『僕はティズ、ティズ・オーリア!これからよろしくね!』
『公国軍の手先だったあなたに、私の何が分かるんですか!!?』
『そうまさしく愛『リングアベルは黙って』…』
『君は、そう「希望」。僕の希望だ』
『愛してる、イデア』
「…………夢か………いつの間にか、寝ちゃってたんだ…」
頼りなく風に揺れる焚き火に手をかざし、イデアは深く溜め息をついた。寒さは然程でもないが、こうしていると不思議と落ち着き、心が安寧を得る。仲間と夜営した際、よく不安を抱えては、こうして火の前に座睡したものだ。
逃げ入った森は既に闇に包まれ、彼女の頭上には黒々とした夜の帳が広がっている。星がイデアの髪と同じ光を放っている。
そして……その星々の中心には蒼月が二つ。イデアの故郷エタルニア、いやルクセンダルクでは決して有り得ない情景が、彼女の視界に映りこんでいた。
「この状況が夢であってほしかったな……」
使い魔の儀の最中天を仰ぎ、見つけた二つの月影。燦々たる太陽の幕に阻まれハッキリと視認できなかったが、確かに月は二つあった。
そして時が過ぎ、この世界が夜を迎えるとイデアの予想が確信へと変じたのだ。
「ここはルクセンダルクじゃない…完全な異世界なんだ…」
平行世界ならば何度も渡ってきた。仲間たちと奮闘し幾度となくクリスタルを解放した。そして…自分を含め平行世界の仲間たちが辿る悲しい運命を全て知った。
世界は違えどあそこは紛れもなくルクセンダルクだった。世界は異なろうとイデアの愛した人たち確かに存在したのだ。
だが、ここは異世界。イデアが愛した人や国は何処にもない。それどころかイデアを賎民と断じ、その様を見て嘲笑する傲慢な輩が幅をきかせている場所。
そんな所にいきなり呼び出された挙げ句、ろくに説明もされぬまま「使い魔」とやらの契約を受け、あのいけすかない桃頭に従属を強いられる羽目となった。あの燃えるような痛みも契約が結ばれた結果生じたものなのだろうか。
そしてこの左手の紋章こそ…
「使い魔の証…」
イデアは証をじっと見つめた後、何を思ったか腰の佩剣を抜き、その剣身を左手の甲を押し付けた。
そして、それを一気に引いた。
「ッく!」
鋭い痛みが体を駆け抜け、次いで左手が生温い感触に満ちた。
交戦時ならば痛みも出血の感覚も気にならぬのに、自傷行為はどうも堪える。
鮮血と焚火が重なり、森にはあるまじき赤が生まれた。
イデアは再び左手の甲を見た。血に汚れていたが、不思議な紋章は依然として刻まれていた。
「はは…騎士の剣で自分を傷付けたなんてお父様が知れば、大目玉くらっちゃうな…」
頼りない自嘲の笑みが込み上げる。
幼いながらも整った顔立ちが翳り、イデアは暗憺たるものを感じた。
使い魔の証を消せず、ルクセンダルクに帰る方法も此処が何処かも分からない。
正しく八方塞がり。
弱味を見せまいと、気丈に振る舞っていたイデアの精神は限界に達しようとしていた。
「いっそ…」
────命を断ってしまえば…夢が覚め、帰れるかもしれない
自傷ではなく自殺。イデアは濁った眼のまま再び柄に手を掛けた。
その時だった。
「っく!また!??」
勢いの乏しい焚火の上に、突如光の円環が現れた。
円環はイデアをこの世界に送った時のように、大きく渦巻き縮小し、再びイデアを呑まんと迫った。
イデアは立ち上がり、鮮血に染まった左手を伸ばし光の環を掴んだ。
────やっぱり、間違ってなかった。
────これは夢なんだ!!
これでルクセンダルクへ帰れるかもしれない。
安堵と憔悴の入り交じった笑みを浮かべ、イデアの体は円環へと消えていった。
「…う~ん」
混濁する意識の中、イデアの視界が捉えたものは無であった。色彩など存在せず、およそ人の世から剥離した無想の景色。無限に繋がる無の空間を前に、イデアは何故か既視感を覚えた。
とある激戦の中、そんなに遠くない記憶。
───そうだ確か前の世界で、正体を露にしたエアリーに敗れた時に…
「目が覚めましたか……?」
「!」
頭に響いた美しい声音に、イデアの意識は一気に覚醒した。
宙に浮遊する感覚を体に馴染ませ、ゆっくりと頭を起こし、声の発生源を見る。
そこには…
「ア、アニエス…なの?」
腰まで伸びる薄茶色の髪に、イデアに劣らず整った面貌。
体に纏いし祈祷服は、見る者を圧倒する清冽さを醸している。
かつて共にルクセンダルクの大陸を巡り歩いた仲間。
クリスタル解放の宿命に燃える風の巫女。
クリスタル正教次期教皇との呼び声高き才女。
光の戦士の一人、アニエス・ オブリージュがそこに佇んでいた。
何故ここにいるのか、此処はどこなのか、あの光の円環はアニエスの仕業だったのか。
尋ねたいことは多々あるが、イデアは驚愕のあまり言葉を発することが出来なかった。
だが、イデアの第一の問に対し正面の少女は解を投じた。
「いいえ、私はアニエス・オブリージュではありません。容貌こそ同じですが、私は彼女とは別人です」
「アニエスじゃない…?」
どういうことなのか?
目の前の少女は姿形だけではなく声音までアニエスと一致している。決して短くない期間を彼女と共に過ごしたイデアだからこそ、少女の言葉を疑うのは必然であった。
懐疑的なイデアの視線を浴びて、アニエスと思わしき少女は苦笑した。
「貴女は知っている筈ですよ…アニエス・オブリージュと全く同じ姿を持つ者の存在を」
「アニエスと同じ………あっ!」
イデアの頭に一つの絵画が浮かび上がった。
祖国エタルニアの北西に建つ、氷の古塔。その最上階の玉座の裏にそれは眠っていたのだ。
「天使の絵」
1800年前、大戦の最中にあったルクセンダルクに突如として舞い降りた片翼の天使を描いたもの。その絵に描かれた天使もアニエスと同じ容貌を持っていた。
それを拝見するため光の戦士たちは、絵画の所有者であり、またその製作者である吸血鬼と一戦を交えたのだ。
そして吸血鬼の口から語られた、教団とクリスタルにまつわる真実…。
イデアが懐かしむように頭に情景を思い描くと、少女は艶然と微笑んだ。
「その様子だとレスター卿から全てを聞きましたね」
吸血鬼の名を知る少女を見て、イデアは確信した。
「レスター卿を知っている、やはりあなたは…」
「ええ、私は……1800年前レスター卿とユルヤナの老師の前に現れた天使です」
話が進まない…
伏線を張っておきたいので、もう暫くこの駄文劇にお付き合い下さい。(しかし、進まん…)