やはり一色いろはの青春ラブコメは終わらない。 作:札樹 寛人
……日曜日
昨日と同様に目覚めとしては最悪です……
どうやってわたし、家に帰って来たんでしたっけ……
何か勘違いされそうですけど、別にわたし毎日こんな風に飲み歩いて潰れているわけじゃないですよ?
そんなに暇じゃないですし。 こう見えても普通の忙しい営業職なんですけどねー……
ちょっとわたしと飲みたがる人多すぎるんですよねぇ。 驕りだからありがたいはありがたいんですけど。
それはともかくとして、昨日の記憶は飛び飛びです……
痛む頭を堪えながら、昨日の事を思い出してみます。
えーっと……1次会で驚くべきことに7年ぶりに先輩に会って……それから……
カラオケに行って……割とはっちゃけて……次に記憶があるのがラーメン屋さんで……
先輩と二人でラーメン食べて……そこで……リバーs……
いえ、きっと記憶違いだと思います。
あろうことにもわたしが、一色いろはが、皆のアイドルであるわたしが、人前でやらかすなんて事は無いはずです。
それも……よりにもよって先輩の前でやらかしたなんて事は有り得ないと思います。 却下です。
きっと夢と現実がごっちゃになっているんじゃないでしょうか?
良く有りますよね? 飲み過ぎて夢だったのか、実際に起きた事なのか判らなくなる事って。
そんなに飲み過ぎない? すいません、飲み過ぎで。
まずは事実関係の確認だけでも、行いましょう。
カラオケの途中からの記憶があやふやなので、友人に確認すればその辺は分るはずです。
知りたくない事実が出てくるかもしれませんが、確認しておかないと気持ちが悪いですからねぇ。
わたしは友人に連絡を取ろうと、普段枕元に置いている携帯に手を伸ばした。
あれ? 携帯が無い……ま、まさか……どっかに落とした? そ、それは困る……
と言うかそもそもこの枕、わたしのじゃないような気が……
付け加えるならベッドもわたしのじゃないような気が……
むしろ知らない天井まであります。
…………えーっと…………
どこですかね、ココ??
ちょっとテンパっていたので気付くのに時間が掛かりましたが、ここわたしの部屋じゃないです。
落ち着きましょう。 落ち着いて考えれば答えは見えてくるはずです。
コンコン
わたしの思考を中断させるかのように、誰かがドアをノックする音がする。
自分の記憶を整理して……冷静に考えると、ここは……
わたしは呼吸を整え、自分の恰好をチェックする。
服装は昨日のまま。 特に汚れている部分も無いようです。
良かった……おぼろげに覚えている最後の記憶は、ちょっとアレでしたから……
本当は鏡を見て、全身チェックしたいところですが、この部屋には鏡は無く、その願いは叶いそうに有りません。
まぁ、わたしはすっぴんでも大丈夫なレベルだと思うんですけどねー 敵を作るので絶対に同性には言いませんが。
見える範囲でチェックをして、わたしはドアの方に向かって声をかけた。
「は、はい……起きてます。 大丈夫です
その言葉に呼応するように、ドアが開く。
そこに立っていたのは……
「まぁ、状況的に考えてどうせ先輩ですよねー」
「おい、何その態度。 酔い潰れたバカ後輩を介抱した先輩に向かって酷くないですかね
「すいません……普通に感謝してます……昨日はわたし、ちょっとテンション上がってました」
「え、えらく素直だな」
「なんですか。素直に謝ったのに、どうして困惑顔になるんですか」
「いや、お前のことだから、『自分の部屋に酔った後輩連れ来んでどうするつもりだったんですか?ごめんなさいそういうの気持ち悪いんで無理です』くらい言うと思ってたから……」
「今のわたしの真似ですか? ごめんなさい本当に気持ち悪いです。 また吐きそうです」
……流石に、この負い目の中では流石に、いきなりそのセリフ言う程、わたしもアレじゃないですよ。
でも、場合によっては言ったかもしれないですねぇ……意外と先輩、わたしの事見てますね。
「はっ!? そんなお前の事見てるアピールして口説いているつもりですか?ちょっとだけ感動しましたけどわたしの真似っぽい声色にイラっとしたんでやっぱり無理です」
「7年ぶり数十回目だな……お前に振られるのも」
余り思い出したくないですけど、ラーメン屋さんでヒロインに有るまじき醜態を晒したわたしは、そのまま家にも帰れず、先輩の家に厄介になってしまったようです。
「……部屋、綺麗にしてるんですね」
「無駄な物置かないようにしてるだけだ。
それにしても、ベッドルームとリビング分かれてるなんて一人暮らしにしては、広いですね。
「先輩……一人暮らしですよね?」
「家族と離れて、完全なボッチに進化したよ」
「家、広くないですか?」
「たまたま、会社の補助金が出るマンションがここってだけだ」
本当にエリートさんになったんですねぇ……
わたしも社名的には結構名の通ったメーカー勤めですけど、家は6畳のワンルームですよ。
正直、早く引っ越したいです。 服も置き場所が無くて困ります。
「アイスティーで良いか? まぁ、ただの午後の紅茶だけどな。それ以外だとマッ缶しか無いが」
冷蔵庫の中には大量のMAXコーヒーが見える。
大人買いしたんですね、ソレ。 大人になっても先輩の味覚は変わって無いようです。
「どんだけマッ缶好きなんですか……午後の紅茶貰っても良いですか」
「どうしてもと言うならビールも有るが」
ちょっと意地悪そうな顔で、先輩がそう言う。
……勘弁して下さい。 昨日の事は謝るので。
「当分、お酒は飲みたくない気分です……
「お前、いつもああなのか? 流石にリア充の飲み方は恐ろしいわ。 軽く引くまである
「と言うか先輩も結構飲んでたじゃないですか! なんで平然としてるんですか!?」
「俺は飲んだ振りしながら、途中にウーロン茶挟んでたからな。注文を率先して頼んでいる振りしつつ自分は必要以上に飲まない。これが奥義ステルスウーロンだ」
「……ひ、卑怯ですよ! 影の薄さを逆手に取るなんて!」
「ちょっと……影薄いだけで、誰も気にしてなかっただけみたいな言い方やめてくんない」
本当にこの人と会話していると、昔に戻ったみたいになります。
7年もあれから経ってるなんて思えないくらいです。
「先輩、そう言えば連絡先って変わって無いですよね?」
「ああ、わざわざ変える理由も無いしな」
先輩が卒業してから、何度か連絡してみようと思った事もありました。
でも、何故か出来ませんでした。 わたしにしては珍しいこともあるもんです。
「今度、連絡するんで約束忘れないでくださいよ」
「何の話だ?」
「先輩が、今度オシャレで意識の高いカフェにエスコートしてくれるって言ったんじゃないですか」
「そんな事言った覚えがまるで無いんだが、何コレ記憶改竄? どっかでギアスにでもかかったの、俺」
「可愛い後輩との約束忘れるなんて酷いですよぉ」
「……ふぅ……何年も前の事は覚えてるくせに昨日の事が既に改変されてるってどうなんだよ。 怖いわ、お酒の魔力って
「あーあーあー、聞こえませーん」
乙女の記憶は、割と都合よく改竄されるもんなんですよ?
※※※
「もう大丈夫なのか?」
「はい、すいません先輩。 御礼は今度しますんで」
「別に気にするな。 大した事はなにもしてないしな
「フフ……ちゃんと御礼は受け取って下さい。 その代わりに約束守って下さいね。 楽しみにしてますよせーんぱい」
「はいはい、あざといあざとい」
「なんですかー、それー!」
そんなやり取りをしてから、わたしは昼前には先輩の家を後にしました。
日曜日に余り長居しても、恐らく先輩もしんどいでしょうし
わたし自身もシャワーも浴びて無い状態で、余り居座るのも居心地が悪いですしね。
友人達に連絡を取ろうかと思いましたが、残念ながら携帯は何時の間にか充電切れになっていました。
連絡するのは、家に帰ってからですね……
先輩の家は、意外とわたしの家からもそんなに離れておらず、地下鉄で15分程でした。
家に戻ったわたしは、早速携帯を充電する。
取り敢えずシャワーを浴びて、さっぱりしてから
携帯を再起動すると、友人たちからメッセージが届いていた。
正直、二軒目の時点でかなり酔ってたし、心配をかけたかもしれませんね。
どれどれ……わたしは大丈夫ですよーっと……
『さくや は おたのしみ でしたね』
『いろは は レベル が上がった!(性的な意味で)』
………………………
……………………………
ち、ち、ちちちちちちがうっ!!!
違いますってば! これ明らかに勘違いされてませんか!?
確かに先輩の家には行きましたよ!? でも、特に何もありませんでしたよ!?
って言うかお茶飲んで1時間くらい喋ってただけですよ!?
しかも、このメッセージが発信されたのは、今朝。
既に今は13時を回っています……あ、あかんです。 今から何を言ってもどうにもならない気がします。
わたしは、ニヤニヤする友人達の顔を思い浮かべながら、どういう風に説明しようか頭を悩ますのだった。
つづく
何だかんだで本日も更新です。
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