やはり一色いろはの青春ラブコメは終わらない。   作:札樹 寛人

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何時ものように、一色いろはは残業する。

 ここはどこだろう?

 あれ? そこにいるのは、先輩じゃないですか。

 どうしたんですか? そんな真剣な顔をして

 相変わらず目は死んでますけど

 

「悪いな急に呼び出したりして」

「いえ、と言うか呼び出されましたっけ??」

 

 わたしの疑問などどこ吹く風と言った様子の先輩は

 相変わらず真剣な眼差しをこちらに向けている……若干キョドらせているのが先輩らしいですけど

 

「一色……ずっと言えなかったけど俺は、お前の事……」

 

 は? なんですか、なんなんですかこれは??

 つい先日再会したばかりでこの展開は幾らなんでも速すぎじゃないですか?

 何か漫画とかで言うと展開を数話くらい飛ばしたかのような感まであります。

 もしかして、打ち切り的なアレ??

 わたし自身も訳が分からず、若干キョドりながらも、何とか何時もの調子で返そうとする。

 

「え?? せ、せんぱい……何真剣な顔してるんですかキモイですちょっと心の準備出来てないのでもう少しだけ待って下さいごめんなさい」

「もう待てねーよ……」

「せ、せんぱい……」

 

 先輩が一歩、また一歩とわたしの方に近付いてくる。

 ど、どうしよう。 どうしたら良いんですかわたし!?

 

 ポー ポー ポー ポー ポー

 

 ……何かこの場に似つかわしくない鳥が煩いですね。

 朝からベランダで発情するのやめて貰えませんか?

 物凄く不愉快な気分になるんですけど。 本当にちょっと今大事なところなんで……後にして下さい。

 あと10分だけ……10分だけ待って下さい……ほら、先輩が次に言うのは……

 

「一色、いや……いろポー ポー」

 

 ポー ポー ポー ポー ポー

 

「ポーじゃないっ!!!!」

 

 わたしは思いっきり、 ベランダに繋がる大窓に枕を投げつけた。 振動がガラスを伝わる。

 危険を察した鳩たちは、ベランダから飛び去って行った。

 つがいの鳩のようだ。 巣でも作られたらたまったものじゃないですし、何か対策考えないといけませんね。

 もう鳩に甘い顔をするのはやめます。 戦争ですよ、ここまでされたら。 奴らが平和の象徴であるとかそんなの関係有りません。

 

 てか、なんつー夢見てるんですか、わたし……

 夢と言うのは深層意識を発露するものらしいですけど

 ちょっと先輩に再会したくらいでこんな夢見てるって……

 まるでこれじゃ、恋する女子中学生並みですよ。 もういい年して流石に恥ずかしくなってきます。

 わたしってこういうキャラでは無かったはずなんですけどねー

 

 あー、駄目だ。昨日寝るのが遅かったせいか、頭がボーっとしている。

 ゆっくりコーヒーでも飲んでから、会社に……そう思いながら時計に目をやる。

 

 時刻は午前7時……7時っ!?

 

 目覚ましは6時にセットしていたはずだ。 完全に寝過ごしている。

 あー、もうっ!! 昨日、もやもやして中々眠れなかったせいだ……絶対先輩のせいだ。 責任取ってください。

 ゆっくりカフェインを摂取して覚醒している暇は無さそうです。 シャワー浴びて、お化粧して……

 

 慌しい準備を想像すると、どんよりと暗い気分になっていく。 月曜日の朝からこれとか最悪です。

 清々しいまでの快晴と、私の気持は見事なまでに反比例している。 このまま朝サボってしまいたい……

 大学生の頃だったら、余裕でそうしていただろう。 大人になるって辛いもんですねー……

 考えていても仕方が無いので、わたしは布団を蹴り上げ、起き上がりました。

 

 8時20分の電車に乗れれば、乗換とダッシュを絡めて何とか9時の始業にはギリギリってところですかね。

 今日はなるべく動きやすい格好で出る必要が有りそうです。

 

 わたしは速攻で身支度を済ませて、家を出ました。 なかなかエレベーターがわたしのいる10階まで登って来ません……

 この時間は、ギリギリで飛び出した住人達で、エレベーターは混雑しているのが常なんですよねー。

 時計を見ながら、電車の時間を確認してみる。 はぁ……朝から本気ダッシュは勘弁して欲しいです……

 

 

「おはよーございまーす!」

 

 午前8時53分

 

 何とか始業時間前に会社に到着。 さすが、わたし! 自分で言うのも何ですけど割と真面目ですよね。

 本当は少し早く来て、色々溜まっていた仕事を片付けたかったんですが、こればかりは仕方有りません。

 

 デスクにつき、9時の始業前にせめてメールチェックだけでもしようとすると課長から声がかかりました。

 

「一色くん、ちょっと」

「はいっ!」

 

 内心では「チッ 朝からなんなんですか こっちは色々やる事溜まってるんです」とか思っていたとしても

 そういうのは表情に出しません。 ご存知の通り、これはわたしの得意技ですから。

 なるべくニコニコした表情を作りながら、課長のデスクに

 

「金曜日はお疲れ様」

「いえ、課長こそお疲れ様でした。 それに高いお店でご馳走になっちゃいましたし」

「どうせ、交際費だよ。 先方も君の事が気に入っているようだから、またお願いしたいね」

「そうですね。 次の機会も是非お願いします!」

 

 金曜日に頑張って盛り上げた成果はあったようです。

 そもそもわたしくらいの年の女子社員が愛想振りまけば

 大抵のおじさんはいい気分になってくれるのは当然なんでしょうけど。

 

 まぁ、正直言って、会社のために尽くそうとかはあんまり思ってないんですけどね。

 単純にそうやっていると、先方に対して甘えが利くようになって仕事が楽になるってだけです。

 何時か、先輩も言ってましたっけ、仕事をしなくちゃいけないならばどんだけ効率化して楽にするかが大事って

 一色いろは流の仕事術も、基本的には同じなのかもしれません。

 

 もっとも、同僚の中には、わたしのやり方気に入らない人もいるんでしょうけど。

 その辺、やっぱり、それぞれの持ち味ってあるじゃないですか??

 少なくとも、今の所はわたしは大きなミスも犯していないし、周りともそれなりに上手くやれている。

 昔のわたしだったら、確実に女性スタッフへのフォローを怠り、また陰湿な嫌がらせでも受けたかもしれない。

 こう見えても、わたしも成長しているってことです。 結衣先輩ほど、天然でそれが出来る程では無いですけどね。

 

 ***

 

 つーかーれーたーーー

 

 時刻は既に9時を回っている。

 さっすがだねいろはちゃん! 余裕で残業時間3時間オーバーだよっ!

 

 ううう……日中電話鳴りすぎなんですよ。

 そんでわたしって結構目上からの依頼は断れないほうじゃないですか?

「そうですねー」って言ってたらやる事どんどん増えてるし……何か製品クレームとかも重ねて来るし。

 本当に絶望的な気分です。 

 

 ひたすらわたしが資料作りに勤しんでいると、こんな時間に1人の同僚が現れた。

 ゲ……この人……

 

「おや?一色さん、こんな時間まで仕事かい?」

「そうなんですよぉ。 お客さんから色々注文が来ちゃって……」

「駄目だよ。 お客さんの御用聞きになるだけじゃ。 それじゃただのセールスマンだからね。僕達はビジネスマンにならなくっちゃ。 それが幹部候補生ってことなんだからね」

「そうですねー」

「うんうん、仕事も遅くまでやるんじゃなくって効率的にやらなきゃね。 イノベーションを起こす企業は残業なんてしないからね」

「そーですねー……」

 

 別にわたしも全然残業したいわけじゃないんですけどねっ!

 この人は、青葉先輩。 あんまり興味無いのでどうでも良いのですけど、確か28歳くらいだったはずです。

 この人と話しているとどっかの生徒会長を思い出します。 親戚とかなんじゃないですか、もしかして。

 

「おや? そこは『そう言いながら青葉さんはどうして残業してるんですか?』って聞くところだよ」

「すいません」

「ハハハ ちょっとね。 僕も今日は客先の会合が合ってね。 流石に明日に今日のミッションを持ち越すわけにもいかないからね。 ちょっと片付けに戻って来たって訳さ。 うーん、今日は多分3時間くらいしか眠れないなぁ」

「そうなんですかー 頑張って下さい おつかれさまでーす」

「おや?一色さん、もう帰るのかい?」

「はいー 仕事終わったんで それじゃあ」

 

 無理だ。 心が完全に折れた。

 仕事多少残ってるけど、もう明日にしよう……

 そそくさとわたしは、会社を後にした。

 

 もう何だか疲れたなぁ……

 

 帰りの電車の中、わたしは読みかけの小説も読む気にならずに、ボーっと立っていた。 残念ながら座れる気配は無い。

 ふと、窓に映った自分の顔を見て驚いた。

 うわっ……わたしの目死にすぎ……

 

 ちょっと自分で引くレベルなんですけど……

 家に帰ったら1本だけビール飲もう……それくらいのご褒美上げないとこの窓に映っている女は一色いろはを維持出来なくなる可能性がある。

 何時もの笑顔をなくして、完全に目が死んじゃったら、それこそわたしの武器も何も無くなってしまう。

 無理にでも笑ってみようとしたけれども、中々鏡の中の女は笑ってくれない。

 

 そんな試行錯誤をしていると、携帯の振動を感じた。

 また、友人からの冷やかしメールかな……

 

『この前のノルマ、果たすのは今週の金曜日で良いのか?』

 

 そのメールを見た瞬間、鏡の中のわたしは、ちょっと自分でも引くレベルの笑顔になっていた。

 

 

 つづく

 




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