『ペンシル・カウ パステルの部屋、前』
ドンドンと部屋のドアを叩く。
ペンシル・カウに拠点を構える一族、カラーの女王の部屋の扉を不躾に叩くのは体躯の小さな少女だ。
「おかーさん、開けて」
「い、いやじゃ!」
パステルの部屋の前で眉をハの字に曲げ、リセットは部屋に引きこもったパステルに困り果てていた。
自分の母親が意地になり、部屋から出てこなくなってから丸一日が立っていた。
「おかーさん…」
突然だが、わたし、リセットは幸せ者だと思う。
何故と聞かれたら真っ先に答えられるのが『家族』がいるから。
わたし達の一族、殆どのカラーは自分の父親を知らない、だからと言って彼女たちが不幸だとも思う気はなけれど。
わたしの父親はランスと言う人間の男の人、母は今部屋に籠っているパステルと言うカラーの女のひと、それに兄のダークランスもいる。
おとーさんは何時も明るく、自信満々で、とっても強くって、それにカッコいい。
おかーさんは躾に厳しいけれど、それはわたしのためで、それに寝る前に頭を撫でてくれるとっても優しいおかあさん。
わたしが生まれてしばらくは、おかあさんが怖かったけど、サクラお姉ちゃんが色々と教えてくれた。
おかあさんはじょーおー様としてみんなの事を幸せにするために頑張っているのだと。
いつも二人がケンカしているのは愛情の裏返しなのだと里のみんなが教えてくれた。
おとーさんは里の人気者でいつもみんなが羨ましがって、おとーさんが本当にすごい人なのだとわかる。
もちろん、おかーさんもみんなの中心人物で、みんなに愛されているのがとても嬉しい。
だけど、おかーさんはおとーさんの事になるとまるで腫物に触るかのように嫌う。
わたしにはまだ理由はよく分らないけれど、二人がケンカするのは嫌なのに。
「はぁ…、おかーさん…」
「…」
部屋の中からは何も聞こえてこない。
リセットはため息をこぼすと、とぼとぼと屋敷から出て行った。
『パステルの部屋』
部屋に備え付けてある大きな天蓋付きのベットにパステルはうつぶせになっていた。
枕を抱える細身の体は少女の様で、一見、この里の女王には見えない。
「…はぁ…、どうして解ってくれんのじゃ…」
先ほどまで叩かれていた部屋のドアをちらりと見る。
パステルには部屋の向こうで泣きそうな顔をしているリセットが想像できた。
枕を抱きかかえ、ごろりとベットの上で寝返る。
「リセット…、わらわは…」
リセットを生んでどの位たったのじゃろうか…。
生まれた頃は殺してやりたいくらい憎かったあのぷにぷにの顔も、今ではわらわの大切な宝物じゃ。
深く、息を吸う。
リセットが生まれから暫らくはわらわはリセットに冷たく当たってきた。
少なくともあのような手段で生まれた子に愛情など注げようものかと思い、わらわの汚名を雪ぐ為だけの道具として見ていた。
だが、思う様に動かなんだリセットにわらわは不満をぶつけた。
なのに、そんな酷い事をするわらわに対して、リセットはわらわに強い愛情を向けてくれた。
凄く、嬉しかった。
わらわにとって子とは、時期女王を作る為だけの通過儀礼だと思っておったのに…。
思えばわらわの母も娘であるわらわ達姉妹に愛情を向けてくれた事などなかったように思う。
それは当然で、カラー女王の使命として、わらわ達に普通の家庭の事柄なぞ対して教えてくれなかったし、それに殆ど一緒にいた記憶も無い。
じゃが、我が娘リセットはこのわらわに向かって愛しているとはっきり告げてくれた。
それが何よりも嬉しくて…。
それからわらわはリセットの事を唯の女王候補と言うだけでなく、きちんとわらわの知る限り母として接してきたつもりだ。
人に愛情を向けると言う、口で言えば簡単なことじゃがわらわには体現出来なかった事をしてくれるリセットの為に。
そんな優しく育ってくれたリセットの笑顔を思い浮かべるとわらわも気持ちが安らいだ。
じゃが…、そんなリセットの背後に立つあ奴の下品な笑いを思い浮かべると気持ちがざわつく。
「リセットよ…、そやつは…駄目じゃ…、」
わらわにとって忌々しい男、ランスの顔を思い浮かべる。
わらわを散々な目に合わせたあ奴の顔を思っているとだんだん腹が立ってくる。
「…あ奴の何処にリセットが懐く要素があるというのじゃ…」
わらわが唯一、リセットの気持ちが分らないの、不可解な処がそこである。
我儘で、粗野で、傲慢で、自分勝手な男、里の外の男をそのまますべて体現したようなあ奴に懐く気持ちなぞ、わらわには理解しがたい。
…わらわが父と言う物を知らないからなのじゃろうか。
「ううむ……。」
理解できない事を悩みながらいつの間にかわらわは寝ていた。
『女王の屋敷前』
「リセット様、パステル様は…?」
「でてこない…」
サクラの心配そうな表情にリセットは呟くように答えた。
「余り落ち込むな、リセット様が落ち込んでも仕方がない事だ」
落ち込むリセットの頭をイージスは優しく撫でる。
「でも困りましたね、このままではパステル様のお体にも障ります。」
「そう、ですね、もう丸一日、何も食べていらっしゃらないはずです」
サクラとイージスは困り果てた顔で屋敷を見上げた。
パステルの自室にはカーテンが引かれており、中は見えない。
「…おかーさん、そんなにおとーさんが嫌いなのかな…」
リセットが今にも泣きだしそうな顔で俯いた。
「…そんなことは無いと思うよ、リセットちゃん」
リセットの背後から優しく抱きしめたのは、一緒に付いてきたグレースーツの女、クレインだった。
「本当に…?」
「うん、だって、本当に嫌ってたらパステル様の宝物のリセットちゃんを預けたりはしないでしょう?」
「…うん、そうだよ、ね、へへ」
苦い顔で照れ笑いするリセットの頭をクレインは優しく撫でる。
「しかし、このままにはして置けませんし…」
サクラは幾分和らいだように見えるリセットの顔を見て笑みをこぼす。
「…それなら私に考えがあるのですが、」
「ん?妙案があるなら聞きたいな」
「えっと…、ごにょごにょ」
クレインは立ち上がるとイージスとサクラに耳打ちをした。
そんな三人を見てリセットは首を傾げた。
『再びパステルの部屋の前』
普段は執務室として使われているパステルの自室の前の部屋。
此処には里の政務にかかわる重要な資料が色々と詰まっているのだが、今は綺麗にかたずけられていた。
そんな部屋の中心に置かれた少し大き目なテーブルの上にイージスは料理を並べていく。
「よっと、えっと食器は四人分でいいのだな?」
「はい、後はパステル様が料理に釣られて出てくるのを待ちます」
食器をテーブルに並べるイージスを見ながらサクラは眉を顰める。
「…本当にこんなので釣られるのかしら…」
「大丈夫ですよ、少なくとも意地になっている相手のリセットちゃんがこの場に居ないのですから」
「それは、そうですけど…」
料理に釣られて自分の意地を解く女王、それを考え少し頭が重くなったサクラはカラー独自の衣装に着替えたクレインを見た。
「それに今回はとっておきが有りますし」
「そうですよサクラ様、この料理があればパステル様だって考えを替えてくれるかもです」
イージスが料理の中央に置いたのは簡素な卵料理だった。
「リセットちゃんの自信作にパステル様が食いつかないはずはないですよ。ふふ」
クレインの笑顔にサクラも同意の笑みを浮かべた。
『パステルの自室』
「……んん?」
寝ていたパステルは部屋の前の楽しそうな声で目が覚めた。
「寝てしもうたか…、リセットは諦めたかの…?」
ベットから起き上がり、伸びをしてからドアの前に立った。
ドアの外からは楽しそうな会話が聞こえる。
「サクラとイージスと…、もう一人おるな」
パステルは聞き耳を立てる。
どうやら料理の話をしているらしい、その会話の中にリセットが作ったと言う単語も聞き取りパステルは少しにやけた。
「さすが我が娘じゃ、どうやら料理も出来が良いみたいじゃな…」
その時、パステルの腹部から大きなおなかのなる音が聞こえた。
恥ずかしさの余りパステルはお腹を押さえ、しゃがみこんだ。
「き、聞こえ取らんじゃろうな…」
パステルはそーっとドアに耳を寄せた。
その時突然、部屋をノックされた。
「うわ!」
「パ、パステル様!?どうされました!?」
驚いたパステルはしりもちを付き、ドアの向こうからはサクラの心配そうな声がかけられる。
「だ、大丈夫じゃ、それより何ようじゃ!」
パステルはドキドキとなる胸を押さえながらサクラにノックの理由を尋ねた。
「はい、食事の用意が整いましたのでお呼びしようと、」
「そ、そうか……」
パステルは三回深呼吸をすると立ち上がった。
「リ、リセットはおるのか?」
「いえ、今は出かけておられます」
「そうか…」
なんだか自分が悪いことをしているみたいに感じパステルは少し表情を曇らせたが、自分は悪くないはずだと言い聞かせ、扉に手をかけた。
「パ、パステル様…」
「う、うむ、食事はとらねば体にわるいからのぉ」
一瞬見えたサクラの残念そうな顔に違和感を覚えつつもパステルは部屋から出て来た。
笑顔のイージスとクレインを無視して料理に視線を合わせた。
「ほぉ、豪華じゃの、どれがリセットの作ったものなのじゃ?」
「あ、えっと…」
「よい、わらわが当てる」
自分で言った質問に答えるクレインを制し、料理をマジマジと眺める。
「うーむ、これじゃろ!この素晴らしい見た目、間違いなくこれじゃ!」
パステルは指を指し、サクラに同意を求めるが、
「違いますよ、そのテーブルの中央の料理です」
「う、うむ、まぁそれもじゃと思って居ったがの、おお、美味しそうじゃ」
外れた恥ずかしさを強引に押し切り、パステルは赤面したまま席に座った。
「そ、それでは頂こうかの、」
「はい、そうしましょう、冷めては美味しくなくなります」
「うむ」
そのまま四人は静かに食事を始めた。
食事を半分平らげ、お腹が落ち着いたころ、パステルは疑問を投げかけた。
「…、ところで、おぬしは誰じゃ?見慣れぬ顔じゃが…」
「ん…」
パステルの視線の先にはクレインが居た。
クレインは口の周りをナプキンで拭くと挨拶をした。
「お久しぶりですパステル様、私はクレインと言います」
「ん?久しぶり…?」
「ほら、ランスの城でお会いしましたでしょう?」
サクラが補足するがパステルはクレインの顔をまじまじと見、思い出そうとする。
「うーん…、居ったような気がしなくも無いのぉ…」
「…仕方ないですよ、私影が薄いですから」
「そう、か、それで、なんでここに居るのじゃ?」
パステルはサクラに尋ねた。
「リセット様を送って来て下さったのですよ。」
「ほぉ、護衛をしてくれたのか、大儀じゃ」
「いえ、それほどでも、心配でしたし」
パステルはうむ、とうなずくと食事を再開した。
「パステル様、」
「ん?なんじゃ?」
食事をしながらクレインはパステルに質問をした。
「リセットちゃんとランスの処へ来てはくれないのですか?」
「ぶ!!ゴホ!」
クレインから突然の直球の質問に、飲んだお茶をむせる。
パステルはゴホゴホとせき込み、サクラが慌てて背中を撫でる。
「な!なぜわらわが!」
パステルはキッとクレインを睨んだ、しかしクレインは怖気ずにその眼を見ながら答えた。
「いえ、パステル様がランスの事を嫌いなのは知っています」
「ならばなぜなのじゃ?」
パステルはクレインの思考が解らず眉を顰めた。
「リセットちゃんの為、です」
「な…」
「リセットちゃんはとてもお父さんを慕っています、」
「…それは、解って居る」
パステルは眉をさらに顰め、俯いた。
「パステル様、そんなにランスが憎いのですか?」
横からサクラがパステルの表情を見つつ、質問をした。
「…憎い、はずじゃ」
「はずとは?」
今度は反対からイージスが質問をする。
パステルはため息を吐き、頭を抱えながら返事をした。
「…わらわはあ奴のやった蛮行を生涯、許すつもりはない、だが、な」
パステルはサクラの入れてくれた少し冷めた紅茶に口をつけた。
「あ奴の行動の結果には…その、称賛に価すると思っておるのじゃ」
パステルは不機嫌な顔を隠そうともせずそっぽを向き、言葉を続ける。
「じゃから、わらわが関知しないのであればあ奴がリセットの父なのは誇らしい部分もあるのじゃ、忌々しいがの」
サクラが笑顔でパステルの飲み干した紅茶のお代わりを入れた。
「…つまり父として認めると言う事ですか?」
「…そうじゃ、悔しいがあれほどの功績を上げれる人間なんぞわらわは他に知らんしの、ふん」
クレインとサクラは笑顔でパステルを見つめる。
言葉は苦々しいが確かにランスを認めたパステルは母親の顔をしていた。
「じゃから、わらわの大切なリセットの父として、もう少しまともになって欲しいもんじゃが…」
パステルはため息を吐きつつも新しく注がれた紅茶を一口飲んだ。
「……お母さん…」
「ん?」
パステルは不意にリセットに呼ばれ、後ろを振り向いた。
「んん?」
キョロキョロとあたりを見回すがリセットの姿は無かった。
「お母さん…」
今度は少し涙交じりの声でリセットの声が聞こえた。
「な、なんじゃ?」
パステルは見当たらないリセットを不審に思い三人へ顔を向けた。
三人とも微笑みながらパステルの後ろを指さす。
「お母さん…」
「ほら、女王様、後ろですよ」
「い、居ないではないか…」
パステルは再び振り向きリセットを探すが姿は見えず、再び三人に振り向く。
「お母さん大好き!」
「ひ!」
今度はパステルの背後から椅子事抱きしめられ、パステルは喉の奥から引きつった声を上げた。
「リセットちゃん、見えてないよ、ふふ」
クレインが一言、パステルの背後の空間に声をかける。
そこにスゥっと現れたのはいつもクレインが来ていたスーツだった。
「そうだった!よいしょっと」
スーツのマスクを取ると中からリセットが出て来た、ぶかぶかのスーツを脱いでいく。
「お母さん、お母さんもやっぱりお父さんの事、好きなんだよね!」
早業でスーツを脱ぐと、リセットは再びパステルに飛びつく、が、
「……」
「お母さん?」
「……」
「…サクラさん、もう一泊しても良いですか?」
「仕方ないですね、ぜひ」
リセットに揺さぶられるパステルは、宙を見たまま気絶していた。
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『暗闇』
余には叶えてみたい夢がある。
王になる事、その前提として、自分の眼の届く範囲の人間たちが幸せであること。
余は偉大な大魔法使いミステリアス・トーの弟子。
余に出来ないはずはない。
「しかし、あの者たちは余の事を許すまい…、それだけが気がかりではあるが」
余の野望の為に、やらねばならぬ事がある。
しかし、既にこれは決定したこと、人の意思を踏みにじる行為にどれだけの代償が付こうとも余は…。
「師にも越えられぬ壁、余ならば…、必ず」
手の中にある白い箱を見ながらミラクルは微笑んだ。
少し脇道です。
リセットとミラクルをもうちょっと書きたかったので。
何かミラクルの事を書きすぎるとこの先が難しくなりそうなのでちょっとだけです。