キリトインオラリオ   作:ドラゴナイト

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4.弱者

「ろぉくかぁいそぉぉぉ⁉︎」

「はひぃ⁉︎」

ダンジョンから戻ってきたら報告に来るようエイナに言われていたベルは換金の前にエイナにその日1日ダンジョンであったことを話すのが習慣になっていた。今日もいつものように報告をとエイナの所へ足を運んだところ……

「どうして一昨日5階層で死にかけた君が到達階層増やしちゃてるのよ⁉︎」

とエイナは大変ご立派なご様子。今にも頭からツノが生えてくるのではないかと思わせるような顔で身を乗り出しベルの顔面に近づく。

 

「ご、ごめんなさい‼︎あ、だけどキリトと一緒にパーティ組んでたんで全然問題なかっですよ?エイナさん」

「はあぁぁあぁあぁ⁉︎一体それのどこが問題ないのよ‼︎今日冒険者になったばかりのキリトくんといったああぁ⁉︎問題しかないじゃない‼︎」

「す、すいません‼︎あ、でも見てくださいよこれ。こんなにたくさん魔石を取ってこれたんですよ!」

ベルは魔石を入れたポーチをエイナに見せる。

瞬間、エイナの中にある何かの線が切れる音がした。

満面の笑みをベルとキリトに向けた彼女はニコニコと笑いながら言った。

「二人とも、ちょーとあっちの部屋に来てくれるかな?」

その優しいようでとてつもなく怖いエイナの声に周りの同僚みな一歩後ずさる。

(こ、怖い…)

 

一方、彼女をそんな風に変えた張本人たちはそんなことに気づかず、いいですよと彼女の後に続く。

 

この後ギルドに悲鳴が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

「うぅ…」

「おいおい、そろそろ元気出せよベル」

エイナにみっちりしごかれた二人は共に帰路に入っていた。ベルは未だエイナに怒られたことを気に病んでなかなか顔を上げない。キリトがさっきから慰めているが一向に元気が出る様子がない。

「はぁー…」

キリトは左手で頭を支える。どうしたものかと思っていると不意に声をかけられた。

「冒険者さん!」

キリトは声のした方に顔を向ける。

そこにはウェイトレス姿の女性が立っていた。

「はい?」

 

「冒険者さんお食事はおすみですか?よろしければ当店でなどいかがでしょう?」

ウェイトレス姿の彼女は笑顔で後ろに建っている建物を指す。建物には『豊穣の女主人』と書かれた看板がかけられていた。

ベルもやっと顔を上げて女性の方を見る。

こいつ女だったら顔をあげんのかよとキリトは内心呆れた。

ウェイトレス姿の女性はこちらを上目づかいで見ながら「ダメですか?」と聞いてくる。

その姿を見たベルはすぐさま顔を赤くする。

(ダメだ。ベルがやられた。)

男の理性を崩すような目で見てくる女性にベルが赤くなったのを見て今日の晩飯はここだなとキリトは確信した。

「ダ、ダメじゃないです、全然。」

ベルは慌てながら応えた。

「本当ですか⁉︎」

「あ、でも神様も呼んで来なくちゃ。」

「なら、一回戻ってもっかい来るか。ということなんでウェイトレスさんまた後で来てもいいですか?」

キリトは彼女に確認を取る。

「はい、もちろん大丈夫ですよ。席は私が取っておくので安心してください!」

「ありがとうございます。」

笑顔でお礼を言った二人は走ってヘスティアの待つ協会の地下室を目指す。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

「神様!今帰りました!」

「おお、やっと帰ってきたか。遅かったじゃないか。」

いつもより少し遅く帰ってきたベルにヘスティアは少し心配そうな顔を向ける。

「今日はちょっと色々あって遅くなりました。」

そこでキリトも帰ってきた。

「おかえりキリトくん。初めてのダンジョンはどうだった?」

「いや、初めてではなかったんですけど、まぁ思ったよりモンスターが出てきたんで疲れました。」

「「えぇぇ⁉︎」」

二人は驚きの声を上げた。

「ひょっとして何か思い出したのかい⁉︎」

「いや、特には何も思い出してませんよ。」

「え?じゃあなんで初めてじゃあないって?」

今度はベルがキリトに問いかける。

「一昨日の夜一回潜ったから」

キリトはさらっと答えを告げる。

その答えにベルは「なるほど」と言い、一方ヘスティアはまたしても驚きの声をあげた。

「ちょっと待てキリトくん!君は恩恵も受けずに、いや、その前にベルくん!なんで君はそんな納得しちゃいましたって顔してるんだ⁉︎」

急に自分に話が飛んできたベルは少し驚いた表情をして、

「え?だってキリト今日普通に6階層の敵と戦ってまし……」

ヘスティアは何も言わなかった。というか、言いたいことがありすぎて何から言ったらいいのかわからなくなった。

(この子たちはあれか、アホなのか?イかれてるのか?)

 

ヘスティアが口を開けたまま何も言わないので、二人は少し心配になってきた。

「あのー神様?大丈夫ですか?」

心配したベルが尋ねる。

「ちょっと大丈夫じゃあないから一人にしておくれ。」

そう言うとヘスティアは地下室から出て行った。

「え?ちょ神様⁉︎」

返答はなかった。

二人は顔を不思議そうな顔をして顔を見合わせた。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「というわけなんだミアハ。ボクがおかしいのかい?」

ヘスティアは今親友のミアハに話を聞いてもらっていた。話とはもちろんあの二人のことである。

「ヘスティアは間違ってないと思うが……。いささかその二人はちょっと問題だな。」

ミアハは薬屋を営んでいるが繁盛しておらず、弱小ギルド繋がりでヘスティアのファミリアとは仲がいい。そのため、ヘスティアはこうしてたまにミアハに相談をしていた。

「そうだろそうだろ⁉︎やっぱりあの二人かおかしいんだ!」

ミアハにも同意を得られヘスティアは自分の眷属が変人であると確信した。

「まぁ今日無事に戻ってきたことを考えると彼らはなかなか筋がいいのかもしれないが、とても正気の沙汰ではないな。」

ミアハは少し呆れながら言った。

「だよなー。いったいどうしたらいいんだろう?きつく言ったところであの二人が聞くわけないし…」

「私が思うにその二人は他より実力があるんじゃないか?」

「どうだろう?ボクは直接見たことがないからよくわからなぁ。けど、今日6階層まで行ってたのは事実だし…」

ヘスティアはベルとキリトのステイタスをもちろん知っている。だが、ステイタスだけでは彼らがどれくらい強いのかはわからない。ヘスティアにわかるのは他の冒険者と比べてみることだけだ。

「とりあえず放っておいていいのではないか?さすがに彼らも死にそうになるまでそんな無茶はしないだろう?」

とミアハ結論付ける。

「だといいんだけどね〜」

ミアハの結論に不安を覚えつつもヘスティアは言った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「はいよ!ミートスパゲッティ大盛りだよ!」

「「……」」

この店、『豊穣の女主人」の店主ミアが出してきた人間の上半身分ぐらい盛られたスパゲッティにベルとキリトは共に唖然とする。

ヘスティアの一人にさせてくれ発言の後、二人は当初の予定通りこの店で晩飯を食べに来ていた。先程声をかけてきた女性シルに案内されカウンターに腰掛けてすぐこの何十束茹でたかわからないスパゲッティが登場した。

「あんたらがシルのお客さんかい?なんだい、いかにも駆け出しって感じじゃあないか。これ食って力つけな!そんなんじゃすぐお陀仏だよ!」

「あ、あの〜僕たちまだ何も頼んでないんですけど?」

威圧感のある店主に少しヒビリながらベルは何故か出てきたスパゲッティを見ながら疑問を口にする。

「あん?シルからなんでも食べるって聞いてるよ」

ミアの言葉を聞いた二人はすぐさまシルに視線を向ける。

「えへへ〜」

「「えへへ〜じゃあねぇぇ⁉︎」」

たいして悪びれずに笑う彼女に思わずツッコミを入れる。

(この人とんだ魔女だ。)

二人が批判の目を彼女に向けているとドンと音がした。二人が同時に音のした方を見るとカウンターの上に皿が増えていた。

「鮟鱇の丸焼きお待ち!」

「えぇぇぇぇぇ⁉︎デカ⁉︎」

「こ、こんなに食べれないですよ⁉︎」

「残したら承知しないよ?」

またしても巨大な料理に食べれないとベルが言うとミアは二人を睨み

残すなと告げる。思わず二人はピンと背を伸ばす。

「は、はい……」

「お、おいしくいただきます…」

「ははは…頑張ってくださいね。」

二人にシルはそう告げるとどこかに行ってしまった。

キリトはこれ以上料理が出てこないようにオーダーストップをミアに伝える。ミアは「情けないねぇ〜」と言い残し厨房の中に戻っていった。

残された二人は目の前の料理を食べ始める。味はとても美味しいのだが量が量だ。とりあえず山になっているスパゲッティを二人で協力してかたずける。なんとか食べ終え、次に取り掛かる。

「ベル俺ちょっとトイレに…」

「……吐く気でしょ?」

「…仕方ないだろ?…このままだと胃が破裂する。」

キリトはパンパンに膨らんだ腹を手で押さえる。

「ミアさんにばれたら殺されるよ…?」

「ここで吐かなくても殺されるよ。ベル後は俺に任せろ、戻ってきたら俺が残り全部かたずけてやる。」

「本当に?じゃあ後は頼んだよキリト。」

「おう任せろ。…っうぷ」

今にも吐きそうになるのを抑えトイレへと向かう。

キリトが席を立つとすぐにシルがやってきた。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫じゃあないです…」

「ごめんなさい、私のせいですよね?」

ベルの苦しそうな顔を見てシルは悪ふざけが過ぎたと反省し、上目遣いで謝る。

「いや、その、もう気にしないでください。」

自分はつくづく女性に甘いと思う。たぶん何をされても謝れば許してしまいそうな気がする。

(これでいいのか僕……)

多分ダメなのだろうが、祖父にこう育てられた時点でもう今更だ。

「そうですか?よかった〜。私ベルさんに嫌われたかと。」

許しをもらい先ほどまでとは一変し明るく振る舞う彼女。

「嫌うなんてそんな…。そういえばシルさん、お店大丈夫なんですか?」

先程から全然働いていない彼女に尋ねる。

「はい。後はご予約のお客様だけとベルさんたちだけなので。それに…サボれる時にサボっておかないと。」

最後の言葉をミアに聞かれないようにとベルの耳元で呟く。

(ほんといい性格してるよこの人…)

サボり発言に呆れて苦笑いしてるとキリトが戻ってきた。その顔色は悪い。まだ吐き足りなそうだ。

「あ、キリトもういいの?」

「ああ。」

「いけそう?」

「大丈夫だ。勢いでいけるだけいってやる。」

キリトは一度全てをリセットした胃袋の中へ次々に食材を放り込む。勢いのあるうちに一気にいってしまおうという作戦だ。そんなキリトを見ていた二人は感嘆の表情を浮かべる。

「す、すごい。」

「いける、いけるよキリト!」

キリトの口は絶えず動き続けその動きに比例して巨大な鮟鱇の丸焼きはその形を崩していく。

しかし、残り1割に差し掛かった時異変は起きた。それまで休むことなく動いていた手が動き止めたのだ。次の瞬間、限界を迎えたキリトはカウンターに倒れ込んだ。

「も、もう、はいら、…ない…」

そう言い残し彼は意識を手放した。

「キリト!」

「しっかりしてくださいキリトさん!」

倒れ込んだキリトの身体を揺すぶるも反応がない。この時ばかりはシルも自分のしでかしたことにうろたえた。

「キリト…後は僕に任せろ!」

ベルは今日一番の真剣な表情で目の前の料理(かいぶつ)に挑む。キリトの頑張りで残り一割ほどになっていたとはいえ元が元だ。普通に一人前ほどの量がそこにはあった。ベルははち切れんばかりに膨れた腹に鮟鱇を流し込む。

(あと少し、あとちょっとだ。)

今にもリリースしてしまいそうな衝動を抑え必死に口へと運ぶ。

(あと一口……)

最後の一欠片を口の中に放り込む。

「や、やりましたねベルさん!すごいです、お二人であれだけの量を食べてしまわれるなんて!私てっきりミアお母さんに殺されるものだとばかり」

食べきった二人に興奮した様子で賞賛を送るシル。しかし、その賞賛受ける二人はそれどころではなかった。片や気絶し、片や吐きそうになるのを手で強引に押さえていた。

(は、吐く…ト、トイレに…)

ベルは口を手で押さえたまま立ち上がり、シルに一瞥もくれずにトイレへ直行した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「キリトもう大丈夫?」

「ああ、なんとか。」

「キリトさんお水です。」

あれから30分ほどしてキリトが意識を取り戻しすぐさまトイレへ。戻ってくると開口一番水を要求。すぐに水を取ってきたシルがキリトに手渡していた。

「ありがと。」

キリトは水を受け取ると口に流し込む。

「…死ぬかと思った……」

「ハハハ、確かにキリトが気を失った時はびっくりしたよ。」

「確かにあれは驚きましたね〜。まさか食べ過ぎで気を失うなんて。」

それぞれキリトの気絶について感想を述べていると、ミアがやってきた。

「ほぉ、残さず食べるたぁ感心だ。サービスにもう一丁追加して……」

「い、いえもう結構です…!」

まだ料理を出そうとするミアをベルは慌てて止めに入る。

「そうかい?じゃあ、まぁ後は適当に楽しみな。シルはしばらく貸しといてやるから。」

そう言うとミア再び奥へ戻っていた。

「ふふ、ベルさんたちのおかげで堂々サボれます。」

悪びれもなく言うシルに二人は苦笑いで答える。

「ベルさんたちはいつから冒険者になられたんですか?」

「あ、僕は半月ほど前からです。」

「俺は今日からです。」

「え?今日から?それはおめでとうございます。じゃあ今日の食事はお祝いですね。」

「ははは。途中で気絶しましたけど…」

主役が気絶するお祝いの席があっていいのだろうか。そんな席は全力でお断りさせてもらいたい。

「あ、でもお二人とも駆け出しの冒険者ならお金とか大丈夫ですか?」

駆け出しの冒険者は当たり前だが稼ぎが少ない。普通初めの一ヶ月はどこかで食事を取るような余裕はない。それを心配したシルは二人に尋ねる。

「あ、大丈夫です。今日はキリトとたくさん稼いできたんで。」

そこで換金してもらったお金を取り出す。

シルはベルが見せたお金をを数える。

「7、8、9、1万ヴァリス⁉︎」

シルは思わず驚きの声を上げる。それだけ稼げれば普通の生活を送ることができる。

「おい、ベルあんまり金を見せびらかしたりするなよ。」

「あ、そうだね。ごめんキリト。」

シルの驚きを他所に二人は会話を始める。

(確か駆け出しの冒険者って1日に1000ヴァリスも稼げればいい方じゃなかったかな?)

自分の常識に疑問を覚えているとバンと音とともに、自分と同じウェイトレスを纏った同僚の獣人の少女が勢いよく扉を開けた。

「ご予約のお客様がご来店ニャ!」

少女の後ろからぞろぞろと大勢の冒険者が店の中に入ってきた。その中な一際目を集める少女がいた。肩と背中が大きく開いた服から覗かせる白い肌。店の中にいた男どもはその少女に視線を奪われる。

「おい、あの子すげーかわいい。」

「本当だ、すげー上玉だ。」

「俺声かけてみようかな?」

「やめとけ。エンブレム見てみろよ。」

「ロ、ロキファミリア⁉︎」

「てことは、あれが剣姫?」

「まじかよ、こえー」

ロキファミリアの登場にその場は一時騒がしさが増す。

「ご予約のお客様が来たので私失礼しますね。」

シルもサボりタイムの時間が終わったてしまったので二人に手を振って急いで接客へと向かう。キリトも手を振り返しそれから剣姫と呼ばれた少女に視線を向ける。

(あれがベルを助けてくれたっていう剣姫…)

そこでベルへと視線を移す。顔を真っ赤にしてベルは剣姫に目を奪われていた。

「ベル?」

反応がない。

「おーいベルくん?」

ピクリともしない。キリトはベルの顔の前で手を振るが反応はなかった。

(ダメだこりゃ…。)

どうしたものかと考えを巡らす。

「…剣姫」

そこまで反応を示さなかったベルが肩をピクリと動かす。狙い通りのベルの反応。思わず悪戯心を刺激される。

「ベル…剣姫に惚れたか?」

「え⁉︎いや、僕は、そんな」

ベルは顔を真っ赤にしてうろたえる。キリトは人の悪い顔をしてさらにベルを追い詰める。

「そうかそうか。惚れちまったのか。なら、告るしかないな、今、ここで。」

「えぇ⁉︎」

「おいおい。そんな大きな声だしたら剣姫に気づかれるぞ?惚れてること。」

今にも笑い出してしまいたい気持ちを抑えベルをおちょくる。

ベルは口を手で抑えキリトの影に隠れる。

ベルのその動きがあまりにおかしかったのでキリトは我慢できずに笑いだした。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「悪かったってベル。」

「キリトのせいで絶対ばれたよアイズさんに…」

今にも泣き出しそうなベルにキリトは謝る。

「ばれてないって、たぶん。」

「絶対ばれた。」

「大丈夫大丈夫。向こうはこっちのこと見向きもしてないし。」

「それはそれで辛い…」

ネガティヴ絶賛爆発中のベルはキリトの励ましをことごとく撃ち落とす。

(神様来てくれなかな〜。こいつを励ますのも疲れてきた。)

ベルの扱いに長けたヘスティアを思い浮かべる。

 

「おい、アイズそろそろあの話してやれよ!」

顔に入れ墨の入った獣人の男ベートの声が店内に響きわたる。その声に二人も反応する。

「あの話?」

「あれだよあれ!遠征の帰りに何匹か逃げたミノタウロスが奇跡みたいに階層を上がってたときの話だよ。5階層だったっけか?いたんだよ。ミノタウロスに追いかけられて必死に逃げてるいかにも駆け出しって感じの白髪のガキが!傑作だったぜ!アイズがそのミノタウロスを切った返り血を頭から被ってトマトみたいになった姿はよぉ。くくくっ、腹いてぇ…!」

「うわぁ…かわいそ」

ベートが腹を抑えながら悪い転げ、アマゾネスの少女ティオネが同情する。

 

キリトはベートの言っている人物がベルのことであるに気がついた。

「ベル、聞くな。耳塞いでろ。」

しかし、キリトの声はベルの頭を素通りしただけだった。

 

「アイズ、あれ狙ってやったんだろ?なあ、頼むからそう言ってくれ…!」

「…そんなことないです」.

ベートが大笑いする中、他の客たちもそれにつられて笑みをもらす。

「でな、その後この姫様助けた相手に逃げられてやんの!」

それまで笑わずに聞いていた仲間もこの言葉に流石に我慢できずに笑いだす。アイズだけは笑わなかった。

「にしても久々にあんな情けねぇやつ見たな。男のくせに泣くわ喚くわ震えるわ。」

「あらら…」

「あんなのがいるから俺たちの株がさがんだよな。」

「あの状況じゃ仕方なかったと思います。」

「あん?かまととぶんなよアイズ?お前だってあのガキの姿見て笑いだしそうになっただろ?」

アイズに食ってかかるベートをアイズは両目で睨め付ける。

「その辺にしておけ、二人とも。」

睨みあう二人を止めに入ったのは緑髪のエルフ、リヴェリア。

「ベート、ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。我々のせいで迷惑をかけたその少年に謝罪さえすれど酒の肴にする道理はない。」

言い切るリヴェリアにベートが鋭い視線を向ける。

「リヴェリアは黙ってろ。俺はアイズに聞いてんだ。おい、アイズ答えにくいんなら質問を変えてやる。メスとしてのお前はあのガキと俺どっちを選ぶ?」

この言葉にもう我慢できないとリヴェリアが声を荒げる。

「おい、いいかけがんにしろベート!」

「リヴェリアは黙ってろって!」

再び睨みあう二人。今度それを止めに入ったのは細い目の神、ロキだった。

「やめんかいな二人とも。酒が不味ぅなるやろ。」

「アイズ、答えろよ。メスのお前はどっちに喜んで尻尾振るんだよ?」

「私はそんなことを言うベートさんだけは嫌です」

「振られたなベート」

「黙れババア!…じゃあ、アイズお前はあの情けねぇガキになら尻尾ふんのかよ…?はっ、そんなわけねぇよな…!誰もそんなの認めねぇ!いや、他ならないお前がそれを認めねぇ…!」

キリトはベルの耳を塞ごうとした。しかし、それより先にベートの言葉がベルの耳へ届く。

「雑魚じゃアイズ・ヴァレシュタインには釣りあわねぇんだ‼︎」

ベルはキリトの手を払いのけ駆け出した。これ以上この場所にいることが耐えられなくて。

「おい、ベル‼︎」

キリトの声はただ店に響いただけだった。

 

アイズは店の外に駆け出した白髪を捉えた瞬間立ち上がり外に出た。しかし、白髪の少女を見つけることはできず店の前で立ち尽くす。

 

「ミア母ちゃんのとこで食い逃げするなんて…怖いもん知らずやな。」

「あの白い髪のガキ聞いてたのか?はっはっは、傑作だぜ!知ってたらどんな顔して聞いていたのか見てやったのによぉ!」

「ベート貴様…」

リヴェリアがベートの振る舞いにもう我慢ならないと取り押さえようとしたその時、ベートをキリトが殴り飛ばした。

「ってぇな…。いきなり何しやがるテメェ‼︎」

さっきまで騒がしかったその店は静まり帰っていた。第一級冒険者を多く抱えるロキファミリアの冒険者を誰とも知らない男が殴り飛ばしたのだ。誰もが固唾を飲んで見守る中キリトが口を開く。

「耳障りな鳴き声をあげる犬っころを黙らせただけだ。」

「なんだと⁉︎ケンカ売ってんのか⁉︎」

ベートを見下ろしながら言ったキリトの胸ぐらを掴む。

「なんだ?犬野郎には難しい言葉だったか?仕方ないな、犬語で話してやるよ。ワンワン」

挑発するキリトにぶちギレたベートは右手を振り上げる。

「調子に乗ってんじゃねぇぞこの野郎‼︎」

「まずい、ティオネ、ティオナ‼︎」

「うん。」「はい。」

拳を振り上げたベートを見てロキファミリア団長フィンがアマゾネス姉妹に指示をだす。

キリトに拳が届く前にベートは二人に取り押さえられた。

「離せぇ‼︎あの野郎ぶっ殺してやる‼︎」

二人の拘束を振りほどこうとベートは暴れる。しかし、双子である彼女らの息のあったコンビネェーションによってベートは紐でグルグル巻きにされてしまった。

ベートが拘束されるのを確認したフィンはキリトの方を向く。

「僕はロキファミリア団長フィン・ディムナ。君、名前は?」

「キリト」

団長と名乗る自分より背の低い小人族(パルゥム)から名前を訪ねられ名乗る。

「キリトくんか。君はどうしてこんなことをしたんだ?」

「言わなくてもわかってるんじゃないのか?」

「はは、君は物怖じしないねぇ。君の言う通り僕はわかってるけど君の口から言ってもらうことに意味があるんだよ。こっちにも色々と面子とかがあるからね。」

確かに理由も聞かず許したりしたら他のファミリアからなめられることになるだろう。

「なるほど。…俺がこいつを殴ったのは家族を馬鹿にされたからさ。」

「そうか。それは済まなかったね。ベートのことはこちらできつく言い聞かせておくからこの場これで収めてもらえないかな?」

「ああ。こちらこそあんたたちの仲間をぶって悪かった。」

二人はわかりきった茶番を繰り広げる。茶番も済んだところでキリトはその場を去ろうとする。

「ちょっと待ってくれないかキリトくん。」

「なんだ?まだ用があるのか?」

「さっきの少年にも謝りたいのだが、彼を連れてきてもらえないだろうか?」

「いやだね。そんなことは必要ない。」

律儀にもベルに謝罪したいと言うフィンの言葉をキリトは切り捨てる。

「…なぜかな?」

「今回のことは助けてもらったのにお礼を言わずに逃げたベルも悪い。ただ俺が我慢できずにそいつを殴っただけの話だ。だから謝罪なんていらない。それに…」

「それに?」

「それにベルは必ず強くなって自分でその縛られてる奴を見返すさ。」

そう言ってキリトは店を後にする。

 

「ロキそういうことだから。」

「おう、わかっとるでフィン。」

ロキはこの一件をずっと眺めていた。本来ならファミリアの頂点に立つ彼女が出るべきなのだろうが、彼女は傍観者に徹していた。

彼女は普段から余程のことがない限り団員のすることに口を出したりしない。口をだすべきではないと思っている。人間の一生には限りがある。永遠を生きれる彼女たち神と違って。だからこそ、できるだけ自分達だけで考え行動して生きて欲しいと思い、口は出さない。彼女は神として子供たちを見守るだけだ。

 

「それにしてもフィン。なんや、やけに楽しそうやな?…なぁ、やっぱりさっきの子か?」

「ああ。ちょっと彼に興味がわいてね。」

笑みを浮かべながら言う。

「ほぉ〜。なら、あの子うちに勧誘してみたろか?」

「ううん。そんなことしても彼は乗ってこないよ。」

「そうかぁ?見た感じ彼新米やったからうちから誘われたら結構乗ってくるかもしれんで。」

ロキファミリアは第一線で活躍するファミリアだ。そんなファミリアから声がかかれば普通駆け出しの冒険者ならその話につられるだろうと彼女は言う。

「もし、そうなったとしてもその瞬間僕の興味は失せるだろうね。」

「けったいなやっちゃのぉ。」

フィンとロキが話していると店の扉が開き白と赤の服を着た少女が入ってきた。

「遅れてごめんねみんな。」

「おそーい。何してたの?」

ティオネが遅れてきた少女に尋ねる。

「ちょっと剣を修理に出してきてたの。」

「そんなの明日にすればよかったのに。」

「剣がかなり痛んでたからなるべく早めに出したかったんだ。ところでベートは何してるの?」

少女に尋ねられてティオネはここであったことを話した。

「うわぁ…ベートサイテー…」

「うるせぇ!」

「どうやらまだ仕置が足りないようだ。」

 

その後リヴェリア主催の公開お仕置きショーにより酒場は多いに盛り上がった。

 

 

 


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