新訳・トリカブトの花   作:インノケ

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2話

 「ガンダムバトルワールドフロンティア」、長いので普段はGBWFという略で呼ばれるこのゲームは、ゲームの中に人間が“入る”ことでプレイするという画期的なものであった。プレイヤーは複数のガンダム作品の世界観を再現したこの世界の住人となり、戦い、生き抜いていく。

 しかし、開始初日に事件は起きた。誰一人、このゲームからログアウトすることができなくなってしまったのだ。それだけではない。リスポーン不可能、つまりこの世界での死が現実世界での死へと繋がるようシステムが書き換えられてしまう。このゲームからの解放条件は一つ。地球・宇宙のどちらかの勢力に与し、敵対勢力を一定数以下まで殲滅することである。かくして、このデスゲームは幕を開けることになった。

 

 アールは、宇宙側のパイロットとなった。パイロットの他にもジョブはあったが、アールは迷わずパイロットになることを選んだ。思えば、それは前向きな諦観だったのかもしれないとアールは思い返す。こうなってしまった以上、自分が死なない可能性など期待するだけむなしいと。ならば、当初から楽しみにしていたMSパイロットになって、楽しむだけ楽しんで死んでやろうと考えたのだ。

 

 ゲーム開始から3か月間、アールはローカルクエストと呼ばれる任務類や傭兵の真似ごとで食いつないでいった。

 このころにはシステムに軍と認められた大規模クランやそれに続く無数のクランが設立されていたが、彼はそのどれにも所属していなかった。いつかは、とは思っていたが未だ彼の求めるものとは違うように思えたからである。

 

 その日も、アールはローカルクエストのためにソロモン宙域で戦闘を行っていた。登場するのは、つい先日手に入れたばかりのMS-14Aゲルググだ。ビームライフル、ビームサーベル、シールドと基本的なものは全て備えた汎用機であり、ゲーム内ではどの能力値もザクより一回り高く扱いやすい機体である。

 原作で激戦が行われた地域はNPCが湧きやすい傾向にあり、いわゆる狩場として用いられることが多い。宇宙側勢力のテリトリーでもあるこの宙域は、地球側勢力に襲われる心配なくローカルクエストをこなすことができるため、プレイヤーも多く集まる宙域なのだ。

 

 規定数のNPCの撃墜を終え、アールはソロモン宙域の拠点である宇宙要塞ソロモンへと帰投する。こういった施設は軍が管理していることがほとんどだが、アールのような無所属や他クランの人間であっても利用料を支払うことで利用することができるのだ。

 小腹の空いたアールは食堂へと向かう。ゲーム内とはいえ、フルダイブ中は腹は減るしご飯も食べられるのである。もっとも、満腹感が得られるというだけではあるが。この付近で最も大きな拠点であるソロモンは、それだけ多くの人が集まる。それはこの食堂も同じであり、見れば様々な服を着たプレイヤーで満員状態だ

 注文した料理を受けとったアールは、今あいたばかりの席を目ざとく見つけ、素早くもぐりこんだ。向かい側に座っていた青年が、アールの動きを見ていたのか笑いながら話しかけてきた。

「飯を食うのにも戦いか? 落ち着かないな、高機動型くんよ」

「当たらなければ……ってのは少し違いますかね」

「どうだろうな」

 アールも青年に笑い返す。テーブルにあるお互いの料理はどちらもソロモン名物「ソロモン丼」である。

本来こういった料理はNPCショップで購入するはずだったのだが、フレーバーとして用意されていた凝った料理システムがデスゲームと化したGBWF内で機能し始めた。現実世界で料理技能を持っていたプレイヤーが各地の基地でその腕を振るっている。

 ソロモン丼は和風照り焼きソースを絡めたパプリカやチキンをご飯の上にこれでもかとのせた逸品だ。ボリューム満点なのに食べやすい味付けが好評であり、ソロモンでは時間に追われたパイロットがこれを一気にかきこんで走り去っていく姿を見ることができる。

 

 アールが料理に舌鼓を打っていると、前の青年が顔を近づけてきた。

「おまえ、エースパイロットって見たことあるか?」

「エース?」

 よく聞く言葉ではあるが、そういった輩を目にしたことはない。アールは首を横に振る。すると、青年はにやりと笑い顎でやや遠くの男を示した。

「見たんだよ、あいつ。ほら、奥で蕎麦食ってるヤツ」

 青年の言う通り、その男は蕎麦をすすっている。しかし、アールにはあの特徴に乏しい男がとてもエースパイロットには思えなかった。

オンラインゲームであるGBWFは、バランス調整の類は非常に厳しい。よほど高ランクの機体でもなければ大きな戦果を挙げることは難しいし、そういったプレイヤーをエースとはとても呼べないだろう。ましてや今はまだ開始3か月だ。ガンダムタイプのドロップ報告はちらほらと上がっているものの、バランスの崩壊を起こすような機体があるとは考えづらかった。

 青年はそんなアールの疑念を察したのか続けた。

「あいつな、ゲルググで30分間に30機。しかも被弾ナシだ。掃除されつくしたせいでしばらく棒立ちする羽目になったぜ」

「……それにしては、取り巻きとか野次馬とかいませんけど」

 適当に思いついたような数字を並べたてる青年にあきれたアールは食事を続ける。現実世界でプレイするようなゲームと違い、GBWFではある程度簡略化されているとはいえ自分で操縦しなければならない。桁違いの難易度で1分1機などというのはとても信憑性に欠けるのだ。

 熱の入りだした青年は、そんなアールの様子も目に入らないのか続ける。

「格納庫が隣だったのさ。そいつについて行ったらこの大戦果だ。慌てて声かけようと思ったら、とっくに帰投してたって訳よ」

「ご飯冷めますよ」

「あれは多分ジョニーだ、ジョニー」

「ジョニー?」

 GBWFにもSNSがある。流行りなどの情報収集ツールとして利用されているが、中には都市伝説の類の報告も上がってくる。「ジョニー」はそんな都市伝説の一つだ。最近になって活動が報告された宇宙側のパイロットで、瞬く間にNPCを一掃し姿を消すゲルググの話。それをMSVのパイロット、ジョニー・ライデンにかけてそう呼ぶのだ。

 確かに青年の話と合致してはいる。アールはどんぶりの底に残った米粒をかきだしながら思案する。同じゲルググ乗りとして、気にならないと言えば嘘になる。

 

 もう一度その「ジョニー」を見ようと目をやったが、もうその姿はなかった。

 

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