朝9時の10分前。
ギシギシと鳴く木の床を歩き、大通りが見える窓辺へ。年期の入った木造の家とは言え、2階の大きな窓から見る景色は良い。漆黒のスーツズボンにネクタイ、真白のシャツでいつも飲む苦いだけしか取り柄のないコーヒー。妙に静かな朝の街並みを眺めていると、つけたままのブラウン管テレビから『おはようございます。』と、額から立派なヤギの角を生やした紅い肌の美人キャスターのニュース番組が始まった。
『本日は街暦47年春季の53日。…邪神の日です。』
(…ああ、もうそんな日か。)
ニュースが告げた本日の記念日に思わずネクタイを結ぶ手が止まった。どうりで今日の朝の街は静かなわけだ。今日はいわゆる大凶、借金、親族・最愛の人の葬式が一気にまとまって来た様な日で、気分が滅入る。
『今から50年前、世界中に突然響き渡った邪神の叫びにより人類が突然変異し、新たな種族が誕生しました。そして同時に、神話や伝承でしか見られない架空の存在、悪魔や天使と呼ばれていた存在も現れ、未曽有の混乱につつまれたのは皆さんもご存じのはずです。』
テレビには頭を抱えこみながらうずくまり、突如背中からコウモリの翼が生えた男の映像、プールに飛び込んだ少年が泳ぎ終わると半魚人になっていた映像、銀行の前で警察隊と争うミノタウロスの映像、天使が犯罪者を引き裂く映像が映し出された。その映像の右上のワイプ内で、キャスターは言葉を続けた。
『悪魔や天使、そして変貌してしまった人類を魔族と称し、種族の対立による人類と魔族の争いによる混沌は星を包み、今尚も続いていると言えます。争いから逃れた人類と魔族の協力によって造られたこの街ルーィエでも、完全に理解しあっているとは言えません。しかし今日は邪神の叫びによる悲劇を、争いで散った人類と魔族達のことを思い出してあげましょう…。』
様々な映像の後、最後に都市へキノコ雲が上がる映像が流れ終わると、祈る様に目を閉じたキャスターと共に特集は終わった。その後もこの事件について偉そうな学者や先生が論議を続けた。語るだけの彼らに嫌気が注した俺はテレビのスイッチを切り、コーヒーを一気に飲み干すと、カップを洗い仕事の準備に取り掛かった。
仕事へ行く前、光が一切入らない様に作られた俺の寝室へと足を運んだ。微かに中の様子がわかる暗さの中、「すー…、すー…。」と少女がベッドの上で毛布にくるまりながら静かに眠りについている。毛布で姿は頭しか見えないのが残念だが、そこだけでも彼女を見つめるだけで幸せになる。ちなみに言っておくが、別に俺はロリコンの気があるわけではない。ただ愛している人が14の女性だっただけだ。
「仕事に行くから…。」
挨拶でもしようと、起こさないよう静かに近くへ腰を下ろすと、まるで硝子細工でも触るかの様に優しく彼女の紅い髪を触れる。それだけで全身の細胞が喜びに包まれる。もっと近くで、もっと触れたいと衝動が高ぶる俺へ、不意に膝が顔へ飛んできた。
「い、痛いな…。」
「…バカやってなぃで行け。仕事の待ち合わせ時間だろぉ…?」
「あ、へいへい…。」
残念と思いつつ、彼女に蹴られた頬を撫でながら家を後にした。