たしたものにのみ与えられる力。スキルは無限にあり、その人物が何を思い何をしたのかで発現するものは変わってくる。その中でもレアスキルと呼ばれる類のものは名前の通り発現数が極端に少ない、もしくは一人だけといったスキルを指す。その希少性から発現したものは多くのファミリアから目をつけられ争いになることもある。

だから、多くの場合それを避けるためスキルのことを秘密にする。もちろん例外はある。例えば鍛治に関係するスキルの場合、より多くの客を取るためにそのスキルを公開することもある。要はメリットとデメリットの話である。デメリットの方が大きいと考えれば公開しないし、メリットの方が大きいと思えば公開する。

今回のベルのスキルは明らかに前者だ。早熟するスキルなど聞いたこともない。そんなスキルのことがバレればベルはあちこちの有力ファミリアから狙われることになるだろう。そんなことをヘスティアがよしとするはずかなかった。

ベルにこのことを伝えなかったのはヘスティアが伝えることはベルのためにならないと考えたからだ。

 

(ベルくんがボク以外の誰かに恋をして変わってしまうなんて…。憂鬱だ。今日はバイトは休もう。)

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

ダンジョンに向かう道これから探索に向かう人で溢れていた。みな各々の武器をぶら下げ体には硬い鎧など様々な防具を身につけている。その中にキリトとベルの姿があった。彼らは何気ない話をしながらダンジョンへと向かっていた。

「キリトは片手剣を使うんだね。盾とかは持たないの?」

 

「ん〜なんか違う感じがするんだよな〜」

とキリトは腕を組みながら答える。

「え、なにが?」

 

「いやさあ、こないだギルドでエイナさんに装備を貸してもらった時に盾を持って素振りとかしてみたんだけどなんかしっくりこなかったんだよ。」

彼は素振りの真似をしながら答える。

「へー。じゃあさ、なんで片手剣にしたの?」

 

「あ〜それは、俺が元から持ってた剣が片手剣だったからだよ。ほらこれ」

そう言ってキリトは腰に下げた片手剣を両手でベルに手渡す。

「重いから気をつけろよ。」

ベルは重そうには見えない片手剣を片手で受け取る。キリトが手を離した瞬間ベルは地面に引きづり込まれた。

「うわぁ!いてて、何この剣⁉︎めちゃくちゃ重いんだけど!というかビクともしない。」

ベルは両手でその剣を持ち上げようとするがピクリとも動かない。

「確かに重いけどビクともしないことはないだろ?」

と笑いながらベルに言う。

ベルは相変わらず全身に力を入れて頑張っているが剣が動く様子はなかった。それを見たキリトはさすがに変だと思い、ベルに変わり剣を持ち上げる。重いことは重いが両手でなら持ち上げれないことはない。やっぱり気のせいか。

「すごいねキリト、そんなアホみたいに重たい剣を持ち上げれるなんて。」

ベルは肩で息をしながらキリトを見る。

「でも重すぎてとてもじゃないけど振り回せないよ。」

キリトは剣を再び腰にかけながら話す。

「え?じゃあ、なんで持ってきたの?」

 

「重さに慣れたらいつか使えるようになるかなぁって」

 

「けど動きにくくない?」

 

「そこはあれだ、慣れだ」

 

「結局、慣れるまで動きにくいってことだよね?」

胸を張りながら言うキリトに呆れた声でベルは言った。

「まぁそうなるな。けどそこはベル先輩がカバーしてくれるだろ?」

 

「ええ⁉︎僕⁉︎」

いきなりの他力本願の発言に戸惑う。

「いやだよそんなのー」と言うベルにキリトは「まぁいいじゃないか」と言って再び歩き出す。

そのキリトに「僕絶対嫌だからね!」と言いながらベルは後を追う。

 

5分ほど歩くと二人はダンジョンの前に着いた。二人は相変わらず楽しそうに会話をしながら入り口を目指す。

「じゃあ取り敢えず今日はキリトにダンジョンがどんなとこか知ってもらうために一階層のゴブリン中心に狩ってこうか。」

 

「ああわかった。」

 

「ゴブリンは胸の真ん中に魔石があるからそこはあんまり狙わないでね。魔石が粉々になっちゃうから。」

 

「了解。そういえば、俺とお前どっちが前で戦うんだ?」

 

「今日はキリトにダンジョンに慣れてもらいたいからキリトが前で戦って。僕は後ろで危なくなったら助けに入るから。」

 

「よし任せろ!ガンガン狩ってガッポリ設けてやるぜ!」

前衛を任されたキリトは気合を入れダンジョンの中に入った。しばらくベルの言う通りに足を進めるとゴブリンを見つけた。

(あいつか。ちょうどいい。恩恵がどれほどのものかよくわかる。)

 

「キリト、来るよ気をつけて」

 

「ああ。」

キリトは背中の剣を抜く。次の瞬間、キリトはゴブリンに斬りかかった。ゴブリンはまだキリトに気がついていない。

そのまま背中に一撃を入れる。

(剣を振る速度が早くなってる。)

キリトに気付いたゴブリンはすぐさま爪をたてて襲い掛かってきた。

キリトはそれを難なくかわしゴブリンの腹を蹴り飛ばす。

ゴブリンはそのまま背中から壁に激突した。

(力も上がってる。なるほどこれが恩恵か。)

キリトはゴブリンが体制を立て直す前にトドメを指す。首を胴体から切り離されたゴブリンは黒い霧となって姿を消した。

キリトの全く危なげない戦いを見ていたベルは思わず興奮してしまった。

「すごいキリト!これならもっと下の階層に行っても大丈夫だよ!」

 

「そうかぁなぁ。」

手で頭をかきながらキリトは少し照れた。

「うん!僕が保証するよ!」

 

「じゃあ、行ってみるか?」

こうしてキリトとベルは下へ下へと階段を降りていく。

気が付けば6階層に来ていた。

「仲間がいるだけでこんなに戦闘が安定するんだなぁ」

と今まで一人でダンジョンに一人で潜り続けてきたベルは素直にそういった。

「まぁ普通に考えて一人で戦うより二人の方が強いのは当たり前だしな。」

とキリトは正論を言う。

「キリトが僕たちのファミリアに入ってくれてほんとよかったよ。」

とベルは笑いかける。

「やめろよ。なんか照れるだろ。」

キリトはまた頭をかいて照れる。

「それにキリトって冒険者になったばっかりなのにめちゃくちゃ強いね?ひょっとしたら昔はどっかの街の騎士団長様とかだったんだじゃない?」

 

「俺がぁ?それはないだろ。だいたいそんなお偉いさんがなんで草むらの中で寝てるはずないだろ?」

と笑いながら言った。

「昼寝でもしてたんじゃない?」

 

「そんな騎士団長いるわけ……」

頭の中に声が響く。

 

……なんであなたはこんな朝からから昼寝してるの⁉︎みんな必死になって攻略してるのにあなたは…………

 

 

(….なんだ今の声?)

 

突然口を止めたキリトにベルは

「どうしたのキリト?」

 

「あ、いや、なんでもない。気にしないでくれ。」

 

「そう?」

とベルはまだ不思議そうな顔でキリトを見ていた。

 

(今の声は…俺の記憶…なのか?)

キリトはベルの視線にも気づかずに頭の中で聞こえてきた声について考えていた。

 

 

 


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