思いついたSS冒頭小ネタ集   作:たけのこの里派

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Put Satanachia 5

 

 

 

 

 翌日。

 桜が召喚で消耗し、朝を超えて昼を迎えた間桐邸。そこで朝では揃わなかったリビングにて、全員が食事の席に着いていた。

 これは衛宮邸での食事習慣で、間桐にも馴染んだものである。

 こればかりは暗黙の了解というやつだ。

 特に、そういったものを効率重視で蔑ろにしがちな慎二でさえ、この場にはキチンと参加する。

 食卓とは、一人残らず血の繋がらない三人の兄妹にとって、彼等を家族として繋ぎ止める楔の一つでもあった。

 そんな場に、新たな者が参入する。

 

「……」

 

 桜が召喚したサーヴァント、ライダーである。

 そんな彼女は桜に連れられて、ダイニングに足を踏み入れた。

 ライダーを含めても四人しか居ない間桐家に対して、余りに広いダイニングは、しかして洋式の邸には不釣り合いな少し大きめの炬燵が占有していた。

 

「おや、もう少し惰眠を貪っているかと思ったのですが。──おはようございます、桜姉さん。そしてライダー」

 

 料理が乗せられた食器を並べるのは、白髪金眼の美少女。

 口を開けば毒が漏れる、間桐カレンであった。

 

「ッ……」

 

 昨日カレンと初めて出会ったライダーは、そんな彼女に既に苦手意識があったりする。

 無論、彼女の毒舌は人間への興味関心が薄いライダーをして猛毒だが、本当に煩わしいなら彼女は無視を決め込むだろう。

 基本面倒事は無関心で通す性格である。

 だがそれが出来ないのは、ひとえに彼女の姿が最愛の姉達に、容姿ではなく言動が余りに酷似しているからだろうか。

 果たして正真の神霊と似てる、などと呼ばれるカレンへの評価を客観的に決めるのは、ライダーには困難だった。

 自分の仇敵、最愛の姉達。

 そんな対極に位置する者達と似てる間桐家は、ライダーにとって非常に対応しづらい場所であった。

 

『────あらあら、妹と一緒に薄暗い密室に入ってどんな如何わしい行為をしているのかと思えば、そんなはしたない格好の女性を連れ込んで』

 

 遡るのは昨夜。

 慎二によって紹介された間桐家の末妹が、ライダーの姿を見た開口一番がこれだった。

 実際ライダーの格好は明らかにサイズ違いであり、あるいはその手の職業の人間にしか見えなかったので非難されても不可抗力だが───カレンの表情は愉悦一色であった。

 

『全く、妹に手を出すだけに飽きたらず、それが召喚した英霊にまで獣欲を撒き散らすのですか? 私も本気で身の危険を─────』

『コイツは妹のカレンだ。……丁度良い、桜が目を覚ます前にコイツに合う服を適当に買ってきてくれ。霊体化すれば、行きは問題無いだろう』

『……………………むぅ』

 

 珍しく堂々と兄を弄る材料に、ウキウキで責め立てるが────、一転。

 その罵倒に、昨日までなら慎二は辟易しながらどう切り抜けるか思案し、それでも妹の歪んだ愛情表現に付き合っていただろう。

 だが、生憎と既に非常時。

 慎二は既に、鉄仮面を被りきっていた。

 

『前もって言っていたが……桜がサーヴァントを召喚した以上、お前に構ってやる余裕はない』

『……はぁ、仕方ありません。分かりました』

 

 しかし、ほぼスルーに等しい対応にカレンは珍しくむくれる様に眉を歪ませるも、最後には溜め息と共に聞き分けた。

 これを無視すれば、本気で存在しないものとして扱われるだろう。

 或いは、自室に監禁染みた謹慎処分を受けるかもしれない。

 普段なら兎も角、現在は聖杯戦争という非常事態の準備期間。

 あらゆる争いに於いて、準備期間こそが全てである。

 

 必要だと判断した慎二は、カレンの自意識を無理矢理封じ込むことさえ辞さない。

 ひとえに、彼女の命を守るために。

 そんな二人を尻目に、ライダーは一人落ち込んでいた。

 

『やはり、私の様な大女では姉様達の御下がりは似合わないのでしょうか……』

『────はぁ? 大女……? というか、御下がりだって? そもそも一体いつの御下がりだソレ……』

 

 無表情で呆れたような声を出す、といった器用な真似を慎二が疑問符を浮かべる。

 メドゥーサの姉達とは、即ちゴルゴン三姉妹のステンノとエウリュアレである。

 ライダーの実姉であり不変である神霊の彼女達が、恐らくライダーを除けば唯一()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()、思わずライダーの全身を見直す。

 高校生として比較的小柄な彼にとっても、ライダーの170センチ程度の身長で大女と嫌味なく形容するには、少しばかり大袈裟である。

 だがそれ以上に、身長が130センチ台の姉達の御下がりを着続ける事に驚いていた。

 

 無論ライダー(メドゥーサ)も、それを貰った時代はその服に相応しい背格好だったのだろう。

 事実槍兵(ランサー)として現界した彼女は、神霊として完成したIFの姿である。

 その時の姿なら兎も角、ライダーとして現界した彼女は姉達を狙う英雄たちを理知的に返り討ちにしていた頃の、神性と怪物性が両立している姿であった。

 即ち本来不変である女神でありながら、唯一成長────()()()()()()という唯一性を持っていたメドゥーサだからこその変容。

 元はワンピースだったのだろうが、昔貰った御下がりをずっと着続けていれば、そりゃそんな際どくもなる。

 

 勿論そんな思考を、彼女が知る術は無く。

 威風堂々、と言うわけではないが、それでもサーヴァントとして相応しい魔力と共に在った彼女は、羞恥に俯き肩を震わせる。

 彼女にとっての女性としての理想像が、少女という事さえギリギリな幼さの姉達であるが故にライダーの顔に劣等感から朱が滲む。

 それにカレンが嗜虐心と共に色めき立つのを、慎二が睨み付けることで抑えながら答える。

 

「大女ってのは意味分からないけど───少なくとも、現代社会に於いてソレはアウトに決まってるだろ。聖杯から与えられる知識に、常識含まれなかったの? 

 もしそんな格好を桜やカレンがしてたら、僕は即座に他人の振りをするね」

 

 あくまで現代の人間の品性では、と付けられた蛇足は、崩れ落ちる彼女を支えるだけの物ではなかった。

 

 

 

 

 

 

第四話 その呪いの名は

 

 

 

 

 

 

 

「─────御馳走様」

 

 回想終了。

 静かな、或いは行儀の良い食事を終えて、慎二は桜達に二・三指示を出してから再び自室へと姿を消した。

 

「桜、ライダーを連れてこの街の地形を把握させておけ。そろそろ臓硯の偽装も解いて行くつもりだからな。召喚での疲労も、解消しておけ」

 

 死亡偽装。

 それは、彼の祖父が死んだと偽装した事ではない。寧ろその逆。

 五年前、遠の昔に死亡している蟲の翁が生きている様に偽装していたのだ。

 

 事実、慎二に腐り果てた精根まで()()()()()臓硯は、その魂が腐敗し初心を見失った段階で間桐家の癌でもあり、同時に外敵への抑止力でもあった。

 五百年を生きる、全盛期ならばサーヴァントにさえ勝利しうる魔術師。

 まさに、その名が力だった。

 

 かの蟲の翁が死んだのは、慎二に支配されてから数年後だった。

 

 間桐臓硯は人喰いの妖怪ではあるが、その実人間を食べなくてはならない、というわけではない。

 それこそ、牛や豚などの動植物でも替えは効くのだ。

 態々人を捕食していたのは、その腐り果てた魂故だろう。

 少なくとも、慎二にとって即座に殺したい存在である筈の臓硯も、直ぐ様殺すわけにはいかなかった。

 魔術的なモノを含めた、間桐の財産の相続準備と防衛措置。

 財産の管理方法などを含めた、自身の知識の全てを遺して貰わなければならない。

 慎二達にとって、必要なものは余りにも多かった。

 彼を『維持』するのに掛かる費用は、間桐の資産からすれば何の問題にもならなかった。

 臓硯が犠牲にして来た人間の数を思えば、慎二にとって彼を『維持』すること自体が苦痛だったが。

 

 では、何故その死を明かしていく予定なのか。

 全ては桜がサーヴァント、ライダーを召喚したからに他ならない。

 臓硯という虚構の力は、それを超える力によって保証されたからである。

 

 騎兵(ライダー)メドゥーサ。

 ギリシャ神話でも屈指の知名度を誇る、英雄殺しの怪物である。

 元来、彼女は古い土着の神なのだが────そういった事は置いておいて。

 こと桜と契約している状態での戦闘能力に関して、古代王が多く召喚された第四次聖杯戦争に於いても、相当通用しただろう程に強力だった。

 それこそその情報を桜から伝えられた慎二が、第四次にて遠坂が召喚しやがった弓兵(アーチャー)とアインツベルンの剣士(セイバー)のサーヴァント以外ならば、それこそ他の全てに正面から勝ち抜けるのでは、と思えるほどに。

 ────そんな彼女が中堅程度に落ちる程、第五次(今回)の聖杯戦争が魔境になるのだが────

 少なくとも、現代の魔術師に負ける要素は皆無と言っても良いだろう。

 

 そんなライダーは、霊体ではなく実体化した状態で己のマスターである桜と共に冬木の街を散策していた。

 

「賑やかですね、桜」

「うん。私も最近兄さんの手伝いで忙しかったから、新都に行くのも久しぶりかな」

 

 ライダーは、勿論既に痴女の汚名を浴びた姿はしていない。

 黒いタートルネックにジーパン。その上にコートとマフラーを羽織る、凡そ地味と形容されるファッションではある。

 が、そこは伝説に於いて戦女神アテナが嫉妬によって怪物に変えたという一説さえある、ギリシャ神話屈指の美女。

 そんな地味なコーデが、逆に彼女の美貌を際立たせていた。

 

 とはいえ魔眼殺しなど易々と手に入れることは出来ない為に、彼女(メドゥーサ)の代名詞たる石化の魔眼を封じる為のバイザー(宝具)は必要だった。

 余りに強力なその魔眼は、強力故にライダーにも制御出来ず、ライダーが眼を瞑っていても相手が近距離に居るとライダーを認識しただけで石化が始まる代物。

 が、流石にバイザーのそれ自体も違和感甚だしいものだ。

 現代社会での生活に於いては、不自然極まりない。

 結果として、バイザーの上に黒い布を巻き付かせてある程度カムフラージュしていた。

 やや不自然だが、まだバイザー剥き出しよりはマシだろうとの判断である。

 

 そんな彼女と並んで歩いて、見劣り程度に留まっている桜を誉めるべきか。

 一組の美女美少女は、共に冬木の街を歩き遊んだ。

 

 北に海、南に山並みを臨む、自然豊かな地方都市───それが冬木だ。

 冬木という地名は冬が長いことから来ているとされるが、実際には温暖な気候で厳しい寒さに襲われることはそう無い。適当に掘ったら温泉の一つや二つ湧き出るのではないかと言われてさえいる。

 地脈は地下水とも表現される事から、そんな噂は冬木が聖杯戦争に相応しい霊地であることの証拠だろうか。

 

 そんな冬木の街を、西側が古くからの町並みを残す『深山町』から二人の歩みは始まった。

 深山町は昔ながらの住宅街であり、大邸宅がやたら多い。

 間桐邸を含めて最低でも6つ存在し、長い坂道を歩いた末に、中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した『新都』がその入り口を見せる。

 

「────……」

 

 その文明の発達具合に、神代の女神でさえあった彼女は何を思うか。

 初めから彼女の世界が一つの島で閉じていた事から、そこまでの関心を持たないのだろうか。

 あるいは神々の関与も無しによくぞここまで、と称賛してくれるのだろうか。

 それとも、ついぞその眼で見ることの無かった神々の都─────軌道大神殿(オリュンピア゠ドドーナ)を想起したか。

 

 桜は想像すら出来ない。

 少なくとも彼女はギリシャの神々が()()()()()()()()()()()()だと、慎二から教わっていなかった。

 二人が向かったのは、新都の顔というべき場所駅前パーク

 大型百貨店ヴェルデ、ブティック、ボウリング場などがある。

 清潔な街並みをモットーに、ゴミのポイ捨ては禁じられている様は────かつての災害を振り払わんとする努力か。

 そして、桜はライダーを其処に案内した。

 

「これ、は────」

 

 冬木中央公園

 新都の中心にある、サッパリした広めの公園。

 駅前中心街からは少し外れている為、昼休みに訪れる会社員は多いが────公園の中心にある広場は人気がない。

 まるで、人々がソコを避けるように。

 

「ここは、第四次聖杯戦争の聖杯召喚地だった場所なんだって」

 

 聖杯戦争のための霊脈加工によって、後天的に霊地と化した土地。

 冬木市民会館が建設途中であったが、戦闘の余波で焼け落ち、周囲一帯も火の海となった。

 

「────馬鹿な」

 

 聖杯への知識は、聖杯そのものから現代知識と共にサーヴァントに与えられている。

 魔法の釜。聖なる者の血を受けた聖遺物の一つ。

 そして、万能の願望器。

 耳障りの良い謳い文句、そんな『聖なる』などと付いたモノが降臨した場所。

 というのに、この公園には悪い意味で異界の様だった。

 女神から怪物へと堕ちたライダーでさえ、おぞましいと思える怨念が染み付いて、今尚怨嗟と悲鳴がこびりついているかのようだ。

 それは、復興計画で自然公園として生まれ変った現在でも変わらない。

 

 聖遺物が降臨した聖地? 

 度しがたい邪神か怪物が顕現した戦場と言われた方が、まだ納得する。

 

「サーヴァントは聖杯を求めて召喚に応じるって、兄さんが言っていたから……本当は最初にソレを伝える予定だったんだけど」

 

 ライダーに聖杯への願望など無い。

 精々、桜の未来への幸福を願う程度だろうか。

 慎二にとって嬉しい誤算、或いはこの義妹が召喚するサーヴァントの善性をなんとなくに予想していたのか。

 邂逅一番に伝える事を、桜がライダーに告げる。

 

「聖杯は汚染されています。

 もし聖杯戦争を完了させれば、人類は滅ぶでしょう」

 

 自身の使い魔ではなく、自らの呼び掛けに答えてくれた先人への敬意を込めて。

 五年前───怪物と成り果てる可能性を()()()()()()()()は、世界の危機を優しき怪物に告げた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 途中、公園で穂群原学園陸上部の面々と遭遇。

 その内の一人(三枝由紀香)が頗る霊感が高い所為で、公園の残留思念に盛大に被害を受けた処に遭遇。

 練習した際の人数が陸上部の総数に合わない事態が発生(その場に居た陸上部は奇数で、しかし練習時二人組で余りが出なかった)。

 その混乱に巻き込まれるという珍事は起こったものの、二人は帰路に着いていた。

 

「サクラ、一つだけ聞かせて下さい」

「?」

 

 ライダーは短期間ながらに、己のマスターの取り巻くものを理解していった。

 桜はマスターとしては、成る程慎二の言った様に不適切なのだろう。

 能力如何ではない。

 その性根は、ただの優しい女の子だ。

 

 そんな彼女が慕う慎二も、やはりその性根は善性なのだと、ライダーも思う。

 妹を戦場の矢面に立たせない。その姿勢一つ取っても称賛できる。

 唯一点を除いて。

 

「貴女は彼女───カレンの状態を知っているのですか?」

 

 ライダーの言葉に、先を歩いていた桜の足が止まる。

 少しの沈黙が冬空に流れるも、彼女は苦笑しながら自分のサーヴァントに振り向いた。

 

「すごい。ライダーには、やっぱりそういうの解るんだ」

「やはり彼女は、シンジに支配されている」

 

 毒を愉悦と共に撒き散らす白い少女。

 そんな彼女が慎二と強い魔術的契約下にある事を、ライダーは見抜いていた。

 それも、支配されていると表現して相違無いほど、カレンに一方的なものが。

 美しい少女に行われている、幾らでも悲劇を想像出来る状態。

 にも拘らず、桜はそれを当たり前に容認していた。

 では、何か事情があると考えるのが自然である。

 そして、そんな事情はあったのだ。

 

「ライダーは────『被虐霊媒体質』って知ってる?」

「!」

 

 それは、『悪霊』に反応しその被憑依者と同じ霊障を体現する体質。

 悪魔祓いにおいて初手、そして最大の難関とされる「隠れた悪魔を見つけ出す」段階において、自らの傷を持って悪魔を探知する────いわば鉱山のカナリアとも言えるソレ。

 世が世なら聖女。あるいはその特性から生贄か、霊障の原因と同一視されかねない異能。

 それが、カレンが生まれつき負った『傷』であった。

 

 それこそ彼女がこの冬木公園などに居れば、ものの数分で血達磨になるだろう。

 それでも尚、露出が少なかったとはいえライダーにはカレンの玉肌に、傷痕などはまるで見受けられなかった。

 

「間桐の屋敷は、一度大規模に改築されていてね。前に建てられたっていう『小川マンション』って建物を兄さんが参考にしたの」

 

 十数年前にとある台密の僧だった魔術師が、実際に魔術を用いずに建設したマンション。

 魔術的物品や加工をほぼ一切行わず、内部の模様や塗装、エレベーターの捻じれ等を用いて魔術的記号を構築、設計。

 住民こそ必要であったが、事実上魔術抜きで人工の固有結界を構築したのだ。

 まるで古代の神殿の様なソレを、慎二はカレンの為に用意した。

 ならば、慎二がカレンに科した契約内容はライダーでも容易に想像が出来る。

 

「その体質そのものを、抑え込む契約を?」

「うん。そうでもしなきゃ、カレンは長生き出来ないんだって」

 

 母親が何らかの理由で、キリスト教に於いて最大の罪の一つである自殺をしたカレン。

 またそれが原因か、父親がショックの余り記憶障害によって自身(カレン)の存在を忘却。

 結果、厳格で狭器な神父の元に引き取られた彼女は冬の幼少期を送った。

 預けられた教会では、「病弱な女が行きずりの男と関係を持った際に生まれた、厄介者」と周りから扱われた。

 そんな理不尽にも、出自そのものが罪であるとされた為に彼女は洗礼も愛も一切与えられず、それでも只管に主への祈りだけを捧げてきた。

 

 ────間桐臓硯がとある人物への切り札の一つとして、間桐家に養子として引き取らねば。

 臓硯が死に。その手続きを異能に目覚めた慎二が代わりに行い、即座にその体質を封印していなければ。

 彼女は30を迎えることなく、人の形さえ保てず死んでいただろう。

 

「……」

 

 ここまで来ると、ライダーは違和感すら感じた。

 それこそ、本気で褒めるしかない慎二の行動。

 ライダーは、慎二の善行に驚きつつも疑問に思う。

 果たして、あの捻くれながらも行いは聖者の様な少年は、どうしたら()()()()()()()()()不思議で仕方が無かった。

 人を操れる異能らしき特別を、後天的に手に入れた多感な男児。

 衝動的に、或いは芋づる式に幾らでも悪行に手を出せるだろうに。

 少なくともライダーにとって、人の善性を信じるより悪性こそ余程理解が及ぶ。

 

 あの慎二が義理の、つまり赤の他人を態々異能を使ってまで引き取り、妹して扱う。

 彼がそんな底抜けのお人好しに、ライダーは見えなかった。寧ろ、余程魔術師然とさえ感じる。

 

「それでも、ありえない。」

 

 加えて疑問はもう一つ。

 それは、そもそもありえない前提に対するもの。

 

「何故なら────」

「そう、だね。ライダーも解ってると思うけど、兄さんには魔術回路が無い───ううん、全て閉じ切っている」

 

 慎二曰く、間桐家の魔術回路の全盛期は五百年以上前に迎え、以降衰退の一途を辿ったという。

 結果、慎二の親の代でほぼ枯渇。叔父が辛うじて魔術回路を開いていたという有様。

 慎二は三千年を誇る間桐(マキリ)の魔道は、その土地を悲願の為に移した事によって枯れ果てたという。

 あれほど完璧な契約を、魔力が無い慎二が結ぶ事など不可能である。

 ならば答えは一つ。

 

「兄さんはあれを、()()って言っていた」

 

 それこそ、慎二が唯一持つ超常。

 その眼が映した生物と、その時点で強制的に契約を結ぶ眼。

 そして契約を結ばれたモノは、慎二の支配下となる。

 それは支配と契約を司る、マキリの魔術そのものとも言える。

 普通に考えれば、隔世遺伝と呼べるものだった。

 

「魔眼……?」

 

 それでも、ライダーにとって納得出来るものではない。

 彼女自身、事実上最高位の魔眼を保有している身だ。魔眼への造詣は未所持の英霊より余程深い。

 魔眼とは、生得のソレとは独立した魔術回路。

 つまり、魔術回路である。

 しかし慎二からは、一切の魔力を感じられない。

 魔眼を保有しているのなら、それはおかしいのだ。

 

「魔眼って言っても、ノウブルカラー────一般的な魔眼というより、超能力の類なんだって」

 

 例えば、日本に於ける四つの退魔の一族の内二つ。

 片や「対象の思念を色として見るなど、在りえざるモノを見る眼」である七夜の異能────『淨眼』。

 片や「人為的に手が加えられているために魔術と超能力の間にあり、視界内の任意の場所に回転軸を作り、歪め、捻じり切る眼」である浅神の異能『歪曲の魔眼』。

 

 慎二のソレは、その域にさえ届くほどだった。

 

 隔世遺伝。本来、人間という生き物の運営には含まれない機能。俗に言う超常現象を引き起こす回線。

 自然から独立した人類が獲得した最果ての異能。

 成程、マキリの魔術が異能という形で、()()()()()()()()()()発現したというのなら理解できなくもない。

 というかライダーの魔眼も、正確には超能力の分類である。

 

「でもね、ライダー。兄さんの眼はそんなに便利な物でもないって、ぼやいてたかな」

 

 視るだけで人間さえ自由自在な状態に、一方的に置ける瞳。

 後は口頭の命令で、あらゆる行動が思いのまま。

 そう言えば聞こえが良さそうではあるが、実際はそんな強力とは言えなかった。

 

「一定の魔力を保有していると、契約を結ぶこと自体をレジストされるんだって。

 一般人や動物になら兎も角、対魔力がある程度ある魔術師には通じないモノだった」

 

 ましてや霊格自体が上位の英霊(サーヴァント)など、話にならない。

 少なくとも、桜の魔力で簡単に弾けるもの。頼りにするには脆弱過ぎる。

 それが、慎二の下した結論だった。

 

「では、あのテレビ……でしたか。アレが映しているものは────」

「捨てられた動物とかを引き取って、自分の使い魔の代わりとして飼育しているの。せめて情報だけでも優位になれるようにって」

「なるほど……」

 

 通常の使い魔の様に、視覚を共有している訳ではない。

 ただ主人が誰か理解させ、一定期間街を好きに放つ。

 後は首輪に仕込んだ小型カメラで、大量の動く監視カメラを配置。冬木に巨大な監視網を形成した。

 それは、十年前にとある魔術殺しが取った手段の拡大、発展したものだと知れるのは、それこそ冬木教会の神父だけだろう。

 

「あぁ、でも。兄さんはこうも言っていたかな」

 

 日が沈み、夜の帳が落ちる。

 そうして二人は、いつの間にか間桐邸に帰還した。

 門を開き、邸内に足を踏み入れる前。

 桜は少しわざとらしく呟く。

 

「『これは、超能力なんて上等なモノじゃない』って」

 

 それは三千年に渡るマキリの家系が持つ始まりの命令であり、その家系が起こる際に『神』から授かった責務。

 魔術世界においてもっとも崇高な血の掟にして、一族が途絶えるまでその使命に殉じさせる。

 呪いのような絶対遵守の誇りである。

 そう、呪い。

 

「『────人理を焚べる獣の呪い(グランドオーダー)』」

 

 それが、間桐慎二の絶望の入り口だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、続々と聖杯戦争参加者が来日し続ける中。

 ある夜、ライダーは慎二と共に柳道寺近隣の森を訪れた。

 

 恐らく間桐慎二にとっての、一つのターニングポイント。

 

 その更に数日後に、慎二は臓硯の死亡を本格的に明かした。

 それは、最早仮初めの抑止力が完全に不要になったことの証拠。

 仮に外部から魔術師が首を突っ込んでこようと、対処できるという慎二の自信、否。確信であった。

 

 そうして六騎のサーヴァントが召喚され、七騎目を待たずにランサーとアーチャーが戦った夜。

 アインツベルンの暴走により、最後のマスターがセイバー(最後の一騎)を召喚した。

 こうして、役者達は運命の夜を迎える。

 




strange fake最新刊の熱狂に充てられ、密かに更新。

間桐慎二
 マキリの血の呪いに苛まれた少年。一話にて覚醒した時点で本人的に詰み。
 その精神はストレスの余りボロボロであり、(便宜上)魔眼で無理矢理抑え込んでいるだけ。ナイチンゲールがベッドを投げ込み、抗鬱剤をアスクレピオスが無言処方する程度。実は抗鬱剤の代わりに衛宮家が処方箋となっていた。
 根本的にとある三重人格者の担当者が■殺した場合の予備なので、与えられた力はその境遇に比べかなりショボかった。当然魔術回路が開くなんてことも現状起こっていない。
 無表情低感動なのは、その眼で自己支配を行っているから。
 彼の目的は、如何にして後顧の憂いを断つかどうか。
 尚、とあるサーヴァントによって救われる予定。

『酔眼』
 間桐慎二に与えられた、最低限の保証。或いは、自殺予防装置。
 端的に「目で見、眼を見られた場合その対象と絶対隷属契約が結ばれる魔眼」(超能力)。
 しかし一定以上魔力を保有しているだけで命令がレジストされ、ある程度の魔術刻印持ちなら契約を結ぶ事すらできない。
 臓硯に効いたのは油断しきっていたのと、身体を蟲に移していた点。
 そして何より、その力の根本によって呪いが掛かっていたから。
 それでも聖杯戦争に首突っ込めば、早々に死ぬ程度の力。
 聖杯戦争とは、彼にとっての恰好の自殺現場である。
 fgo的には「敵単体にスキル封印付与(1T)」

間桐桜
 慎二の指導の下、宝石爺の名前も知らない原作に比べ遥かに魔術師として成長。原作の様な影の巨人を扱う事は出来ないが、虚数魔術で神出鬼没になる事は可能。
 それで一時期義兄のストーカーと化していたが、素で注意されて以降行っていない。
 慎二にずぶずぶに依存しており、その好意が当人をゲロ吐くほど苦しめている罪悪感の刃になっている事に気づいていない。

間桐カレン
 言峰綺礼とクラウディア・オルテンシアの娘。
 原作で聖堂教会に拾われ炭鉱のカナリアをやっている世界線と違い、不器用ながらも自分を愛している義姉と義兄に対し、本来全人類ととある必要悪に向けられる愛と恋を捧げている。彼女が第一としているのは、主の教えでは最早なかった。
 臓硯が綺礼対策に用意していた保険。勿論臓硯は慎二に処分されている為、貌すら知らない。
 義兄の精神的な詰みっぷりに、医者・看護師を目指しているのは秘密である。

ライダー・メドゥーサ
 慎二とカレンへの感情以外は基本原作通り。
 怨敵と同じ顔の死んだ表情したマスターの兄に、色々と複雑なお人。
 桜視点のフィルターによってだいぶ好印象になってはいるが、先入観が強いので未だに警戒中。
 妹への献身はギリシャ的にアリよりだった模様。













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