正直今回はやりすぎた、お辞儀します
アントニン・ドロホフは不感症な男だ。
人が感じる幸福、高揚、悦楽、そういった感情を彼は(普通の手段)で得ることが出来ない。
ホグワーツに入学しても、彼は退屈だった。
唯一その退廃感を癒してくれるのが、彼が付き従うトム・リドルという男だった。
ドロホフは優等生たる彼の暗い一面を知っていた。
全てが下僕で所有物で、利用価値のある(物)、何のブレも無しにそれを通してきたこの優等生の傲慢で残酷な無邪気さ、言ってしまえば、悪。
それに共感し、彼の有り様に愉悦を感じていた。
ドロホフはリドルに従い、彼に共感しない不良をスリザリンの数少ない一人の問題児として、適当な理由を付けて散々になぶってきた。勿論、医務室に行かない程度に加減してだ。
″じゃないと、リドルの手の付けようが無くなる。″
己はリドル、つまり強い者に従うハイエナ小僧。親分の威を借り尻尾を振る文字通りの取り巻き。
親分に仇なす愚か者を勝手に粛清する足手まとい、周りはそう見る、粛清を命令したのはリドルなのに。
しかしリドルは被害者に手を差し伸べ、躾のなっていないハイエナを叱り、謝罪する。
ドロホフはリドルに逆らえない小物を演じ、被害者はリドルを敬い敵意を無くしてしまう、全部リドルの計画通りなのも知らずに、だ。
そうしてリドルは敵を消しながら評判を上げ、ドロホフは与えられた獲物を存分になぶった後に学年一の優等生様のお叱りを受けるだけで済む。
ーー完全に悪党だな、最高だよ、優等生様。
ドロホフは邪悪に微笑んで目を閉じたが、次に目を開けた時、彼は非常に不愉快であった。
ーーだが、今回ばかりは恨むぞ。
視線の先にはリドルから監視するよう命令され、昨日から控え目に関わり始めた金髪長身の少女。
折れた鼻にギプスをつけた学年一の問題児、ヨーテリア・グリンデルバルドが、変身術の授業にて(硝子の水差し)に変える筈の鳥を何を間違えたのか(硝子の鳥)にしてしまい、頭を抱えて苦しげに唸っていたのだった。
「ヨーテリアや、なんかコレ違うのう」
「何でだよ・・・何でだよ・・・ッ」
目の前の物体を錫杖でつつき、呻くヨーテリア。
リドルに認められた女だ、退屈はしないだろうと昨日の時点では思った、思っていた。
「まあまあまあ、変身自体は見事な物じゃ、
次は頑張りなさい。わし応援するよ?」
苦笑いしながらダンブルドアが離れ、次の生徒の席へと歩を進める中、ドロホフは思った。
なんだこのどんくさい女は、と。
ーーリドル、何故こんなのに負けたんだ。
自室でしか話せなくなった主を思い浮かべながら、硝子の鳥を水差しに変えようと躍起になる彼女に呆れ果てつつも、ドロホフは声をかける。
「おい」
「何だよ、邪魔すんなよ」
恐ろしく不機嫌そうにこちらを振り向くヨーテリア。
一瞬ズタズタにしてしまおうと考えたが、どうにか青筋を浮かべるだけに留める事に成功、自分の鳥に杖を向け真顔で詠唱する。
「〈エス・ウェタリア 水差しになれ〉」
ドロホフの放った見事な呪文は、流麗な鳥をご丁寧にすらりとした注ぎ口と取っ手まで付けられた、それはそれは綺麗な硝子製の水差しへと変えた。
「ふおお・・・」
「いいか?しっかり杖を向けた状態で、変身させる物をイメージして詠唱しろ。
ボヤボヤするな、やれ、今すぐ」
「お、おう・・・」
ギプスを付けた鼻面へと杖を突き付けられ冷や汗をかいてたじろぐヨーテリアだったが、すぐに錫杖を構える為に立ち上がった。
「〈エス・ウェタリア 水差しとなれ〉」
そう詠唱すると硝子の鳥は急速に変形、円形の綺麗な器を形成し形を整えていく。
少しすれば硝子の鳥は、一般家庭や料理店でごく希に見られる取っ手だけ付いたタイプの、バケツを思わせる形状の水差しに変わった。
少々鳥の羽毛のような模様がついていたが、やがて再びダンブルドアが廻って来ると水差しを持ち上げ涙すら流して称え始めた。
「水差しじゃ!ああ水差しじゃ!紛れもなく!スリザリンに二点!
ようやった・・・ッ、よう二回で成功した、ヨーテリアや・・・ッ」
ヨーテリアの頭を一撫でし咳払いした後、何でもない様子に戻り次へ向かうダンブルドア。
彼女はしばらく呆然と彼を見つめていたが、やがてドロホフを横目で見て小さく呟いた。
「アー、その、ありがとな?」
少々戸惑いながらも礼を言う彼女を見て、ドロホフは呆れながらも手を振って返した。
やはり彼はこの少女がリドルに勝ったとはどうしても思えず、その横顔をじっ、と見つめた。
しかしふと、他の席からひそひそと声が聞こえそちらに意識が向く。
「おい、見ろよ、あのハイエナ野郎」
「今度はグリンデルバルドについたのか?」
「やっぱり、あの噂は本当だったのか」
周りの生徒がドロホフとヨーテリアを見て、ヨーテリアを恐れつつドロホフを軽蔑していた。
これもリドルの計画通り、ドロホフは舌打ちする。
リドルとヨーテリアの決別、その詳細を知るのは当事者達二人の他に、ドロホフをはじめとする一年からリドルに従っていた数人の従僕のみ。
決闘自体は生徒達の間で噂になっていたが、詳しい事情はやはりその数人しか知らないだろう。
決別のくだりは聞かされた彼らは知っているが、ここ一年間、この二人はまったく関わっていなかった。
故に他の生徒は、リドルが聖マンゴ送りとなった哀れな生徒のための仇討ちに失敗したとしか解釈しておらず、彼らの仲違いなど知る由も無い。
「トムに勝つなんて、やっぱり化け物だ」
「先生方は笑い飛ばしたけど、あのハイエナだよ」
「あいつが尻尾を振ってるって事は・・・?」
そして、リドルはその噂を逆手にとったという訳だ。
強い者に従うハイエナ、アントニン・ドロホフ。
周囲からそう見られ彼自身そう公言しているのだ、故にドロホフがヨーテリアに尻尾を振っても、周囲はむしろそれを自然として見るだろう。
何せ、彼は強い者に従うハイエナなのだから。
「トムにあんなに良くして貰ったのに、恥知らずめ簡単に乗り換えてやがる」
「あっちの方が居心地がいいだろうよ」
「闇の魔法使いより質が悪いぜ」
いっそ暴れてしまおうか?ドロホフはそう思いながら周囲を睨みつけると、自分を見ていた生徒は目を逸らし黙りこむ。
原因たるヨーテリアにも目をやり、脱力させられた。
周囲から険悪な視線を送られているにも関わらず、口元に笑みを浮かべ鼻唄を歌っているではないか。
ーーあの老いぼれに誉められて、上機嫌て所か。
周りなど一切気にかけていないし、気付かない。
目は依然として無感情な硝子玉の如しなので一種のサイコ的なホラーすら醸し出している。
「アルバス感激して涙でそう、皆ようやった!素晴らしい出来映えに拍手を贈りたい!
では授業を終了する、お昼休みじゃよっ」
授業終了の号令がかかり生徒達が席を立ち、昼食を食べるため教室を出て大広間へと向かう。
ヨーテリアはダンブルドアと目を合わせ互いにピースサインをした後、教室を出る。
外には血みどろ男爵が控えており、ヨーテリアを確認するや否や背後に張り付く。
彼女は一度ため息をついた後、大広間でなく図書館の方向へと背を張って歩いて行った。
昼食を食べたかった所だが監視が優先だ、ドロホフは彼女の後をつけ図書館へ向かう。
相も変わらず定まった司書の居ないこの図書館は、今日はがらんとしており不気味な静けさがあった。
ヨーテリアはそんな図書館の一際大きい机に大量の本を持ってきて何冊か同時に読み始めた。
ーー何をしてるんだ、アイツは?
一つ一つが辞典のような厚さの本を、持ち込んだノートにメモをしながら読んでいる。
時々錫杖を構えプロテゴを唱えていたが、杖先が向いた棚に防護膜が展開される度にため息をついて、再び読書に戻るのだった。
「グリンデルバルド」
その行動が気になり、ヨーテリアへと声をかけた。
すると彼女は不機嫌そうに舌打ちし顔を上げ、邪魔するなとばかりにドロホフを睨み付けた。
「またお前か、やけに絡んでくるじゃないか?
私に関わるとロクな事が無いぞ、やめとけ」
「俺に指図するなよノッポ女が。それよりお前は一体何をしてるんだ?」
彼女は一瞬だけ凶悪な顔をして錫杖に手をかけたが、血みどろ男爵が咳払いすると我に返って額を押さえる。
「・・・呪文の研究だよ、私の趣味だ」
「研究だと?どんな呪文を研究してるんだ?」
「プロテゴの活用理論、プロテゴの防護膜をある物体に密着させ、鎧のようにしたりそのまま固定して対象を拘束するのは成功。
でも錫杖(本体)には展開できていない研究が必要、私がしたい事だから」
饒舌に語り始める彼女、ドロホフは正直引いた。
しかし杖自体に魔法を付与する、面白い理論だ。(ドロホフの独自の魔法)と似通った面がある。
「〈グーノフ・アルコム 撓り焼き払え〉」
ドロホフがそう唱えると、彼の杖の先端から紫色の激しい炎が吹き出し杖先に纏わり付く。
その様を見て目を見張るヨーテリアを一瞥し、杖を軽く振るうと炎がまるで鞭のようにしなり、火の粉を撒き散らしながら空中を一閃する。
一度ならず何度も、炎を乱舞させるドロホフ。それら一振り一振りを、棚にも本にも机にも一切被害の無いように完璧に制御してみせた。
これぞ〈グーノフ・アルコム〉、彼の独自の呪文。炎の鞭を纏わせそれを振るう曲芸じみた魔法だ。
「ふおおおっ、すげぇ、かっこいい・・・」
「思うに、お前は作用のイメージが不十分だ。
呪文を逆流させ、杖に留める様を思い浮かべろ。
俺のこの呪文は、そうやって発動している」
炎を消してからドロホフはそう説明した。
ヨーテリアはそれを聞いて錫杖を手に取り、額に汗すら浮かべて錫杖を睨み始めた。
ドロホフはそれを退屈そうに眺めていたが、男爵に背後で咳払いされ鬱陶しそうに振り返る。
「図書館であんな魔法を使ってはならんぞ。本や棚が燃えたらどうするのかね?」
「燃えないようにしただろうが、何か問題でも?」
「こやつ・・・まあいい。それよりだ。
やはり貴様、あの子と親しいのでは?」
血みどろ男爵が脅すようにドロホフを睨んだ。面倒臭くて仕方無い、やはりこうなるのか。
ドロホフはイライラと頭を掻き回してから男爵を睨み返し、開き直ってこう言ってみせた。
「俺は強い奴に従う、文句あるか?」
己はドロホフだ、強い者に従うハイエナ小僧だ。彼はいつもこう言ってハイエナを気取ってきた。
その言葉を聞いた男爵は深く嘆息し、もういいと一言呟いた後、黙りこんでしまった。
ドロホフは苛立ち、脱力して背もたれに寄りかかる。
何故、自分がこんな面倒な役を演じねばならんのだ、そんな不平を押し殺しながら目を閉じて沈黙した。
「うおおおッ、やった、成功したッ!?」
突然聞こえた歓声に、ドロホフは目を開けた。
すると目の前には、錫杖に青い防護膜を展開し凄まじい喜びようを見せるヨーテリアが。
錫杖の両端を持ち、慎重に力を込める彼女。防護膜に覆われたそれは生半可な堅さでは無く、膝まで使って折ろうとしても床を殴り付けても曲がりすらせず、完全に無傷であった。
「おいっ、ドロホフ!」
ヨーテリアが大喜びしながら、ドロホフを見て曇りのない無邪気な笑顔を浮かべこう言った。
「ありがとなっ!」
その言葉を聞いたドロホフは、呆れつつも真顔で一言「おう」と返事をしてみせた。
午後の授業も終わりヨーテリアが罰則のため森番の小屋へと向かったのを目撃した後、解放されたドロホフは満足そうに伸びをし、今日一日の疲れを癒そうと談話室へ向かう。
この後、リドルへ報告をしなくてはならないが、スラグホーンのパーティーに呼ばれているそうだ。
帰ってくるまで部屋で休む、どうせ同室なのだから。そう思いながら大あくびして寮に向かった。
しかし帰り道の途中で二人の生徒がドロホフの前に立ち塞がり、帰り道を妨害する。
「アントニン・ドロホフだな?
グリンデルバルドに関わってると聞いた」
「だから何だよ、文句があるのか?」
苛立ちながらドロホフがそう言うと、生徒二人は敵意をみなぎらせ、杖を構えた。
「やっぱりそうか、このハイエナめ。
リドルに勝ったから、鞍替えしたって訳だな」
「そうだよ、俺は強い奴に従うからな」
挑発的にそう言ってみせると、彼らは激昂し同時に杖を振り上げ、呪文を詠唱する!
「〈ペトリフィ・・・〉」
「〈エクスペリアームス〉、〈ウィンガーディアム・レヴィオーサ〉」
素早く杖を取り出して割り込んだドロホフは生徒の杖をいっぺんに奪って吹き飛ばした後、わざわざ一年で習う呪文で二人を宙に浮かせ、何もできない状態にすると満足そうに嘲笑った。
「一年で習う呪文で捕まっちゃ、世話無いな?
お前ら新入生にも負けるんじゃないか?」
「お前っ、この、恥知らずのハイエナ野郎!」
「〈グーノフ・アルコム〉」
ドロホフがいやらしく微笑みながら例の呪文を唱え、紫色の炎を纏わせた。
恐怖に顔を引きつらせた生徒二人に向かって杖を大きく振るい、炎の鞭を一閃する!
「うわぁぁぁッッ!?」
紫炎の鞭が目の前を掠り、悲鳴をあげる生徒。
当てはしない、当てれば大騒ぎになるのは確実、だから炎の熱で撫でるだけ、脅かすだけだ。
しかし、ドロホフの愉悦の本質は、ここにある。
彼は目をつぶり、竦み上がる二人に笑いかけた。
「よう、俺を見ろ。目を閉じたぞ」
「だ、だから何だって言うんだ!」
生徒が震え声でそう言ったがすぐに理解した、ドロホフが満面の笑みを浮かべて杖を振り上げた。
こ の ま ま 振 る つ も り だ 。
「まっ、待ってくれ!」
「そらそらそらそらァァァッッ!」
生徒の懇願を無視しドロホフが杖を振るう、炎の鞭の熱が生徒の足、胴、手、頭をかすめる!
情けない悲鳴を聞きながら、ドロホフは笑った。
当たる事は絶対に無い、何年も使った魔法だ、移動していない物ならば場所さえ分かっていれば見ずとも当てる、外すは思いのままなのだ。
生徒の手前、足元、頭の上を何度も薙ぎ払うが一発も当たる事は無い、しかし生徒からすればこの鞭がいつ自分に当たるか分からないのだ!
しばらく生徒をなぶった後、ドロホフは呪文を解き小鹿のように震える二人を眺め、こう言った。
「何か、言うことは?」
「すっ、すいませんでしたァァッッ!」
涙ながらに逃走する二人を見送りながら、ドロホフは腹を抱えて下品に大笑いした。
これだ、獲物を思いのままになぶり、悲鳴を聞き、最後には情けなく逃げる様を見て大笑いする!
だから絶対に怪我はさせない、医務室送りなんてつまらない真似は絶対にしない、それがドロホフだ。
これがドロホフの愉悦、人の悲鳴や怯える様、悲惨な出来事や有り様など大好物、それら全てドロホフから見れば悦楽であり快楽である。
そんなサイコパスめいたサディストこそ、彼だ。
「いい声で鳴くじゃないか、子豚共が。
ハハァッ、最ッ高だな、こいつは」
上機嫌に笑いながら、ドロホフは自室へと向かった。
「ふぅん、そんな物か。〈クーンヌディア〉」
パーティーから帰ってきたリドルは、自室にてドロホフの報告を聞きながら呪文を唱える。
すると、杖を向けた先に居たロジエールがピクリとも動かなくなった自身を見て、驚く。
「すげぇなコレ、ホントに動けない」
「ご苦労だったなドロホフ、特に奴の研究に助言したのは大きいぞ」
満足げにロジエールを拘束から解放した後、リドルはドロホフを労い、微笑みを浮かべる。
ドロホフはそれを見て面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らした後、口を開いた。
「御執心な事だな、優等生様よう。
そんなに気になるなら、自分で会えば良いのに」
「何度も言わせるなドロホフ、僕は負けたんだ。
だから直接関わる事は、二度と許されない」
リドルは真剣な表情で、そう断言してみせた。
彼は同室であり昔からの従僕であるドロホフ、ロジエール、マルシベールには事情を明かしている。
ヨーテリアに負けたあの日、部屋に戻ったリドルは呆然自失で座り込んでいた。三人が尋ねた際に少々激しながらも、決闘の経緯を説明したのだ。
ーー考えてみれば、俺達に腹の中身ぶちまけたの、あれが最初だったな、優等生様よう。
「しかし、それはあの女の呪文ですよね?
妙な呪文だ、何を考えてこんな物を・・・」
「僕を負かした偉大な呪文だぞ、敬えよ」
何気なく呟いたマルシベールに鋭い視線を浴びせる。
高いプライド故か、それともお気に入りの呪文故か。
リドルはマルシベールの謝罪を聞いた後に、ドロホフの肩を叩いて穏やかに命令する。
「まあいい、ドロホフ。明日からも頼むぞ」
「はいはい、了解しましたご主人様、自分で会えばいいとか思ってないからな」
「だからッ、ダメなんだって言ってるだろッ!?」
冗談で言った軽口に、激昂して怒鳴るリドル。
普段ならば軽い脅しだけで済ませるというのに、今回はこれだけで彼の逆鱗に触れてしまった。
その怒り狂い様にドロホフは唖然としていたが、ベッドに座り込み悪態をついているリドルは普段の彼と比べ、明らかに違和感があった。
「僕は負けたんだ、だからもう関わらない。
そうだとも、アイツとは縁を切ったんだ。
・・・何でだ、どうしてなんだ?」
声を震わせながら、リドルは呆然と呟いた。
「奴はそこに居る、目の前に居るんだ。
だのに、何故関わってはいけないんだッ!?」
ドロホフ達が動揺する中、リドルは頭を抱え自身も何か分からない感情を爆発させて、喚いた。
彼はヨーテリアに敗北し縁を切った、自分が敗北したからだと己に言い聞かせ、苛立ちながらも納得し受け入れたと思っていた。
しかし、それは彼女が目の前に居なかったからだ。
彼女は自分から離れた、それを割り切ったと思った、しかし彼女が退院し目の前に現れた時、リドルは衝動と理性の板挟みとなった。
目の前に彼女が居る、彼女はそこに居る、憎まれ口を叩いてからかいたい、話したい。
一番のお気に入りと共に過ごしていたい、でもそれは叶わない、やってはいけないのだ。
自分は負けたから、奴は離れてしまったから!
「何でだ・・・ッ、貴様はッ、そこに居るのにッ、どうして関わってはいけないんだ、友よ・・・ッ
貴様まで・・・ッ、何故、貴様まで・・・ッ、手放さなくては、ならないんだ・・・ッ?」
歯軋りして呻くように言うリドルは、激しい怒りと困惑でパニックになっていたのだ。
「リドル、心安らかに」
「おっ、落ち着け大将、冷静になれよ」
その様子に慌てた二人はリドルに駆け寄り背中を擦り、リドルの譫言に返事をしながらどうにか落ち着かせようと努力していた。
「・・・外すぞ、トイレだ」
ドロホフはそんな彼らを尻目に部屋を出て、扉をしっかりと閉め、談話室へと向かう。
「・・・んく、くふふッ・・・」
部屋から離れた地点で、ドロホフは笑い始めた。
「何だよアレ、ははっ、あんな顔するんだ?
あのリドルが、あのリドルがかよ?」
口元を押さえどうにか笑いを抑えきる、しかし笑みだけは、どうしようも無かった。
初めて見た、リドルのあんな姿は。
あのプライドの高い、冷淡で残忍なリドルが、あんなにも錯乱し、喚き、取り乱すなんて!
「最ッッッ高、最高だよ、リドルよぅ・・・」
ここまでの愉悦を感じたのは初めてだ、リドルの、あの優等生の仮面が崩れ去り、他の有象無象のように感情的になる様!
全身にゾクゾクとした寒気が走る、たまらない!股ぐらがいきり立つ!なんたる悦楽か!
「落ち着け、談話室に誰か居たらどうする。
クールになれ俺、そうだアントニン、そうだ」
どうにか精神を落ち着かせ、済ました顔に戻り談話室へ入ったドロホフは、血みどろ男爵がソファーに座って爆睡しているヨーテリアを見て、酷く狼狽えた様子で、宙に浮かんでいるのを見た。
「・・・何してるんだ?」
「ああ、ドロホフか」
男爵がドロホフに気付き、困り果てた様子でヨーテリアを顎でしゃくり、腕を組んだ。
「どうも今日の罰則で、頑張りすぎたらしい、談話室に戻るなりこれだ。
部屋に運んでくれないか?私はゴーストだから、触れられないんだ」
「分かった」
ちょうど上機嫌だった彼は快く引き受け、ヨーテリアをなんとか抱えあげ部屋へ運ぶ。
ドロホフより頭一つは大きい身長の彼女は運ぶ途中で壁やら机やらにぶつけられたが、完全に熟睡しており、起きる気配は無い。
ーーこんなのを大事にしてるのか、リドル。
彼女の部屋の前に辿り着いたが、鍵がかかっている。
どうした物かと彼女を見ながら思案していると、ポケットに膨らみを見つけたので探ってみる。
中身は鍵だ、試しに鍵穴に差し込んでみるとカチャリ、という音と共に鍵が開いた、ビンゴだ。
本やら何やらで散らかっている部屋のベッドに乱雑に彼女を寝かせ、額の汗を拭うドロホフ。
「助かったぞ、ドロホフ」
「面倒をかけるな、俺はこいつが嫌いなんだ」
男爵に不快そうに言い放った後、ぐっすりと眠るヨーテリアを眺め、半眼になる。
リドルがあんなになるまで執着する女にしては、外見は及第点だが少々不足では無いかと思う。
しかし、それでもリドルはこの女がお気に入りだ、それこそ縁を切ったらパニックになる程に。
ーーもし、ここでこの女を始末したら・・・。
男爵は部屋の外に居る、彼がヨーテリアの首へとゆっくりと手をかけ、首を絞めても、気付かない。
無意識に手が伸びる、衝動が抑えられない・・・。
ーーリドルはどの位、取り乱すんだろうか・・・?
彼女の首に触れた瞬間、彼は我に返った
慌ててヨーテリアから離れ、目元を押さえ、荒くなった呼吸を落ち着かせるため深呼吸する。
「ドロホフ?どうした、いつまで部屋に居る?」
血みどろ男爵が扉を上半身だけ通り抜け、ドロホフに向かって怪訝な声をあげる。
彼は一言、「なんでもない」とだけ言ってヨーテリアの部屋を後にし、トイレへ向かい個室ではなく洗面所に直行し、顔を洗った。
ーーあの女の監視、悪くないかもな。
何度か水を浴びて落ち着いた後、ドロホフは口元に笑みを浮かべながら、そろそろリドルが落ち着いただろうと思い、就寝するために自室へと帰っていった。
補足説明
〈エス・ウェタリア 水差しになれ〉
完全にオリジナルの呪文。その名の通り
対象を水差しに変えるだけの魔法
〈グーノフ・アルコム 撓り焼き払え〉
原作でドロホフの使っていた炎の鞭を
勝手に解釈してスペルにした物。
杖に紫の炎を纏わせて鞭みたいに振る
かっこいい、間違いなく