ランスが征く   作:アランドロン

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お待たせしました。




第八話 ランスの???

 『ランス城』

 

 月と星が夜空を席巻する真夜中、かなみとマリアも寝静まった時間帯。

 ランス城の上をふよふよと浮かぶ影が一つ。

 

「…今日は涼しくて良い天気ね」

 大きく深呼吸し、全身をグーっと伸ばしているのはランス城の地下に住む悪魔、フェリスだった。

 普段はランス城に籠っているフェリスは深夜、人が寝静まる時刻に時折夜のランス城を散歩していた。

 今は少し新鮮な空気を吸うため、屋上の上を飛んでいた。

 フェリスは逆さに跳びつつ、月を眺めていた。

 

(…こうしてぼーっとしてるとなんか今までの事が嘘みたい…)

 フェリスは自分を振り返る。

 悪魔になり、出世街道を驀進していた頃は凄く満足した人生を送っていたと思う。

 人間の魂を集めまくり、下級悪魔から尊敬される。

 そんな最強悪魔街道を夢見てたはずなのに…。

 

(はぁ…。どうしてこうなったんだろう)

 自分の運命の分岐点。魂の奪い安そうな欲望の塊みたいな人間に出会い、そしてその初契約で失敗して使い魔にされてしまった。

 しかも最悪な事にその人間と言うのが悪魔より外道な鬼畜だったのが自分にとっての運の尽きだったのだろう。

 

 

(あんな鬼畜な人間、他には絶対居ないだろうし…。本当、運が悪かったな…)

 四六時中呼び出されるわ、盾にされるわ、それにそんな鬼畜の子供を産んでしまってから、本当の地獄だった。

 悪魔としての位も落とされ、更に地獄の様な仕打ちも受けた。

 

(ああ、だめ。これ以上考えてたらまた気が滅入っちゃう…)

 フェリスは考えを切り替えるため、頭を二度振った。

 空を見る。深呼吸しながら星を見ていると、あいつのバカみたいな笑顔を思い出してしまった。

 地獄の様な仕打ちを受けていた自分を助けてくれたあの顔を…。

 

(…まぁ全部あいつの所為、なんだけど…。)

 憎む、恨む、どちらにしろ考えればきりがないが…。それでも今はどこか憎み切れない自分がバカみたいに思える。

 それに今、事実として自分が感じているのは…。

 

(…あの子、今頃何処にいるのかな。風邪とか曳いてないとイイケド…)

 自分と鬼畜の子供。本来ならば嫌悪の一つも湧くのが普通なのだろうが、迂闊にもフェリスはその子を愛してしまったのだ。

 悪魔の自分に母性があると言うのも笑えては来るのだが、愛してしまっている物はどうしようもない。

 不満があるとすれば、あの子が父への憎しみに囚われて私とすれ違っている事だ。

 

(あー、探しに行きたいなぁ…)

 フェリスは城の周囲から離れられない。

 人間の子を生んだフェリスは悪魔の中では罪人で、地上に置いては天使に狩られる存在なのだけど。

 

(…まぁ、そこはあの鬼畜に感謝しなくちゃいけないのかなぁ…)

 あの鬼畜のお蔭でこの城の周囲には天使は寄ってこない。

 

(ていうか、悪魔にも天使にも嫌われる奴って…)

 そう思うとあのバカ面も少し笑えて来る。

 ふふっと笑いつつ、ランス城の上をふよふよと飛んでいたときだった。

 ガサリ。

 明らかに自然ではない、人為的な草を踏む音が大きく聞こえて来た。

 

(こんな真夜中に…、誰だろう?)

 普段のフェリスならば別に誰がうろついていようが気にもしなかっただろうが、その時は自分の子供の事を考えてた事も有り、もしかしてと少し気になった。

 フェリスはそっとランス城の屋上の縁に降り立ち、城下を覗く。

 ランス城は高く、しかも深夜と言う事もあって余り下まで見えないのが普通なのだろうが、フェリスは悪魔だ。然らば夜目の効くその眼で音のしていた所へ視線を向ける。

 

(あれは…、何してんだろう?)

 ランス城の裏の森、草の根をかき分けるように歩いて居るのはランスだった。

 ゆっくりと先に進んで行くランスの後ろ姿を見ていたが、森の中に入った頃には見えなくなった。

 視界の端にはランスの部屋から地面まで届くロープが吊り下げられている。

 

(…ま、関係ないか)

 深夜の窓からの外出に少し違和感というか不信感を感じたが、自分には全く関係のない事とフェリスは興味を失い、再び夜の空へふわりと浮かんだ。

 

(でも、こういう変な行動が一番あいつらしいかも)

 空を浮かぶ黒い羽の女。その姿はまさしく悪魔なのだが、その悪魔の浮かべる表情は柔和で、とても悪魔には見えないものだった。

 

 

 

 『ランス城 ランスの自室』

 

 朝が何時も通り来る。皆の思いを他所に幸せに睡眠を貪る人物が居る。

 

「んん…、」

 シィルは窓から差し込む朝日に目を背け、寝返りを打つ。

 寝惚けた自身の体を包む、ポカポカと暖かい毛布の温もりに幸せに感じ、シィルは頬を緩めた。

 今の生活が始まって既に何日立ったのだろうかと、微睡んだ頭で思い返してみる。

 あれから毎日ランスと一緒、ランスと一緒に起きて、ランスと一緒に食事をして、ランスと一緒に笑う。

 これまで二人は色々と旅をしたが、これほどシィルが充実した日々を送るのは初めてでは無いだろうか。

アイスの村で一緒に暮らしていた頃ですら、これほどに幸せを感じたことは無いと思う。

 ランスが変な呪いにかかった事は多少気がかりだが、何かあるのは毎度の事なので今回の諦めも早かった。

 非常識なまでのこれまでの旅を思い返すと、笑みの一つもこぼれようと言う物。

 

(ふふふ…、ランス様、私は一生ランス様に…)

 シィルは今感じている幸せをもっと強く感じたくなり、隣で眠るランスに抱き付く為、大胆に手を伸ばす。

 何時もなら恥ずかしいと思ってしまう自分の行為も、今のランス様なら受け止めてくれるはず、と。

 

「……?」

 しかしシィルの手は、隣に寝ているはずのランスの体を掴むことは出来なかった。

 シィルは少し重い瞼をゆっくりと開いた。

 されどそこに居るはずのランスの姿は無かった。

 

「ランス、さま…?」

 ゆっくりと上体を起こし、眠い目をこする。

 外はまだ朝日が差し始めたばかりで、いつもならまだランスは寝ているはずの時間だ。

 私は不思議に思いゆっくりと周囲を確認する。

 ビスケッタによって整った室内に不審な点も無く、目当てのランスもいなかった。

 

「どこ、いったんだろ…」

 シィルはベットにランスのぬくもりの残る場所を見つけるとそこに寝転び、再度、寝息を立て始めた。

 次に目を開ければランスの笑顔が待っていると確信しながら。

 窓からは爽やかな朝の空気が流れ込んできた。

 

 

 

 『ランスの部屋』

 

「うーん、どうだろう?ランスの事だしふらっと出て行っただけでそのうち帰ってくるんじゃないかな?」

 マリアはランスの部屋をキョロキョロと観察しながらシィルに返事をした。

 

「で、でも…、出て行き方が不自然ですよ…」

 シィルは部屋の窓を見る。そこにはランスが出て行ったと思われるシーツで作られたロープが地面まで垂れていた。かなりの高さだ。

 マリアとかなみはうーんと頭を捻らせている。

 今朝、マリアとかなみが朝食を取っているところに現れたシィルは深刻な顔で二人に相談した。一緒に寝ていたランスがいつのまにか居なくなってしまったと。

 かなみは「何時もの事でしょ」と、軽く返事をしたがシィルが「そぅなのかなぁ」と、少し真剣に悩んでいる姿を見てマリアと共にランスの部屋を訪れたのだ。

 

「確かに、私もランスが出て行ったなら気が付きそうな物だし」

 一応、ランス付きの忍びとしての自覚はあるかなみは普段から城に出入りする人を気配でチェックしていた。

少なくともランスの隣に部屋を移したかなみはランスの部屋の異常位なら察知出来るだろうと踏んでいた。

 

「それにあのビスケッタさんが気が付かないってのもねぇ…」

「はいぃ…。いくら性格変わったからって自分の部屋から忍び足で出ていくなんて不自然ですよぉ…」

 居なくなったランスを思いシィルは昨晩確かに一緒に寝たランスの顔を思い浮かべる。少し寂しくなってきた。

 

「うーん…。二人がそういうなら変な気がしてきたけど…。でもだからってどうするの?」

 マリアは腕を組み、二人の顔を見比べた。マリアにとってはランスの異常な行動など驚きに価しないのだが。

 二人は困った顔を浮かべるだけでどうすればいいか、実行には考えが及んでいなかいようだ。

 と、その時突然、部屋のドアが力強くバカンと開かれた。

 咄嗟に三人が同時に振り向くとそこにいたのは、

 

「ダーリン!来ちゃった!」

 と、ニコニコと笑顔を浮かべるリア王女だった。

 

「あ、いらっしゃい、ませ…」

 シィルは目的の人物ではないとわかると再び視線を落とし、ため息を吐いた。

 マリアとかなみもこのあとの展開を考え、顔を引きつらせている。

 

「ん?なに?ダーリン居ないの?かなみ」

 リアは声のトーンを三段階は落とし、かなみに質問した。その口調にかなみは気圧される。

 

「は、はい、今、その、えーっと…」

 外出中と伝えるのが正しいのか、行方不明と伝えるのが正しいのか、かなみは少し言葉に詰まった。

 

「…なに?ダーリンに何かあったの?話なさい、かなみ」

 リアは睨むようにかなみに視線を向ける、威圧されたかなみは助けを求める様に涙目でマリアに視線を向けた。

 

「はぁ。この人に隠し事なんて通用する気がしないし…、えっと、何処から説明しましょうか…」

 マリアは頭を抱えつつ、リアに振り向くと、かなみから聞いたランスの変化を話し始めた。

 

 

「…そう、なかなかどうして。呪いの力と言う物は侮れないわね、マリス」

「はい。そのような変化をもたらす呪いは、あるいは国家一つを崩壊させかねません」

 椅子に座り、険しい顔を浮かべるリアの後ろで、マリスは静かにうなずいた。

 リアは視線だけ、向かいに座る三人の中でピンク髪のシィルに向けた。

 シィルの表情は暗い。

 ランスに呪いの影響とは言え、愛しているとまで言われたシィルをリアは心の底から妬ましく思う。しかしそれもまた、少しは分っていた事実とリアは自身の感情をコントロールしていく。

 

「ふぅ……。さて、事情は分ったわ。そこの図々しい奴隷の処分は先送りにするとして、」

 今度ははっきりと睨まれたシィルはビクリと体を跳ねさせ、硬直した。正に蛇に睨まれた蛙だった。

 

「まずはダーリンを探すのが先決ね、マリス」

「はい」

 リアがマリスに視線を送ると、マリスは両手を合わせ、パンパンと二回手を叩いた。

 するとシィル達の後ろ側、開いた窓に駆けられたカーテンがふわりと揺れ、室内にメイド服のような物を着た水色髪の女が、音もたてず室内に入ってきた。

 素早くそれに気が付いたかなみは振り向くが、その姿にどこか見覚えがあり、直ぐに警戒を緩めた。

 

「…、何だい?女王さん」

「貴方はダーリンがこの城から出て行くのは見なかったの?」

「んー?夜中にこっそり森の方へ出て行くのは見たけど?」

「なにか不審な処はあった?」

「いや、あぁ、上で変な悪魔が覗き見てたくらいかな」

「そう…、出ていったのは間違いないのね」

 リアは頭に手を当て、考えを巡らせる。

 その後ろでマリス「コホン」と一つ咳ばらいをする。

 

「ん?あー、もういいの?はいよ」

 水色の髪をした忍びと思わしき人物は再び窓から出て行った。

 それを見たかなみはシィルに耳打ちで質問をした。

 

「……ねぇ、シィルさん、今の人、見おぼえない?」

 どっかで見たんだけど…と頭をひねるかなみにシィルは「あはは」と苦い笑いをした。

 

「それで、リア様はどうするの?」

「…うん、決めた。このままの間違った性格ダーリンを放置できないし。マリス、探すわよ」

「はい」

 マリアの質問に決断したリアは勢いよく立ち上がるとマリスを連れて挨拶も早々に出て行った。

 残された三人は顔を見合わせる。

 

「…と、取り合えず城の人に話を聞きましょうか。さっきの悪魔ってのもフェリスさんの事だろうし」

 リアが動くとなると多少の事では済まなくなるなぁとマリアは苦い顔を浮かべつつ、ふたりに行動を促し、二人もそれに頷いた。

 

 

 『ゼス』

 

 深夜、布団がもぞもぞと忙しなく動いていた。

 ゼス宮殿の一室に設けられた純和風の部屋、床の間や畳敷き、襖の扉などゼスの雰囲気とは程遠い部屋の中央に一組の布団が敷かれていた。

 

「ん…、はぁはぁ…。」

 敷かれた布団の中、目をキュッと閉じ、もぞもぞと体を動かしていたのは、ゼス王の客人にして先輩にあたるリズナだった。

 

「はぁん…、こんなぁ、だめ…」

 頬を上気させ、甘い声を出しては体を動かしている。

 布団の側には空になった薬瓶が一つ転がっていた。

 

「んん…。またお薬を貰いに行かないと…、でも、もうちょっと…、あぁ…」

 切なげに声を荒げるリズナは快楽の端でランスの顔を思い出す。

 

 (ランスさん…、あぁ、ランスさん、ランスさん、ランスさん、ランスさん…)

 ランスの顔を思いだした途端、リズナの動きも激しくなる。頭の中はランスに襲われていた時がよみがえっていた。

 

「んん…らん、す、さん…!」

 今まさに、快楽の波がリズナを襲おうと体をのけぞらせ、足で蹴られた布団がはだけた瞬間。

 

 コンコン

「こんばんわ、夜分遅くに申し訳ないですがリズナさん、起きてらっしゃいますか?」

「…ふぇい!!!」

 突然の来客にリズナは妙な声をあげ、慌ててに布団に潜り込んだ。

リズナの心音は何時もの何十倍の音を立てている。

 

「…リズナさん、大丈夫ですか?開けますよ?」

 中の事など露知らず、そっと襖をあけて顔を覗かせたのはウルザだった。

 

「リズナさん?」

 部屋の明かりは点けられている。部屋の中央に敷かれた布団はこんもりと膨れていた。

 

「大丈夫ですか?」

 先程、室内より聞こえた妙な声に心配をしたウルザは声をかけると、こんもりとした布団はビクリと跳ねて返事をした。

 

「だだだ!大丈夫です!す、直ぐに行きますから部屋の外で待って居て貰えますか!?」

「は、はい…?」

 予想以上に大きな声で返事をされたウルザは内心、少し驚きつつも、襖を絞めて外で待機することにした。

 布団からぼさぼさの髪をしたリズナがそっと入り口を覗く。既に顔はゆでダコだ。

 

「…ううぅ、危ない処でした…」

 部屋からウルザが退室したのを確認すると、少し湿った布団から這い出し、中途半端になってしまった体に鞭を打ちつつ後処理を始めた。

 

 

 『ゼス宮殿』

 

 ゼス宮殿の会議室、ウルザに喚ばれたリズナは用意された席に座った。

 

「リズ姉、大丈夫なのか?」

「え?ええ、大丈夫ですよ?」

 まだ少し顔の赤いリズナは向かいに座る国王に苦笑いを浮かべた。

 

「それで、私はなんで呼ばれたのでしょう?」

 リズナは周りのメンツを見た。

 ゼス王国現四天王の千鶴子、マジック、ウルザ、パプリの四人が席に座り、頭を抱えていた。

 

「…私としては放って置きたい案件ですが?」

 四天王筆頭の千鶴子はガンジーに話を振る。

 しかしガンジーは頭を横に振った。

 

「それはいかん、次期国王の行方は我々としても把握しておく必要がある。」

 (次期国王…、ランスさんの事ですよね?)

 ガンジーの言葉から話を推察しようとするがまだわからない。

 

「えっと、なんのお話ですか?」

 リズナは隣に座るウルザにひそひそと小声で話しかけた。

 

「あぁ、えっと、簡単に言えばランスくんが行方不明なんです」

「ええ!?」

 ガタリと椅子を揺らし、勢いよく立ち上がったリズナに皆の視線が向いた。

 リズナは皆の視線を感じると俯き、すみませんとゆっくりと着席した。

 

「どういう事なんですか?」

「えっと、今日の昼にコパンドンさんから連絡を貰いまして、ランス君が失踪したから可能な範囲で捜索してほしいと」

よく状況の把握できていないリズナは「はぁ」と生返事をする。ランスの失踪に今一ピンと来るものがないからだ。

 

「…私としても探しに行きたいのだけど」

 マジックは眉を潜めつつガンジーに言葉を掛けるが、

 

「ダメです、マジック様はまだやることがあるでしょう?ほら、マジノラインの稼働状況は?」

「う…」

 横から千鶴子のダメ出しを食らい、マジックは引きつるように笑った。魔族に国を蹂躙された爪痕はまだ各地に残り、それから派生する問題に四天王は、特に千鶴子とウルザはてんてこ舞いだった。

 

「ですからガンジー様、今の私達の状況では他国に出向いてまでの捜索に費やせる費用も時間も有りません」

「ううむ、しかしだな…」

 ガンジーはちらりとリズナを盗み見る。その子供のようなガンジーの姿に、ウルザは弟を見るような、楽しそうに小さく笑った。

 

 (なるほど、そういう事ですか)

 此処に至り、自分がウルザに呼ばれた状況を理解し、リズナは微笑むと腕をピンと伸ばし、上げた。

 

「僭越ながら、私が捜索に立候補いたします。」

客の身であるリズナならゼス王宮には何も迷惑をかけることもない。そうでしょう?とウルザに視線を向けると、ウルザは済まなそうな顔で微笑んだ。

 

「そ、そうかそうか、リズ姉なら安心だ。どれ、俺も同行しようじゃないか!」

 手をぽむと叩きながら立ち上がったガンジーに、千鶴子はため息を吐きつつ言い放った。

 

「…駄目に決まってるじゃないですか」

 

 

 『ランス城』

 

「それで、捜索は上手く行ってますか?」

 かなみは姿勢を正し、椅子に座ったまま目の前の女性に話を振った。

 白いドレスを優雅に着こなす女性はかなみの不躾な質問にも嫌な顔をせず、頭を横に振った。

 

「申し訳ありません。本日まで私の処にも発見の報は届いておりません。」

「そう、ですか…」

 かなみははぁ、とため息を吐いた。

 ランスが居なくなってもう一週間が経とうと言うのに未だランスに関する情報が入ってこない。

 今日はコパ帝国との貿易交渉を目的にランス城に来訪しているヘルマン大統領、シーラに話を聞きに来ていた。

 

「かなみさんの方でも進捗は無しですか?」

「ええ、私達も色々探してはいるのですが…。」

 シーラは困ったと言う顔のかなみを見てクスリと笑った。何か変な事を言ったかと心配になるが、特にかなみには思いつかなかった。

 

「かなみさんは本当にランス様が大好きで、そして心配なのですね」

「え、いや、まぁ…、はぃ…。」

 かなみはクスクスと笑う笑顔のシーラに、苦笑いを浮かべる。

 

「えっと、でもシーラ様もランスの事を…、好き、いえ、心配なのではないのですか?」

 そんなかなみの質問にシーラは目を閉じると、静かに返事を返した。

 

「ええ。ランス様の事は大好きですし、心配もしております。」

 目を閉じたまま頷くシーラに、かなみは何も言えないでいた。

 

「…しかし捉えようのないあの方の事です。かなみさん、」

「は、はい」

「かなみさんは今、この瞬間、ランス様は何をしていると想像しますか?」

「い、今ですか?…う~ん…」

 一人きりのランスの姿をかなみは必死に思い描くが、特に何かをしているのを想像するのは難しかった。

 そのかなみの悩む姿を見たシーラは、「ふふふ」と上品に微笑んだ。こういう姿を見せられると相手が本当に凄い人なんだとかなみは実感する。

 

「かなみさん。私はあの方とは出会ってまだそんなに立っている訳ではないので、かなみさん程詳しいも有りませんし、親しくも無いと思っています。」

「わ、私もそれほどあいつに詳しいって訳じゃ…」

 慌てて手を振り、照れながら否定するかなみにシーラはにこやかに続きを語る。

 

「ふふ、それでもですね…、私にはあの方の窮地の姿は思い描けません。」

「は、はぁ…」

「それよりも新たに女性を求めて自由な日々に明け暮れる。そんなランス様しか私には思い描けないのです。」

 にこやかに、それでいて優雅に笑う目の前の女性に自分ではかなわないなぁと、かなみは頭を掻いた。

 

「そう、かもしれません。案外あいつの事だから人の気も知らないで呪いとかも解けてたり…」

「そうです。それこそ私の知っているランス様なのですから。」

 ランス城の五階に新設されたヘルマン大使館の中に二人の静かな笑い声が重なった。

 

「そういえばシィルさんはどうなされているのです?」

 一通り二人で笑い合うと、シーラは唐突にかなみに質問をした。一番ランスと親しいシィルの事を本当に案じているのがシーラの態度から伝わってくる。かなみの私見ではシーラもランスの事を好きなはずなのにそれでも最大のライバルのシィルを心配できるこの人は、違う意味でリア女王より底が見えない。

 

「えっと、…シィルさんは今は皆と買い物に出ています。ずっと探し回っているだけってのも辛いですし」

「そうですか…。余り心配せずとも全ての国が探しているのです。かなみさんも気を落とさず待ちましょう?」

「は、はい…」

 自分をも気遣ってくれる。普段以上に優しいシーラの人柄にかなみは涙が浮かんで来た。

 涙目のかなみにシーラは微笑みながらハンカチを渡す。

 私、この人に付いて行こうかな、そんな事を思っていた時だった。

 

「か、かなみさん!」

 ドアを勢いよく開いたのは買い物に出ているはずのシィルだった。

 慌てた様子のシィルに二人は驚きの声を出せずにいると、

「ランス様が見つかりました!」

「え…」

 余りに突然の急報に再び二人は声を失った。

 

 

 『川中島 AL教本部・研究室』

私は私を取り巻く世界が好きです。

少し前の自分では感じ得なかった類いの感情を身をもって実感しています。

そしてそんな世界を私に知らしめてくれたランスに大恩を感じると共に、恋心と思われる物を抱いています。

そういった自身の変化が本当に心地よいです。

 

「…なるほど。これでほぼ解明ですね。」

クルックーは中身の無くなった瓶を机の上に置くと小さな息を漏らした。

周囲には手伝ってくれた者達がクルックーの答えを待っている。本当に得難い友とクルックーは感じていた。

 

「それで?兄貴はいったいどうなっちまったんだ?」

アルカネーゼは要らない資料をゴミ箱に捨てながらクルックーに質問を投げ掛ける。

この大きな友人は見た目とは裏腹に、妙に慎重な性格をしている。

 

「早雲さんの式神の理論が正しいと過程するなら…」

クルックーはJapanから送られてきた式紙の基礎資料を一別する。その資料を作成した人の癖か、妙に遠回しな引用が多く見られた。

 

「この薬に込められた呪いの本来の効能は大方、惚れ薬の類いのですね」

クルックーの言葉にアルカネーゼは首を捻る。こうした小さな動きは大柄な彼女に不似合いで、だが可愛らしさを魅せた。

 

「え?でもそんな感じじゃ無かったように思うんだけど…、兄貴がシィルさんを好きなのは前からだろうし、誰かが兄貴に惚れたようにも見えなかったし…」

「そうです。ですがこの呪いの本当の惚れ要素は、呪いをかけた人物に惚れるといった厄介な物です」

「はー、そんなすげぇ便利な呪いがあるのかー」

アルカネーゼは感心していた。

 

「ええ、それも即効性でなはないようですね。最近のランスの様子の変化はその前段階だったという事です。」

アルカネーゼは小瓶を見つつ、色々と思案している様子だ。

クルックーは無言で立ち上がると、資料を無造作にいつもの鞄に積めた。

 

「つまり兄貴は誰かに惚れたと…。あれ?どっかいくのか?」

「ええ、これからJapanで早雲さんに会いに行ってみます。何か嫌な予感がするので早めに解呪方法を探らなければ。」

「あー、うん。わかった。あたいも着いていくよ」

「…ありがとうございます」

いいよ、とにこやかに笑うアルカネーゼに私は心に暖かいものを感じました。こんな頼もしくも素敵な友人に出会えたのもランスのお陰です。そんなランスが訳のわからない呪いに振り回されるのはひどく気分が悪い、悪いのでもう一人旅の仲間を連れて行きましょう。そうすれば頭の片隅で爆発しそうなイライラも軽減するかも知れなです。取り敢えず、サチコさんを誘ってJapanに行きましょう。

 




遅くなりました。

急展開ですが付いてきてください(笑)
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