Fate/ONLINE   作:遮那王

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今回、キリトの召喚したサーヴァントが活躍します。


第三話 剣士とビーター

 

俺は目の前の少女に目を奪われていた。

透き通るような白い肌、飲み込まれそうな碧眼、そして小柄なのに圧倒的な威圧感が彼女からは放たれていた。

 

「サーヴァント・セイバー、召喚に応じ参上した」

「マスター…サーヴァントだって…?」

「はい、これより我が剣は貴方と共にあり…貴方の運命は私と共にある」

 

俺は目の前に現れた少女に唖然としながら見上げると、突然左手の甲に激しい痛みが走った。

焼き鏝を押しつけられたかのような痛み。

 

「く…ぐああああ…!」

 

その痛みに耐えるように思わず体をくの字に折り曲げる。痛みは止むことなくむしろ増してきている。

俺は抑えつけていた左手の甲に眼をやる。するとそこには今までは無かった紅い紋章のようなものが浮かんでいた。

 

紅く発光するそれは俺の鼓動と同調するように点滅を繰り返している。

 

「その令呪こそがマスターである何よりの証…ここに契約は完了した」

 

痛みに耐えながら見上げると、“セイバー”と名乗った少女がそう言い切った。

そして俺から背を向けるように二匹のコボルド王を睨みつける。

 

「…先ほどの敵がまだ私たちを狙っているようです。マスターはここに」

「ま、待て…!何をする気だ!?」

「敵を討つのですマスター。この戦い、必ずや私が勝利に導きます――!」

「な…」

 

驚愕した。

相手は俺たちが束になっても勝てなかったモンスターだ。

ましてや女性、しかも手にはなんの武器も持っていない。

いくら俺たちより優れた甲冑を身に纏っていても勝てるわけがない。

俺は彼女を引きとめようするが先ほどからの手の甲の痛みや、モンスターから攻撃を貰い過ぎたせいでうまく体が動かせない。

 

すると先ほどから睨みつけていた赤いコボルド王が少女に向かって突進してきた。

そして手に持ったカタナを少女の頭上に振り下ろしてくる。

 

「あぶな……!!」

 

ガキィィィィィィィンッッッ

 

甲高い音が部屋の中に響いた。

俺はカタナが少女の体を両断するイメージを頭の中で想像してしまっていた。

 

だが現実にはそうではなかった。

 

少女は手に持っている“何か”でその一撃を防いだ。

少女が持っているものは俺には見えない。たぶん他の連中にも見えてはいないだろう。

何故なら彼女が持っているものは透明なのだ。

その武器が透明なのかそれとも持っているものを透明にするスキルがあるのか定かではない。

だけど、今俺はそんなことあまり気にかけていなかった。

今俺の眼に映っているのは少女の剣技。

 

少女はカタナを受け止めるとそのまま押し返して切りつけた。

赤いコボルド王はたたらを踏み後退する。だがその後方からはカタナよりも威力のあるタルワールを持った黒いコボルド王が走り込んでくる。タルアールは大きく振り構えられてそして打ちおろされた。

 

だが少女はまたしても正面からその剣を受け止めて見せたのだ。

そしてそのまま押し返し、少女が攻撃に出た。

 

黒いコボルド王が後ろに下がった瞬間、少女は見えない武器を振りかぶり奴の腹を切り裂いた。

 

「ブオオオオオオ!!」

 

黒いコボルド王は悲鳴を上げながら後ろへ下がる。

だが少女は追撃を止めない。見えない武器を何度も奴に振り上げそして切りつけていく。

だがもう一体、赤いコボルド王は攻めている隙を突き少女にカタナを振り上げる。

少女はそれに気付いたのか黒いコボルド王を思い切り切りつけ、吹き飛ばすと赤いコボルド王のカタナを受け止め、

 

「ハァァァァァァァァ!!」

 

左肩から腰にかけて剣を振りぬいた。

 

そして……その瞬間赤いコボルド王はガラスの砕けるような音を立てながら消滅していった。

 

少女は赤いコボルド王が消滅したのを確認すると次は黒いコボルド王を仕留めようと剣を向ける。

奴は剣を向けたことに反応したのかそのまま少女に突進してくる。

だが少女はあわてる様子もなくその場で剣を振り上げる。

 

「風よ翔けろ、風王結界(インビジブル・エア)!!」

 

彼女はそう叫びながら剣を振りぬく。

すると辺りに突風が吹き、それが黒いコボルド王の方へと向かう。

 

「グオオオォォォォ…」

 

黒いコボルド王にいくつもの斬撃を食らったような傷が浮き出ていく。

奴はそのまま悲鳴を上げると先ほどの赤いコボルド王同様にガラスの破片のように消えてしまった。

 

<<Congratulation!>>

 

頭上にそんな文字が浮かんでいる。どうやら第一層のボスを倒すことが出来たらしい。

だが俺にとってそんなことはどうでもよかった。

 

ただ目の前の少女。

たった一人でボスモンスター二体を相手取りそしてそのまま倒してしまった彼女に目を奪われてしまった。

 

彼女はボスを倒したのにもかかわらず、眉一つ動かさずにその場で構えを解いていた。

そして踵を返し俺の方へ歩み寄ってきた。

 

「マスター、大丈夫ですか…?」

「え…あ…あぁ、俺は大丈夫だけど…一体何なんだ、君は……」

 

俺は思わず問いかけてしまった。

 

「この聖杯戦争を戦うため貴方によって召喚されたサーヴァントです。さっきも言ったはずでしょうマスター」

「だ…だからその聖杯戦争とかサーヴァントとかってのは何なんだよ!」

「…そうか、貴方は本当に何も知らないのですね……ならばお答えしましょう」

 

セイバーと名乗った彼女はそう言うとゆっくりと話しだした。

 

「“聖杯戦争”――それは聖杯を求めるマスター達による殺し合い、聖杯とは所有者のあらゆる願いをかなえる存在。またサーヴァントとはマスターの手足となり戦う下僕。

―――そして貴方は選ばれたのです…この儀式に参加するマスターの一人として…!」

「せ…聖杯!?殺し合いだって!?」

「はい。詳しい話は割愛させていただき…「「「オオオオオオ!!!」」」…」

 

セイバーが俺に説明をしている時後方で突然大きな歓声が聞こえてきた。

何事かと俺は振り返ると今まで沈黙していたプレイヤー達が何かを爆発させたかのように歓声を上げていた。

両手を突き上げて叫ぶ者。仲間と抱き合う者。滅茶苦茶な踊りを披露する者。嵐のような騒ぎの中、俺の目の前に立つセイバーにプレイヤー達は殺到していく。

 

「あんたスゲェよ、一体どうやったんだ!?」

「感動しちまった!!何処で戦ってきたんだ?」

「今までどこにいたんだ!?もったいぶらずにもっと早く出てきてほしかったぜ」

 

などとセイバーの周りにはあっという間に人だかりが出来ていた。

俺はそれを茫然と見つめていると隣に誰かの気配を感じた。ふと視線を向けるとアスナが俺の隣に立っていた。

アスナは俺をじっと見ており、俺も彼女の美貌に思わず見とれてしまっていた。

 

「お疲れ様」

 

彼女は小さく囁くとセイバーの方へと視線を向けた。

その言葉で、俺はようやく確信した。俺たちを閉じ込めていた最大の障害を遂に突破できたことを。

俺は思わずその場に座り込む。今までの疲れが一気にここにきて出てきたらしい。

すると目の前に手を差しのばされていることに気が付く。見上げるとそこには一際大柄なプレイヤーがいた。両手斧使いのエギルだ。

 

「……見事な指揮だったぞ。そして彼女にも勝るとも劣らない見事な剣技だった。コングラッチュレーション、この勝利はあんたの物でもある」

 

エギルは俺に右手を差し出しながらニッと笑って、賞賛してくれる。

俺は何と答えたものかと考えたが、気の利いた言葉がなにも思い浮かばなかったので、「いや…」とだけ呟いて彼の右手を掴もうとした。

その時だった。

 

「なんでや!!」

 

突然悲痛な叫び声が部屋中に響き渡る。叫んだのはキバオウだった。

 

「なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!!」

「見殺し……?」

「そうやろ!!だってアンタは、ボスの使う技知ってたやんか!!アンタが最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルはんは死なんで済んだかもしれんのやぞ!」

 

キバオウの叫びに残りのメンバー達もざわつき始める。

 

「そういえばそうだよな・・・」

「なんで・・・攻略本にも書いてなかったのに・・・」

 

疑問が広がっていく。その疑問から導き出される答えは一つだった。

 

「オレ・・・おれ知っている!!こいつベータテスターだ!!だからボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ!!」

 

一人のプレイヤーが俺を指さしそう言い放つ。

その言葉を聞いても誰も驚きはしなかった。俺がカタナスキルを見切った時点で確信していたのだろう。

 

「それに、そこの女だって…なんで一人で倒せる力があるのにずっと隠れてたんだ!!お前がもっと早く出てきていればディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

怒りの矛先はセイバーにも向かった。セイバーを取り囲んでいた人々は一歩離れており、セイバーに視線を送っている。

 

「お前だってベータ上がりなんだろ!?ラストアタック狙ってずっと隠れてたんだろ!?」

 

どうやらセイバーの事をベータ上がりのプレイヤーだと思いこんでるみたいだ。

 

「貴方は何を言っているのです?私は先ほどマスターに召喚されたばかりなのですが?」

 

当の本人であるセイバーは何のことかわからないと言わんばかりに質問を返す。

 

「惚けるなよ!!どうせ俺たちが必死で戦っているのを隠れながら見ていて、ラストアタックを横取りするつもりだったんだろ!?」

「……くどい。さっきから聞いていれば、まるで私が臆病で姑息な人間だと言っているようではないか。私は断じてそのような姑息な真似は使わないし、それに戦うときはいつも正面から切り合う。貴方は私の騎士道を侮辱する気か!!」

「うっ……」

 

セイバーの咆哮に男は思わず口を紡ぐ。

 

「と…ともかくや、お前さんらみたいなベータテスターのせいでディアベルはんは死んだんや!!他にもいるんやろ、ベータ上がりのクソ共が!!」

 

キバオウは騒動の中にも関わらずベータテスターを弾圧しようとしていた。

この状況で非難を続けようとは正直どうなのとは思うが、とはいえこの状況はまずい。

このままではテスター上がり全員が全てのプレイヤー達から非難を浴びることになる。俺一人ならどんな糾弾で儲けて見せる。

 

だがこのままでは確実に…

 

その時、俺の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。この方法なら他のテスター達に敵意が向くことはなくなるであろう。

だが、俺自身の身を危険に晒すことになる。

 

巨大な葛藤が俺の中を揺さぶる。

 

「おい、お前……」

「あなたね……」

 

エギルとアスナが何か言おうと口を開く。だが俺はそれを制す。そして

 

「元テスターだって?…俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

「な…なんやて……?」

「いいか、よく思い出せよ。SAOのCBTはとんでもない倍率の抽選だったんだぜ、その中で何人MMOのハイプレイヤーいたと思う?ほとんどはレベリングのやりかたも知らない初心者だったよ。今のあんた等の方がまだマシだな」

 

俺はなるべく侮蔑極まるような口調で話す。

 

「――でも、俺はあんな奴らと違う」

 

プレイヤー達の間を通りながら俺は言葉を紡ぎ続ける。自分の声色をなるべく意識しながら。

その俺の様子にセイバーも黙って俺の言葉を聞いている。

 

「俺はベータテスト中に他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うモンスターと散々戦ったからだ。他にも色々知っているぜ、情報屋なんか問題にならないくらいな」

「……なんやそれ…そんなんベータテスターどころやない。もうチートやチーターやろそんなん!!」

 

周囲から、そうだ、チーターだ、ベータのチーターだ、という声が幾つも湧きあがる。それらはやがて混じり合い、“ビーター”という奇妙な響きの単語が俺の耳に届く。

 

「……“ビーター”、良い呼び方だなそれ」

 

俺はにやりと笑い周囲を見渡しながらはっきりとした声で告げた。

 

「そうだ、俺は“ビーター”だ。これからは元テスターごときと一緒にしないでくれ」

 

俺は自らに烙印を押した。これから元ベータテスターは二つのカテゴリに分かれる。《素人上がりの単なるテスター》と《情報を独占する汚いビーター》に。

新規プレイヤーの敵意は全て、俺“ビーター”に集まる。仮に元テスターだとばれてもすぐに目の敵にされることはないであろう。

 

俺は今まで装備していたコートの代わりに、ついさっきボスからドロップしたばかりの装備を設定する。艶のある漆黒の革でできた丈の長いコートは、膝下まで達している。

 

「二層の転移門は、俺が有効化しといてやる。この上の出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、ついてくるなら初見のMobに殺される覚悟しとけよ」

 

そう言い、ボス部屋の奥の小さな扉へと向き直り歩き出す。

 

狭い螺旋階段をしばらく上ると、再び扉が出現した。

その扉に手を掛け外へと出ようとする。

 

「待って」

 

高い声に呼び止められた。振り向くとそこには先ほどの女剣士、アスナがいた。

 

「あなた、戦闘中にわたしの名前呼んだでしょ」

「ご、ごめん。勝手に呼び捨てにして……それとも、読み方が違った?」

「わたし、あなたに名前教えてないし、あなたのも教わってないでしょう?どこで知ったのよ」

「は?」

 

思わず間抜けた声を出してしまう。

 

「このへんに、自分の以外に追加でHPゲージが見えてるだろ?その下に、何か書いてないか?」

「え……」

 

彼女はそう呟くと示された場所を見る。

 

「き……り……と。キリト?これが、あなたの名前?」

「うん」

「なぁんだ……こんなとこに、ずっと書いてあったのね……」

 

この時、俺はアスナが初めて笑ったのを目にした。

戦闘中ではあまりよく見れていなかったが、横目で見てもかなり綺麗な少女だ。

 

「君は強くなれる。だから……もしいつか、誰か信頼できる人にギルドに誘われたら、断るなよ。ソロプレイには絶対的な限界があるから……」

「なら……あなたは…?」

 

俺はその問いに答えることなく、彼女に背を向けた。

そしてウィンドウからパーティ解散の表示をタッチする。後ろにいるアスナの表情は見えない。

だがそれに了承してくれたのか、視界の端に見えていたアスナのHPゲージが一瞬で消えて見えなくなった。

 

俺はそのまま後ろを振り返ることなく第二層への扉を開け放ち、歩を進めた。

 

――――――――

 

第二層へと足を踏み入れるとそこには絶景が広がっていた。

第一層とは異なり、二層はテーブル状の岩山が端から端まで連なっている。山の上部は柔らかそうな緑の草に覆われ、牛型モンスターが闊歩している。

 

俺はその絶景を前にしながら、ふと後ろに気配を感じた。

 

「なんでいるんだ?」

「言ったはずです。私はマスターの手足となり戦う下僕だと」

「……そういえばそんなこと言ってたね…」

 

気配の正体はセイバーだった。彼女はいつの間にか扉を出て俺の後ろへと移動していた。

そういえば、

 

「ちょっと君に聞きたいことがあったんだ」

「はい、何でしょう?」

 

俺はセイバーに“聖杯戦争”や“サーヴァント”という単語の意味を聞こうと思い口を開いた。

だが、それを邪魔するように

 

 

“見せてもらったよ、なかなか良い闘いぶりではないか”

 

突然声が上から響いた。

俺はハッとし、思わず上を見上げる。

 

“召喚されたのが“セイバー”とはな…。最優のサーヴァントを引き当てるとはなかなか見どころのある少年だ“

 

俺はその声に聞き覚えがあった。あの時、俺に問いを投げてきた時と同じ声色だ。

 

“まさか最初のマスターが決まるのに一ヶ月の歳月が掛かるとはな、この分だと全てのサーヴァントが出る前にゲームをクリアしてしまいそうだ”

 

何やらその声は俺にとっては心地いいものではなかった。どこか癪に障る。

 

“まずは、おめでとうと君に送ろう。君が最初のマスターだ。君は晴れて“聖杯戦争”の参加者となったのだ“

 

「だから、その聖杯戦争ってのは何なんだ?」

 

俺は思わず声をあげる。セイバーから聞かされた殺し合いという説明ではまだ納得がいかない。

 

“……そうだな、君が疑問に思うのも、もっともであろう。だがここで説明するには場所が場所だ。望むのであれば第一層「はじまりの街」の西にある教会に来るといい。そこで詳しく君に説明するとしよう”

 

俺はその言葉を聞くと思わず舌打ちをしたくなった。やはりこの声の主はなんだかいけすかない。

 

“それでは最後に、マスターに選ばれた少年に私から言葉を送ろう。「光あれ」”

 

声の主はそう言うと後は何も聞こえなくなってしまった。

ただ、エリアの風の音が耳に入ってくる。

 

「それではマスター、先に進みましょう。このまま立っているだけでは何も起きません」

 

セイバーはそう言い、俺の隣に付いた。

俺はハッとし彼女の方を見た。彼女は俺の眼をまっすぐ見つめ、これから戦いに赴く歴戦の戦士のような眼をしていた。

 

俺はそんな彼女を見つめつつうなずくと、第二層の大地を踏みしめ次の街へと歩を進めて行った。

 




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