『噂だけなら聞いていた。新たな特級術師は、黒閃を狙って撃てると。眉唾だと思っていたが……、こうも見せられては疑うまいよ。実に興味深い。
─────それはそれで、お前と真希か真依の子なら喜んで買うぞ? 相伝なら10出そう』
『何で今のやり取りの後に、その発言できんだアンタ。はい解散帰るお前等さっさと荷造りしてこのクソ家から出るぞ。オラハリィハリィ!』
禪院直哉が捻じ伏せられたと同時に、邸宅の周辺に忍ばせていたであろう呪骸が一斉に姿を現した。
黒いフルフェイスヘルメットと、黒のライダースーツで統一したヒトガタ。
普段幸が『与 幸吉』として振る舞う『
万が一、禪院家が監査を拒否した徹底抗戦となった際に備えた伏兵によって、気絶した直哉が拘束・連行されている最中の、禪院直毘人との会話がコレであった。
禪院家の今後の状況は詳しい聴取の後に、一新された総監部と政府から派遣される非術師の公務員など、数多くの過程の果てに決まる。
だが、彼が呪術界に必要な人材なのは確実である。
というか直哉ほどの問題児でなければ、多くの術師を輩出する禪院家を取り潰すのは人員的な意味で余りに不利益である。
加えて、恐らく直毘人は一般人を見殺しにしてはいても、進んで暴力を振るうタイプではない。
つまり今後も彼との交流は発生するだろう。真希達を引き取る以上、どうやっても縁は続く。
それが幸には憂鬱だった。
元より、真希と真依の姉妹が個人で持つ物など殆ど無い。
精々衣服程度だが、それも辛うじて使用人よりはマシな同じ着物一式が複数あるだけ。
人間にしか見えない人形は、心底嫌そうに顔を歪めながら二人を急かし、速やかに禪院家を後にした。
リムジンの様に見えるソレも、勿論高専登録済みの車両型呪骸。
運転手など居らず、三人は向かい合っていた。
「─────それで、アンタは私達に何の用があるんだよ」
「自己紹介しろ。俺はさっき既にしたな」
「は、はぁ!?」
「禪院真依です。幸吉様は、一体私共に何をお求めになられるのですか……?」
「……禪院真希です」
従順な姿勢にそこまで抵抗感の無い真依と違って、小さく名乗った真希に頷きつつ、タブレットらしき端末を弄りながら、幸は真依の問いとは異なる返答をした。
「敬語は要らん。どうせ同い年だ」
「…………はぁ!?」
「???」
「この呪骸が成人タイプなだけだ。高専入学時はソレらしい外見の物を使う」
宇宙を背負う双子に、タブレットに表示された保護及び各種承認のサインが表示され、渡されたペンタブレットで意味も解らずサインをする。
どうやら手続きを行っていたのだろう。
ちなみにこの時系列は2014年である、
「通信だが、バチバチの義務教育中だぞ。まぁ高専から受注される任務の消化、それ以上に俺の天与呪縛の関係で通学なんぞ論外だが」
「天与、呪縛」
「私と同じ……!?」
「正確には真逆の、だがな」
少し躊躇う様な素振りを見せるも、どうせ全て話すのだと幸は己の有り様を二人に告げる。
それは過程や理由こそ異なるものの、自身と同様に呪いに苦しめられた姉妹相手だからであっただろうか。
「諸々省くが、今の俺は脳以外の身体機能を喪っている」
「「──────」」
絶句。
天与呪縛という意味では、姉妹にとっては真希という比較対象が存在した。
それでも幸の現状は、ほぼ非人扱いだった箱入り娘達の言葉を喪わせるのには過分だった。
そして、続けられた幸の目的にも即座に理解できた。
「俺の目的はその天与呪縛の脱却。あるいは、記憶や自我などを保持した上での昇華だ」
そんな、先天障害と形容する事さえ生温い状態から脱却したいと思うのは、ごく自然というもの。
「ん? 昇華?」
「真希、お前にはソチラがメインとなるな。俺だって最初からここまで呪縛がキツかった訳じゃない。まぁ下手に痛覚が残っていた分、日常が地獄だったが」
そこで聴き慣れぬ単語に引っ掛かる真希に、幸が頷く。
天与呪縛とは、先天的に当人の意図しない呪縛を持って生まれる者達を指す言葉であるが故に。
「お前達に対する用件は大きく二つ。一つは禪院家で明確に、規定違反の被害を受けている禪院姉────」
「真希でいい。もう家を出たみたいなモンだ。つーか私的に名字で呼ばれたくない」
「私も、名前で構いませ───構わないわ」
「……分かった、なら俺も幸で良い。話を戻すが、取り敢えずお前達姉妹の保護。コレは先程も口にしていたな。もう一つは、天与呪縛に関する研究協力の要請だ」
その言葉に、直哉の戯言を思い出す。
幸の経歴と理由を聞けば、酷く納得がいく。
真希といえど、幸への感謝が無い訳ではない。
実際の研究内容次第ではあるが、協力するのは吝かでは無いのだ。
「……成る程、な」
「まぁフィジカルギフテッドに関しては、俺というより俺の師匠の九十九由基が『呪霊根絶』の最適案として『呪力からの脱却』を研究しているから、というのが大きいが」
「呪霊の、根絶」
二人には想像も出来ないスケールの話題に、流石に理解が及ばない。
彼女達に、特に真依にとって呪霊とは物心つく前から存在する、普遍的なもの。
それを根絶などと言われても、想像が難しい。
「その研究実験として、真希。お前には呪力から脱却し、天与呪縛を完成させてもらいたい」
「!」
「真希。お前は、自分の天与呪縛が不完全なのは理解しているか?」
不完全。
真希の天与呪縛はフィジカルギフテッド。
禪院家の直系血筋でありながら、術式は勿論呪力も一般人並で、呪霊も視えないことから脳にも何等かの影響を与えているだろう。
その縛りで、彼女は二級術師相当の膂力を有する。
だが、禪院家の直系血筋としてはリターンが少ない。
「……私が、一般人並の呪力を持っているから?」
「その通りだ。そしてその原因は、お前達が双子だからと思われる」
幸の視線が真依に向けられる。
それが研究を進める為に、真希だけでは無く真依にもこの話をする理由でもあった。
「呪術的には、一卵性双生児は同一人物とみなされるから?」
「詳しいな、真依。十中八九ソレが理由だろう」
つまり、天与呪縛の判定に不具合が生じているのだ。
双子が過去、そして呪術界に於いては今尚凶兆とされる理由の一端がここにあった。
「推定でしかないが……、これはかなり不健全な状態だ。本来持ち得る人間性を半分しか持っていない可能性がある訳だからな。
パッと見陰陽のソレにも見えるが、綺麗に半分───などという訳ではないだろう」
真希が男性的な性格であり、男勝りで負けず嫌い。
真依は女性らしく、諦観で恐怖や痛みには素直に耐えられない。
本来、一人分の人間の要素を二人に分割しているのだとしたら、天与呪縛以前に人として不全であるとさえ言える。
勿論ソレだけではないだろう。
多くの要素が二人に欠けている可能性がある。
加えて────。
「……真希がどれだけ強くなる為に努力しても、私は強くなんてなりたくないの。多分、それも……」
「影響は確実にあるだろうな」
「っ……!」
何かを得る為には、相応の対価が必要だ。
努力、時間、手段。縛り云々ではなく、当たり前の道理。
その当たり前の利害が、双子には機能しないのだ。
真希が術式を持っていないが、真依は術式を持っている。
両者は綱引き状態であり、資質性質に拘らず、お互いがお互いの足を意図せず引っ張り続けていたのだ。
その結び目を、解く。
即ち─────、
「これからお前達には────
三人を乗せた
京都市内の、とある高名な神社を訪れていた。
既に話を通していたのか、宮司は喜んで三人を迎え入れ、予め用意されていた儀式の道具一式が備えられていた一室に案内した。
古き良き伝統ある神社に、似つかわしくない科学の道具一式ではあるが。
「何なんだよコレはッ!?」
「何って、3D計測用ボディースーツの魔改造品。その馬鹿みたいな量の接続端子見りゃ分かるだろ」
「そこじゃねぇ!」
真希に渡されたのは、大量のコードを繋ぐであろう接続端子が施された────辛うじて透けていない、ピチピチのソレだった。
「かッ、〰〰〰〰〰身体のライン出過ぎだろ! こんなん全裸と変わらねぇだろうが!?」
「───……、……………………?」
「こんのぉッ……! ほ、ホントに男かお前は!!」
間違いなく露出は一切無い。
だが、真希が中学生としても早熟で既に凹凸に富んでいた所為で、下手な露出より卑猥となってしまうだろう。
中年相手だと不快感が先行するだろうが、流石に同い年の少年と分かった相手には羞恥が勝る。
ソレが、自分達を相応の少女として扱う初めて出会ったマトモな異性なら尚更だ。
だが、今回ばかりは相手が悪い。
「元々下半身は残ってる片足の爪先まで、生まれた時から機能不全。そんで今や動いてる箇所が脳味噌オンリーのヤツに、一体ナニを言ってるんだお前は」
「ごッぉ─────、……ゴメン」
何も悪くない真希が、隣で非難の目を向ける妹のソレもあって、思わず謝ってしまった。
美醜の好嫌こそ有れど、性的興奮を覚えられる様なマトモな身体を、幸は持ち合わせていない。
反転術式の常時運用を、とある現代最強を参考に自身も行っている彼は、既に三大欲求を喪っていた。
禪院姉妹の事情も相応にデリケートだが、幸のデリケート具合では霞んでしまう。
「別に、謝る必要は無い。加えてマジレスすると、肉体の輪郭や形状を整えるというのも理由の一つだな」
「……輪郭?」
「先天的だった禪院甚爾とは訳が違う。後天的な呪力からの脱却により、肉体がどう変異するか分からんのだ。天与呪縛で増殖する筋繊維によるグレイ・グー・シナリオ*1とか御免だぞ。
人の形を保てていない肉塊。あるいは、それよりマシだがボディビルダーめいた肉達磨になったら事だ。
流石に俺も、今後暫く一緒に過ごす奴が画像編集された様な顔から下だけが筋肉達磨とか、噴き出さん自信が無い」
「ブフッ!」
「───嘘だろ」
羞恥に頬を紅く染めていた顔を、一気に青褪めさせる。
そんな真希に、噴き出す真依を気にする余裕など無かった。
双子としての影響か、男性的な性質が強い真希でも流石に筋肉達磨は御免被る。
「無論、あくまで最悪の場合はだ。天与呪縛で縛りを強化する以上、恩恵が本末転倒な形で降りかかるとは思わん。
だがお前の安全を考慮し、万が一を想定・対策するのは俺の義務だ」
そこまで言われては、真希にそのピッタリエロエロスーツを着ない選択肢は無かった。
有情だったのは、その上に白装束を着れたことだろうか。
「ぶっちゃけ、全裸処か筋繊維や内臓機能、肉体の変容に際し魂へ生じうる影響まで調べるんだ。どうやってもその手の話題には行かんぞ」
「だからってよぉ……」
「その手の反応を引き出したいなら、俺の天与呪縛をどうこうしてからだな」
「はッ、はぁ!?」
「真希……アンタまさか」
「変な捉え方すんじゃねぇ! つーか真依も真に受けんな!?」
まるで女の卑しさを観たような真依の視線に、再び顔を真っ赤に染める真希。
尚、振り返って表情を隠しながら舌を出したのは、姉には内緒だったりする。
「…………」
「何でソコ黙った!?」
「いや、周囲に同世代が居なかったものでな。そうか……、これが思春期か。悪い、配慮に欠けていた」
「ああああああああああああッ!」
「(愉しい)」
ヤケクソ気味にスーツを持って隣の部屋へ着替えに行った真希と、それに御満悦な真依へ白い目を幸が向ける。
「お前等そんなキャラだったか?」
「……色々解放されたから、かも知れないわ。私も正直、夢心地なのよ」
「───そうか。そうだな……」
自然体とも異なり、寧ろらしくないのだろう。
幸が思い出すのは、ノンデリ発言をしながら現れた師の姿。
果たして、自分も彼女の様に誰かの助けに成れているのだろうか。
──────その後二人は様々な祓の後、白装束を纏いながら二つのカプセルベッドのような棺の中に横になった。
片や、シンプルな葬儀用のそれにも見えるモノに入った真依と。
着物の端や隙間から伸びる、大量のコードと接続した機械的極まるモノに入った真希。
「肝要なのは、如何にして二人の『同一人物』という呪術的な判定を覆すかだ」
そんな二人の前で駆体の瞳を閉じ、本体を内蔵・各呪骸全てを統括する巨大超高速並列演算装置────『
「最悪で最短な方法は、一人の判定を真希が占有すること。単的に言えば真依を殺せば呪縛は完成するが、コレは論外なのは言うまでも無い」
片割れが死ねば、不具合の温床を削いだ天与呪縛は完成するだろう。
無論、真希にとって本末転倒以外の何物でも無いが。
「ならやる事は物理でなく、呪術的なアプローチだ」
「それが、縁切りだと」
「良縁を結んだり悪縁を絶つなど、縁切り自体はポピュラーな呪術だからな。キチンとした儀礼を行えばそう難しい事じゃない」
縁。或いは呪術的な繋がりである『共振』。
丑の刻参りをモチーフとした術式『芻霊呪法』から、遺品と霊媒を用いた降霊術に至るまで。
普遍的な縛りを含め、呪術にとって縁とは切っても切れないモノだ。
「同一人物から他人となり、その後姉妹としてもう一度縁を結んで貰う。ここ京都から島根、そこから東京の仮住まいまで忙しくなるぞ」
縁切り神社の別称で知られる、今まさに儀式を行っている安井金比羅宮を筆頭にやりようは幾らでもある。
そして次に向かうのは、縁結びの代名詞である出雲大社である。
「相互作用している以上、真希の天与呪縛は真依にも影響を与えている。呪力量やセンスも幾分か向上するだろうが……」
「私は……────」
「兎に角、今は儀式を成功させるのに集中する。真依は真希から呪力を奪うイメージを。真希は呪力を渡すイメージをしろ」
「イメージ……」
そう告げられた直後、閉ざされる棺と共に二人の意識は消えていく。
向かう先は、彼女達の心の中───生得領域だ。
術師同士での戦いの最中、稀に相手と意識が繋がる事象が確認されている。
この現象は、呪力が人間の感情由来である為の副作用の様なものだと────ある呪いの王は推測していた。
そしてこの現象が起こるのは互いの呪力を衝突させ、そして────片方が、死に瀕した際に発生しやすい。
死とは、呪術に於いて極めて重要なファクターであり、非術師であっても死の間際には術師並の呪力を放出するという。
病院や事故現場で呪霊が特に生じやすいのは、死に瀕した際に放出された呪力が理由なのかもしれない。
その点に目を付けた幸は、二人を仮死状態にする事でその現象の再現を試みたのだ。
ある種、生得領域の共有とも言える現象で、二人の縁切りの際に望む結果を得られるように。
そして、二人は意識を失っていた最中、日本の何処かにありそうな浜辺に居たそうな。
斯くして、一人の人間は二人となり。
一人の呪術師と、一人の鬼人の雛が誕生した。
丸々カットしてもいいけど、衝動描きした回。
タイミング的に呪術廻戦完結記念、という訳ではないけども。
連載が終わっても、単行本で補足とか第二ファンブックとかを期待できるのはワートリリスペクトの単眼猫先生の凄いトコだと思う。
大変楽しみです。
つまり場合によっては天与呪縛の強化経緯が変わる可能性ががが。