思いついたSS冒頭小ネタ集   作:たけのこの里派

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伽藍文楽座2

 

 

 

 ───禪院真希にとって、禪院家とは「居場所が無い、己の生まれた場所」であった。

 呪術界の上層部と表現できる総監部。それに指名権と強い発言権を有する、呪術界御三家の一角。

 そんな呪術界の名家に、更に先代当主の孫として生まれた真希は───呪術師ではなかった。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 本来生まれ持つ筈だった生得術式と呪力を喪う代わりに、常人を超える肉体を持って生まれる生来の体質。

 真希は、一般人並みの呪力しか持たず呪霊も見えない代わりに、二級術師相当の膂力を生まれ持った。

 これが一般家庭に生まれていたのなら、彼女はスポーツ界で一世を風靡しただろう。

 しかし彼女が生まれたのは禪院家。

 

『禪院家に非ずんば、術師に非ず』

『術師に非ずんば、人に非ず』

 

 相伝の術式を持っていないだけでも、十分に劣等扱い。

 挙句呪いさえ見えない非術師となれば、最悪汚点として間引かれかねない。

 時代遅れの男尊女卑といった旧態依然蔓延る禪院家で、彼女が陰口に塗れながら小間使いとして扱われたのが、寛容にさえ思える有様だ。

 無論真希はそれを知らなかったが、そこには嘗て存在していた暴君への迫害の過去と、それに応じる様な報復によって刻まれたトラウマ。

 それが真希への排他行動を、無意識に抑制して居たのかもしれない。

 

 彼女だけなら、真希は早々に家を出ただろう。

 反骨心と負けん気溢れる女性でありながら男性的な性格の彼女が、その選択を取らなかったのは───真希が一人では無かったからだ。

 

 禪院真依。

 双子の妹で、凡そ何も与えられず持つことが出来なかった真希が、たった一つだけ持つ大切な半身であった。

 しかし真依も術師としては優秀とはいえず、相伝術式も生まれ持っていなかった。

 そして、呪術師にとって双子は凶兆とされる。

 当然真依も禪院家に於いて、まともな扱いは受けられなかった。

 彼女の呪術師としての才が乏しかったこと。凶兆たる双子の片割れであった事。

 そしてそもそも、真依には根本的に呪術師(イカれ)の資質が無かったこと。

 

 だから、真希は妹の居場所を作るために強くならんとした。

 術式を持たない禪院家男子が所属を義務付けられる、禪院家における下部組織『躯倶留隊』。

 日夜武芸に励み、有事の際には全員が準一級相当以上の精鋭部隊である『炳』の露払いを務める戦闘員集団である。

 其処に本来女子である真希は入隊し、己を磨いた。

 呪力操作などの基礎的な呪術を学べない代わりに、ひたすらに体術と呪具を扱う技量を高め続けた。

 全ては、最愛の妹に居場所を作る為。

 自分達に何も与えず、落ちこぼれだと蔑む連中の鼻を明かす為に。

 

「───良いだろう、真希と真依はお前のモノだ。与特級術師殿」

 

 そんなものは誇大妄想だと、現実を突き付けられるまでは。

 

 

 

 

 

 

第二話 特級呪術師 与 幸吉

 

 

 

 

 

 ────与幸吉の目的は、天与呪縛による不全の肉体の解消である。

 では、どうすれば呪縛を解けるか。

 幼いとすら呼べる彼は、ひたすらに知識と術師としての技量向上を求めた。

 九十九に見出され、夜蛾によって術式の理解を深め、夏油によって多くの経験を得た。

 

 術師としての向上に際し、与幸吉────幸が選んだのは、呪術と科学の融合である。

 天与呪縛によって高められた呪術センスは、あり得たかもしれないイフを遥かに超えるインスピレーションを、幼少期に得続けた。

 これにより、術式の拡張を小学三年生の時に成し遂げている。

 

 術式の拡張。

 それは既存の生得術式の改良であり、『これはこうである』という既存概念からの脱却である。

『これはこう』だが、『これからあれ』が出来るのだと考え、それを行えるようにする。

 

 実例はある。

 禪院家現当主、禪院直毘人。

 彼の生得術式『投射呪法』は、自らの視界を画角として「1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ」を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で後追い(トレース)する術式である。

 つまりアニメーションという歴史の浅い文化を利用したが故に、禪院家の相伝術式でありながら最速の術式*1として成立したのはつい最近。

 つまり彼が術式を拡張することによって強化され、実力者犇めく禪院の頂点に立ち当主の座を勝ち取っている術式なのだ。

 

 加えて言うなら、未だありえる未来の可能性に於いて『斬撃』というシンプルな術式効果を、術式対象を拡張することで空間や世界ごと強度・術式を無視して両断する神業に至っている、史上最強の術師も───。

 

 そして幸の術式は『傀儡操術』。

 呪骸を操作するというシンプルな術式だ。

 そこに天与呪縛が加わり、彼は実力以上の呪力出力と操作範囲は得ており、術式効果は日本全土に及ぶ。

 では、この傀儡とは? 

 

【傀儡】

1.あやつり人形。くぐつ。でく。

2.人の手先となって思いのままに使われる者。

 

 少し調べればこういった意味が出てくるだろう。

 

 例えば夜蛾正道。

 彼は幸同様に『傀儡操術』を生得し、基本的には手製のぬいぐるみを呪骸として術式対象として操作している。

 恐らく自ら1から作る縛りで、術式効果を向上させているのだろう。

 結果として彼は呪術工学の権威となり、突然変異とはいえ完全に自立自己補完の独立呪骸を作成するに至っている。*2

 

 一方、幸は様々な武装を組み込んだ呪骸を、呪骸を用いて作成する。

 これは天与呪縛により、自己で作成するには操作した呪骸を用いる必要があるからだ。

 だが、それ故に制作効率・労働力という意味なら夜蛾を遥かに凌駕する。

 それにより準一級以上の戦闘力を持った呪骸を、天与呪縛によって日本全域に複数操作可能だ。

 

 つまり、無機物ならば既に術式対象なのではないだろうか? 

 傀儡政権という言葉があるように、人さえも術式対象に出来るのではないだろうか? 

 術式の解釈を、広げる。

 

 ならば術師を術式対象にし、感覚を共有する事で彼等が行う高等技術を超高精度に模倣・学習する事が可能なのではないか? 

 例えば、複数の呪霊を同時大量使役する『呪霊操術』を扱う夏油傑。

 例えば、呪力を精密に視認する特異体質『六眼』を有し、異次元の呪力効率と運用技術を成した、現代最強・五条悟。

 例えば、呪力を掛け合わせることで治癒可能な正のエネルギーを生成する、高度と問答無用で表現される『反転術式』を他者に施すことが当時唯一可能な術師、家入硝子。

 尚、同世代同級生である。なんだコイツ等。

 

 特に反転術式。

 九十九に在る程度指導を受けたが、それ以上に家入硝子の協力によって習得に成功した。

 幸の呪術は観測・解析の積み重ね。

 挙句縛りなどの保険を用意したとはいえ、術式で感覚の共有まで行えたのだ。

 

 反転術式は感覚(センス)が最も必要とされる。

 事実、五条悟でさえ一度死に瀕する事で漸く会得した、されどアウトプットに関しては現時点で一人しか出来ない高等技術。

 それを行えた家入硝子は学生時代、同級生に対して擬音でしか説明不可という有様だった。

 そんな当人だけが理解できる感覚の共有を、拡張された幸の術式は可能とした。

 これで習得できない様では、肉体を犠牲にした天与呪縛などと名乗れはしない。

 

『これで私の仕事が減るんだろう? 頑張り給えよ後輩』

 

 そう言って協力に快諾した、貴重過ぎるが故に酷使されて隈が刻まれた眼で彼女は笑った。

 幸は例外的に医術に携わり、かつ己の職務を全うしている人間には、その出生から無条件で尊敬を向けている。

 反転術式の精度を彼女以上に上げ、アウトプットを呪骸に実装。

 それにより彼女に時間的余裕を与えようとするのは、幸にとって当然の恩返しであった。

 ───それでも、初めから不全で生まれた彼の身体は、反転術式では()()なかったが。

 

 例えばパソコン。

 これも無機物であり、精密操作可能な人工物である。

 これをキーボードやマウスを使わずに扱う事が出来るなら、演算装置として術式補助に使えるのではないか? 

 例えば市販のパソコンなど目ではない、所謂スパコンと呼ばれる大規模演算装置が使えれば、呪力操作は勿論多くの負担を解消できるのでは? 

 例えば電子機器を経由すれば、電力と呪力を相互変換する事は出来ないだろうか?

 例えば傀儡の生産工場を設ければ、演算補助も合わさりより大量の傀儡を作成でき、より高精度に同時操作し多くの任務を消化できるのではないか? 

 例えば、例えば例えば例えば──────。

 

「痛い、な」

 

 肌が、のどが、痛む。

 習得した反転術式で傷んだ箇所を治しつつ、己の身体を見下ろす。

 全身に包帯が巻かれ、培養液に満たされたバスタブに浸り、幾つもの管が繋がっている見慣れたカラダ。

 天与呪縛によって縛られた、不全不具の出来損ないを。

 

「あぁ───それで、より術師としての高みに近付けるなら」

 

 それにより、より早く万全な肉体を得られるのなら。

 まるで使えず、寧ろ痛みと喪失感で心を苛むのなら。

 

 例えば────脳機能以外を傀儡で代用すれば、天与呪縛を強化できるのではないか? 

 

「例えば」

 

 ────こうして、天与呪縛を強化した事により『六眼』の機械的な模倣。そして、反転術式の傀儡への実装が行われた。

 任務を消化すればするほど資金は増え、設備や傀儡の生産量は増え続ける。

 

『傀儡操術』を用いた、呪術と科学の融合。

 千年前から後退こそすれ、発展したとはとても言えない呪術史に対し。

 ここ数百年で飛躍的に発達し、遂には月にさえ到達した人類史の結晶の一つである科学を取り込む。

 それは、呪術界に大きな影響を与えていた。

 保守派にとっては疎ましく、現場の人間にとって多くの事のデジタル化は盛大に歓迎された。

 

 そしてその生産力と一度の運用数が、任務の消化速度から『基準』を超過したと判断された事で。

 彼は、総監部によって四人目の『特級呪術師』に認定された。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『いやー、特級呪術師認定おめでとう! 師として鼻が高いよ』

「俺は弟子として恥じ入るばかりだ。能力があるんだから、偶には仕事しろ師匠(クソバカ)

研究(仕事)はしてるだろぅ!?』

「そこに金銭が発生してないなら仕事とは言わん。趣味だ」

 

 何処か高専関係の施設内で、彼は椅子に凭れ掛りながら通話していた。

 黒髪を無造作に纏め、黒一色の口元が隠れる呪術高専の制服に類似した服に身を包んだ、高校生と成人の間程度の青年。

 人にしか見えない彼は、しかし人ではない。

 幸が作成した傀儡、汎用駆体『甲種呪骸(プロセッサー)』。

 普段彼が「与 幸吉」と振る舞うのは、基本的にこの駆体である。

 

『……天与呪縛、底上げしたんだってね』

「何処から嗅ぎ付けた。……はぁ、そうだ。どうせ使い物にならない上、苦痛ばかりだったからな。寧ろ清々した」

 

 そう。最早バスタブに浸っていた少年は存在しない。

 縛りを強く意識した上で、肉体の大半を既に事実上の放棄済みである。

 それが脳髄のみを培養液で満ちたフラスコに浮かんでいるのか、あるいは肉体そのまま脳機能のみを動かしているのか。

 

『ぶっちゃけどっち?』

「後者だ。脳髄のみ摘出するとなると別の問題がある。俺の本体は『演算呪骸(ハンドラー)』内部の水槽でプカプカ浮かんでいるな」

『サイヤ人の治療用ポット的な?』

「だが、天与呪縛を完全に昇華したとは言えない」

『シカトするなよ~』

 

 天与呪縛の昇華。

 天与呪縛の事例自体が稀少な事もあって、己の呪縛を更に底上げする前例は無い。

 だが、それ自体は術師が自身に行う縛りと同じである。

 

「フィジカルギフテッド───禪院甚爾の前例を鑑みて、俺の天与呪縛を完全に昇華させる為には、俺は肉体を完全に放棄する必要があるだろう。

 だが残念ながら、俺の技術はソレを行うには不足が過ぎる」

『だから、私の魂に関する研究が役立つワケだ』

「魂単体で成立しうる形態、あるいは有機的な駆体の作成が必要だ。だが前者では呪霊と変わらないし、俺の目的に沿わない。呪物化を介した受肉? いや、それで天与呪縛を脱却できる保証は無い。俺の魂に呪縛が付随していた場合、不全の肉体として受肉するだけだ。そもそも、それでは人を犠牲にしてしまう事にもなる。呪詛師になるのは御免だ。

 必要なのは、魂に干渉する技術だ。観測は逆算する方向で既に教わったが、干渉となるとその手の術式が必要になるか……」

『ちょいちょいちょい。会話中に考察に熱中しないでくれ』

「……まだ何か用が? 判っているだろうが俺は忙しい。現在五条悟、夏油傑達と任務の消化数で競っていてな」

 

「何してんの……」と若干引き気味の九十九は、咳払いと共に声を上げた。

 

『特級呪術師の君に、私からお願いがあるんだ!』

「切りてぇ……」

 

 師からの無理難題。

 これまで幾つかあったが、どれも苦労するものばかりであった。

 具体的には、彼女が距離を取りたがっている高専上層部との調整が主なのだが。

 

「話の流れを忘却したのか? それとも厚顔無恥と言外に主張しているのか」

『おや? そんな風に私のアレっぷりを扱き下ろしていいのかい? 大のオトナが電話越しに号泣するよ?』

「お前、何で俺と接する時だけ極端にアホになるんだ? 五条悟の真似か?」

『五条君の真似に成っちゃうんだ……』

「まぁ、ネタにできるだけマシなんだが」

 

 厚顔無恥だった。

 これが四人しか認定されていない、個人で国家転覆可能と認定された呪術師の姿か? 

 

「……何だ」

『フィジカルギフテッドについてさ』

「!」

 

 かつて可能性があると九十九が希望を抱き、されど重要サンプルの死によって方向転換せざるを得なかった、呪力からの脱却者。

 

『私が既に、何人かの天与呪縛の人間を把握しているのは知っているね? 君もその一人だ』

 

 だが唯一たる天与の暴君亡き今、確認されているフィジカルギフテッドは悉く未完成。

 一般人並の呪力を保有してしまっている為、人類のネクストステージとは到底呼べず。呪力の漏出で呪霊根絶など、夢のまた夢。

 にも関わらず、九十九はその人物の名を口にした。

 

『─────禪院真希。禪院甚爾と違い不完全な天与呪縛の少女だ。奇遇にも、君と同い年さ』

 

 同じ禪院家。

 挙げ句世代こそ違えど、禪院甚爾とは従兄妹関係だとも。

 呪術界のエリート家系から、二人もフィジカルギフテッドが出現する。

 その連続性に、何かしらの意味を見出したくなる偶然である。

 

「……何故、今更フィジカルギフテッドの研究を? 禪院甚爾が死亡した時点で、メインプランを呪力の適応にシフトしたんじゃないのか?」

『初心に帰ったのさ。君が天与呪縛を底上げしたのも、無関係じゃない』

 

 即ち、不完全な呪縛の少女を完全に呪力から脱却させる方法があるやもしれない。

 九十九はそう言っているのだ。

 

『曰く、彼女には双子の妹がいるらしい。勿論、術式も呪術も扱えるそうだ。そこまで優秀と言えるほどではないらしいけど。もし、彼女達が一卵性双生児なのだとすれば。……面白そうだろう?』

「─────成る程」

 

 呪術界に於いて、双子とは凶兆とされる。

 不完全な天与呪縛に、禪院家にしては凡才といえる双子の妹。

 魂を研究する九十九と、その弟子の幸ならこの相関図から理解できる物があった。

 本来ならば海外での調査・研究に忙しい彼女にとって、そこまで気にするものではない。

 ぶっちゃけ上層部と近しい御三家に接触するには、上層部を忌避するが故にほとんど海外に身を置く九十九は、自業自得だが特級にも拘らず影響力はかなり低い。

 

『聞けば、禪院家での扱いは決して良くないらしい。研究ついでに、人助けをしてみるのも良いかもね?』

 

 事実上、禪院の人間を身請けするも同然だ。

 仮に一級呪術師であっても不可能だろう。

 例えそれが、呪霊も見えない落ちこぼれであろうと。いや、落ちこぼれであるが故に身内の恥を外に出したくないという思考もある筈だ。

 

 だが、幸ならば話は変わる。

 特級呪術師という国家そのものに影響力を持ち、様々な呪術的発明を為している、呪術と科学の融合者。

 その内の何れかを交渉材料にすれば、上手くいく可能性は十分だろう。

 幸にして見ても、天与呪縛の完全昇華───その瞬間を観測出切れば、何かの役に立つかもしれない。

 

「……構想中の有機駆体、その参考にはなるか」

『はっはっは。頼んだよ、幸』

「……了解した、師匠」

 

 そして。

 それ以上に御三家に赴く予定がそもそも彼にはあった、というのが最大の理由だったりする。

 ブン、と幾つもあるウィンドウが、その科学の眼窩に浮かび上がる。

 そのウィンドウには、ある辞令の認可を示す書類が表示されていた。

 

「膿の一掃、か」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 禪院家。

 御三家の一角に位置する呪術名家は、炊飯器さえ無さそうな古風な武家屋敷に居を構えていた。

 そんな屋敷の一室に、二人の人影が向き合っている。

 片方は既に七十近い老齢でありつつ、着物越しに鍛え抜かれた肉体が見て取れる、白髪で髭が特徴の男。

 

 禪院直毘人。

 禪院家現当主であり、五条悟という例外を除き最速の術師と名高い特別一級術師である。

 本来その酒癖の悪さ故に、自宅では着物を着崩し酒浸りしている筈だが、まるで対等以上の相手を前にするかのような整った佇まいであった。

 

 だが、それは決して誇張ではない。

 もう一つの人影は、高専生の制服に似た黒一色で身を包んだ、高校生か成人かが曖昧な年頃の青年。

 だが、それは決して人ではない。

甲種呪骸(プロセッサー)』と名付けられた、人に酷似した呪骸である。

 

 特級呪術師・与 幸吉。

 呪術と科学の融合を成し、多くの呪骸という名の呪具を作成した新星。

 幾ら御三家の当主と言えど、直毘人が優れた術師であるが故に無視できない存在である。

 

「──禪院真希、禪院真依の両名を貰い受けたい」

「フゥン」

 

 ナマズの様に伸びた髭を抓み撫でながら、チラチラと挨拶代わりに渡された日本の酒瓶に視線が泳ぐ。

 

「? あぁ、内一本は普通に買ったものだが、もう一本はやや趣向を凝らした」

「ほう」

「俺が反転術式を会得、各呪骸に実装しているのは知っているな。その際、呪具を作成するのと同様に、正のエネルギーで漬け込んでみた。如何せん俺は酒の事は判らんが、さしずめ神酒の再現といった処か。何分一点物だが、試飲してくれると有難い」

「ほう!」

「姪の事そっちのけでテンション上げんなや」

 

 もう封を開けて、いつの間にか用意した盃に注ぎ出す御三家当主に、人形ながら器用にジト目を幸が向ける。

 曰く、任務前でも酒を呷る彼の悪癖が、禪院家では相対的にマシなのが頭痛の種だった。

 

「旨い!」

「それは何より」

 

 もう諦めたのか、懐からケースを取り出し直毘人に見せる。

 御三家当主への礼儀はもう無かったが、中身を見て眉を吊り上げた彼に本題を続ける。

 

「これは?」

「『反転符』、俺はそう名付けた。この呪具はその名の通り呪力を流すだけでそれを自動的に掛け合わせ、正のエネルギーを捻出する事ができる」

「────────」

 

 思わず、直毘人が瞠目する。

 そう、これだと。これがこの呪術師の特級足る所以なのだと。

 五条家特有にして、呪術の深淵を見通す『六眼』。

 それを当人の協力があったとは云え、ある程度再現したと聞いた時は痛快であった。

 何分禪院家と五条家は確執があり、その五条家がある種神格化すらしているソレを、事実上流出したに等しいのだから。

 科学の発達が神秘の駆逐というのは、アニメーションを嗜む直毘人は理解している。

 それでも、誰にでも反転術式を行える呪具の作成───その意味は、御三家当主だからこそ非常に重かった。

 

「縛りだ。コレの使用と所持を禪院直毘人のみに絞り、要求を呑むならばコレを譲渡しよう」

 

 もしこの反転符を解析、複製出来たのならば他の御三家に対し大きなアドバンテージを得られる。

 酒とアニメの事以外は無関心な直毘人にとっても、無視できないものだった。

 

「何故、二人を欲しがる」

「俺───……というより、主に九十九の研究で必要かもしれんのでな。禪院家でのフィジカルギフテッドと女の扱いは大体察している。いつ潰されるか判らん以上、無事の間に回収したいと思うのは不思議か?」

「これほどの一品を対価にしてでもか?」

「だからこその縛りだ。別に解析しても構わんが、化石一歩手前の禪院家に精密機械をバラして戻せるのか?」

「……精密機械かぁ」

「なので、戦闘中の使用となると一工夫要る。もしこの交渉が成立したら、サービスとして教えるつもりだ」

 

 直毘人に、選択肢は無い事も無い。

 だがそれ以上に提示された商品と、彼の言う研究の成果が知りたかったのかもしれない。

 

「真希は、甚爾になれるか?」

「それは断言出来んな。例え呪力から脱却しようと、経験値や戦術眼は別だ。伏黒甚爾があの五条悟を死の淵に追い遣ったのは、なにも天与の肉体だったからというだけではないだろう。『術師殺し』の名は脳無しには名乗れまい」

「くはっ」

 

 甥の紛れもない比類無き戦果に、止まっていた酒の勢いが戻る。

 豪快に盃の酒を呑み干すと、立ち上がる。

 

「どちらにせよ、伏黒甚爾という特級相当の戦力を犯罪者にしたこの家で、フィジカルギフテッドを有効利用する未来は無い」

「──────良いだろう、真希と真依はお前のモノだ。与特級術師殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人をモノの様に扱う。それが当然の様に罷り通る世界。

 機械で極めて精巧に模倣された瞳は、そんな呪術界の澱みを映し続けていた。

 直毘人もそれを承知の上なのだろう、ボロは出さなかった。

 

 一般人が目と鼻の先で殺されていようとも、無関心な彼だが。

 それでも海千山千が極めて物理的に呪い合う呪術界、その御三家たる禪院家当主。

 科学と呪術の融合、その意味で()()()()()に気付けたのはもうすぐ七十年近い年月と経験故か。

 だが、それを行えるのは術式(才能)至上主義の禪院家に於いて、決して多くない。

 況してや──────、

 

 

「────何や真希ちゃん、姉妹揃って売られるみたいやないの。

 良かったやん、出来損ないに利用価値が生まれて。君らが心底目障りな扇の叔父さんも、流石に喜んでんとちゃうん?」

 

 

 人でなし犇めく禪院家に於いて尚、人望が皆無なその男が気付けなかったのは───ある意味、仕方のないことだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
五条悟を除く

*2
尚制作方法は確立済みなので突然でも変異でもなく、そう偽らないと特級認定されるからな模様。




禪院家の話が終わるまで描き上げたかったけど、更新速度重視という事で(他の投稿作品の最新更新日から全力で眼を背けながら)

最後のドブカス君の失言は、まぁ原作からして失言塗れなので。

誤字脱字などの修正箇所指摘、いつも感謝です。

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