───遠坂凛にとって、間桐慎二とは奇妙な同輩であった。
最愛の妹である桜の、現在における義兄であり、御三家と呼ばれる冬木に存在する魔術師の家系に於ける
『桜のヤツは、魔術の才能は有っても素養は乏しい。アイツの性格は、オマエが一番分かってるだろ?』
初めて顔を合わせたのは、母が死んだ数年後。
間桐の当主がかなりの高齢であるのは、表向き大地主故の社交性とPTAの会長である為に周知である。
そして桜の性格と実の妹という関係から、代わりというのは理解出来た。
そも間桐の血筋から魔道が枯れたが故に、妹は間桐の養子となったのだが。
それは凛にとっても、五年という彼女にとって幼少期の頃の話。
当時その一件を差配した父・遠坂時臣の思惑を、最早知る事は不可能であった。
それは間桐翁とそのやり取りをした時臣が、第四次聖杯戦争にてその命を落としているからである。
また彼女がその細かい経緯を知っていたかは不明だが、母である遠坂葵も同じく第四次聖杯戦争に巻き込まれ、脳に重大な障害を負い精神が崩壊。
幾年介護が行われ続けたが、その障害の悪化により埋没してしまった。
そう。間桐桜は勿論、遠坂凛も両親を喪った孤児である。
彼女が辛うじてやっていけていたのは、母への介護によって精神的強靭さを獲得した事。
加えて母の没後、凛の兄弟子であるとある神父が後見人となっていたからであった。
尤もその悪徳に満ちた本性に反し、真正の信仰心故に清貧を重んじる思考によって、善意十割で遠坂の財産を手放し続けたのだが。
それは宝石を媒介にする遠坂の魔術の都合上、後々に渡って凛がキレ散らかしても許される所業ではあったが────閑話休題。
そんな孤独な凛にとって、妹の桜は残された唯一の肉親である。
魔術師として成長するにも、頼れるのはかつての父の教えとこれまた文献のみ。
父が、師が健在ならやらずとも済んだミスや、それによる苦痛が数多くあった。
それでも良かった。自分が苦しめば苦しむ程、妹が楽になるのだと信じて。
だが養子として間桐家に迎えられて以降、御三家同士が基本的に不干渉故に一度も会えていなかった。
会う事を、謹んでいた。
そういう意味で間桐慎二は、そんな最愛の妹との漸くの再会の機会を邪魔する存在と言えなくもない。
内心生じた理不尽な憤りを向けてしまうのも、当時中学生の彼女には致し方無い事であった。
実情はどうあれ、凛にとって間桐とは妹を奪った家であり。
聖杯戦争という魔術儀式に於いては、必ず現れる明確な敵である。
そんな間桐の当主代行を名乗る慎二に、彼女が良い感情を持っていなかったのは当然であった。
────最初は『いけ好かない』という感情だけがあった。
上記の様に桜と会えると思っていた処だったのもあるが、その限りなく無表情に近い上、まるで雑務を処理するような口振りが気に入らなかった。
精々『非魔術師』でありながら魔術師の前に立つ度胸と、どんな口振りであろうとも桜に配慮した行動である点だけは────。
『御三家は基本接触禁止……、冬木に根差す二家が半壊状態で? ひょっとしてギャグで言ってんの?』
私立穂群原学園。
同じく入学した慎二と、生徒として話す機会があった際。
桜の様子を勝手に話す彼を静止した言葉に対し、バカを見るような目で慎二が吐き捨てた言葉だ。
『ソッチは後継が小学生の段階で当主が死に、後見人が勝手に人の財産を手放し続けてる。コッチは魔術回路が枯渇して、態々養子を取る有様。
それを
魔術師でないが故に、魔術師が口に出来ないことを簡単に言い放つ姿だけは。
桜の手を引っ張り、お互い何を喋っていいか解っていない彼女達へ、ぶっきらぼうにその背中を押した事だけは。
当たり前のように、姉妹の時間を取り戻してくれた事だけは──────心の底から感謝して、其処だけは信用してしまっていた。
そうして、遠坂凛と慎二の交流は続いていた。
より正確に言えば、魔術師として御三家間の掟を守ろうとする凛に、慎二が桜の近況報告やら写真やらを渡す形で。
あるいは色々都合を付けて、普通に桜当人との時間を設けてくれてたりしていた。
何せ同じ学校の先輩と後輩でもある。
学生としての立場を前に出せれば、無理に避けるのも不自然である。
───と、そんな言い訳を許容しているのは、凛自身がそれを望んでいるからなのは言うまでも無い。
『あぁもう、しつこいな……僕は魔術師じゃない。その骨董品の掟に縛られる謂れは無いのさ』
特に暗い影を落としがちだった桜の表情が、年々明るくなってからは姉妹の交流の時間が増えた。
桜が義兄の慎二に付いていくように弓道部に入れば、美綴綾子という共通の話題も出る。
カレンという、凛にとっての妹である桜に生じた義妹への対応で、美綴も弟を持つ姉で会ったことで揃って相談された事もあった。
実際猫の皮を被りまくっている凛からして、その化けの皮が剥がれる程度には毒のある少女であったので、結果として愚痴大会に成ったことも。
────幸せであった。
唯一無二となってしまった、血の繋がった最愛の家族との交流。
それは、厳しく苦痛が絶えない魔術の修行が苦にならない程の多幸感を、彼女に与えていた。
ずっとこの関係が続けば良い。
そんな風に夢想する程には、そんな関係を作ってくれた慎二へ無意識の信頼が生じていたのだろう。
転機は、五十年以上早まった魔術儀式の再開であった。
聖杯戦争。
遠坂と間桐が御三家などと称される理由であり、凛の父母が命を落とす原因となった戦い。
今まで四度繰り返されたこの儀式は、六十年のインターバルが必要とされている。
それがたった十年のインターバルで再開した。
必然、それの準備を行う必要があったが、凛自身に特別な変化は無かった。
それは彼女の兄弟子であり、儀式を監督する性悪が取り仕切っていたというのもある。
それら聖杯戦争の知識は、父が亡くなった際に凡そ失われ、書物に遺された程度の知識しか持っていなかったというのもあった。
だが敢えて答えるなら、凛の気質が理由と言うべきだろう。
英霊───魔術師にとって
万能の願望器を求め、七組のマスターとサーヴァントが殺し合う魔術儀式。
そんな聖杯への願望など、遠坂凛は持ち合わせて居なかった。
ただ臨み、勝利する。
本来手段を目的に掲げる彼女は、貴種の如き気品でもって戦いに身一つで備えていた。
事実、彼女の才は
逆に言えば────遠坂は今回の聖杯戦争では、
彼女がソレを身を以て知るのは、もう少し先の話。
聖杯戦争が五十年以上早くに再開したと知った時、遠坂凛は安堵すらしていた。
冬木の御三家と呼ばれる、アインツベルン。間桐。そして遠坂。
この三家は、聖杯戦争に優先的に参戦する権利を持っている。
即ち、最愛の妹とその義兄との殺し合いをする可能性があった事だ。
勿論、その場合はお互い還暦。
心構えはまるで変わっていただろうが、今なら話は違う。
実際にマスターとして敵対するのは、引退こそすれ存命中の間桐臓硯。
遠坂の文献でさえ『物の怪の類』と記されていた、老練の魔術師である。
相手にとって不足はない。
────そんな安堵が消し去られたのは、戦争間近に告げられた臓硯の逝去の報告。
PTA会長も務めていた臓硯の死は、当たり前に即座に広まった。
葬式を身内だけのものとし、外部の人間を招かなかったことに多くの臓硯の表の顔しか知らない人間は大いに悲しんだそうな。
だが、特に反対もなくそれが行われたのは、間桐家への配慮が理由だろう。
桜も慎二も、両者共に未成年。保護者にして庇護者の死去による手続きで、暫く学校に通えていなかった始末だ。そりゃ遠慮もされる。
いや、凛にとっては都合が良かったかも知れない。
優等生の猫を被りながら、彼女は必死に言い訳を繰り返していたのだから。
───これで、間桐のマスターが誰かは決まったも同然なのだと。
今の間桐家に、魔術を使える人間など一人しかいないのだから。
聖杯戦争で、マスターを絶対に殺す必要は無い。
マスターの役割は、英霊の影法師であるサーヴァントを現世に繋ぎとめる要石としての役割と、
なのでサーヴァントさえ倒せれば、そのマスターは脱落となりその役目を終える。
これは、兄弟子がそうだったと当人の確認も取れている。
脱落したマスターを保護する事も、監督役の役割の一つなのだと。
寧ろ強大なサーヴァントを倒せない場合、マスターを殺す事で勝利するのも明快な手段の一つ。
そんな手段でマスターを失ったサーヴァントが、サーヴァントを失ったマスターと出会った場合。
脱落したマスターは聖杯戦争に復帰する道が明確に存在している以上、マスター殺しが考慮に入るのは戦略として当たり前である────考えるな。
だが、英霊の写身には魔術師の常識は通用しない。
サーヴァントの中には、魔術師の到達点である魔法級の宝具を用いる者も存在するだろう。
冬木の大災害とされる、約十年前────第四次聖杯戦争の爪痕は、当時幼かった凛とて知っている。
流れ弾で敵のマスターが消し飛ぶなんて、余りに簡単な想定だ────考えるな。
凛にとって最愛の妹と相対した場合、それも彼女を殺さなければならない状況のシミュレーションなど、当然に行っている────考えるな。
必要ならば、妹だろうと殺してみせる。
それが魔術師としての己が、真に必要だとしたならば、迷う事などありはしない。
そう、断言するだろう。
─────実際に『その時』が来た際、絶対に殺せないと知る事が無いのは。彼女にとって幸い以外の何ものでもないだろうが。
『─────これは、とんでもない
召喚したサーヴァントは、当初只管腹が立つ男だった。
無論、そんな事を口にすれば───「召喚を不完全にし、挙げ句開口一番『アンタ何』だったマスターに言われたくはないな」と、凛の八つ当たりが百倍になって返ってくるだろう。
事実、凛も大きく失敗した。
暦と星辰など、英霊召喚をより完璧に行う為の試作に際し、前日まで正しかった時計が狂い予定より2時間遅く召喚を行ったこと。
それが原因か、召喚陣の上に現れるだろうサーヴァントは、地下室の魔術工房どころか家の上空に召喚。
そのまま屋根をブチ抜いて、広間一つを大破させている。
そんな問題だらけの召喚は、召喚したサーヴァントのエピソード記憶に欠落、あるいは障害を生じさせた。
クラスは
だが、そんなやらかしは当然の低評価に繋がった。
そんな醜態からか、あるいはアーチャーが元よりそういうタチか。
凛を完全に小娘扱い(語弊あり)し「全て私が動く。君は安全に屋敷で引き籠もっていれば良い(語弊あり)」と、凛のマスターとしての存在意義さえ無価値と断じた。
尚、凛の父・時臣の第四次聖杯戦争における戦略がほぼソレだったりする。
『あったま来たァ────ッ!!』
度重なるアクシデントのストレスと、明らかな侮りに沸点を一瞬で超過。
普段猫被りの彼女しか知らないクラスメイトや教師が見れば、目を丸くするほど怒号と地団駄を踏みながら─────その場の勢いで、令呪による絶対服従をサーヴァントに命じてしまった。
令呪────即ち、マキリが生み出した英霊の影法師であるサーヴァントに対する三度の命令権である。
それを可能にしたのは、サーヴァントの肉体である霊基自体を聖杯、即ち召喚する側が用意しているからに他ならない。
つまり、英霊がサーヴァントとして召喚に応じた時点で、令呪という命令権を受け容れる契約をしているのだ。
では、凛の行った命令は通用するのか?
無論、そんな訳ない。
そんな命令が通るなら、令呪が三画存在する意味がない。
令呪は膨大な魔力の結晶であり、それを消費する事でサーヴァントに命令を強制。あるいは行動の後押しを行う切り札とも言えるモノ。
短的な命令なら兎も角、長期どころか永遠の服従など阿呆のすること。
では、凛の令呪は無駄だったのか?
これは、なんと否である。
大前提としてアホ丸出しの愚行ではあったが、凡百の魔術師ならば無意味なソレは、彼女に限っては意味があった。
絶対服従など不可能。
だが、命令を拒否した段階でのステータスの低下。そして逆に凛の命令遂行時、ステータス上昇が働く様になったのだ。
凛の非常に高い
勿論、令呪一画の見返りとしては到底釣り合わない。
敗北不可避の致命打さえ、命令一つで擬似的な空間転移さえ起こし回避可能なのが令呪だ。
だが、この一件以来アーチャーが凛のポテンシャルで評価を見直す一助となったのは確かだろう。
気取っていると思うほど、ニヒルな笑みが板に付くアーチャーのサーヴァント。
彼と凛の関係は初対面こそ問題があったが、数日後には凛にとって自慢のサーヴァントだと言えるモノだった。
それは、彼女の聖杯戦争初戦に於いても変わる事はない。
戦いの始まりは、
古い、凛では到底理解の及ばない古い神秘の魔術。
それによって、複数の基点を元に学校に結界が張られていた。
それも、結界の内部の生命を魔力に溶かし崩す、極めて危険な代物なのだと。
間違いなく、他のサーヴァントによる仕業だ。
今は何の害も無いそれが、万一学生が溢れる昼間に発動したのならば。
どんな被害が生じるか分かったものではない。
これは冬木の
少なくとも彼女はそう認識した。
しかし、凛の技量では結界の基点を一つ一つ消して行くのが精一杯。
それだって、彼女にとって貴重な
無論、アーチャーに頼る等ということはしていない。
そも弓兵に出来るかも解らない魔術を使わせる、というのは論外だった。
『──────消しちまうのか? 勿体ねぇ』
校舎の屋上に刻まれた基点を消そうとした、その時。
頭上から掛けられた、ルール無用なら愚行な問い掛け。
しかし聖杯戦争は、英霊の影法師の戦いがメイン。
誇り高い英雄としてなら、不思議ではないファーストコンタクト。
青い長髪に青装束、北欧神話で高名なルーン石らしき肩当て。
何より悍ましい程の死の気配を匂わせる、真紅の長槍。
端正な顔立ちに反し、表に出していないにも拘らず獣の様相を思わせる程の、現代人にとって遥か縁遠い獰猛な戦意。
こと覇気に関してはアーチャーを容易く上回る程の、紛れも無き人理に刻まれた英雄の出現。
こうして、遠坂凛の聖杯戦争が始まった。
◆
──────そんな初戦は、激しくも拍子抜けな結果で終わった。
無論、戦いは凛が呆然とする程に激しかった。
アーチャーの、弓兵のクラスに反して双剣使いという事実。
そんな双剣を幾度も弾き、砕くランサーの文字通り目にも止まらぬ連撃と速度。
屋上から咄嗟に逃げ降りたが故に其処が戦場になったが、部活動の部員が整えたであろう校庭が余波で見るも無惨な有様に成り果てている。
そして、そんなランサーの攻撃を凌ぐアーチャーの異常さにも。
ランサーの強さも凄まじい速さと強さは、素人目にも明らかだが、槍兵としては寧ろ至極当然の強さだ。
だがアーチャーが弓よりも早く剣を取り出し、剰えそれが幾つも現れたとなれば、流石におかしい。
計二十八振り。
中華系の装飾の双剣がランサーの朱槍に弾かれ、或いは砕かれたであろうその本数。
にも拘らず、アーチャーの両手には変わらず双剣が握られている。
ランサーは言うに及ばず、アーチャーから宝具の概要を知らされていない凛もまるで理解不能だ。
そも、予備や接近時用に近接武器を持つのは理解できるが、それが三十近く有るのは明らかにおかしい。
無論、そういう神秘の宝具というなら話は別だが、そもそも彼はアーチャー。
サーヴァントが英霊の一側面のみをクラスに当て嵌める事で辛うじて召喚された存在である以上、英霊の持つ技能と宝具全てを持ち込む事は不可能に近い。
アーチャークラスである以上、弓矢なら兎も角剣に関わる宝具をそう幾つも持ち込めるのだろうか?
埒が明かない。
そう判断したのか、ランサーは死の気配を漂わせる朱槍に、現代の魔術師が怖気るほどの魔力を奔らせる。
宝具、その真名解放と察するのは容易だった。
───宝具。
人間の幻想を骨子に作り上げられた武装。
サーヴァントが持つ、切り札にして真骨頂。
英霊が生前に愛用した武具、或いは逸話を奇蹟として再現したもの。
英霊が持つ奇跡、存在が結晶化したもの。
英霊の影法師であるサーヴァントは、その
双剣を扱っているアーチャーも、きっと弓兵たる弓矢の宝具を持っている
そう思うと同時に、凛は魔力を迸らせているランサーの朱槍を睨む。
神話や伝承に於いて、魔槍聖槍は枚挙にいとまがない。
有名処だとキリスト教の聖槍ロンギヌスや北欧神話の神槍グングニルから、日本だと天沼矛まで。
無論神霊をサーヴァントとして召喚出来ない以上、神槍は該当しないだろう。
ルーン石を装備している以上、北欧神話の系譜の英霊なのは流石に分かる。
アーチャーも大体候補を絞り出している様で、双剣を構え直し宝具を受け止める姿勢だ。*1
『─────誰だッ!』
そんな張り詰めた空気を破ったのは、第三者へのランサーの咆哮。
彼が振り返った先には、闇夜に隠れた人影が一つ。
構えを解いてアーチャーを一瞥しながら、顔を顰めつつランサーは戦いを中断し走り抜けた。
凛にとっての聖杯戦争の初戦は、第三者の介入により中断に終わったのだ。
ランサーが完全に居なくなったのだと、アーチャーも双剣を下ろし構えを解く────ことは無かった。
「アーチャー?」
「気を付けろ、凛」
アーチャーはその鷹の眼で、あるいは気付きながらもランサーは敢えて人影へ向かったのか。
二人以外は居なくなった校庭に、魔力光と共にソレが生じる。
残った二人の前に蝶が舞い、言の葉を紡いだ。
『初めまして、アーチャーとそのマスター』
否、それは魔術師が扱う使い魔。
その正体は、その闖入者自身によって明かされた。
『私はキャスターのサーヴァント。あのいけ好かないランサーを、幻影で退かせたのは私よ』
「キャスター……!」
魔術師の英霊。
学園に結界を貼った犯人の最有力候補であり、一夜に二騎ものサーヴァントの登場に凛が驚愕する。
アーチャーが警戒を解かない訳である。
「……そのキャスターのサーヴァントが、一体何の用件かしら」
『いきなりで申し訳無いのだけれど……貴女をアーチャーのマスターではなく、
「質問?」
何者か。
使い魔を介した魔術での通話だろうが、声色と口調から恐らく女性。
ランサーが退いた要因は彼女が?
何のためにランサーとの戦いに介入を?
『聖杯戦争の参加者が揃っていない状況で、秘匿問題以外でサーヴァントを用いた候補者の殺害はルールとして問題無いのかしら?』
「─────は?」
そんな咄嗟に凛に駆け抜けた思考の一切を、キャスターの問い掛けが塗り潰した。
『襲われそうなのよ、マスター候補者らしき子が。恐らく魔術に関しては素人でしょうけど。
加えて態々自宅まで押し掛けるなんて、
サーヴァントが、一般人にを手に掛ける。
そんな事例が許容されるのは、神秘の秘匿の観点のみ。
少なくとも、凛にとってはソレ以外は在っては為らず、秘匿だって必ずしも殺害の必要はない。寧ろ秘匿という目的の為の手段としては下策に近い。
仮に死体を跡形もなく消したとしても、現代に於いて人一人居なくなるのはそれ自体が異変である。
事実、忘却のルーンを筆頭に記憶処理の魔術は幾つか存在している。
記憶改竄が含まれる、第二魔法の系譜である遠坂なら幾らでもやりようはある。
無論、他の陣営にそれを押し付ける気はない。
だが神秘の秘匿に関係無く、人類史上最強の兵器であるサーヴァントを、少なくとも現在はマスターでもない人間に差し向ける?
凛の矜持から、一瞬で沸騰するに値する理由だ。
『魔術の素養はあるみたいだけど、回路のスイッチも作っていない様だったわ。一応兆候こそあれど、令呪はまだ刻まれてはいない。少なくとも私が確認した段階では、間違いなくマスターでは無い。
だけれど、七騎目が揃っていない現状で何人居るか分からない在野の候補者を間引くのは、儀式成立の観点で問題が生じるのではなくて?』
聖杯戦争の儀式構造が、七組のマスターとサーヴァントの組み合わせの戦いである以上、最低七人の魔術師が必須。
中には魔術師ではなく、魔術回路を有している一般人が数合わせで選ばれる事もある。
恐らくキャスターの懸念は、そもそもサーヴァントが七騎揃わなくなる事を憂慮した問いなのだろう。
成る程、その理屈なら一般人への浅慮な殺害というより倫理的問題ではなく、聖杯戦争の不成立を問題視するのは自然ですらある。
聖杯戦争という儀式を成功させる義務がある凛にしてみれば、その某を助ける理由がまた増えただけであった。
「……それを、私に教えた理由は?」
「凛」
「分かってるわよ!」
何もかも怪しい存在の、怪しい情報提供。アーチャーが一言告げるのは当然だ。
罠と考えるのが妥当だが、それではランサーとの潰し合いを態々止めた理由が分からない。
そんな不可解が、より一層怪しさを強くしていた。
だが仮にマスター候補相手であろうと、一般人に手を出す輩を凛が見過ごせる訳が無い。
心情的にも、聖杯戦争を興した御三家の一つとしても。
聖杯戦争が、マスターとサーヴァント以外へ意図的に害を与えるなど在ってはならない。
それはマスターでも魔術師でもなかった凛の母が、その際に負った脳障害が原因で死亡した事。
その過去が、彼女に強い忌避感を抱かせる一因となっているのかもしれない。
『前述した通り、聖杯戦争がマスター不足で破綻するのは私とて都合が悪いわ。というか、その人物は先程暗示を掛けて帰らせた処なの。
弓道場、だったかしら。貴方達が戦い始める直前まで、黙々と掃除してたから驚いたわ。あのままなら貴方達の戦闘を目撃し、
兎に角、サーヴァントが七騎揃うまで徒に殺し回られては困るの。どんな私情があるか知らないけれど、マスターなら弁えて欲しいわね。そもそも意味があるなら兎も角、無為に命を散らせるのは流石に本意では無いわ』
「……幾つか質問に答えて。校舎に結界を張ったのは、貴女?」
そもそもランサーと交戦する切っ掛けは、校舎に仕掛けられた結界の基点を破壊していた事である。
遭遇直後、ランサーは「趣味じゃない」と犯行を否定している。
そしてそもそもの候補としての筆頭は、
そんな凛の予想を、その声はつまらなさそうに切って捨てる。
『
「……そう』
『それで? 出来れば、急いで欲しいのだけれど』
「コレが最後よ。……そのやらかそうとしている大馬鹿者は、誰?」
『─────アインツベルン』
告げられた名は、聖杯戦争を運営する側である御三家の一角。
ルールを規定するが故に、遠坂同様に誰よりもルールを厳守する義務がある者の一人。
下手人としては論外の一つの筈だった、間桐同様に敵であり同胞の名であった。
「アーチャーッッ!!」
「やれやれ全く、今夜は忙しくなりそうだ」
青筋すら額に浮かべた凛を直ぐ様抱き上げ、弓兵は駆け出した。
先導するのは、そんな弓兵の速度さえ超える蝶の使い魔。
いや、弓兵が目を凝らせば薄い魔力の糸が見て取れる。
つまり羽ばたいているのではなく、既に目的地に向かって引っ張られているのだ。
成る程、それならばサーヴァントとしては平均的な速力のアーチャーにも対応できる。
そうして瞬く間に目的地へと到着し、凛を降ろした彼は──────思考が忘我に満ちる。
サーヴァントと思しき巌の様な鋼の如き巨漢でも、それを従える雪の如き少女でも。
蔵の中で半死半生で転がっている、アーチャーが地上最も嫌悪する愚物でもなく。
その愚物を庇いながら巨漢に相対する、月の如く美しい金髪の少女騎士。
そんなセイバーのサーヴァントらしき騎士に、アーチャーの鷹の眼は奪われた。
◆
「クソが」
最早神殿と化した間桐邸で、数日前とは別人に成り果てた少年が悪態を吐く。
よりにもよって七人目のマスターが衛宮士郎だったからか?
勿論それもある。
召喚されたサーヴァントが、第四次聖杯戦争で召喚されたセイバーだったから?
別にそれは想定内である。
そもそも体内に聖遺物を埋め込まれた衛宮士郎が、サーヴァントを召喚し得るのは彼も重々承知である。
問題は、凛の召喚したサーヴァントの正体を察する事が出来たことであった。
呪いが起動しなかったら。
そんなイフの少年だったなら、仮にアーチャーの正体を理路整然と説明されても「そんな訳ないじゃん」と切って捨て、そもそれ以上考慮から外していただろう。
だが、この少年はその理屈を理解出来、納得出来てしまう。
その事自体が、少年の神経を逆撫でする。
というか台パンすらした。
巫山戯るなよ
そんな可能性が存在する事自体が、魔眼によって感情を抑え込む事が出来る少年の理性を沸騰させるに値した。
それは、彼の
世の無常に、理不尽に魔眼の抑制そのものを切ってしまいたい衝動が生じる程に。
「マスター」
少年の背後に現れた
どうするのか、と。
その声は、凛達にキャスターと名乗ったものと同じであった。
「……予定変更だ、あの箱入り娘に
衛宮の奴は……、遠坂が実質保護するだろう。今回の一件と学園の結界とバーサーカーの脅威から、二人が同盟────というか、遠坂が面倒を見るのは簡単に予想できる」
「つまり、予定通りで良いのかしら?」
「
加えてセイバーが第四次と同じ、アーサー王なのは僥倖だった。ワンチャン、マーリンやモルガンの可能性も無きにしも非ずだったからな。
これなら、衛宮の奴に埋め込まれた聖剣の鞘が起動する。俺達や遠坂が治すまでも無く、アイツも生き残る」
それは、衛宮切嗣が十年前の大火災の夜、すべてを失った少年の命を助けるために埋め込んだ聖遺物。
騎士王の聖剣、その鞘。
あらゆる傷を癒やし、呪いを跳ね除ける現存する神造宝具は、本来の持ち主の召喚によって再びその機能を取り戻しただろう。
たとえ両断寸前の、辛うじて即死を免れた状態の衛宮士郎でも一夜の内に完治させるには十分である。
「例の愉快犯に関しては?」
「件の……代行者、だったかしら。彼女が撃退したのを確認したわ。
凄いわね、彼女。
「それは重畳。言峰綺礼の不義もあって、一応手配しておいて良かったよ。十年前にアレの旧友が召喚された際に首を突っ込んで、追い出していた情報をゾォルケンから絞り出していて正解だった。
ちなみに聖堂教会には、あれクラスが少なくとも後六人居るな」
完全な余談ではあるが、第四次聖杯戦争に召喚されたキャスターの真名は、ジル・ド・レェという。
かつてオルレアンの聖女に付き従い、共に活躍したフランス軍の元帥。
聖女の悲劇の末路に発狂し、狂乱と背神に身を投じた『
彼には彼をキャスタークラス足らしめる呪物を授けた、色々と終わっている友人が一人居た。
名を、フランソワ・プレラーティ。あるいは、フランチェスカ・プレラーティ。
キャスタークラスで召喚されうる、イタリアの司祭にして錬金術師を自称した『
彼、あるいは現在彼女は偶々観測していたが故に、旧友の召喚に呼応し聖杯戦争に乱入しようとしたのだ。
それを止めたのは、奇しくも正義の魔術師から人食いの妖怪に成り果てた間桐臓硯であった。
プレラーティはその出自と妖精の教えを受けた事で、世界さえ騙す幻術を扱う。
が、その幻術は「蟲には効かない」という致命的な欠点が存在し、ソレ故に臓硯によって撃退されたのだ。
では、十年後に再開し厄介な蟲使いも己の末裔に処分された聖杯戦争に、首を突っ込まない保証はあるだろうか。
勿論そんな都合の良い展開などある筈もなく、慎二はカレンを引き取る際に得た伝手で聖堂教会に接触。
元より、プレラーティ自身の性格がかなり終わっている事。
何より当人が伝説に於いて
閑話休題。
そんな後顧の憂いを断てたことを確認した慎二は、かの代行者に内心素で感謝しつつ、画面に映るサーヴァントを見る。
「それより、早急にバーサーカーに手を加える必要がある。分かってはいた。最適解のアーチャーは勿論、三騎士クラスなら良かったが……
狂化によるステータス強化など、『戦帯』があれば幾らでも補えるだろうに」
少年の言に、サーヴァント────キャスターは息を呑む。
アインツベルンが召喚した英霊が他ならぬ人理最強なのだと、今回の聖杯戦争で彼女こそ最も知るサーヴァントだ。
事実、かの大英雄が最も弱い
セイバーが万全なら、あるいはランサーで辛うじて勝ち目も有る───そんなレベルで、狂気に苛まれても尚、あの大英雄は最強の英霊なのだ。
そんな大英雄を、バーサーカークラスでは不足と断じるマスターに。
そしてそんなマスターが備える脅威に、キャスターは恐怖を禁じ得ない。
あるいは、
「お前とライダーでは、令呪の縛りが無くなったランサー相手は分が悪い。というかそもそも、英雄王への対策にあのバーサーカーは必須だ」
「では、タイミングは?」
「あの女が退いた後だ、帰り道に接触する。即興になるだろうが、準備を怠るなよ」
「────畏まりました、マスター」
キャスターにとって自身のマスターとなった少年だが、経緯もあって彼への二人称は内心『坊や』である。
だが、決して侮っている訳でも軽んじている訳でも無い。
寧ろ
故に、返答は敬語で以て行った。
────これにて此度の聖杯戦争で、最も貪欲な陣営が動き出す。
全ては、詰みの盤面を作り出す為。
敢えて言い直すならば────世界を救う為に。
「……しかし、運が良いのか悪いのか」
チラリと、画面越しに巌の如き益荒男────記憶の中の生前の彼より、顔付きや肘角を含め些か異形に変化しているサーヴァントとそのマスターを見て、キャスターが嘆息する。
「? あぁ、あの
「えぇ。見た目通りの年齢じゃないのは知ってるけど、子供は
「どちらにせよ、その軽挙を含め責任は取ってもらう。
────精々アインツベルンを名乗った己を、存分に恨めるようにな」
ある意味、諸悪の根源が壁の染みにされるイフの様を想像し、しかし二人は一切同情しなかった。
ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。
誰が悪いかというと大体コイツが悪い────そんな愚かなゴーレムの所業の全責任を、間桐慎二は雪の少女に求める気満々だった。
大体、遠坂凛視点
マキリシンジ
イリヤスフィールの存在を切嗣から聞いていたため知っていたが、それでもサーヴァントを召喚した訳でもないのにヘラクレス同伴で家凸した時はキャスターにメッチャ指示した。
次回イリヤにアンリ・マユ召喚及び大聖杯汚染の責任追及予定。
キャスター・メディア
問答無用の本作のMVP。しれっと慎二のサーヴァントになってるが、そこら辺はまた先に描写予定。
例の忙しいミームやっても良いくらい働いている。
ちなみに、死者を出さない程度の魂喰いは本作でもやっている。
裁定者モードの受肉AUOと汚染聖杯対策という大義名分の前では、本気でコラテラル・ダメージ。
うっか凛
心理描写は勿論、前半のほとんどは原作通りなので筆者が色々描写に悩まされた人。
士郎と同盟を組ませる以前に、綺礼と話をさせないと聖杯戦争に参加しないルートに行っちゃう(慎二的最適ルート)為、冬木教会に士郎を行かせる為に如何に合流させるかを悩まされた。
なのでイリヤのやらかし情報を流し、矜持と良心に訴える方法を取らされた。
というかアーチャーを加勢させないと、魔力供給もままならない低ステ状態のセイバーじゃ、素でバーサーカーに負ける。
アーチャー・エミヤ
基本原作通り、上空から遠坂邸に叩き落された人。
本作ではバーサーカーと対峙しているセイバーを見てで記憶を取り戻した為、原作の2ルートの様に彼女に斬られる事はない。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
原作バッドエンドに於いて、士郎殺害数作中屈指のヤベー合法ロリ。
「士郎がセイバーを召喚せず、聖杯戦争に関わらなかったら見逃してたか?」と問うと「んな訳ねーじゃん」と断言できる程度には、バッドエンドルートで何度も士郎を殺してる。
本作でのセイバー召喚の切っ掛け、つまりランサーの代わりを務めるも、これにより慎二の容赦が無くなってしまう。
なので次回に、大火災を含めたアインツベルンのやらかしの責任追及の矢面に立たされる。
翌々考えれば、少なくとも士郎にどうこう言える立場じゃない。
というか生前の切嗣から色々預かっている慎二に、バチバチにレスバされる。
本作の「被害者が加害者になる役回り」担当。
バーサーカー・ヘラクレス
strange Fakeで無限に盛られている、自は兎も角他には認められる人理最強の英雄。
実際アーチャーの捨て身固有結界と、間髪入れずに連戦でラブラブカリバーンが無かったら普通に優勝候補筆頭。イリヤを護るために縛りプレイだったAUO戦と、魔力無尽蔵状態の騎士王とかは流石にバーサーカーじゃ無理。
本作の対英雄王への最大戦力として慎二に目を付けられている、実は唯一容姿で慎二に好印象を持つサーヴァント。
復讐者の異霊状態から逆算された弓兵時の強大さと、それら全てを持ち込めマスターに依存しない生前がマジモンのバケモンだったことが解る、【Fate/strange Fake】のアニメシリーズ放送決定!
AUO
黙々と包囲網を築き上げ始められようとしているが、悠々と聖杯戦争の進行を待っている。
それはそれとして、自身が袋叩きにされる未来を視ているが「ハハハ、我がそんなレベルの負け方する訳無かろう。ジョークにしては中々やるな」位の対応。
これがムーンセルが主観を設けず、聖杯戦争興した理由である。
そんな慢心がチャームポイントな王様が、自分の神性を完全に捨て去った【Fate/strange Fake】のアニメシリーズ放送決定!
ていうか最高ランクの神性捨てる奴が、作中で二人も居るぞ【Fate/strange Fake】!
Q:サーヴァントが揃っていない状態で、マスター候補あるいは候補になり得る一般人をサーヴァントを使って、神秘隠匿などの特別な意味なく殺そうとしています。これはルール違反ですか?
A:聖杯戦争はルール無用だろ by筆者
というのは置いておくとして、聖杯戦争におけるルール違反とは?
原作で明言されたのは「サーヴァントがサーヴァントを召喚する」「一般人の大量虐殺」の2つです。
少なくとも後者は「神秘の隠匿」が理由で、ジルの討伐が行われた筈です。実際時臣はジルの蛮行をアサシン経由で知っていたのに、即座に暗殺ではなく連合討伐の報酬目当てに事実上見逃していましたね。
そして本作でキャスターが提起した「七騎サーヴァント揃ってる前に、適当な殺しやるのは不味くない?」問題です。
御三家から三人、時計塔枠から二人、つまり残り二人は確実に野良からマスターを選別する必要があります。
実際第四次では龍之介とウェイバーが、第五次では士郎がこれに該当します。
次回ではソレに関して問題提起しつつ、アインツベルンのやらかしをネタにイリヤを追い詰めていきます。