それは白い服を着た男だった。
背に子供、右手に青年を抱えた男であった。
その彼は、倉庫の上から場にいる者達を見下ろしいる。
ある種の滑稽さを携えて現れた男。
しかし、確かな存在感を表していて。
それが並ではないと、その場の者に強い印象を与える。
「救ってやるとな?
これは中々に面白いことを言ってくれる」
白の男が空気を支配する空間。
その場で最初に正気を取り戻したのは、ライダーであった。
それは彼もまた乱入者であったこと。
そして、天性の楽天性が、主にライダーを正気に引き戻した要因でもあったのだろう。
「救うとは、主は一体何様のつもりか?」
聞き様によっては高圧的な質問ではあるが、これは純粋に疑問に思っているだけの言葉である。
対する白の男の返答は、明快なものであった。
「私は正義の味方だ。
力なき者を守る義務がある。
それが私の使命であり、生き甲斐でもある」
一点の曇りもなく、彼は言い放つ。
それこそが自らの業であり、そして源であると。
それを聞いたライダーは、思わずといった風に目を丸くして。
「それは好きでやっていることなのか?」
「相違ない」
訊ねた結果は、ライダーにとって中々に興味深いものであるモノであった。
ライダーの中に、何か、不思議と込み上げてくるものがある。
それは……快活な愉悦さであった。
「ククク、ガハハハハハッ。
主は面白い男だな。
正義の味方を、好き好んでやっておるのか。
そのような物好き、そうは居るまいて」
「お前のように、ひたすら果てを目指すのと大して変わらん。
私は、正義を執行する中での、人の輝きこそを愛でる者だ」
「成程、主も尊きものを恋焦がれるか。
これは重畳、良いことを聞いた」
うむうむと頷き、そうしてライダーは白い男を見る。
それを見て、何かを察したのはライダーのマスター、ウェイバー・ベルベット。
「お前、まさか……」
声には、またか、というウンザリしたニュアンスが多分に含まれていた。
だがしかし、ライダーはそんなことは歯牙にも掛けない。
おうよ、と答えて、ライダーは倉庫の上の、白い男に満面の笑みを向ける。
「お主、我が軍門に降らぬか?
今なら、主の一族郎党ごと受け入れようぞ」
あぁ、とウェイバーは頭を抱える。
ライダーの無茶苦茶には慣れた。
……けれどもそれで頭が痛くならない訳では無いのだ。
「私は声が聞こえる限り、それに応える。
故に、一箇所に留まる事など出来ない」
「ムム、非常勤でも良いのであるぞ?」
「間に合っている」
にべもなかった。
白い男は、毅然とライダーの妄言を断ったのだ。
それは予想通りの結果。
ライダーは残念であるなぁ、と呟きつつも、笑顔であるのがその証左。
――そうして、ライダーと白い男の会話で、ようやく皆は再び思考が稼働を始める。
「もはや、決闘も何もあったものではないな」
彼、ランサーは深い溜息と共に、そう吐き出した。
場の主導権が、自らとセイバーの手から転がり落ちていくのを、しかと感じたから。
面白くはないが、これだけサーヴァントが密集している中で、迂闊に動けないのも事実である。
それ故の、溜息であった。
「騎士の決闘を、貴様らは何だと心得るかっ」
そして、怒りを滲ませるはセイバー。
それは、ルールを守らない者への、秩序を持った怒りでもあった。
古き時代の流儀。
己が武器を手にし、相対し合う者は尋常に立ち会うという騎士道。
それを解せぬ者たちへの、非難の声。
これが不意打ちであったのならば、納得はあったのだろう。
決闘の最中でも、戦争であったのならば常套手段であるのだから。
しかし今回の場合は、闖入者に全てを打ち壊されたのだ。
それは戦いの場において、確かな苛立ちとして昇ってくるものがあるのを、セイバーは感じずにはいられない。
「悪かった悪かった、その騎士の戦いに魅せられてな。
つい、ここでどちらかが果てるのは惜しいと思った訳よ」
謝罪には誠意が込められていて。
しかし自分の意見は曲げない、我の強さもそこにはあって。
セイバーは、ライダーに毒気を抜かれるのを感じつつも、更に気を引き締める。
そんなセイバーにライダーは嬉しそうに笑いかけて、話を続ける。
「ではセイバー、主とランサーは続きをやれば良かろう。
余は見守っているから、存分に覇を競い合わせるが良い。
主はどう思う……」
白い男に声を掛けようと思って、ライダーは気が付いた。
この人物が何のサーヴァントなのか、分かっていないことを。
「さて、坊主はアレを、何のサーヴァントだと見るか」
意見を求めたのは、己がマスター。
自身でも考えはあるが、それを他の意見とすり合わせるための行為。
「え、えっと、消去法的には、アーチャーかキャスター、だけど」
「そうよなぁ、だが、そのどちらにも見えん」
「見かけで判断するな、見かけで」
疲れ気味に、ライダーへと言葉を吐くウェイバー。
その様子は、戦う前から満身創痍にも見えた。
だが、ウェイバー自身も、確かにと思うところは合って。
更に考え込もうとした、その時――
『おや、どこかで見た顔だと思ったら、君だったかね』
「え……そ、そんな。
まさかっ」
どこからか聞こえた声。
それはランサーのマスターの声。
白い男よりも高い位置から、聞こえてくる声であった。
「ウェイバー・ベルベット君。
聖遺物を持ち逃げしたと聞いていたが、よもや自らが参加しようとはな。
この聖杯戦争に」
「ひぃっ」
驚き、と共に自らが味わった屈辱。
そして自分と声の主との力量の格差を、ウェイバーは思い出さずにはいられなかった。
「成程、課外授業をお望みか。
ならば全力を尽くして、私は君に教えてあげよう。
――魔術師たちの殺し合い、それがどういうものなのかを」
「ケイネス、先生……」
倉庫群の一番上。
すべてを見渡せる一から、現れた人物。
時計塔のロードにして、ウェイバーの恩師でもある存在。
――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、姿を現したのだ。
「ぼ、僕は……」
咄嗟にウェイバーが思い出すは、卑屈さに埋もれてしまった学園生活。
自身の誇りを砕いた人物、それが己が頭上に存在しているのだ。
まるで、自身に誅伐を下さんとせんばかりに。
実力差は圧倒的、それが理解できてしまうが為に、ウェイバーは怯えが湧き上がるのを抑えきれない。
このままでは、何もできずに彼は退場することになるだろう。
――しかし、それは彼一人の場合。
彼は、決して一人ではないのだから。
「しっかりせんか、坊主。
お主は世のマスターなのだぞ」
「ら、ライダー」
声を掛けたのは、己のサーヴァントであるライダー。
ウェイバーの方に手を置き、そして告げるのだ。
「背筋を伸ばさんか。
小さい背が、余計に縮んで見えおるぞ」
「……余計なお世話だ」
安心感を、感じられた。
だからか、ウェイバーは自然と背を伸ばして、そして恩師の姿を見上げられた。
「た、確かに、僕は先生から聖遺物を奪うこと、この聖杯戦争に参加しました」
そうして、震える声で、しかし毅然と彼は恩師へと伝える。
「で、でも、これで僕が最後まで残ったら、先生には僕を認めてもらいますっ」
それは、少年なりの、一種の挑戦状であった。
必死にひねり出して、自分のサーヴァントに並べるようにと、勇気を振り絞っての言葉。
故に、ライダーは全身から雄叫びをあげたい気持ちに駆られたのだ。
「ハハハハハハ、坊主よ、よく言ったっ!
そして聞いてな、ランサーのマスターよ。
主が世を召喚しようとしていたのか何なのかは知らんが、世のマスターは余と戦列を並べる者だけと決めておる。
貴様など、ハナからお呼びではないわっ!」
愉快愉快、そう喝采を上げるライダー。
それに対して、ケイネスは僅かに、歯軋りをして。
しかして、自制心で苛立ちを押し止めようとする。
これは、あくまで授業なのだから。
ウェイバー・ベルベット、彼は殺さない。
何故なら、仮にも自身の生徒であるのだから。
……だけれども、死に匹敵するような、それだけの恐怖は味あわせると、それだけは決意したのだ。
そんな中で、ライダーは高らかに告げた。
――いや、全霊での喝であった。
「世のマスターは勇気を示したっ!
一介の魔術師でさえ、これは持ちうるものなのだっ」
先ほど垣間見た、マスターの勇気。
それを誇るように、広大で、どこまでも届く声で彼は呼びかける。
「聖杯戦争に招かれし英霊たちよっ、今この場に集うが良い!
この場には、勇気を持ちし勇者が集う場であるぞ。
セイバーが剣で、ランサーが槍で、世のマスターが口上で、それを証明してみせた!
それに対して、なおも顔見世を惜しむような臆病者はっ!
この征服王イスカンダルの侮蔑を免れんと知るが良いっ!!!」
それは、明らかなる挑発であった。
この場にいない者を、呼び寄せようとする。
そして、来ないものには烙印を押し付けんとする、そんな叫び。
戦略的には、わざわざこの場に現れる意義など、無いに等しくはあるが。
――されど、それは唯の人間の思考に過ぎない。
英霊にまで昇ったモノのプライドは、決して安くなどないのだから。
「ほぅ、これは」
「先生、どうしたの?」
最初に、その気配を感知したのは白い男。
少年の問いに答えず、彼はそれが現れるであろう場所を見つめた。
他のサーヴァントも、徐々に感じ始めている、それ程に、強大な気配。
そうして、彼の者はここに顕現する。
――ここにいない者が来るように。
――ここにいない者が形を表しながら。
――ここに、来るのだ!
「よくもまあ吠えるものだ、雑種風情が」
それは、黄金の化身であった。
全身に金の鎧を纏いながら。
その者自身も、大いなる輝きを発露している。
誰もが見蕩れそうになって。
だけれども、黄金の彼の、剣呑な雰囲気が大いに警戒を掻き立てる。
それ程の威圧感、それ程の威容。
「貴様ら雑種共の遊戯を眺めてやっていたというのに、よもや難癖をつける愚か者が居ようとはな。
それも、王を名乗る不埒者ではないか」
彼は、黄金の王は、笑っていた。
怒気を隠しもせずに。
剣呑さを隠しもせずに。
鋭く、街頭の上から、下界を眺めるがごとく、視界にある者達を睥睨する。
「それもただ一人ではなく、二人もだ」
視線が、動く。
ライダーから、もう一人の王へと。
それは一人の少女であった。
清涼さを感じさせる、涼やかで無骨な少女へと、視線は動いて。
「小娘風情が王を名乗るなど、戯けた真似だ」
彼は、嘲笑っていた。
見えるもの全てを、怒気の中に侮蔑さえも込めて。
だから、彼は言うのだ。
「ならば、間引かねば成るまい。
そうであろう、なぁ?」
聞いてなどいない。
それは決定事項として存在するだけの言葉。
彼は裁定を下すために、不敬者を処するために、現れたのだ。
「私はブリテンの王だ。
それは、貴様に否定されても、変わらぬ真実」
見下す黄金に、蒼銀の彼女は凛として返答をした。
何を言われようとも、それが真実であり、そして変えられない事実であろうと。
「で、あるかな。
そもそも、余は征服王イスカンダルであるぞ。
主も聞いた名であろう?」
ライダーも泰然として、自身を貫いていた。
それどころか、出自まで誇る始末であった。
隣で、彼のマスターが、どこか虚ろな目をしていたのは言うまでもないことである。
「聞いたかどうかなど、どうでも良い。
天上天下で、王とは我唯一人の事を言うのだ」
「ふむ、唯我独尊を地で行く男だな」
感心したように、白の男は呟いた。
隣にいた少年と青年は、何か言いたげに、白の男を見ていて……。
「あぁ、貴様ら」
その声に反応したのか、黄金の彼が、白の男達の方を向いた。
その目には、どこか不快さが、滲みでていて……。
「いつまで、我の頭上に居るつもりだ、雑種どもがっ」
吐き捨てるように、彼が言うのと、同時に。
黄金の彼、その背後が、歪んで――。
何かが、高速で飛び出した。
それは、常人では負えない速さで、白い男達に、迫る――。
「やれやれ、輝きと共に、血の気も多いと見える」
けれど彼、白い男は動じずに。
素早い何かが迫る前に。
それよりも早く、少年と青年の首根っこを掴んで、そのまま飛び降りたっ!
「せ、先生!?」
「うひょーっ、すげえな、おい!!」
何かが着弾した爆風に押されながら。
少年と青年、両者は相対の反応の元に、落ちていく。
しかし、白の男がしっかりと掴んでいるから、死にはしないが。
「フン、雑種は地べたに這い蹲るべき存在だ」
着地した白の男達に、黄金の彼はそう吐き捨てた。
けれど、白い男は動じた様子など、一切見せていなくて。
「ふむ、飛び道具、ということはアーチャーのクラスであるか」
成程、と分析をする余裕まで持っていた。
そんな彼に、ライダーは問いを投げかける。
「あれがアーチャーならば、主はキャスターといったことになるんだがなぁ……。
本当のところ、何のクラスか、教えてはくれぬか?」
いたずらっぽく、この戦場において余裕を持って。
ライダーは、訊く。
だけれども、白の男もわざわざ答える義務など、存在していない。
「さて、何であろうな」
「主は、存外にケチであったか」
誤魔化すように、適当に流すだけの白い男。
それに剛毅な征服王は、僅かながらに毒づいた。
面白くない、と小さく呟きながら。
「ふん、貴様など道化で十分だ。
正義の味方、だったか。
中々に笑わせてくれる」
「ほぅ、嗤うか、アーチャーのサーヴァントよ」
俄ながらに紫電を纏わせながら、白い男は、構えた。
バチリ、バチリ、と音が響く。
彼の周りの電子が、帯電し始めているのだ。
「ふん、道化風情が。
そうだ、どうせ道化であるのならば」
黄金の彼、アーチャーのサーヴァントの背後が、歪む――。
それは、先の空間が歪んだのと同じ現象。
そして、その歪んだ背後の空間には――。
「嘘、だろう?」
呟いたのはウェイバー。
言わずには居られなかったから。
「そん、な」
愕然としたのは、アイリスフィール。
その光景が、何なのかを理解できたから。
「全て、宝具か」
そして白の男も、正確にその光景を把握していた。
アーチャーの後背、歪んでいる空間の総数は18。
その歪んだ空間からは――宝具の姿が垣間見えていたのだ!
「受けきれるか? 道化」
嘲りを含んだ、楽しむような声。
これは余興と、真実そうとしか思っていないのだろう、アーチャーは。
「容易いことだ」
白の男は、平然とそう答えた。
背後にいるマスター達も、守ってみせると、力を入れ始めて――。
「クク、やはり道化か。
その狂言だけで、十分に興じさせてくれる」
愉快そうな、アーチャーの笑い声が木霊する。
それに合わせて、白の男――セイヴァー、ニコラ・テスラは感覚を研ぎ澄ませた。
何よりも深く、何よりも鋭く。
自身の体、それ即ち探知機と同義であると言わんばかりに。
――だからこそ、気付けた。
新しい何かが、近づいているということを。
黒い思念を纏ったものが、この場に近づいているということを。
「来るぞ――」
「何?」
テスラが呟いた瞬間、確かに、それは現れた――。
「――――――――ッッ!!!!」
声にならない雄叫びと共に、黒い鎧が顕現する。
それは、四方に思念を撒き散らしている物体。
理性のない、それでいて存在感だけは別格の存在。
――即ち、バーサーカーのサーヴァント。
「この場に、6騎のサーヴァント、だと」
セイバーは呟かずには居られなかった。
膠着状態、混沌の坩堝。
今の状況は正にその様に表現できたから。
それ程の混雑、それ程の無秩序。
それに、姿を隠しているアサシンも含めると、確かに7騎、この場に揃っているのだ。
これは、歴代聖杯戦争稀に見る事態でもあった。
「無意味だな、この戦場は」
「はい、時臣師。
この場で戦うには、手札を多く見せる必要があるでしょう。
リスクは、非常に高いものがあります」
遠坂邸では、苦々しい顔で遠坂時臣がそう呟いていて。
「呵呵、これはこれは」
間桐邸では、老人が、面白そうに自体の推移を見守っていて。
「狩りの時間だ。
この状況、悪くない」
戦場を観察する衛宮切嗣は、混戦の中でほくそ笑んでいた。
そして――
「ほぅ」
冬木市高層ビルディング群の、その頭上。
そこで、事態を見守る男がいていた。
まるで、鷹のように鋭い目を持つ人物であった。
「今までにない様相を呈している。
よくも無秩序にここまで入り乱れられるものだ」
感心、呆れ、諦観、それを全てを含んだ声。
その声が向けられる主は、ただ一人――
「さてはて、どうするのかね?
――狂気なりし、雷電王」
一人ごちる様な声は、夜の帳に、静かに消えて――。
アハハ、話が全然進まないです(白目)。
ちなみに、最後に登場した人物はマック君枠です。
そして、そういえばアサシン殺すのを忘れていたという……。
もう色々めちゃくちゃですね(遠い目)。