やはり一色いろはの青春ラブコメは終わらない。 作:札樹 寛人
「はい、せーんぱい! あーん」
「……いや、何なのこの状況……」
「何ですか、可愛い後輩が特上カルビ食べさせてあげようって言ってるんですよ。 どこに不満を挟む余地があるって言うんですか」
「オプションとか発生しねーだろうな」
「えーっと……『あーん』は、2000円ですね」
「マジか。 普通に発生すんのかよ。 ちょっとしたキャバクラより怖い」
「もー、うだうだ言って無いで素直に食べて下さいよー」
はい、のっけからテンションMAXですね。 今日は飛ばしてますねーわたし。
本当にこの1週間色々有りましたけど、今が楽しいから、もう良いです!
……お気付きの方はお気付きかもしれませんが、既に酔ってます。
いや、いっつも思うんですけど……お酒の席って何で調子乗っちゃうんでしょうね。
これ絶対に後から自己嫌悪に陥るパターンなんですけど……でも、やめられない。
ん……ところで先輩がちょっと気になる言葉を発したような気がするんですが……
「ちなみに先輩……」
「ん? どうした若干笑顔の裏に黒いオーラを感じるが」
「キャバクラとか行くんですかぁ?」
「……まぁ、そのなんだ。 付き合いとかも有るだろ」
「へー ほー なるほどー」
聞きましたか、みなさん。
あの先輩が付き合いとかでキャバクラ行くらしいですよ?
こんなの高校時代の先輩だったら100%有り得無いですよね。
ちなみにわたしもキャバクラ行った事有ります。
言っておきますけど、バイトしてたとかそういうんじゃないんで。
客先の社長さんに気に入られて連れて行かれました。
『これも社会経験だよ一色ちゃん』とか言ってましたけど
あのハゲ親父、絶対にわたしがリアクションに困るところ見たかっただけだと思います。
まぁ、普通に楽しく会話して帰って来ましたけどね。
多分、わたしだったらあの店でナンバー1取れますね。きっと。
おっと……わたしの話はどうでも良いです。
今の問題は、大人になった先輩は、意外と女遊びしてるんじゃないか問題の方が先決です。
「あの……一色さん? 無表情な笑顔がちょっと怖いんですが」
「えー。 フツーですよー。 フツーの笑顔です」
「そ、そうか。 あ……俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「すぐ帰ってきてくださいね。 先輩の分のハイボール頼んでおきますから」
「お、おう」
ちなみに本気で怒ってるわけじゃないですからね。
何と無く面白いから先輩からかってるだけですから。
そ、そんな引かれる程、迫真の表情してないはずですからっ!
ただ、個人的に気になる話では有るんですよね。
最近の先輩の事を、ぶっちゃけ殆ど知ら無いわけですし……
わたしがそんな事を考えている、ものの数分で、先輩の為に頼んだハイボールと、自分用のカシスオレンジが運ばれてきました。
先輩も釘を刺して置いたからか、すぐに戻って来てくれました。
「それで先輩、さっきの話の続きなんですが……」
「ああ、なんだっけ。 会社内の意識高くてウザい人の話だったか。」
「露骨に話逸らそうとしないで下さい。 先輩のキャバクラ通いの話ですよ」
「どんだけ話盛るんだよ。 想像してみろ、俺が自発的にあんな所行くと思うか。 何か話さなきゃって気を使って、逆に給料貰いたいまである俺が」
「……まぁ、何と無く想像出来ますね」
多分、本当に付き合いで行ってるくらいなんでしょうね。
もっとも、過去の先輩を知ってる人間からすれば、それ自体が驚きでは有るんですが。
絶対に高校時代の先輩だったら有無を言わさず帰っていたと思いますよ。
「でも、先輩……意外とそういうお店でモテるんじゃないですか?」
「そういうお仕事だろ、それは。 サービスに含まれてるんだよ」
……天然で女性惹きつけますからね、この人。
ただ徹底して自分を低く見るから、全くその好意を信用しないだけで。
と言うかモテると言うのは否定してきませんでしたね。
まぁ、スペック的には目が死んでる以外は、大手商社に勤めてて顔も整ってると言う有料案件ですからね。
……正直、気になっている。
この7年間で先輩は少しだけ変わった。
昔も落ち着いていましたけど、何かより大人になったと言うか……
これだったら、周りの女性は放っておかないんじゃないでしょうか。
「でも、実際どうなんですか」
「いや、だからキャバクラは……」
「そうじゃなくてですね」
わたしは手元のカシスオレンジを一気に飲み干す。
甘い。
「先輩、今……誰かとお付き合いとかしてるんですか?」
「は?」
踏み出してしまった。
お酒の勢いって怖いですねー……
「お前、俺を誰かと勘違いしていないか」
「ゾンビみたいな死んだ目をしてる先輩の話ですよ」
「あ、それは100%俺ですね……だったら、判るだろ。 今も昔も……俺は基本ボッチだよ。 と言うかそんなもん居たら、お前と再会した合コンに呼ばれるわけないだろ」
「……本当ですかぁ?」
「こんな悲しい嘘ついてどうするんだよ……」
……じゃあ、雪ノ下先輩と結衣先輩とは?
そんな質問をついしてしまいそうになります。
「まー、判ってましたけどねー! ほら、先輩! 飲んでください! わたし、もう次頼みたいんで!」
「どうして判ってる事を再確認するんですかねぇ……この後輩は……」
うん、今はきっとその時じゃない。
まだ、わたしと先輩は1週間前に再会したばかりだ。
奉仕部の3人がどうなったかは、きっとその内、嫌でも分かると思いますし。
先輩とこうして会っている以上は。 その時まで、それはお預けです。
今日の踏み出しはここまでっ!
……少なくとも先輩の脳裏には、わたしが先輩が付き合ってる相手が居るのか気にしているとインプットされたはずです。
高校時代と変わら無い遠回しっぷりですねわたしも……
「すいませーん! ハイボール2つくださーい」
「お前……今日は酔いつぶれても置いて帰るからな」
「そう言いながら泊めてくれるのが先輩ですよね!」
「……お前、この前は緊急避難だったが……そのなんだ……年頃の娘が、男の部屋にだな……」
「え? まさか先輩……わたしに何をするつもりですか? ごめんなさい! 幾ら先輩でも酔った勢いでそういう事するのはNGなんで、ちゃんと段階と手順を踏んでから出直して来て下さい」
……勢いで何時もみたいなセリフ言ってみましたけど……お酒のせいか我ながら……ちょっと顔赤くなってきたのもお酒のせいです、絶対に。
「……い、一般論だ! 一般論。 ……酒入った男の部屋なんで行ったら、普通は、何するか分からんからな」
「つまり先輩はへたれ……と」
……今のわたしのセリフを軽く流す先輩は本当にヘタレだと思います。
「事実は人の心を一番抉るって言うの本当なんですねぇ……心配してあげてる俺の気持ちを返してくれ」
「ジョーダンですよ。 その辺は弁えてますし、わたし。……先輩だから安心してるんですよ」
「う……」
「あ、ドキっとしました?」
「少なくともキャバクラ嬢には、一色のあざとさは負けないな」
「むー……何ですか、その比較」
……わたしが超えたい相手はその辺じゃないんですけどねー
今日のところは、少なくともそこに勝っていると言う事で納得する事にします。
あざとさで、ですけど。
頼んだハイボール二つが早速やってきました。
と言うかさっきから同じくらい飲んでるのに先輩はあんま酔った気配が有りません。
そろそろ先輩にも酔って貰って、もっと色々と赤裸々な話が聞きたいわけですが……
「先輩、来ましたよ! 乾杯しましょう乾杯」
「お、おお……」
今日は、ステルスウーロンは使わせませんからね。
* * *
「先輩……頭が痛いです」
「だから言っただろうが。 ほら、水」
「ありがとうございます」
わたし達は、焼肉屋を出て、お互いの家もそんなに離れていないのでタクシーに乗り込みました。先輩は何時の間にか、水を手に入れています。 この辺のお兄ちゃんスキル磨きかかってませんか?
それにしても結局、先輩……ステルスウーロンしなくても強いじゃないですか。
わたしも会社内では結構お酒強い方で通ってるんですけど……完敗っぽいです。
でも、まだギリギリセーフです。 この前みたいに記憶を無くして倒れるには至っていません。
「先輩……全然酔ってないじゃないですか」
「普通に酔ってる。 明日は1日寝てるぞ。確実に」
「……わたしもです。 貴重な休日が……」
「俺の場合は、どっちにしても家にいるだけだからそんな変わらないが」
「そういうところはぜんっぜん変わらないですね」
色々変わったのに、根っこの部分は変わらない。
それは先輩も、きっとわたしもそうなんでしょう。
「昔、二人で出かけた時も、普段どこに行くか聞いたら……先輩なんて言ったか覚えてます?」
「家だな」
「そーですよ!!」
「その辺は、一貫してるんだよ俺は」
「はぁ……割と立派な社会人なんですから、その辺ももう少しですね……」
「普段は嫌々働いているんだから、休日くらいは自宅警備に勤めさせてくれ」
「……つまり基本は暇なんですね」
「いや、色々忙しいんだ。 平日見れなかった深夜アニメの消化任務とか……」
「じゃ、来週は、お返しさせて下さい」
「アニメ消化任務は軽く流されたわけですね。 それに別にお返しなんていらねーよ」
「ぶっちゃけ、今日は嬉しかったんですよ。 割と本気で……仕事嫌になってましたし。 先輩、待っててくれたんですよね」
「たまたま、残業だったって言っただろ」
「判ってます。たまたま残業してくれた先輩に感謝してるだけですよ。本当にありがとうございます」
先輩はすぐ照れ隠しをしますからね。
でも、今日は本当に嬉しかったし、楽しかったんです。
タクシーはわたしの家のもう近くまで来ています。
「だから、来週は、わたしが家に篭りがちな先輩を連れ出してあげます!」
「うん、そうだな、来週はちょっと……」
先輩のそのセリフ。8年くらい前に聞いた事が有りますね。
だから、わたしは強引に行きます。
「はい! それじゃあ、土曜日の10時に集合という事で!」
「お、おう……なんか覚えがある展開だな」
「気にしたら負けですよ!」
先輩から承認の言葉を取り付けるとほぼ同時に、タクシーはわたしの家の前に止まりました。
ナイスタイミングですね。 これで約束は成立です。
「それじゃあ、先輩! また来週!」
タクシーから降りたわたしは、苦笑いを浮かべる先輩に、手を振り今日一番の笑顔を送ります。
タクシーが見えなくなるまで、先輩を見送りながら、早くもわたしは、来週のデートに想いを馳せるのでした。
……来週は絶対に土日潰れる大クレームとか起こさせませんからね。