やはり一色いろはの青春ラブコメは終わらない。   作:札樹 寛人

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それでも、一色いろはは期待する。

「いや、もう本当にどうしてくれるんですか? 困りますよぉ一色さん」

「は、はい。誠に申し訳ございません」

 

 はぁー……参りました。

 既に金沢さんとは30分くらい電話しています。

 文章にすると10000文字くらいになりそうです……

 わたしが書いてる日記帳数日分くらいになっちゃいますよ。

 自分だったら、絶対に読みたくないですね、そんな文章。

 ほぼ100%、クレームと謝罪で構成されてますよ。

 一色いろはは、お砂糖とスパイスとステキな何かで構成されてるんですよ。

 スパイスばっかり効かせられると、もう違う何かになっちゃうじゃないですか。

 お砂糖少な目、スパイスマシマシの一色いろはなんてオーダー、店主のわたしがお断りです。

 

 ちなみに今回のクレームの原因は、ウチの工場の出荷ミス……

 

 ぜっんぜんわたし関係無いじゃないですかっ!!

 だって、わたしが出来る事は全部やってますから!

 まぁ、これなら逆に気が楽です。 工場に言って大至急出荷して貰えば、何とかこのクレームも収まります。

 自分のミスじゃないならば表面的に謝るだけで、良いですもんねー

 本当は謝るのも好きじゃないですけど、これも営業のお仕事というやつです。

 本当辛いです。 早く誰かに慰めて貰わないとスパイス過剰になっちゃいます。

 

「と言うわけなんで、大至急T-ABを出荷して下さい。 明日着でお願いします!」

 

 今日は定時にあがらないといけないんで宜しくお願いしますよ。

 相手は大口のお客さんです。 営業サイドにミスも無いわけですし

 きっと工場は迅速な対応をしてくれるはず……

 

「一色ちゃん……こっちのミスで悪いんだけど……今からじゃどうやっても納品出来ない……在庫が全く無いんだ……土日返上の超特急で来週の中ごろになっちまう……本当に申し訳無い」

「は??」

 

 そんなわたしの思惑をあざ笑うかの如く、工場からの連絡は非常に非情で残念なものでした。

 え、どうするんですか。 金沢さんには至急なんとかするって事で納得して貰ったんですけど……

 

「ど、どうにかならないんですか!? 本当にまずいんですけど! お客さんかなり怒ってますよ!」

「申し訳無い。俺も一緒に謝罪には伺うから」

「そ、それはありがたいんですけど……謝って済む問題か怪しいと言うか……」

 

 ……そうこうしてる間にも別件の電話が、無情にも携帯に溜まっています。

 完全に処理速度が追い付いて無い感じです。 ヤバいです。 時間は刻一刻と過ぎて行くのに……

 まずは、現状を課長に報告して……

 

「課長、やはり納品ミスです。 工場は出荷までに5日は欲しいと言ってます……」

「ふぅ……金沢さんはなんて言っている?」

「とにかく大至急で何とかしてくださいと……」

「仕方ない。 行くしかないな」

 

 ……ですよねー

 大手のお客さんですもんねー

 謝りに行くしかないですよねー わたし知ってました。 完全に目を背けたい事実ですけど。

 ちなみにこのお客さんの会社ってどこにあるんでしたっけ。

 あー……大阪ですか。 東京から新幹線で2時間半はかかりますねー……

 もう既に泣きそうなんですけど……仕事なんかやめたい……

 

「……はい。工場も部長が動くって言ってくれてます」

「早い方が良い。 金沢さんにはまず私からも電話で謝罪しておく。すぐに出発しよう」

「……はい……ありがとうございます……」

 

 これ絶対にあかんやつですね。

 別にわたしのミスじゃないのに。 わたしのミスじゃないのにっ!!

 

 

 『先輩……ごめんなさい。 今日、ちょっとトラブルで時間通りは無理って言うか……

  もしかしたら、今日は無理かもしれないです……本当にごめんなさい』

 

 先輩に謝罪のメールを送ろうと、文章を作ってみたものの、中々送信が出来ません。

 これを送ったら、今日の約束はほぼ確実に無くなってしまうわけですから……

 もしかしたら、こうしてる間に0.01%の奇跡が起きて、在庫復活したりするかもしれませんし……

 

 そんな都合の良いことは起こらないってことは、社会人になって十分学んだんですけどね……

 

 結局、わたしは大阪行きの新幹線に乗り込んだ後も全然メールを送る決心がつかず

 諦めてメールを送ったのは、新幹線を降りて、お客さんの会社に向かうタクシーの中でした。

 はぁ……何でこうなっちゃうんですかね……こんな機会次は何時あるか分からないのに……

 

「一色君の責任じゃないから、そこまで思い詰めなくて良い」

 

 わたしの余りに落ち込んだ様子を見かねてか、課長が優しくフォローしてくれています。

 今のわたしが死んだ目をしてるのはクレームのせいでは有りますけど、決して仕事の事で思い詰めてるわけじゃないんですけどねー

 多分、今日で無ければ、普通に対処出来ていたと思います。 何でよりによって今日なんですか……

 

 その後の事は、わざわざ記すまでも有りません。

 わたしと課長と、製造部長で客先に平謝りして、何とか納期を1週間待って貰う事になりました。

 先方の会社を出た時には、既に定時を回っていました。

 

「一色ちゃん、今回は本当にすまなかった」

「いえ、わたしも何時も工場には迷惑かけてますから。 これくらいヘーキです」

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 ふぅ……こんな風に思っても居ない事をペラペラ喋ってる自分が嫌になります。

 ……これは社会人になってからと言うよりも、昔からそうだったかもしれませんけど。

 

「今日はもう遅いし、宿を取ろうかと私は思っているけど、一色君はどうする?」

「お詫びに製造部持ちで何でもご馳走するよ一色ちゃん」

「ありがとうございます。でも、明日はちょっと用事有るんで、今日は戻ります」

「そうか、それじゃあ、気をつけて戻ってくれ」

 

 まぁ、本当は今日、用事が有ったんですけどね。明日なんて家でゴロゴロする予定しか無いですけどね!

 

「一色ちゃん、埋め合わせは今度するからね」

「あはは、その時は覚悟しておいてくださいねー部長。 わたし高いもの頼みますからね!」

「おうよ。任せとけ。自腹切ってでもご馳走させて貰うよ」

「それじゃあ、わたし銀座のお寿司が良いですー」

「お、おうよ……前向きな方向で善処するわ……」

 

 何とかクレームも一段落して、冗談も言い合える空気になったのは良かったんですけどね。

 数時間前の行きの新幹線の中とか最悪な空気でしたから。

 

 それはそうと、この後に上司達と飲みに行く気分には全くなれません。

 お二人とも今日は泊まっていくつもりみたいなんでラッキーです。

 帰りの新幹線の中では一人になれます。 

 

 二人と別れて、わたしは新大阪駅で新幹線待ちの間に売店で500mlのビールを2本とたこ焼きを2箱買いました。

 色々有ってまともにお昼もとれずに、お腹空きましたし、ちょっとやけ食いやけ酒です。

 はぁ……せめて大阪名物のたこ焼きが美味しいと良いですね……

 気分的にはたこ焼きが頑張って+10点してくれても、挽回出来ないマイナスがついてるわけですけど。

 

 新幹線に乗り込み、早速ちびちびとビールを飲み始める。

 売店のビールはキンッキンに冷えてるって程じゃないですけど、程良く冷えてて疲れた体には染みます。

 たこ焼きも美味しいです。適当に買ったけど、流石本場ですねー。

 

 そう言えば、ずっとバタバタしててメールの確認をしていませんでした。

 先輩にはドタキャンのメールを1本入れただけ……印象最悪だろうなぁ……

 あの人、すぐに物事をネガティブに考えますし。

 携帯には1通の返信が来ていました。

 

『お互いに社畜は辛いな。クレームなんて良くある事だ。まぁ、程々に頑張ってこい。』

 

 全く。そっけないですよ先輩。

 そう思いながらもメールを読んでちょっとだけ顔がにやけている気がします。

 

 

『ようやく終わりましたよー 今から帰ります! 9時には着きますから、これから飲みに行きましょう!』

 

 勢いでこんなメールを打ってみたい衝動に駆られる。

 絶対に断られるだろうなぁー あの人基本的に家が好きですし。

 高校生の頃、デートの予行練習と言う名目で連れ出した時も、ラーメン食べて速攻で帰ろうとしてましたし……

 そもそも、こっちからすっぽかしておいてこのメール来たらイラっとされるかもしれません。

 先輩だったら苦笑いしていつものわたしを流してくれると思いながらも、一回そんな風に考えてしまうと、どうしても送信が出来ません。

 

 あーでも無いこーでも無いと悩み続けているウチにビールは2本とも無くなり

 新たに車内で調達したレモンサワーも空けて、たこ焼き2箱も綺麗に無くなっていました。

 そして、新幹線も無事に東京に戻ってきました。時間は9時前……約束の時間から既に2時間近くが経過してます。

 先輩へのメールをどう返すかは、保留中。

 わたしの中で、どの方向性で行くのが正しいのか未だに定まらずです。

 

 結局、返信を保留したまま、わたしの足は、待ち合わせの場所に向かっていました。

 待ち合わせ場所は、東京駅からすぐ近くですし。 別に何かを期待なんかしていませんから。

 どうせ帰るのにも近くを通らなきゃいけないわけですし。

 

 まぁ、当然ながら誰もいませんでしたけど。

 

 ……バカみたいですね。わたし。

 良いですよ。 素直に言いますよ。 はい、ちょっとだけ期待してました。

 そもそも、今日は無理って自分でメールしておいて何を期待してるんですかねー

 しかも、今のわたし達の関係って、たまたま数年ぶりに最近再会しただけの、高校時代の先輩と後輩ってだけでしか無いのに……

 いい大人の思考回路じゃない事なんて、自分でも分かってますよ……

 

『無事に仕事終わりました。今日はごめんなさい。今度埋め合わせしますんで、また連絡しますね』

 

 我ながら可もなく不可も無いメールですね。

 昔だったら、この状況でもさっき考えたみたいな、もっと甘えたメールを普通に打ってたんでしょうねー

 あの頃のわたしに比べて、先輩に甘えるの下手になった気がします。

 思考回路は、そんなに変わって無いのに、どうしてこうなるんでしょうねー

 全く……人間、大人になりたくないもんですねー……

 

「もうちょっと飲もうかな……」

 

 メールを送信1週間の疲れがどっと押し寄せて来ました。

 結局この1週間頑張った結果がコレだったわけですから……

 今日くらいは飲んでも許されると思いませんか?

 もう酔って、明日は泥のように眠る。 もうこれしか無いですね。

 

「おせーよ。ちゃんとホウレンソウすんのが社畜のマナーだろうが……」

「すいませんわたしほうれん草あんまり好きじゃないんで」

「え?そうなの、何か好きそうじゃん、ほうれん草とチーズのキッシュみたいな小洒落た料理みたいなの」

「それそんなにほうれん草の味しませんし…………」

「どうした。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」

 

 そりゃそんな顔にもなると思います。

 もしかして幻覚とかですか? 有り得ます。

 さっき新幹線で飲んでほろ酔いモードですし、わたし。

 

「……な、なんでここにいるんですか」

「お前が遅れるってメールしてきたんだろうが……」

「でも……今日は、無理かもって……」

「無理じゃなかった時に何言われるか分かったもんじゃないからな」

 

 え、え……何ですかこれ。 幻覚じゃないんですか?

 本当に待っててくれたんですか? ……あ、ダメだ。

 これダメです。 ちょっと涙出そうです。 弱ってるところに卑怯にも程が有りますよ。

 何ですか、この人。 一色いろは攻略聖書みたいなの持ってるんですか?

 わたしは、攻略本無しのハードモードプレイを強いられているのに……

 

「まぁ、ぶっちゃけ俺も今日バタバタしてて、結局ここに来たの今なんですけどね。

 お前が居なかったら速攻帰って、この1週間撮り溜めたアニメ見ようと思ってた」

「そんな事言って2時間くらい待ってたんじゃないですか……可愛い後輩と飲むの楽しみで……ほんと……先輩あざといですよ」

 

 俯いたままわたしは、そんな軽口を吐いてみる。

 まともに先輩の目が見れない。 今のわたしはどんな表情をしているんだろう?

 ニヤケてるんでしょうか、それとも泣きそうになってるんでしょうか?

 この場に、自分の表情を写すものが何も無いのが悔やまれます。

 

「お前に言われたくねーよ。 比べたらガンダムとザクくらい戦力差あるわ」

 

 比較が良く分かりませんが、そんな事無いと思います。

 少なくとも、わたしに対しては、先輩はいっつもそうです。 本当にいっつも……

 

「先輩……」

「おう」

「今日は本当に遅くなってごめんなさい。 お店予約してくれてたんですよね……」

「いや、普通に当日行くつもりだった」

「……え……マジですか?」

「グーグル先生が当日でも大丈夫って言ってたからな」

「……ホントですか? オシャレな高級フレンチですよね?」

「なんか、当初の予定からハードルの位置が大分おかしなところに変わって無いですか一色さん」

 

 先輩は気を使ってくれてるんだと、多分思います。

 何だかんだでこの人は、人の事を見てますから。

 だから、少しだけ昔みたいにこのまま甘えても良いですか、先輩

 

「それだったら……わたし……今、超焼き肉食べたいです……」

「この時間にそんなもん食うと太るぞ」

「その時は……責任取って下さい」

「は、はぁ!?」

 

 明らかに動揺している先輩。

 この人のこういう顔を見ていると、ちょっと前までの暗い気分がアホらしくなって来ました。

 先輩は昔と変わらない。 そう、わたしと一緒だ。 大人になって色々変わっても本質は変わらない。

 

「あっ! 今、ちょっとときめきました?」

 

 顔を上げたわたしは、先輩の目を見ながらそう言った。

 今の表情は、この人の知っている、わたしに戻っているはずだ。

 

「はいはい、ときめいたときめいた」

「むー、何なんですかー ちょっと雑じゃないですかー?」

「まぁ、なんだ。 焼き肉屋だな。 取り敢えず行くか」

「話逸らさないで下さいよー」

 

 照れているのか、先輩はこっちを見ずに歩き出す。

 わたしは、文句を言いながら、そんな先輩の後ろについて行く。

 きっと高校生の頃と変わらない表情で。

 

 つづく

 

 

 

 




久しぶりの更新です。
お待たせしてすいません。

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